【99年春山合宿】

東北(湯殿山、月山、秋田駒、鳥海山、八甲田山、岩木山)、日光(男体山)
月日:1999年4月28日〜5月8日

参加者:土岐博也、市川陸雄、高橋和哉、高橋卓道、内野克美、小野悦郎、府川宏、橋本栄司、
佐宗謙一、長谷川亨、早川健司+(Nupuriの会 細川浩、篠原あずさ、上村真木、鈴木裕介)

4月29日(木)

(長、早)小田原== --湯殿山--  ==肘折温泉

(長、早)28日22:30小田原長谷川宅を出発。湯殿山登山へ。最初は例によってホワイトアウト、途中から視界良好になり出羽三山湯殿岳からの豪快なダウンヒルを楽しむ。その後、肘折温泉へ移動。

4月30日(金)晴れ

(長、早)==   --月山--
(和、小、橋、佐)小田原==大井松田IC==盛岡IC

(長、早)スキーにて月山登頂を目指す。
(和、小、橋、佐)22:00小田原発

5月1日(土)晴れ

(長、早)==   --月山--  ==祓川
(和、小、橋、佐)盛岡IC==田沢湖==田沢湖スキー場--秋田駒--田沢湖スキー場==祓川
(府)横浜発==泊

(長、早)30、1日で月山まで行く予定だったが無謀な計画なため、敢え無く敗退を余儀なくされ、月山手前の赤砂岳を往復(行き7時間半、帰り6時間)してきた。だけど月明かりに照らされた月山は神秘的でさえあった。
 安さに目がくらみ小さいプラ靴を買ってしまった長谷川は足の痛さに苦しみ、腕力のない早川は薮の登りで溺れかけ、案内人早川の読図のカンが冴えず何度もルートを間違えた。それでも天気と体力のお陰で何とか無事下山することができた。

(和、小、橋、佐)田沢湖畔で休憩後、田沢湖スキー場へ。ここより、秋田駒ヶ岳へ登山開始。西側斜面は予想より雪が少ないのが気掛かり。7年振りに復帰の橋本さんもブランクを感じさせない快調なペースで飛ばす。
 ゲレンデに沿って歩くこと1時間。田沢湖を見下ろす。八幡平、栗駒山を遠望。

←田沢湖スキー場より秋田駒ヶ岳(1637.4m)

 秋田駒山上の別天地、阿弥陀池→

 この辺りから、案の定、雪が無くなるり、笹の中をヤブ漕ぎ。が、苦闘15分、和哉さんが夏道(廃道)を発見、なんとか秋田駒外輪山の男岳に到着。
  一旦火口湖の阿弥陀池に下りる。他に登山者なく、一面白色の山頂は別天地。
 最高峰の男女岳に登り記念撮影。南部富士こと岩手山が間近に見え、美しい。
 ここから北側斜面を八合目まで下る。こちらは雪が多く、グリセードであっという間に八合目へ。雪のため閉鎖中のバス道を田沢湖スキー場まで下る。

秋田駒最高峰男女岳にて(小野、橋本、佐宗)→

←驚異の50代、高橋和哉さん

←雪渓を一気に駆け下りる

 車にて鳥海山登山口へ移動。もと地元民・和哉さんを案内人に、途中、乳頭温泉・鶴の湯で入浴、また刺巻湿原、角館武家屋敷等に寄り道。
 夕方、鳥海山祓川登山口駐車場に着、幕営。
月山より、長谷川、早川も合流、秋田の地酒で宴会を開く。

5月2日(日)快晴

祓川登山口(P)--小屋--七高山--新山--祓川登山口==鳥海温泉==米沢==喜多方==会津若松==会津田嶋==川治温泉==日光

 4:20起床、ご来光遥拝。早朝、府川さんも合流、7名全員揃って、鳥海山へ向かい7:00発。

←メンバーも揃い、いざ出発

 広大な雪の斜面を山頂目指し、一直線に登る。歩行開始約1時間辺りから、斜面が急になる。振り返ると、スキーヤーの列の連なる白い斜面、そして雄大な裾野が日本海まで広がっている。東北の山のスケールのでかさに驚嘆する。
 一同、景色を楽しみつつ、橋本さんをトップに順調に高度を上げていった。

 

←↓鳥海山山頂目指し一直線に登る

背後には鳥海山の広大な裾野が広がる。→

 歩くこと3時間で七高山に到着、一同ビールで乾杯。天気も良く、最高の気分。佐宗は皆から「ピークハンター」と軽べつされつつ、最高峰の新山を往復。
 下りは長谷川、早川が各々スノーボード、スキーで、あとはキックステップを使い、標高差1,000mを約30分で下る。
 テント撤収後、車で鳥海温泉へ移動、鳥海山の見える露天風呂で汗を落とす。八甲田へ向かう長、早隊と別れる。

←鳥海山山頂にてニッコリ、ビールも美味い
(橋本、府川、長谷川、高橋和哉、早川、佐宗、小野)

(長、早)5人と別れ、八甲田を目指す。5時半頃酸ヶ湯到着したものの、Nupuriの会の3人を発見することが出来ず、暗くなってしまったので睡蓮沼で幕営する。

(残)車にて日光へ。橋本さんが山形で途中下車、新幹線にて帰宅。あとの4人は喜多方でラーメンの夕食後、会津若松を経て、22時頃日光到着。
 佐宗友人細川氏、さらに遅れて、土岐、内野、高橋卓道各氏も到着。

5月3日(月)曇り

(長、早)
(日光)光徳==志津峠--男体山--志津峠==光徳

(長、早)携帯が運良くつながって朝7時Nupuriの3人に合流成功。ロープウェイから大岳、睡蓮沼とスキーを楽しむ。夜は言わずと知れた大宴会。

←山菜の天ぷらとカニめしの豪華メニュー
(土岐、内野、高橋和哉、佐宗、高橋卓道、小野、市川)

(日光)府川さん帰宅。本日は志津小屋から男体山を往復。靴擦れの悪化した佐宗はサボって引き返し、結局市川さんとお留守番。
 男体山の登りは快調だったが、下りは凍った部分もあり、一苦労、細川さん曰く「シャレにならなかった」とのこと。また、土岐さんは枝に顔面を強打し流血、小屋の車も故障とトラブルが続く。朝、駐車するときバンパーをコツンとぶつけてしまった峠のお地蔵さんの祟り説も出る。一同お地蔵さんに「スミマセン」と合掌。
 光徳アストリアホテルにて温泉入湯。
 夜は小野料理長による秋田で採ったフキノトウの天ぷらと北海道のタラバガニ料理で大宴会。

5月4日(火)

(長、早)酸ヶ湯[停滞]
(日光)日光光徳[停滞] =清滝IC=小田原

(長、早)朝から雨、行動しないことを決め込み朝から読書。今日帰る3人を青森駅まで送り、買い出しをしてテントに戻りまた読書。

(日光)朝から雨、終日ごろ寝。佐宗、細川さんと金精峠を越え吹割温泉までドライブ、入湯。
 夕食後、揃って帰宅の途につく。

5月5日(水)

(長、早)酸ヶ湯[停滞]

(長、早)朝起きると土砂降り、やむなく読書。昼頃から温泉を求めて黒石へ。2時くらいから天気が急速に回復、慌てて酸ヶ湯に戻り、大岳方面へ標高差300m登って、なまった身体をほぐす。

5月6日(木)晴れのち曇り時々雷雨

(長、早)酸ヶ湯--猿倉岳・駒ヶ峰・櫛ヶ峰・乗鞍岳--酸ヶ湯==岩木山

(長、早)やっと天気も回復したので南八甲田へ行く。猿倉岳,駒ヶ峰,櫛ヶ峰,乗鞍岳と南八甲田のピークを周遊する。ただこの日は変な天気で、風時々晴れ,曇り,雨,雪,雷であった。その後,岩木山へ移動。

5月7日(金)晴れ

(長、早)

(長、早)標高差1400mを一気に登り,岩木山山頂へ,頂上直下の下りでは視界が無くなり一瞬トレースを見失うも事なきを得て豪快なダウンヒルを満喫する。
 その後,高速を飛ばして岩手山へ移動するが,噴火の恐れがあるため入山禁止の看板に翌日登る山を失う。
 八幡平に行くが雪が無く,早池峰へ行く。途中,盛岡に立ち寄り「わんこそば」を食う。長谷川100杯,早川60杯。

5月8日(土)

(長、早)早池峰==遠野==気仙沼==小田原

(長、早)この日は2人とも気力が萎えてしまい「帰えろ」ということで意見一致。遠野,気仙沼と寄り道をして20時小田原に到着。

(記録:長、早隊の分は早川、その他は佐宗)