【寄稿-2】

  小田高山岳部のキーワード  

                  佐宗謙一(昭和59年度卒業/37回生)

 伏見先輩のキャプテン当時(昭和57年頃)の山岳部の楽しかった雰囲気をお伝えするために、いくつかのキーワードを解説してみたい。

【百段坂】言うまでもなく小田原駅から小田高へと続く長い階段。ここで35Kgのドブ板を担いでのボッカ訓練を行なった。山岳部員には想い出深く、文化祭時に作成した文集のタイトルにも使われた。

【みかん小屋】練習のマラソンコースのひとつ。他に「グリーンドア」「水場」「いこいの森」などがあり、また、夏合宿前には、久野林道の青少年の家までの約20kmのマラソンが恒例となっていた。

【城山競技場】城山競技場裏に高さ約10mの石垣の壁があり、懸垂下降などのザイルワークを学んだ。新人がまず最初に度胸を試させられる場所。

【前田商店】小田原駅前の酒屋。練習の後には、「今日、前田に寄っていく?」「当りマエダ」などと言いながら寄り道し、店の前のベンチでジュースやアイスを楽しんだ。

【雨の日】雨の日は練習は休みだったが、なぜか部員が集まり、「チームワークを高める練習」などと称してトランプ大会や麻雀大会、クイズ大会などが行なわれた。また、材料を持ち寄って、カレーや鍋などを作り、皆で分け合って食べたりもした。

【えたジャー】得体の知れないジャージの略。部室に転がっている、誰のものともわからぬジャージを練習の時しばしば拝借した。また、野良猫のエイイチの寝床に使用され、後で飯島先輩(伏見先輩の同期)のものと判明し問題になったりもした。

【予選】高体連主催の大会。体力だけでなく、地理や医療、気象等の知識など総合力を問われ、練習では見れないメンバーの真剣な表情が伺えた。伏見先輩のキャプテン時には、屋久島での全国大会に出場するなど、小田高は常に優秀な成績を収めた。

【眠り病】山行中バテて、突然倒れて眠ってしまう病気。新人歓迎登山で3人が発病して以来、しばしば伝染した。治療法には飴をなめる、OBが一喝する、などがあった。

【極楽帽子】ティッシュマンこと須田君が愛用したチューリップハット。頂上でうちわ替わりに振りながら「ふーっ、極楽、極楽。」とつぶやいたことから呼ばれる。1年生には、山の景色を楽しんでいる余裕はなかった。

【マーボイモ】植田先輩(伏見先輩の一級上)考案の、麻婆豆腐に傷みやすい豆腐の替わりにジャガイモを使用した山ならではの料理。他にも、みな工夫したメニューが多かった。

【顧問】普段の優しさから想像もつかないカミナリで恐れられた加藤先生、優しさとタフさといい加減さを併せ持ち慕われた榎本先生、クールだがボソっと言う一言がおかしい渡辺先生、さらに曽我先輩はじめとするOBの面々と、個性的で山好きの方ばかりだった。登山だけでなく、色々な面を教えていただいた。

 以上、心に残った、キーワードをいくつか挙げてみたが、時にはつらく、時には楽しかった、当時の様子が少しでもお伝えできたのではないかと思う。このような充実した部活動の時間を過ごせたのも、諸先輩方が築き上げられた小田高山岳部の伝統・自由な気質とそれを受け継いだ伏見先輩達の寛大な心のお陰と感謝している。

 

(1996年8月/『山頂蒼天-伏見真之君追悼-』に寄稿)