05/31/2010 二年目
秦野・名古木の棚田に通い出して早1年。
今年も田植えの季節がやってきました!

一年間で周囲の環境、NPO法人ドン会、いろいろ見て感じて来たので、
昨年とは気持ちが全然違いました。
今ある自然に対する思い入れも。
今年はどう育ってくれるのかな・・・
新たな耕作放棄地の活用も決まり、これからどんどん深い付き合いになりそうです。
「丹沢の麓の里山は本来どんな姿であるべきなのか?」
「里山が果たしている役割とは?」
「守るべきものは?」
考えは尽きませんな〜
まずはもっといろんなことを知らねば。
全ては命に繋がります。
植物、動物、地球、宇宙
01/03/2010 謹賀新年
長かった2009年も終わり、2010年へ。
2009年はホントに辛いこと、哀しいことが何度もありました。
だけど、出会いの数が半端じゃ無く多かった年でもありました。
音楽というのは、スポーツや経済とは違って、
なかなかハッキリした結果が出ない世界だけど、
2009年の経験・思い・出会いはきっと先になって生きて来るのかなと思う。
こんな時代だからこそ、我々バンドマンは夢を・大切なことを信じてやり切って行かねば!
2010年は、もっともっと人に感動を届けた〜い!
06/06/2009 命を感じに行って来ました
諸事情あって3月以降なかなか山に行けない中、山とはまた違う形で命を感じてきました。
ボリビアフォルクローレの達人・ギタリスト木下尊惇さんにお誘いを受け、丹沢の麓にある棚田で田植えに初挑戦。
もちろん手で一本一本植えるんです。

ぬかるみに足を取られつつ、腿の裏側の筋肉をピクピク震わせつつ、丁寧にブッ差して行くんです。
縦横30cm間隔でお願いします。
無農薬で15年作り続けている棚田なので、沢山の生物に出会えました。
ヤゴ、おたまじゃくし、カニ、イモリ、クモ、アメンボ、カエル、タガメ・・・。
本来、稲はいろんな生物に囲まれて育つんだなあ。
人間もこれらの自然に支えられて生きている訳で。
オニヤンマ羽化しました〜!
オニヤンマより弱そうです。
命について考えさせられる今日この頃。
そんな2009年5月2日。
いろんなモノをくれた大切なあの人が旅立ちました。
帰って来てくれると信じて待ち続けていたので、
どう受け止めて良いのか・・・。
お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
清志郎さんのご冥福をお祈りいたします。
まだ札幌に住んでた20代前半。
当時は地元で良くライヴの裏方をしてた。
東京から来るジャズミュージシャン達の演奏を食い入るように見てた。
後にツアーローディーまで務めた古澤さん、
一足早く旅立ってしまったバタさん。
そしてミュージシャンになる一番のきっかけとなった林さん。
良く一緒に飲んでは起こられてた石渡さん。
桁外れの生き物だと思った片山さん。
多くのミュージシャンを見て、憧れて、ため息をついた。
今から思うと良い環境だったなあ。
金は無かったけど酒は飲めたし、
音楽の事は何も知らなかったけど叱ってくれる人が常に居た。
もっと練習しときゃ良かったなあ、とは今更ながら思うけど(笑)。
それはさておき、見て圧倒された凄いミュージシャンの中に、
本田珠也というジャズドラマーが居た。
亡くなってしまった本田さんのバンドで何度か見て、
そのスピード感・グルーヴ・スケールの大きさにおったまげた。
東京に出て来ていろいろ経験を積み重ねていくうちに、
札幌時代憧れてたミュージシャンと、
一人また一人と共演出来るようになっていった。
その度に感無量だったなあ。
そんな中、オレ自身がここ最近ジャズとまっすぐ向き合っていなかった所為か、
なかなか本田珠也とは共演することが無かった。
それが、3年くらい前に清水くるみさんのツェッペリンの曲だけ演奏する
『ZEKオーケストラ』でやっと初共演。
嬉しかったなあ。
他のメンバーが林さん、片山さん、早川さん、まっちゃんという大好きなツワモノ達ばかり。
凄いメンバー。
ライヴは毎回物凄いことになるんです、これが(笑)。
そんな流れが出来て、8/4に初めてオレのリーダーセッションで直接声を掛けた訳です。
他のメンバーはZEKのくるみさんに、札幌時代に知った伊藤啓太。
年はそれぞれ違うけど、皆大先輩です。
なるべく楽に、でも持ってるものは全部出し切ろうと思って望んだアケタ。
リハが始まるまでは緊張したなあ。
いやしかし、本番は痛快。
20年の思いは、ラッパに乗って飛び立って行きました。
自分の身体/頭の中でも、何かが変わったというか、生まれたというか。
記念すべき一日。
ありがとう、珠也先輩。
これからのミュージシャン人生が、昨夜を境に、更に楽しみになりました。
頑張るベ〜
一年ぶりのvoice。書かなくなると存在さえ忘れちゃうんだなあ。
さて。本厄の2008年。
気がつくと早いものでもう7月も終わってしまった。
それにしても今年はホントにいろんなことがあった。
昨年末に復活してくれた清志郎さん。
復活祭シリーズでは初の武道館。
あの一日で人生が確実に変わりました。
なんて素晴らしい体験を出来たのでしょうか。
その後は、ppsの2nd制作。
今回は『産みの苦しみ』を散々味わったなあ。
辛い思いを沢山したけど、それに匹敵するだけの援護射撃もあって、
いろんな人に助けられてるんだなあ、と痛感。
やっと盤が上がって来た時の感慨は何とも。
GW終わりには片山さんが再度入院。
無事3週間程で帰って来てくれましたが、
心配しました。
そして、いざ3年ぶりに夏フェスだ!
と、思っていた矢先に清志郎さんが左腸骨への転移で再入院。
「神はおらんのか!?」
やるせないですね。
祈るしかない。
これ以外にもいろんなことがある2008年。
自分自身が元気なのは感謝しなきゃ、かな。
箱根神社の御利益か。
あざ〜す!
こんな様々な強風に見舞われて来て、
その瞬間を生きることの大切さを痛感する今日この頃。
「人はいつどうなるか分からないもの」
悔いを残さぬように日々、1ステージ、1曲をしっかりじっくり。
あまり悲観はせず、思い込み過ぎもせず、
でも、しっかりじっくり。
久々のvoiceです。今日は8/6です。そう、広島に原爆が投下された日です。
あれから62年。って、オレはもちろん体験してないけど。
例の久間さんの「しょうがなかった」発言。
そして阿部さんを筆頭とする政権中枢部の右傾化。
ある意味、時代の流れの中で必然的なことなのだろうけど、嫌な空気が充満してる。
それぞれの言い分はある意味良く分かる。
でも、一番大切なことは過去の体験を風化させないこと。
過去の人類の歴史を紐解いても、常に同じ失敗の繰り返し。
そこが人間の愚かさの証し、と言えばそれまでなんだけど。
どう考えても、地球上の生物の中で『ヒト』が一番高等生物という生物の教科書は納得出来ないけど、まあそれは今はさておき。
忘れちゃいけないことがある。
心に刻んで生きて行きましョ〜。
後世にしっかり語り継いでいきましョ〜。
今年もJリーグ開幕。ワールドカップの翌年で何となく世の中のサッカー熱は冷めてる気もするけど、どうしてどうして。今年は何かと話題も抱負。昨年から本腰を入れ始めたアジアチャンピオンズカップをどうJのチームが戦うのか?レッズ+ガンバの2強時代は続くのか?アントラーズ+ジュビロの過去の2強はどう立て直してくるのか?フロンターレの強さは本物なのか?カズの40才ゴールは見られるのか?何人もの中心選手を放出してしまったジェフはどう戦うのか?FC東京+名古屋は前評判通り優勝戦線に絡んでくるのか?J2から昇格したビッセル+横浜FC+レイソルはどう踏みとどまるのか?いや〜、興味は尽きないなあ。今日の開幕ゲーム・レッズvs横浜FCは早速見応え充分な内容。チームとしての仕上がりはまだまだなれど、個人レベルの高さは目を見張るものがあるレッズ。チームとして予想以上に検討した横浜FC。久保のゴールは歴史に残るスーパーゴール!
動きも切れてて今年はちょっと凄いぞ。マリノスの関係者怒ってるんじゃないの?「なんでウチに居る時からああいうプレイしなかったんだよっ!」。ま、スポーツ選手もミュージシャンもプロであればどんな状況でも力を発揮してお金を取れるパフォーマンスを見せなきゃ行けないけど、どうしてもあるんだよなあ〜、環境って。俺も久保やドンパ・カズに負けずに頑張るぞっと。そんな訳で今年もJをよろしく!!
今年ももう一ヶ月が過ぎるのか。こりゃ歳をとるのも早い訳だ。歳をとるといろんな所が衰えてゆく。筋肉、持久力、髪、視力、聴力・・・。悲しいこと。だがしかし。不肖・渡辺。ここ1,2年でことラッパに関する限りは新境地。ひとつ壁を超えられた手応え。人は皆いつ死ぬか分からない。バンドもいつ無くなるか分からない。道理としては分かっちゃいるものの、なかなかそれを意識して生きては行けないもの。「いつまでもあるさ」感覚に知らず知らずのうちに麻痺してなってゆく。それがなんか最近「このバンドは今回で最後かも知れない」という感覚で演奏出来るようになってきた。悲愴感ではなく。ひとつひとつを大切にいとおしむような感覚と、今までには無かったより深い集中力、そして最後かも知れないと思えるからこそ沸き上がる伝えようとする気。山からもらったもんじゃろ〜か?自分でも不思議。
ようこそ40代、ようこそ神様
不肖・渡辺、泥沼ツアー最終日の名古屋TOKUZOでは、バンドメンバー&お客さんにステージ上で誕生日を祝って頂いて、晴れて40代の仲間入りを果たしました。(『メンバー全員40代』かあ・・・ん〜)
男40才。かぞえで言うと41才。そう。前厄に突入だ〜っ! あまりそういうことは気にするたちではないけど、思い切って行ってきました、厄祓い。名付けて『秘密を切り売りする男の厄祓い完全リポート!しかも今なら無料でお届け!』。ツアーから戻って疲れも取り切れぬ中、向かった先は、相模の国は寒川町に鎮座します寒川神社。源頼朝、北條義時、武田信玄等の武将、徳川家代々の篤い信仰をうけ、千五百年余りの歴史を有する古社で、相模国一之宮とも称され、全国から信者が集める霊験あらたかな神社なのだ。御祭神は、古くは寒川神、近世には八幡神、あるいは菊理媛、素盞鳴命、稲田姫尊と称され、一定ではないがそんなことはどうでも良い。とにかくありがたい神社なのだ。ハイ。両脇に鬱蒼とした森を有する立派な表参道を車であっという間に通り過ぎ(歩いて来るとありがたさが100倍だろうなあ・・・)、神社の広大な無料駐車場に車を停め、境内へ脇からスルっと横入り。(正面からちゃんと鳥居をくぐって来るとおごそかさが10倍だろうなあ・・・)
まずは客殿で祈祷の申込み。備え付けの記入用紙に住所・氏名・年齢を記入し、第一の受付へ。行列およそ50人。ここでは「前厄の御祈祷ですね?」「ハイ」「料金はいくらになさいますか?」ここ寒川神社では、中式3,000円以上/大式5,000円以上/当座式10,000円以上/一代式30,000円以上/永代式50,000円以上と5つのコースが用意されている。ん〜、心に微妙な揺れを抱きつつ、奮発して大式を選択。「5,000円でお願いします」「では後ろの受付でお納めください」。第二の受付で支払い。ここで番号札を渡される。16番。郵便局みたいな感じ。この番号札を持って、二階の待合所へ。ものすご〜く広い。500人以上は軽く居るだろうか。お上品な落雁と、上質なお茶が食べ飲み放題。ここで待つこと40分。待つ間に番号札の裏側に記載された榊の受け取り方〜置き方、祈願の仕方を反復練習。(なんか緊張してきたぞ)「番号札16番でお待ちの方、先へお進み下さい」のアナウンスで立ち上がったのはおよそ100人ってとこか。年齢、性別多彩である。(いろんな祈祷を一緒にやるのか・・・)微妙な思いを胸の奥にしまって、階段を下りる。まずは、紙製の白装束を皮ジャンの上から身にまとい、次に手と口を御神水で浄める。(落雁食わなきゃ良かったなあ・・・)
ぞろぞろ歩いて、いよいよ御本殿へ。と思いきや、御本殿隣の東殿で簡単なお祓いと、これからの注意事項の説明をトラメガで受ける。ここで更に15番グループの祈祷が終わるのを待つこと5分。巨大な扉が開いて、いよいよ御本殿へ。全員がきちんと並んだところで太鼓が打ち鳴らされて二人の宮司が登場。そして、祝詞を読み始める。その間、ずっと頭を下げて聞き続ける。何を言ってるのか良くは分からなかったが、生年月日と名前がたまに聞きとれたから、100人分の生年月日+名前+祈願内容をなんかの神様にお願いしてくれたのであろう。(ちゃんと一人一人違う祈願内容を聞き入れてくれるなんて、ものすげ〜素晴らしい神様!!)15分程で祈祷は終了し、一人ずつ宮司から榊をもらい、榊にお祈りした後、神様に榊を奉納し、ニ礼ニ拍手一礼で儀式は終了。御本殿を出て、さっきとは反対側の西殿に移動し、お札セットを頂いて全行程終了。所用時間2時間弱。ちなみに、大式コースには、板剣神札・八方札・御守・御神土・御箸・御神供・御神酒が付いてくる。ここまで来て分かったのだが、金額によってもらえるものが違うだけで、祈祷そのものは一緒みたい。次は3,000円でいいかと思いつつ、帰りの道中もらったモノをチェック。お札は南か東に向いた清潔を保ててなるべく高い場所に供えるべし。(そんな都合の良い場所あるかなあ)八方札は家の中の八方+1ケ所に貼るべし。(落ち着かなくて嫌だなあ)
お守りは常に身につけるべし。(じゃあ財布の中でいっか) 御神土は敷地内か玄関にまくべし。(あの〜、おいらアパート暮らしなんすけど・・・)
お箸は使うべし。(ハイ) 御神酒は早めに家族皆で頂くべし。(喜んで〜。1升瓶でも良かったんですけど) 帰宅後、早速(というか仕方なく)お札を供える板を近くのホームセンターでゲットし、ザックからコンパスを取り出して南を特定し、居間の壁の上部に台を作って、お札・八方札・御神土を供える。「ん〜、これってまるっきり神棚じゃん」。かくて我が家に神棚が出来上がってしまったのだった。ようこそ神様♪
昨夜はマルコス・スザーノのワークショップの見学へ。ワークショップそのもののことはいろんな人が書くだろうから、そっちに任せるとして。スザーノの柔軟さに感動。音楽に向かう姿勢、人に対する姿勢。パンデイロで簡単なフレーズを叩いていても、力みが無くて、リズムの裏側にいろんなことを感じさせてくれる。音楽の理想だ、ありゃ。しかも、音楽に対する柔軟性を持っていながらめちゃめちゃアグレッシヴなんだよなあ。さすが世界のトップで活躍し続けるミュージシャンは違うのだ。来週のワークショップでは、マルメラアダ阿部さんの入れ知恵で無理矢理ピカイアと共演させてもらうんだけど、すんげ〜楽しみになった。というのも。ここ数年、スザーノはクラブサウンド系に走っていると思っていたので、打ち込み系〜マニアックなリズムおたくみたいな路線に行ってるのかなあと思いきや。昨夜の話してる感じだと、もっとジャズ系というか、インプロ系と言うか。「なんだ、それだったら、俺が体当たりすれば良いんじゃン」と。いや〜、日本人始め世界中の様々なミュージシャンが共演したがるのが良〜く分かった。と言う訳で、来週が楽しみじゃ。
日本のワールドカップが終わった。総じて見れば良くやったと思う。相手の戦力分析をしっかりやって、戦術を突き詰めて、細かい戦いをすれば2勝1分でグループリーグを勝ち抜けた可能性もあったが、これが現実。世界で戦う為には何が必要かを痛感させられた大会だった。トルシエジャパン時代からの負の遺産。「如何に数的優位を作るか」。そんなことを言ってるうちは世界では戦えないのだ。ヒデがここ1年ほど力説してたけど、1対1で負けちゃダメなんだよ。今回、日本が他の国々と比べて、ロングシュートを簡単に打たせてたのは、数的優位を作ろうとするあまり、1人の相手選手に2人3人とディフェンスに行ってしまって、その分その他の選手をフリーにさせてしまうから。ブラジル、アルゼンチン、イタリア、ドイツ、スペイン、ポルトガル、イングランド・・・強豪国はまず1対1で負けない。だから片寄ることは無いし、誰かがサボらない限り、中盤でボッコリ相手をフリーにさせることはない。そして、もう一点。これもトルシエ時代から変わらないことだが。最終ラインを上げられないこと。戦術的に引いて守る、っていうことはありだけど、チームとして点を取りに行ってる時にラインを押し上げられないのは大問題。攻めの枚数が少なくなるし、こぼれ球も拾えなくなる。これも、1対1に自信がないから。悪循環。そして、散々言われ続けていた決定力不足。これに関してもFWが1対1で勝負出来ないことが大きく影響してる。もちろん、単純にシュートそのものが下手クソということもあるが。この8年間を振り返ると、ジーコはホントに日本のサッカーの為に尽くしてくれたと思う。トルシエジャパン時代は(あの戦力では仕方なかったかも知れないが)、個々のレベルアップは棚あげにして、戦術で戦っていた。そして、そのやりかたではあるレベル以上には達しないことを見抜いて、ある意味王道で突き進んできたジーコジャパン。ありがとうジーコ!!そしてお疲れさま日本代表。これからやるべきことは子供世代からの正しい育成。課題がハッキリした。頑張れ日本サッカー。音楽と通ずるなあ・・・
梅雨かあ 6/12/2006
今年の4,5月はホントに忙しかった。ppsのアルバム制作に心身共にエネルギーを使い果たした。とは言え、既に過去の話。6/8&9のppsのライヴではもう新展開に突入。9月まではドンドン前進。レコ発の時にもう一度振り返ってみよう。5月からは、不肖・渡辺隆雄がラッパを教えることに。しかも、尊敬する大先輩がうごめくホットミュージックスクールで。感無量。しかし、何より生徒さんに喜んでもらえることを考えなきゃな。自分にとっても教えるって、勉強になるもんだなあ。今月中旬は久々にスケジュールがあまり入って無いからのんびりするか、と思いきや。四年に一度のあれが・・・
長年の尽力が実って、ブッシュ大統領と直接会談。あのブッシュも心を動かされたらしい。素晴らしい。母の愛のなんと大きなことか。マスコミも総じて絶賛である。当然だ。しか〜し!!何かおかしくないか?一民間人が頑張って20年以上に渡って地道な活動をし続けた結果なのだ。ん?その間、政治・行政は何をしていたのか。外務省も警察庁もあまりの無策ぶり。最近国民も諦めてるのか、それともバカなのか、こういう明らかにおかしいことに対して誰も何も言わなくなった。靖国問題もしかり。無知で無能な政治家や官僚を放っておくとろくなことにはならんのは歴史が証明しているんだけど・・・
人間力 4/5/2006
ちょっと一段落したけど、ミュージシャンが団結して立ち上がった例のPSE法。同じく5年ほど前の輸入レコード規制法。法律を作る人間があまりにモノを知らなさすぎる。想像力のかけらもない。そして、6月から改正される道路交通法。駐禁の取り締まりを民間に依託する。そこまでは、別に異論はない。しかし、その内容のひどさ。駐車車輌からちょっとでも離れたら、一瞬にしてキップを切られるようになる。しかも、写真撮影だけで、なんの警告も注意も無しで。もともと市民の生活を円滑にすすめる為に取り締まってるンじゃないの?これじゃ、捕まえる為の取り締まりじゃねえか。しかも、現実からあまりにかけ離れた内容。例えば、ライヴハウスの前に車を停めて、楽器の搬入搬出も出来ない。立ちションも出来ない。いちいち数分でも、人に迷惑かけなくても、駐車場に入れろって!?今の日本にそれだけの駐車場が確保されてるのか!?現実を全く見ずに、建前だけで片付けようとする官僚達。そして、それに操られているだけの国会議員達。あまりの想像力のなさ。現実とのギャップ。さて、ここ数日来世間を震撼させてきた例のマンションからの児童投げ捨て事件。(ウチ近所なんだよなあ・・・)なぜ彼は、自分も子供を持ちながら、あんな残酷なことが出来たのか?人間として何か重大な欠落があったとしか思えない。(精神病院に通っていたことと単純な関連性はない。)他方、最近の世の中の風潮を見ていると、ああいう事件が起こった後は、「如何に子供を守るか」「如何に犯罪から身を守るか」に話題が集約している。「集団下校」「防犯カメラの設置」「パトロール強化」・・・。確かに実際に子供を持つ親の気持ちとしては理解出来なくもないが、そういうことはやればやるほど、『人を信用しない社会』が形成されて行く。そして『人を信じられない人間』がドンドン増殖して行く。人を信じられない=自分を認められない。人を信用出来ない人間、自分を認められない人間が大人になったらどうなるのか?そして、人を信用出来ない大人達が作る社会はどんなモノになるのか?答は自ずと見えてくる。悪循環。想像力の欠如。今一番必要なことはああいう罪を犯す人間を作り出さない為の努力なのだ。「人を信じること」「自分を認めること」「弱いモノを守るとは?」「愛とは?」やってることが正反対だ。大人が病んでる。人間力の圧倒的な欠如。破滅に突き進む人間という種。せめて俺は出来ることから頑張るのだ。よろしく〜
季節の移ろい 3/10/2006
三日前に免許の更新へ。ちょっと遠いとこだったけど、早めに家を出て、40分の散歩。今年は遅いなと思ってたけど、街のあちらこちらから梅の香りが。若い頃(?)は何とも思って無かったけど、年を重ねるにつれて、季節の移り変わりに心が動く。日本人に生まれて良かったと思う瞬間。
マルメラアダ祭り 2/20/2006
行ってきました、やってきましたマルメラアダ祭り。仕切り不明でどうなるかと思ってたけど、なんとかなったみたい。内容はもちろん充実。ここでさらっと解説。
第一部『アタバキ・ブラザーズ』
その1
翁長巳酉(atabaki)渡辺亮(atabaki)の二名が中心となったアタバキアンサンブル。
+榎本秀一(尺八→ts)渡辺隆雄(tp)
+キーニョ(atabaki)柳元クン(atabaki)姫(atabaki)
その2
翁長巳酉(pandeiro)渡辺亮(pandeiro)小澤敏也(pandeiro)ビッグ(pandeiro)
四人による『デッチアゲ・パンデイロ・ブラザーズ』。
これかなり面白かった。マルメラアダ祭りならでは!
第二部『デッチアゲ・サンバ・ブラザーズ』
その1
加々美淳(g,vo)ダミオン(surdo,quiker,tambolin,vo)
鈴木夫妻がバーミアンで食事中で遅刻につき、加々美さんが熱唱。
+鈴木厚志(piano,pianika)鈴木弘美(vo)
ダミオンはさすがの芸人。加々美さんの安定感はバツグン。鈴木さんのピアニカも良かった。
その2
pikaia=渡辺隆雄(tp,pandeiro,africandrum)小澤敏也(pandeiro,berimbau)
+翁長巳酉(atabaki)渡辺亮(atabaki)を加えて、『ピカイア的カンドンブレ組曲』。これもマルメラアダ祭りならではの面白さ。
その3
デン(cavaco,vo)コッキー(tantan)ビック(pandeiro)
こりゃもうさすがの三人。会場わし掴み。皆幸せになれました。ビックのパンデイロは凄まじい。
第三部『DUO』
その1
灰野敬二(g)藤掛正隆(ds)
さすがに灰野さんは別格ですな。自分の存在そのものを魅せる。なかなか出来ません、ハイ。ドラムが藤掛さんだからロック寄りのインプロワールド。初めての触感。ブラジル目当ての人はどう聞いた!?
その2
灰野敬二(g)藤掛正隆(ds)+渡辺隆雄(tp)
個人的にはかなり気持ちよく吹けました。だうだったのでしょう灰野さん?
その3
灰野敬二(g)藤掛正隆(ds)渡辺隆雄(tp)
+翁長巳酉(いろいろ)渡辺亮(atabaki)コッキー(tantan)ビック(pandeiro)鈴木厚志(piano,pianika)
もう最後は皆入り乱れて・・・、の割に整然としたセッション。ま、でもお祭りらしいエンディング。
わたしゃ最後に突然出演が決まって(っていうか見に行くつもりだったんだけど・・・)、ちと部外者な気もしてたんですが、気がついたら一番ステージに居た時間が長かったかも。いやいや。ありがとうございました、っつうか・・・。まいっか。全5時間の阿部祭り、いやマルメラアダ祭り、まずは大成功。なってるの店員さん達が一番の功労者。お疲れまでした。
モノ作りは楽し 2/19/2006
pikaia pandeiro specialでのレコーディングが4/12〜14に決定。ゲストに松本健一ts、後藤篤tb、高岡大祐tuba、渡辺亮percを迎えることも決まった。なかなか豪華なメンバーだ。収録曲はこれから1ケ月で新曲を作ったり、既存の曲を見直したりしながら決めて行く。今回の凄いところはDVD付CDという形態。つまり二枚組になる訳だ。レコーディングそのものは、スタジオはmissing linkで使ったところだし、エンジニアは前回のpikaiaと一緒だから勝手知ったるモノ。しかし映像を制作するのは初めてだから何もかにも分からないことばかり。2/17に初めて映像担当者を交えてミーティング。DVDの内容や、撮影の仕方、編集の仕方などなどちょっとずつ分かってきたぞ。3月中旬までには収録曲を決めて、更に詳細なミーティングだ。制作は楽しい。ライヴとは違うエネルギーが必要で、それが身体の奥からニョッと出てくる感じがエエ。これからしばらくは充実の期間。
2006年 2/11/2006
今年も早一ヶ月が経過。月日の経つのはホントに早いモノ。でもこの40日ほどの中で、様々な事件・事故・問題が出てきている。まあ、基本的にはオリンピックイヤー&ワールドカップイヤーで、良いニュースが飛び交うはずの一年なのだが、日本に於ては小泉政権が終わる年だからして、次の政権を睨んで、様々な動きがある。そんな中で、気になっていること。いわゆる「勝ち組負け組論」。格差拡大の問題とも言われているが。政治家やメディアは勝ち組と負け組の二極化を問題視しているようだが、どうも問題の本質はそこじゃない気がしてならない。二極化が問題なんだったら、一度負け組になった人間が、再びチャレンジ出来るような社会の仕組みを作っておけば良い訳で、それはそれほど大変な事じゃ無いだろう。今、問題の本質は、勝負をして勝ち組に属したい人と、勝負そのものを望まない人との二極化なのではないか。ホームレスを見れば如実に分かるはず。負けた挙げ句に川原や公園で暮らしている人よりも、今の競争社会で生きて行くのが嫌になった人の方が圧倒的に多いだろう。政治家は社会の末端や本質が見えていなし、見ようともしない。この二極化はかなり大きな問題だ。今まで日本と言う国は小さな価値観や目先の問題では様々な違いがありつつも、根っこの部分では大きな共通の価値観を持って進んできた。旧石器時代以降バブル期までの長きに渡って、そうだった筈。それが、今の時代大きな共通の価値観が崩れ去ってしまっている。これから先、更にこの現象は大きくなって現れるだろう。どうなる日本?どうする人間? つづく
ワールドカップドイツ大会の組み合わせ抽選が終わった。いよいよこれから本番モード。抽選会を生放送で見てたんだけど、やっぱり何だか盛り上がってしまうのだ。エエなあワールドカップは。日本はブラジル、クロアチア、オーストラリアと同組。なかなか楽しみな組み合わせ。期待が膨らむ半年間。この半年間で一人一人が更に成長して、何人か新たに食い込んできて、そしてチームとしても成熟してほしい。そして、行く行くはトルシエ時代のようにその時の120%を求めるんじゃ無くて、80%出せば戦えるチームになってほしい。何年かかるか分からんけど。でも、稲本も力を出し始めて、大黒もフランスに渡るみたいだし、松井も期待出来そうだし。やっぱ個人の能力をアップさせて行くしか無い訳で。その意味ではますます楽しみなんじゃないかなあ、日本のサッカー界。頼むよ。おいらも頑張るぜい。
IMAGINE 12/8/2005
前回の話題に関連して。25年前に銃弾に倒れたジョンは言ってた。「想像してごらん、人種も国境も民族も超えた世界を」実際には人種も国境も民族も超えるのは人間の能力では不可能だと思う。でも、それらの違いをひたすら否定するんじゃなく認識する事は出来るはず。自分と違う存在を認め、面白いと思う事。そして自己の確立にとって財産だと思う事。有史以来人類の永遠の課題だろうけど、他者の存在をキチンと認め、それと同時に自己をキチンと確立する。これがホントに大切な事。この課題に対しては、物質文明以降ドンドン衰退していってしまってる。モノに恵まれてることによって、厳しく自分と向き合う必要が無くなる。それと同時に他者の存在も冷静に認められない。法律や人の目や今の常識がどうのこうのじゃなくて、人間として動物としての本能的な感みたいな部分を大切にすべきなのだ。子供に対する様々な残虐行為や、便乗犯罪。建築強度偽造。アメリカ&カナダからの牛肉輸入再開(30年後に誰が責任を取るつもりなのか)。アスベスト(30年以上前にこうなることは分かっていたのに)。静かに、しかし確実に拡がるHIV(手後れになる前に本気で考えないと)。みな問題の本質的根っこは同じ気がする。<想像力の欠如>。「頑張れ人間! 足許を見つめろ! 過去を振り返れ!」俺の思いはジョンの主張とは多少違うけど、『IMAGINE』が今の人類に必要なことは確かだ。
女児殺害 12/6/2005
以前から言い続けてきたが、人間がやばい。自分より弱い生き物は本来守るべきもの。それを殺めてしまうとは、人間である前に生き物としておかしい。高度に(高度とはどうしても思えないが)発達した物質社会の副産物だろう。モノが溢れているが故にまともな価値観を築けない。ホントに大切な部分に目が届かない。このまま行ったらホントにとんでもない社会になっちゃうよ。自分に出来る事はなんだろうと考える日々。音楽やってて良かったかも・・・
祝!ガンバ優勝 12/5/2005
遂にやった。関西チーム初の年間王者。柏レイソル〜ガンバ大阪と常に優勝を狙えるポジションに居ながら、いつも2,3位に終わっていた西野監督良かったなあ。アトランタオリンピックでU-23日本代表を率いて、ブラジル相手に将来に繋がらないサッカーでブラジルに勝利してしまった『マイアミの奇跡』。その嫌な過去を払拭するかのようなサッカーでガンバというチームを作り上げてきて、結果も残せてホントに良かった。持ち味の攻撃面では、アラウージョ&フェルナンジーニョというブラジル人二人の力に負うところが大きかったのはちょっと残念だが、大黒あってこその二人だったし、二川・遠藤・家長あたりも素晴らしくバックアっプしていた。そして、見逃せないのは、ユース世代からの昇格組が多い事。これはJリーグの構想から言っても非常に大事。チームが全体として地域に密着しながら成熟していく。某プロ野球球団の様に他からドンドン良い選手を買ってきては使い棄てて行ってしまってはスポーツとして未来が無いのだから。その意味では、ナビスコカップのジェフ千葉の優勝も良かった。ジェフも生え抜きが非常に多いチーム。日本のサッカーはJの実現によって確実にステップアップして、世界の中でもそこそこのポジションにまでは上がってきた。しかし、ここから更に登り詰めるにはやはり下部組織や幅広い層の充実は欠かせない。そんな意味でも今回のガンバの優勝は良いきっかけになるだろう。更なる日本サッカーの飛躍へのスタート!
去る8/24〜26に泥沼楽団の強力ドラマー・ロジャーと『泥沼山行』で北アルプス・上高地から入って穂高に登る予定であった。しかし、前線の南下で本州中部は広い範囲に渡って雨。おまけに台風12号の後から、台風11号がやってきて本州直撃の気配。天気図と天気予報を良〜く見て、「東北の山に行こう!」と前日に目的地変更。台風の事を考えると、24〜25の1泊にした方が良さそうだ。1泊となるとそうそう遠くまでも行けない。と言う訳で、福島と山形の県境にだら〜んと横たわる吾妻山を目指す事に。一応天気予報では8/24は福島県も山形県も晴れ。しかし、強力な『真っ白け男』ロジャーが居るからなあ(笑)。8/24の1:00に出発し、東北道をひたすら北上。道中ずっと降ったり止んだり。「ん〜、前線の北側に抜ければどんどん天気が良くなるはずなんだが・・・」。福島西ICで下りて、フルーツライン経由で磐梯吾妻スカイラインをどんどん登っていく。想定外の雨、雨、雨。あまけに雲の中。「ロ、ロジャーさ〜ん・・・」。しかし、雨を降らせていた雲はかなり低いところにあったようで、途中で雨は上がった。目的地の浄土平に到着。標高は約1700m。雨を降らせていた雲はかなり下の方に拡がっている。しかし、頭上にはそれとはまた別の雲が。「ん〜、こりゃ今日も晴れそうに無いなあ」。急遽作戦会議。最新の天気予報で台風の影響が8/25から出始めそうなことも考え、浄土平〜西吾妻縦走ピストン1泊山行は諦め、一切経〜東吾妻の日帰りプチ縦走に切り替える。気分一新で一切経に向かって登りはじめる。雲に一面被われながらもたま〜に覗く青空。この青さがたまらんのだなあ。感動。1時間半の登りで着いた一切経の頂上はゴロゴロした岩が拡がり、ガスに立ちこめられている。その風景は殺伐として、この世のモノとも思えない。そう、あの世への入り口がすぐそこに有りそうな・・・。一切経を下りて、鎌沼に向かうと、小さいながら湿原が拡がっている。一切経の殺伐さから一転して、ガスが切れて合間に光が射す湿原&沼はまさに極楽浄土のよう。「泥沼楽団のPVはここで撮りましょ〜! 」「極楽浄土で会いましょう♪」。ピーカンの山もそりゃ良いけど、こういう天気の山はいろんな表情が見えて、奥深さを感じさせられて素晴らしい。鎌沼で極楽浄土の感動を頂いた後は、ジャングル探検のような東吾妻への登り。ロジャーは「トラが出てきそ〜やな〜」。ロジャーさん、ここは福島県ですから、ハイ。標高は2000mに充たないところを登っているのだが、ナナカマドの葉は黄色くなり始めている。確実に秋の足音。前日の雨で登山道は沢状態。歩きづらい。と、突然、樹林帯が終わり、背の低いハイマツ帯に変わり、見晴しが良くなったところで頂上に出た。意外な展開。「やってくれるなあ〜」。天気が良ければ、磐梯山や安達太良山が見えるんだろうが、この日はな〜んにも見えず。「ロジャー日和ですねえ(笑)」。ぬかるんだ道をひたすら下り、景場平で湿原に再会し、トンボと枯れ草に秋の気配を更に深めた後、最後の1時間はゆるく登り返して、浄土平にゴール。展望はなにも望めなかったが、山の奥深さをまたまた実感した一日であった。しかし、俺はこれで穂高に挑戦三度目。初回は大雨&雪渓に涸沢山荘でギブアップ。ニ度目は強風&雨で穂高岳山荘でギブアップ。三度目の正直となる筈だった今回は門前払い。山の天気って〜のは・・・。こうなりゃ来月も挑戦してやるっ!
戦後60年 8/7/2005
広島に原爆が投下されて六十回目の夏。生存している被爆者達が一人、また一人と亡くなっていく。あの体験の悲惨さが世代を超えて伝わっていかない。原爆のみならず、戦争体験そのものが風化していく。しかし、問題はそんな単純では無い。太平洋戦争当時と比べて、戦争つまり大量虐殺行為はドンドン簡素化している。ゲーム感覚で爆弾投下。しかも劣化ウラン弾まで有りかよ。殺す痛みを全く味わわない。このヴァーチャル化してしまった世の中をどうしたものか。何が変えられるの?何が本当なの?考えれば考える程絶望的になるけど、出来る事をやり続けるしかないのだ。人それぞれのスタンスで。
敬愛する江戸風俗研究家兼漫画家兼作家兼ソ連代表兼酒呑みの杉浦日向子さんが7/22に逝ってしまった。享年46。早過ぎる。寂しすぎる。まだまだこれから現代社会に小粋な爆弾をポロっと落としてってくれると思ってたのに。俺がもっとビッグになったら一緒に呑めると思ってたのに。運命(さだめ)なのか。ま、酒飲みがかかりやすい咽頭癌だったらしいし、本望なのか。ん〜
たまには旅日記 7/10/2005
7/1。前乗りで熊本県は玉名温泉へ。ツアー一行で温泉旅館を貸し切りだア。幸せ〜。夜は残念ながら大広間で大宴会では無く、タクシーで多国籍料理屋へ。馬刺し旨かったっす。もちろんいも焼酎。宿に戻ってからは、広い部屋でゆっくり休むはずが宮ちゃんの部屋で痛飲。
7/2。当然のように激しい二日酔い。久々だなあこんなの。名残惜しく旅館を後にして、会場へ。楽屋の窓を開けると一面田んぼ。すぐ前には用水路。体長50cmはあろうかというライ魚が二匹泳いどる。「ん〜和むなあ」。リハ終了後の17:00過ぎにやっと吐き気も収まり昼飯の楽屋弁当。本番はなんとかなったぞっと。お客さんは皆熱くて元気だった。さすが九州。こちらも気持ちよく熱〜い演奏。終演後バス移動で福岡へ。「今日は酒飲まんぞ〜」
7/3。昨夜は禁酒したのですっきり起床。今日の現場は電気ホール。なんだか凄い名前だ。ツアーも終盤に差し掛かってますますバンドはヒートアップ。この日は今回のツアーで初めてスローバラードを演奏。やっぱり格別の盛り上がり。名曲です。打ち上げはもつ鍋や。丁寧に仕事をしてあるお店でおいしくいも焼酎を頂く。酢モツが絶品。
7/4。本隊は一度帰京。しかしおいらは居残りで旧友・KenGとジャズのセッション。昼間は気ままな一人歩きを楽しむ。櫛田神社まで散歩し、門前の『かろのうろんや』でとろろうどんとかしわむすびを頂く。雰囲気がとても良い店。福岡で時間がある時は良く行く。うどんをすすった後引き続き1時間ほど散歩。山笠が始まっていて、街のあちこちで飾り山を目にする。「良いなあ、お祭り」。一度宿へ戻った後、着替えて大濠公園へ。身体がなまってきてるので、ランニング。良い汗をかく。部屋でラッパを吹いた後、清志郎バンドのベースキタローさんが参加してる『アナム&マキ』を見に、ドラムサンへ。なんとキタローさんパーカッションのみ。面白かった〜。キタローさんの摩訶不思議パーカッションも凄かったけど、二人の歌姫が素晴らしかった。絶妙なコーラスアレンジ。あ〜いう人たちには売れて欲しいもんだなあ。途中で切り上げて、おいらの現場へ。今宵は渋いジャズバー『JUMP
HOUSE』。KenGのtsと田口悌治さんのgとおいらという変則トリオ。久々のジャズ。いや〜田口さんの上手い事!ビックリ。なかなか東京ではジャズギターとの共演ってないからなあ。KenGのバラードは相変わらず素晴らしい。「おいらはどうだったのでしょ〜?」
7/5。昼過ぎにふらっと外出して、すぐそばの『やぶ金』というそば屋へ。「福岡でそば屋?」と思いつつ、店構えがエエ雰囲気だったので思わず入店。まずは薩摩地鶏のたたきでビールを頂く。これ絶品。柔らかい地鶏にオニオンスライスと生姜を添えて、たまりにすだちを絞ったタレで食す。ホロ酔いになったところでざるで締め。江戸そばの名店でした。当たり。宿に戻ってラッパを吹いて風呂入ってから出勤。今日は三度目になる『NEW
COMBO』。KenG(ts)間村さん(b)菅原君(ds)とおいらのカルテット。候補曲を用意していったら全部採用されて、自分のライヴのようになってしまった。この日はリズム隊がいるので昨夜よりハードな演奏。菅原君の上手い事。またまたびっくり。考えてみたら東京では、いわゆる『ジャズミュージシャン』とはほとんど共演して無いモんなあ。終演後に宮ちゃんが遊びに来たので、お客さんも帰った後だったけど、TRISTEZAをセッション。良い一日でした。マスターが買ってきてくれた手羽先&一口餃子でいも焼酎が進む。せっかくの福岡なので、帰りに豚骨ラーメンを食べて、福岡3daysに幕。
7/6。今日は一路米子へ。宮ちゃんと二人旅。8:40に宿を出て、新幹線で岡山へ。更に乗り換えて二時間。思ってたよりは楽な移動だった。昨夜までの福岡と違って米子はさわやかな暑さ。会場へ直行し、清志郎バンド一行と再開。二日間ジャズをやった後の清志郎バンドでの演奏は新鮮で面白かった。米子は有志達の実行委員会の主催。暖かい雰囲気でありがたい。ツアーのラス前と言う事もあって、バンドのグルーヴは素晴らしかった。打ち上げはちゃんこ屋。ここのちゃんこが旨かったなあ。味噌ちゃんこと塩ちゃんこがあるんだけど両方絶品でした。実行委員会のスタッフ達も合流して良い打ち上げになった。「ありがと〜」
7/7。いよいよツアー最終日。「今日で終わりかア、寂しいなあ」と思いつつ、昨日と逆に岡山経由で広島入り。ステージも客席も楽屋もゆったりした作りでやりやすかった。最終日の何とも言えない余韻のような演奏。厚美さんは「昨日で終わっちゃってたねえ」なんて言ってましたが・・・。確かに追加公演のような雰囲気だった。最終日なので、ツアー一行全員での打ち上げ。おいらは六連チャンでクタクタ。宿に戻ってからすぐに心地良い燃焼感に浸りながら爆睡。
7/8。寂しさを抱えながら帰京。広島空港から家へ。
いや〜、素晴らしいメンバーに素晴らしいスタッフ。最高のチーム。また一緒にツアーをしたいもんだ。それまで自分を磨く日々。皆さんに感謝。恩返しを出来るように精進。
迷走する世界情勢 7/9/2005
ロンドンで起こった同時テロ。現時点ではまだアルカイダの犯行かどうかは分からないが、イスラム強硬派によることは確かだろう。アフガンやイラクでのアメリカ(やそれの同調する国)のやり方に対する攻撃なのだろうが、そのやり方は世界中のイスラム教徒達の大多数も支持しないだろう。ベトナム戦争やスペイン内戦など、過去にあった体制への批判をこめた明確な活動とは既に大きく懸け離れてしまっている。メッセージ性も薄れてしまって、只の無差別殺戮行為に限り無く近い。そこから新たなものは、価値観も文化も体制も何ひとつ産まれないだろう。本当に無意味な殺戮。しかも、自爆と言う手段をとっているから、本人の貴重な生命も一瞬のうちに失われる。もともと何故宗教は産まれてきたのか、何故人間は宗教を必要とするのか。その辺の原点を考えられるような世界にしなければならない。テロからは何も産まれない事を社会全体に浸透させていかねばならない。もちろんアメリカは自らのしていることを認識しなければならない。そして何より、人間は『違う価値観を認める』生き物に変わらなければならない。どれだけ時間がかかるのか全く分からないが。真に平和な世の中はいつ来るのか?はたまた人間は滅亡するのか?
6/18。今回の清志郎バンドのツアーで唯一の移動日。何も予定無し。6/17名古屋でどうするかいろいろと作戦をたてる。1,名古屋に残ってサンバタウンに行く。2,大阪のchove
chuvaに行く。3,早起きして早い新幹線に乗って六甲に登る。「ん〜、どれもおいしいなあ」しかし、chove chuvaは臨時休業との情報。「これは思い切って早起きして山登りすっか〜」と思いつつも名古屋では打ち上げの後、地元の友達と朝4:00近くまで飲んでしまい、翌朝は思考力ゼロ。とりあえず皆と一緒に昼過ぎの新幹線で神戸へ。二日酔いの残る身体ながら、とりあえずホテル近くの本屋で六甲登山用の地図をゲット。14:30頃から地図を睨みつつ、「せっかく天気も良いし、二時間くらいどっか行ってくるかなあ〜」と思いつつ、そのまま寝てしまった(笑)。結局、その日は19:00から皆と一緒に鉄板焼屋でめしを食った後、愛する近藤さんの店・Big
Appleに梅津さんと顔を出す。見た事のない発砲性にごり酒を頂く。近藤さんはこの日も御機嫌であった。宿に戻ってワールドユースのオーストラリア戦を観戦。ふがいない試合。「その世代でそんなサッカーすんな!」頭にきつつ就寝。6/19は今回のツアーの目玉・チキンジョージ。あの狭い空間に800人ものお客。盛り上がったなあ〜。「やっぱライヴハウスは良い」。終演後ちゃんこ屋で打ち上げ。宿に戻ってコンフェデのギリシャ戦だ。昨夜のユースとは打って変わって、非常にアグレッシヴな内容でギリシャを撃破!大黒良くやった。(玉田にも前半のうちに決めてほしかったんだが。)一人で盛り上がったなあ。と思いきや、試合終了後すぐに豊橋の友達から電話。「いや〜、アジアチャンピオンがヨーロッパチャンピオンを破っちゃったよ。歴史的な日だぜこりゃ。」感動の輪が拡がる。にやにやしつつ3時間睡眠。翌6/20の朝は6:00起床!
昨夜の勝利のお陰で、こっちも気合いが入っている。6:30に宿を出て、三宮から阪急に乗り、六甲駅で下車。目指すは摩耶山。7:00スタート。住宅地を30分程歩いた後は、杣谷沿いの登山道を登っていく。街の喧噪がどんどん遠くなっていき、換わりに沢のせせらぎや、野鳥のさえずり。思いのほか自然が豊かに残っている。「良いじゃン、六甲」。杣谷峠を経由して8:40摩耶山着。身軽とは言えさすがにこの季節は暑い。滝のような汗。でもそれがまた非常に気持ち良い。山頂からは神戸の街並が霞んで見える。天気が良ければ相当遠くまで見渡せるんだろうなあ。もっと寒い時期にまた来たいモンだ。下山は天狗道〜学校林道〜旧摩耶道。行きとは逆に、自然の中からだんだんと街の喧噪が近づいてくる雰囲気がまた何とも言えず良い。こんなに都会と自然が近い街はなかなか無いだろうなあ。「神戸って素晴らしい」。新神戸駅を通り過ぎて、宿に戻ったのが10:25。3時間半の心地良い時間を過ごせた。しかし、あれだけ街から近いところに豊かな自然が残ってるなんて、ちょっと感動。しかも、標高700m程の山ながら歩いたコースもけっこうちゃんとした登山で満足。ハイキングに毛のはえたようなモンかと思ってた。さすが、加藤文太郎が育った山。次回から神戸に行く時は地図を持ち歩って、ちょっとずついろんなとこを歩いてみよっと。充実の神戸三日間。
やってくれました!我らが日本代表。最終予選を振り返ってみると強さはしっかり出てました。一戦一戦は危なっかしかったり、もの足りなかったりしてたんだけど、しっかり勝ち切ってきてるところは素晴らしい。ワールドカップ予選は何が起こるか分からないもの。強豪国でもなかなか力を発揮出来ない事が多い。そんな中で、今回の日本代表は周囲に惑わされず、しっかり一歩一歩やってきてくれました。日本らしい精神力の強さ。なんだかんだ言ってもお国柄が出るもんだ。その辺がサッカーは文化だと言われる所以。面白いなあ。本大会出場は決まったけど、これはスタート。コンフェデ杯、8/17の最終イラン戦、そして来年の本大会へと、更にレベルアップを。その為には、下の世代から何人か食い込んできてほしい。グランパスの本田とか、セレッソの苔口とか、そして何と言ってもFW。カレン、森本、平山あたりにはグングン成長して欲しい。海外組がもっともっと増えていってほしい。頑張れニッポン!
5月は中味が非常に濃かった〜。まずは先月末からの流れで清志郎バンドで大阪のイベントでスタート。仙台に引き続いてスカパラホーンズとの合体。面白かった。大阪から帰ってすぐにピカイア春の旅。今回で更に一歩前進。新曲が効果絶大。また自信がついた。これからが楽しみ。そしていよいよ清志郎さんのデビュー35周年ツアーが幕開け。本当に良い感じで『バンド』になってきてる。凄く楽しいのだ。ウン。これから夏にかけて楽しみが多いンだなあ。そして、旅帰りピカイア@音や金時。一皮向けたピカイアを実感出来た。そして、missing linkのmiles tribute@pit inn。重たいテーマに望んだけど、皆軽くいなしていつも通りのmissing link。さすが。特に、いつもに増してアグレッシヴな早川さんと、エレピ多用の中山さんは素晴らしかった。俺自身ここ最近でレベルアップ出来てる手応えがあった。このまま、階段を二段くらい飛び越えられそうな予感。ステージは心底楽しみつつ、ラッパのプレイに磨きをかけるべく日々精進。missing linkはそろそろmodel changeの時期かも。ラッパ吹きとして強力な姿をもっと見せねば。pikaia pandeiro specialはノルジスチ路線を突っ走りつつ、ひたすら楽しさを追求するのだ。という訳で6月も全力投球。ジーコジャパンも頑張れ!
確実に破滅へと進むヒトという生物 April
28th,2005
JR西日本・福知山線の脱線事故の凄まじさ。犠牲者に合掌。原因はいくつもの要素が絡み合っているだろうが、いずれにせよ『人災』であることに間違いないだろう。運転手のスピードの出し過ぎ、その運転手に多大なストレスを与え続けるJR西日本の組織体質、そのJRに少しの遅れでも苦情の電話をかける人々。車体の軽量化によって少しでも多くのコストカットを目指す経済体質。また粉砕痕があったらしいが、万一置石などがあったとしたら、大勢の人が乗っているとわかっている電車が走行するレールに危険な行為を平気でできる感覚。実際福知山線管内では、置石や警報機のいたずらなどが多発しているらしい。悲しいこと。マスコミでは専門家やらアナウンサーやらコメンテイターやらタレントやらなど様々な人種がこぞって「安全を軽視したJR西日本」とあっさり言い放つ。そういう社会を作ってきたのはここ100年程の間の我々なのだ。(人類100万年の歴史の中で)。日頃、車を運転すると無理な割込みや、逆に絶対に入れないぞ運転。電車の中でも座席争い。電車をおりる時は人より先に下りようとする争い。正に通勤通学の現場は戦争の縮図。(意味のない)。元来争いごとが好きなヒトという生物が受験戦争によって決定的に勝ち負けの大切さを身につける。(価値のない)。そういうことから産まれてきたものと言えば、我が子の虐待、自分より弱い存在を簡単に殺める、異常に高い妊娠中絶(現代女性の6人に1人が中絶経験者!)、自殺の急増・・・。『生命の軽視』。日本に限らない。イラクで、アブグレイヴで、スーダンで、北朝鮮で・・・。1888年のブラジルでの終焉までアフリカからの奴隷貿易は世界中に広まっていた。人間社会だけに限らない。丹沢に登るとブナの立ち枯れ。原因は東名高速の排気ガスによる酸性霧と鹿の食害。鹿の増加は第二次大戦中にヒトが食用に放ったことにも遠因がある。人の最大の罪は他の種にまで損害を及ぼしてしまうこと。自分達が破滅するだけじゃ足りないらしい。あらゆる動物をペットにし、あらゆる自然を破壊し、地球に多大な打撃を与え続ける我々ヒト。ホントつくづく嫌になる。しかし生まれてしまった我々。生んでもらったことには感謝もしてるし、今を必死に生きなけりャいけない。それは間違いない。そんな中でいつも思うことは『ホントに大切なモノ』を見失わないようにする努力が一番大事だということ。今の地球上の人口が環境を壊さないで生きて行くには縄文時代のような生活をしなきゃならないというデータもあるけど、もちろんそんなとこはほとんどの人には無理。結果的に地球から生命は消え失せてしまうのかも知れないけど、今自分の出来ることから始めること。そしてホントに大切なモノを見失わないこと。過去の歴史から学びとれることは多い筈。小泉さんにも。みんなー、眼をつぶらずに頑張ろうやー。
愛国無罪 April 20th,2005
中国、韓国で反日運動が激しさを増している。悲しいことだ。日本のマスコミでも連日の過熱報道。様々な要因や、様々な意見があるだろう。しかし、一番大切なことを忘れてはなるまい。それは「客観的事実を知ること」。これは日本人中国人韓国人それぞれに共通して言えること。19世紀に至るまでの大陸と日本との関係の歴史。そしてそれまで属国のように思われていた小国・日本が突如牙を向いた20世紀前半。そして、戦後補償を免責された日本が経済的に凄まじい飛躍を遂げ、中国に経済援助をしてきたねじれの構図(どっちが戦勝国でどっちが敗戦国やら)。世界中どこの国でも共通して言えるけど、体制側に立つ人間は都合の悪いことに蓋をしたがるもの。我々民衆はしっかり自分の眼で事実を探し出さなければならない。今の時代、簡単に出来ることなんだから。事実をきちんと知った上で自分の意見をしっかり持てば良い。ナショナリズム結構。民族としての誇りを持つことは大切なこと。ま、でも間違いなく言えることはこれからの世界はグローバリズムとナショナリズムの同時進行。そして何と言ってもキーワードは『共存』。ずっと言い続けてるけど。言い続けますよ〜。さて、話は戻って、日中韓の問題。政治家は出来ることもやらなさ過ぎ。戦没者の慰霊をしたければ、国立墓地を作れば良いのだ。教科書問題は、ドイツとポーランドのように、両国で協力しあって、イバラの道を歩むべきだ。郵政問題しかり、道路公団の民営化しかり、政治家っていうのは、いつからこんなに何も出来ないことの代名詞のようになってしまったのだろう。この国の100年後を良くすることなんか考えてないんだろうな。今さらながら角栄とか、ハマコーとか、中曽根とかが懐かしい。って、俺はあんなタカ派じゃないんだけど。
missing link April 13th,2005
初めての試み。中山さんがSTEINWAY+早川さんがウッド。しかも全編。持ち替え無し! PAを含めてセルフセッティングだったので、かなり精神的肉体的にしんどかったけど、やった甲斐があった。俺が普段ライヴをやる時に考え、かつとても大事にしている『空気感』『空間を作って行く』作業がシビアに出来た。やっぱり生楽器の持ってるエネルギーって率直に言って素晴らしい。ましてや、演奏するのが中山&早川。別格ですなあ。さすがの二人。泳いでいる空間が違う。早川さんは気持ちのこもったグルーヴでバンドを力強く牽引してくれてたし、中山さんはバンドサウンドに色とか匂いとかを持ち込んでくれた。これぞ音楽、これぞバンド。俺はそんなこんなでラッパ的にはベストの状態には程遠かったけど、感じてることはなんとか伝えられたかな。ま、ラッパ吹きとしてはまだまだ修行は足りません。でも、生だとやっぱかなりやり応えあるなあ。確実に成長出来てる自分も実感。このアコースティックバージョンは半年に一度くらいやりたいと思ってるので、また半年後に成長した自分を発見出来るように頑張るのだ。この経験、バンドとしてもまた今までに無い一歩を踏み出せたはず。打倒ギル・エバンス・オーケストラ!?更に色彩豊かなバンドになるぞ〜っ、と。尽力してくれた吉田先生サンキュ〜
Art Festival
in Kashiwazaki '05 March 24th,2005
行ってきました。柏崎。そして生まれて初めてのソロライヴ。いや〜非常に濃い〜イベントでした。Chad Smithの写真加工作品を展示した空間で、DJ二人が吟味された音を流しつつ(これも良い趣味だった)、g,vo+2dancersのフラメンコチームと、tpソロと、vo山田晃士ソロ。フラメンコを生で見るのは初めてだったけど、やっぱああいうもんは生で見るもんだ。ウン。そしておいらはソロとは言え、生真面目なジャズのお店でも無いので、DJとコラボをしたり、久々にサンプラーを使ったり。せっかくなので、スッピンでYou don't know what love isをやった。そんなだから、中途半端な感じにはなってしまったけど、まああの空間の中でやれることはやった達成感はあったかな。そして、圧巻は山田晃士! 凄いなやっぱ。あの空間をすべて吸い付くして、吐く息は山田晃士一色。お客さんは皆眼が点。結果的には三者三様。Chadの作品が真ん中にあって、音楽はその周りに対照的にちりばめられてて、いろんなエネルギーが渦巻いてて。もちろん、企画したらくだやママや、スタッフ、お客さんのエネルギーも混じりあって、あの日あそこでしか生まれない素晴らしい空間があった。いや〜地元も皆さん、お疲れ様でした&ありがとう。おいらも何かと疲弊したなあ。ま、結果良ければ全て良し! '05とある以上は来年もやるのでしょ〜。頑張れ!!おいらもたまに(笑)呼んでねえ。
pikaia pandeiro special March 23th,2005
昨年7月以来の『パンデイロの日』を3/13に音や金時でやった。この半年の間にピカイア自体がかなりアフロブラジルに傾倒していたので、必然的にブラジル北東部直球勝負的なライヴになった。でも、このクセモノのnaveだからして、それだけでは終わらない。1セット目は前回やったナンバーの中から手応えが良かったモノをチョイス。そして、何と言っても2セット目。シランダ、マラカトュ、フレヴォetcペルナンブーコモノをメインに据えつつ、中西さんをフィーチャーしてカンドンブレや、フラメンコでのパンデイロ+カホン隊、今回の目玉サンバヘギの新曲などなど。新たな試みが盛り沢山であった。あまりマニアックになりすぎるとヤバいなと心配していたのも杞憂に終わり音楽的に素晴らしかった。そしてアンコールでは日本で最高のパンデイロ奏者・源ノ進さんと、グルーヴ系パンデイロ奏者・イシケンくんも加わって正にパンデイロの祭典! プチ・ピカイア祭りだった。嬉しかったっす。それにしてもこのユニットはかなり良い手応え。今年はある程度レギュラーでやりたいものだ。やっぱ方向性も性格も全然違うパンデイロ奏者が二人いるっていうのがポイントだなあ。さすがnaveさんは目のつけどころが素晴らしい。たまに自画自賛。次回が早くも楽しみ!!
ROMANCE GRAY 35 March 8th,2005
3/2〜5までパルコ劇場で清志郎さんのデビュー35周年記念ライヴだった。僕らバンドが出演したのは3/3&5。3/2&4がゲストてんこ盛りの日。初日の3/2、出番はなかったが、せっかくだし、あのタイマーズが10年ぶりに登場すると言うので見に行った。まず19:00から15分間のフィルムショー。スペシャが制作してるのかな。なかなか面白くて見応えのある作品。しかし'80年代サウンドってなんであんなに聴いてて恥ずかしいのかなあ? さて、初っぱなからタイマーズの登場だ。年とってだいぶ体力は落ちたようだが、相変わらず怒ってた。怒るエネルギーって凄いんだなあ。清志郎さん曰く「すんげえ疲れるんだよ、あれ」。怒りながらも、しっかり時事ネタを折り込み、ビートは乗りやすくてやっぱ良いバンドなのだなあ。30分程演奏した後、ゲストコーナー。清志郎さんは波田陽区の時だけ登場。新旧ギター侍対決。で、金子 マリ/斉藤 和義/竹中直人/寺岡呼人/ゆず/ハローケイスケ/山口智充/YO-KING/Leyonaと凄まじく豪華なゲスト陣。清志郎さん目当てのお客さん達の微妙な空気感の中で、やりずらそうだったけどさすがに皆さん良かったなあ。特にぐっさんの客を引き込む力と、Leyona&マリさんの唄の力は素晴らしかった。最後にタイマーズが再び登場して20分程暴れて初日終了。23:00。「なげ〜」。4daysなのに初日からこんなに濃くて良いんだろうか?そして二日目。バンドとしては大晦日のイベント以来だったから全体的にちょっと堅めだった。新曲も多かったし。この日のゲストはハイロウズの甲本ヒロト。良い声してたなあ。ステージングもさすが。っていうか身体の軽いこと軽いこと。バンドの日は短かめのステージの予定だったが、それでもしっかり2時間コース。三日目。俺は欠席したけど、やっぱ終わったら23:00だったらしい。この日もゲストの日で、井上陽水/高野寛/ダンディ坂野/Char/ちわきまゆみ/トータス松本/間慎太郎/浜崎貴司/藤井裕/RHYMESTER/ワタナベイビー。この日は初日と違って清志郎さんもゲストと共演が多かったみたいなので、ある意味一番大変だったんじゃないかなあ。そして、最終日。緞帳があがるとニュース23のテ−マと共になんと筑紫哲也さんの登場。会場拍手喝采。筑紫さんの前説なんて、なんて贅沢なんでしょう! そしてバンド登場。バンドとしては二日目なので良くこなれてて素晴らしい演奏だった。そして何と言っても、この日のゲストはチャボさん。客はホントに総立ちで喜んでたなあ。チャボさんとは初共演だっったけど、あの存在のカッコ良さ! 人間性が滲み出てるかのよう。最終日は演奏者側も客席も大満足の一日。ラッキーなお客さん達であった。しっかし、これだけ内容の濃い4daysをやり通すエネルギーはホントに凄いのだ。改めて忌野清志郎の凄さを思い知らされた4日間であった。あんな人居ないなあ・・・
missing link February
25th,2005
しばらく何も書いて無かったなあ。久しぶりの一言。2/23にmissing linkのレコ発第三弾@三軒茶屋Grapefruitmoon。良い演奏だった。春一番の所為か(?)、皆気持ちがしっかり入ってたみたい。まあ、レコーディングを経てバンドとしてかなり成長出来てきてるし、もともと素晴らしいメンバーだけど。アルバム作るって良いなあ、やっぱ。「何でかなあ?」ってちょっと考えたんだけど、普段のライヴと違って、いろんな人が関わってるから、その分『愛』が多いのかな、と。レーベルの人間、カメラマン、デザイナー、イラストレーター、レコーディングエンジニア、マスタリングエンジニア。みんな少ないギャラの中で素晴らしい仕事をしてくれたもんなあ。感謝! そんなアルバムも音楽そのものを考えたらもう過去のもの(これからバンバン売らなきゃ行けないんだけど・・・)。今年に入ってからラッパ吹きとしてちょっと新境地に入りつつあるし、バンドとしてもぐっと前進出来そうな予感。4月以降凄く楽しみなのだ。
木下尊惇 January
11th,2005
昨日リハーサルをしに木下さんの事務所兼レッスンスタジオへ。木下さんは10代でボリビアに渡り、向こうで本格的に活動してきたフォルクローレギターの達人。ピカイアのツアー先で対バンになったのが奇縁となって、とうとう5年越しで共演することになった。運命、っていうか人生面白い。実は一緒に音を出すのは勿論、ちゃんと話をするのも初めてだったが、いや〜、木下さんの話の面白いこと。で、価値観とか、普段考えてることとかもかなり似てるんだなあ。土俵が全然違う人間同士で価値観が一緒だからますます話は面白くなる。現代文明に対する考えとか、教育についてとか、他人と一緒に音を出す時の心がけとか・・・。そして、なんといっても懐の広いこと。まあ、フォルクローレのフォの字も知らない俺を平気で誘っちゃうくらいだから。でも、それって凄いこと。だって、フォルクローレの世界でちゃんとなりたってる人が、更に他の要素も取り入れるべくもがいてるんだから。ジャンル問わず、ミュージシャンが皆そうなったら、音楽はもっともっと素晴らしくなっていくだろうに・・・。そんなこんなで14:00からリハやって、最後は話が止まらず終わったのは21:30!!今年のライヴ初めが木下さんっていうのも何か印象的。肝心の演奏内容は、もちろんかなり面白くなりそうだ。フォルクローレは全然無知な俺だけど、ブラジルの土着の音楽や、ロマミュージックなんかとの共通点が見えたり、何と言ってもちゃんと歌えるような名曲が多いので、ジャンルはほとんど気にならない。唯一、リズムの取り方がやっぱり独特のモノがあるなあ。ま、それは良い勉強。そんな訳で、リハだけでも非常に良いモノを頂いてきました。感謝。もちろん本番は弾けるぜ〜
Happy New Year! 〜命,共生〜 January 3rd,2005
あっという間に2004年も終わり、2005年に突入。終戦後60年。太平洋戦争の記憶は遠ざかり、戦争の実感が身の回りから薄くなっていく。それとは対照的に世界中の戦争は減るどころか、増えていき、しかもいつのまにか日本も軍隊を派遣している。イラクを始め、世界中で戦争によって数多くの人々が亡くなっているのに、我々には実感がない。最新鋭の兵力を有する米空軍に至っては実際に殺戮をしている兵士にさえ人を殺してる実感がないのだろうなあ。明らかに良く無い方向に時代は進もうとしてる。社会からも実感出来ることがドンドン減っていって、バーチャル化していく。情報だけが乱れ飛び、振り回され、結果ドンドン自分を見失っていく。そんな社会の中でもがきながら、大事なモノを見失わないで生き抜いていくのは大変なことだ。でも!
やらなきゃいかん。キーワードは『命』『共生』かな。命の大切さを如何に実感出来るか?人間、自分、他人、動物、植物・・・。ある意味行き着く先は仏教思想か?そして、自分と違った姿・形・肌の色・価値観を持った人々と一緒に生きていくこと。共生も人との共生に限らない。例えば日本国中で問題になっている熊。丹沢では、鹿。人間の都合で生態系を変えてしまうと、いずれ自分達に帰ってくるのは間違い無い。一筋縄ではいかないだろう。しかし、時間をかけて、出来るところから少しずつやっていくしか無い。その中でこれから力を発揮するのは『文化力』だろう。スポーツ、音楽、芝居、映画、遊び・・・。広い意味での文化の力が大事になってくるはず。実際、今の『韓流ブーム』も、元を正せば、2002年のワールドカップ日韓共催なんだよ。あれが成功したお陰で、日本と韓国の間の戦争から引きずる敵対心が一気に弛んだ。それに加えて、J-POPやら日本の漫画、逆に韓国の映画、そんなモンが両国の距離を近づけた。政治を文化の力が軽〜く超えてしまったのだ。郵政民営化、道路公団、地方への財源移譲・・・政治家の無力は呆れる程になってきてしまった(ま、諦めちゃいかんのかもしれんけど)。我々は文化力を大事にしていくのだ。そんな2005年。
組み合わせが決まった。日本はイラン、バーレーン、北朝鮮。ん〜、なかなか厳しそうだ。しかし、アジアでは常にトップに居続けると言う至上命令からすれば、ニ位以内と言う条件は楽観材料か。問題は、北朝鮮とのアウェイ戦。拉致被害者の交渉が、北朝鮮のインチキでかなり微妙な情勢。世論全体が経済制裁発動に傾きつつ有るからなあ。以前から北朝鮮は「経済制裁の発動は、それすなわち、宣戦布告と見なす」と発言してきてるし。試合結果うんぬんより、チームの身の安全が心配。それを除けば、熟成されてきた今の日本代表ならやってくれるでしょう。っていうか、やってくれい!
11月を振り返って December 3rd,2004
やばいっす。もう12月っす。今年も終わりッす。11月はなかなか充実しておった。11/10〜18のピカイアの西へのツアーは大収穫。旅日記制作中。帰ってきて11/23は恒例missing linkのダンスパーティー(!?)。やっと店に馴染んできました。来年はもっとグラスルーツを揺らすぞっと。そのまま翌11/24〜25はbourbierの『泥沼山岳会』の山行。丹沢に晩秋のひっそり感を楽しみに。いや〜天気も最高でえかった〜。ドラムRogerはますます山にはまりそう。良い写真もいっぱい撮れたのでTOPで使いましょう。軽い筋肉痛の中11/27は清志郎さんのスタジオでベース藤井裕さんのレコーディング。フリューゲルで楽〜に1曲+トランペットでびしっと1曲。楽しいレコーディングでした。まだ発売は決まって無いらしいけど、裕さんの初リーダー作。優しさの中に力強さがあるアルバムになりそうで楽しみですなあ。11/30からいよいよ新生bourbier初のワンマンに向けてリハスタート。こうして11月は終わったのでした。
ブッシュ勝利!? November
4th,2004
今年ももう11月だよ。もう年末かア。と、毎年思ってるなあ。それだけ歳をとってるってことだ。11月に入ってそうそうにアメリカの大統領選挙。まさかのブッシュ勝利。アメリカ人の考えてることは分からん。ま、あなた達の国であるからして好きにして下さいな。でも世界にはいろんな人が住んでることだけはお忘れなく。日本もアメリカのことを言ってる場合じゃ無いけど。常任理事国入りするのに今のままの外交姿勢じゃいかんだろ。
ナビスコカップ November 3rd,2004
レッズの連覇ならず。かっこ悪かったけど、FC東京頑張った。それがかっこ良かった。原監督の涙良かったなあ。「アジアの大砲」昔も魅せてくれたもんだ。今年はプロ野球が揉めたけど、世の中が『プロスポーツ』を考える年になっただろうなあ。今日のナビスコカップのような試合を続けていけば大丈夫。見てて面白いし、ワクワクするし、感動するし。Jリーグ100年構想万歳。野球はまだ今イチ見えて来んなあ。
春先からの異常なまでの台風上陸。浅間の噴火。そしてとどめの台風23号か、と思いきや新潟中越地震。山古志村は全村民が村を離れたそうだ。古文書では「〜村が消滅」というのは見聞きしていたが、リアルタイムで目の当たりにすることになるとは。台風は人間に因る地球温暖化も多少関係有るかも知れないが、地震や火山の噴火は、地球の活動そのもの。人間も所詮その上のごく限られた一部分に間借させてもらってるだけな訳で。つくづくちっぽけな存在なんだと実感するなあ。とは言ってもいざ被害にあったらそんなこと考えては居られないんだろうけど・・・。被害に会われた方々が一刻も早く心身共に回復出来ますように。
かたや October 14th,2004
サッカーが日本代表の一次予選突破で安堵したその夜。ダイエーが産業再生機構の活用を苦渋の決断で決めた。そしてナベツネとともに野球界を操ろうとしてきた西武グループの堤氏が全ての役職の辞任を発表。ま、西武に関してはすぐに撤退・売却は無いだろうけど、何年か先にはどうなることやら。ダイエーに関しては、産業再生機構に身を委ねるとすれば球団維持は現実的には不可能だろう。ダイエーを楽天が買収して、Livedoorは仙台で新球団立ち上げ、なんて事になるのかなあ。ま、いずれにしても『Jリーグ100年構想』のような長い目で見たしっかりとしたビジョンがないとダメでしょう。これからの世の中ますますスポーツや文化の果たす役割は大きいはずだから、頑張ってほしい訳よ野球界にも。
日本代表 October 13th,2004
アウェイでのオマーン戦良く勝ち抜いてくれた。メディアでも言わレてるけど、成熟した大人のチームになってきた。今更だけどジーコの凄さに皆が気付き始めた。ま、この時期に評価され出したのは良いこと。もう、最終予選からワールドカップ本戦までジーコで行くでしょう。「迷い無し!」アジアカップでもそうだったけど、オマーン戦も確かに押されてる時間が多くて危ないシーンもあったんだけど、見ててあまり負ける気がしなかった。その辺が「チームが大人になった」って事なんだろうなあ。ディフェンダーの顔付き見てても常に落ち着いて前を見据えてるもんなあ。来月のシンガポール戦は思いっきり戦って、来年2月からの最終予選まで、個人個人が更に各チームでもまれてスケ−ルアップしてきてほしいなと。ヒデや、イナ、昨夜は久々に出場のタカ、そしてプレスに関してはまだまだのシュンスケ。海外組は当然のようにチーム内で相当もまれるだろうし、国内組も玉田、遠藤、小笠原、故障が明けたら坪井、曽ケ端、徳永、この辺には頑張ってほしいなあ。もちろん更に下の世代からもそろそろ食い込んできてほしいし。頑張れ日本サッカー。
さあ10月だ October 1st,2004
もう今年も10月かア。早いもんだ。相変わらず世界中、そして日本国内を見渡しても不穏な世の中だ。アメリカ大統領選挙。訳分かりませ〜ん。選挙の争点は「戦時下の大統領に相応しいのはどっちだ!?」。だからさあ。イラク戦争はアメリカが起こした『犯罪行為』だって言ってるじゃん。アメリカ国民って意外な一面をお持ちなのね・・・。かたや、ヤンキース松井のHR30号到達&イチローの球史に残る大記録への歩み。世の中、良いこと悪いことがゴチャ混ぜになってあらぬ方向へ勝手に進んでいくから面白いとも言えるのだろうなあ。今月は違う空気を吸ってみよっと。
ホントに大切なモノ September
18th,2004
明らかに世の中間違った方向に向かっている。スーダンのジェノサイト。それに対して主要各国は動かない。アフガンやイラクに対してはあれだけハッキリと行動に出たのに。イラク戦争に対してはとうとう公に戦争の大義が否定された(「大量殺戮兵器は存在せず!」発言)。アナン事務総長は「間違った戦争だった」と明確に発言。ということは、ブッシュは『戦争犯罪人』ってことでしょ。大統領選挙に出馬する資格すらない筈なのに、ケリーを引き離してる今の状況。「アメリカっていったいどうなってんだ!!」。チェチェン絡みのことは意味のないロシアのゴリ押しの正しい因果応報。翻って、日本国内。長野の老人連続殺人、栃木の児童投げ捨て殺害、福岡の保険金殺人、NPBの経営者サイドの訳の分からんかたくなな姿勢。毎日毎日あげればキリがない。どれもこれも人間、特に大人が腐ってる。子供が腐るのも当たり前だ。大人が大人じゃなくなってる。大人ってなんだ?税金払ってりゃ良いのか?年金収めてりゃ良いのか?人間ってなんだ?人間として生きていくのにホントに大切なモノってあるでしょ!?貧しくたって、悲しくたって、寂しくたって、無くしちゃいけないモン。あるでしょ!カッコ悪くたって良いじゃん!頑張ろうよ!ビシっと。
9.11 September 11th,2004
もう三年かア。俺個人としてはあまり感傷はない。それはどうかなあ、とも思うんだけど。宗教、民族、人種、歴史。人間はいろんなことを抱えて生きている。それはそれで否定はしない。各々が生き抜いていくエネルギーになってるんだから。音楽で超個人的に生きながら、山に登ってる俺として言いたいことは、「人間も自然界の一員に過ぎないのだ」ってことだけ。生きていく以上、他の生命体を生きながらえる糧にするのは仕方が無い。きちんと感謝しながら肉食って、魚食って、野菜食って。でも、実は高等生物であると勝手に言い放ってる人間という生物がこの世の中で一番劣悪な生物であるのもどうしようモない事実な訳で。必要以上の殺生。他の種を自分達の都合でコントロールしようとする。ま、結局は全部自分達に帰ってくるのだろうが。戦争も、テロも、遺伝子組替も、BSEも、高山植物の持ち帰りも、熱帯雨林の乱伐も、はたまた人種差別も、子供への虐待も、全て根っこは一緒なんだろうなと思う今日この頃。バカなのだよ、人間は。動物の一員として当たり前に生きていくのが一番間違い無いのになあ。動物としての本能、感性。忘れてませんか?殺戮して気持ち良いのは一瞬だけ。OsamaもGeorgeも君も僕も立ち返れ。
浅間山噴火 September 2nd,2004
恐るべし天変地異。自然には勝てない。こういうことがあると、普段おごって生活している人間の愚かさをつくづく感じるなあ。カミが警鐘を鳴らしてるってことか。しかし、山登りをする俺にとっては、噴火は人事では無い。まあ、浅間はここんとこずっと立ち入り禁止だったけど。近くから望むことも何度もあったしなあ。人間も地球上に生を授かった生物のヒトツに過ぎないのですなあ。戦争してる場合か!?
8月 September 1st,2004
八月もあっという間に終わってしまった。清志郎さんの一連の『KING
SUMMER』シリーズ。今回も、というか更に面白かった。凄く楽しめながら、次への反省も感じさせてくれる最高の仕事。個人的に12月までまた精進じゃ。そして二度のmissing
linkのライヴ。ますますバンドとして大人になってきた。10月にはアルバムも出るし、ますます楽しみ。まだまだやりたいことは沢山有るし。で、そのmissing
linkのTDとマスタリングを空き日にやっていったから、8月はほとんど休みが無かったなあ。TDは8/2,5,13,16,18。マスタリングは8/20。音は完パケで、いよいよあとはジャケ。頼むよ〜デザインチーム!
渡辺隆雄は知名度無いから(笑)、ジャケ買いしたくなるような奴を。その他ではNo Trunksの早川トリオも相変わらず切れ味&コクともにあってなかなか。ブラジリアンギターの中西さんに呼ばれたセットも、久々にゆったりラッパとフリューゲルを吹けて気持ちよかった。良い曲とも沢山出会えたなあ。くるみさんのチェッペリントリオもくるみさん&まっちゃんはさすがの二人で面白かった。まっちゃんとの演奏は益々楽しくなってきた。そんなこんなでもう9月。まずは明日からピカイアで北海道。一年に一度っていうペースは良いなあ。変わらないところ、変わったところが良くわかる。ピカイアはこの一年の音楽的な変化は結構凄いものがある。10年やってきて一番変わった一年かも。さてと、ピカイア祭りの準備をいろいろしつつ北海道楽しんで来よっと。
行ってきました。初めて。素晴らしい環境。ひたすら広い会場。楽屋があるホテルから一番奥の会場・オレンジコートまでは、なんと徒歩45分!
しかし、あっちこっちの会場でいろんな音楽が聞けて、大自然の中。酒も食い物もいろいろある。楽しいなあ。でも、客として行くとなると、相当なエネルギーが必要だろうなあ。まず、結構寒そう。こっちは演奏してるし、照明浴びてるから暑いくらいだけど、雨風に曝されて、じっと聞いてたら、かなり寒いンちゃうかな。あと、テントサイトも斜面だから、3日間熟睡は出来そうに無いし。まあ、でも今の世の中圧倒的なエネルギーを使わなきゃいけないシーンはなかなか無いから、得難いシチュエイションだなあ。で、我々『忌野清志郎
& nice Middle with New Blue Day Horns』は7/31のラストケミカルブラザーズの前というおいしい出番。一番大きいグリーンステージ。いや〜盛り上がったなあ。清志郎さんも「今までのフジロックの中で一番客多いんじゃ無いかなあ」。普段の清志郎バンドと違って(失礼!)客層が結構若い上に、2万人くらいは居そうな客の多さ。客席からのエネルギーも凄いものがあった。いや〜実に気持ち良いステージだった。演奏も勿論素晴らしかった。俺自身は5月ぶりの清志郎バンドで、「お〜、これこれ。」本数は少ないけど、夏のステージ楽しみだ。テンションも上がってきたぞっと。
最近気になることが多すぎる。まずは、自民党の人気者・阿倍晋三幹事長の発言。「自衛権の延長線上の交戦権は認めるべきだ」/ 次は石破防衛庁長官。「自衛隊法で<付随的任務>と位置付けている海外活動は、今まで<本来任務>として位置付けられなかった。それはおかしいのではないか。自衛隊しか出来ない<本来任務>ではないか。本土防衛と同じ<本来任務>に格上げすべきだ」/ そして、政府が年末の防衛計画大綱で武器輸出禁止三原則の見直しをしようとしている。それを更に日本経団連が強烈に後押ししている。人間ってやつはつくづく歴史から何も学ばない生き物なんだなあ〜。あ〜嫌だ嫌だ・・・。
missing link July 27th,2004
3月以来のpit inn。この暑さの所為か、客は渋かったけど、今までに無い感じのテンションでなかなか面白かった。やっぱりpit innは良いお店なんだなあと実感。音楽に何らかのエネルギーを注いでくれるハコなのだ。おかげでバンドとしてまた一歩先に進んだ感じ。8月は二回ライヴがあるから楽しみだぞっと。mixも頑張らねば。
パンデイロの日 July 25th,2004
今年に入って力を注いでいた『ピカイアにおけるパンデイロ・ミュージック』。その上半期の集大成としての7/23のピカイア夏休み特別企画『パンデイロの日』@音や金時。いや〜楽しかった。いつもの二人だけのピカイアにおける不安な要素がゼロになって、小澤も俺も楽にやらせてもらいました。中西さんのギターが入ると世界観がすっとぬける。そして宮ちゃんはさすが!
出るとこ引っ込むとこ素晴らしい。それにリズムが二人居るとやっぱりグルーヴが出るのだ。この4人はなかなかバランスも良いし、今回やってみて「次回はこうしよ〜!」というのがいくつか出てきたから、またそのうちやろっと。新曲『optimistas』良かったなあ。ああいうポップな名曲をまた次回に向けて作っていくのだ。俺のラッパがちょっとヘロヘロだったから次回はそのリベンジも兼ねて。
やもりくん July 20th,2004
我が家の玄関先にいつの頃からかやもりが住み着いている。気付いたのは一年前頃。我が家と言ってもアパートの二階。玄関を出ると外に面した廊下になっていて、空きスペースにレンガやら沢山の鉢植えやら前の車のタイヤやらサッカーボールやらが置いてある。そのプチジャングルに住み着いているらしい。その中でもお気に入りは、7,8年前にピカイアのCD-Rを作った時ジャケ写用にデザイナー&カメラマンが三浦半島の磯で拾った岩にピカイアの絵を彫り込んである20cm×15cm×15cmほどの大きさの石。たいていこの石の裏側にペタっと張り付いている。なるべく放っといてあげたいんだが、器材を家から下ろす時とかに玄関の扉を開けっ放しにするのに、この石が重宝するので、その時に持ち上げるとビックリして、吸盤のついたかわいらしい手をバタバタさせながら鉢植えの下に逃げ込んだりする。「ゴメンっ!」そんなことが何回かあって、「もうどっかに行っちゃったかなあ?」とその度ごとに思うんだけど、三日前にまたお目にかかった。「まだおったんだ〜」。この異常な暑さ。あそらく玄関先は軽く40℃超えてるだろうなあ。しっかり我が家を守ってくださいな。そろそろ名前付けてあげなきゃなあ・・・。
プロ野球 July 10th,2004
オーナー達の暴走はとどまるところを知らない。あの現実感覚の欠如はどっから来るのであろうか?「たがが選手」発言まで飛び出してしまった。もう行き着くとこまで行くしかないのかな。当たり前の事だが、ファンあってのプロスポーツだし、選手は一番の財産。オーナーが一番えらいようなプロスポーツは存在する余地無し。もともと日本のプロ野球はビジョンがない。ある競技を盛り上げていく為には裾野を拡げること、見る人+競技人口をいかに増やしていくか。その為に自国のリーグのレベルを上げていくこと、代表チームを強くすること。ゴンのCMの通り、スポーツはナショナリティを感じられる素晴らしい手段。ユーロ2004を見てもつくづく実感するでしょ。チーム数を減らしたら間違いなくリーグのレベルは下がる。だって一軍登録選手が減るんだから、良い選手が育ってくるチャンスが単純に減少するんだよ。サッカーU-23の中心・今野みたいにあ「高校時代無名の選手がプロに入ってから急成長」なんていう図もなかなか生まれなくなるだろう。ま、サッカーと野球で張り合ってる場合じゃないのだよ。目の前にある現実はひとつなのだから。日本サッカー協会が多少左右にブレつつも、ビジョンを持って続けて来たこの10年の努力は素晴らしい。プロ野球のオーナー達は『野球』というスポーツのことはどうでも良いんだろうなあ。10年後にどうなってても知らんぞ。
生命 July 1st,2004
昨今の信じられない事件の多いこと! 長崎、新宿。子供による事件が多いのが残念な限り。ま、子供は大人(社会)を写す鏡だからなあ。バブル以降自殺者が増えてるのとも密接に関係してると思うんだけど、『生命』というものが非常に軽んじられてるこの時代。今の都会の子供は成長していく中で、自らの体験を通して生命の尊さを実感するのはなかなか難しいのだろうなあ。蟻で遊んだり、蛙で遊んだり、蛇に驚いたり、蝉とりして図鑑で調べたら「地下に7年、地上に出たら1週間の生命」という解説に子供ながらに儚さを感じたり、カブト虫とりに行ってスズメ蜂に刺されそうになったり・・・。俺達が子供の頃は自然からいろんなことを学べたなあ。その中から自然に「生き物って?」とか、「生きてるってなんだ?」とか、「やっぱ、人間が一番動物の中で強いのかなあ?」とかいろいろ考えたもんだ。ま、こんなことを言っても今のコンクリートジャングルの中じゃなかなかそういう経験は難しいだろう。でも、本当は同じ気もするのだが・・・。この都会の僅かなスペースにも実は様々な生き物が生息してて、だから尚一層『健気さ』『逞しさ』なんかを感じるんだけど。突き詰めて言えば、環境の問題より人間の内部の問題だろうなあ。あまりにバーチャルな世界を作り過ぎた。自分の実感(痛み・悲しみ・寂しさ・喜び)を伴わずに、世界中のいろんなことが分かっちゃう。ホントは分かったつもりになってるだけなのかも知れんが。教育者たちは途方にくれながら、事件の背景を調査して、以後の対策を論じるのだろうけど、それまたバーチャルだったりして・・・。重要なのは『教育』じゃ無いんじゃないのかなあ。それ以前の問題。もともと動物の一種・人間として当たり前に持っている筈のモノの欠落。更に具体的なことを言うのは難しいし、俺は専門家じゃないから、と逃げておくが。俺の場合は山に行って教わることが多いのだなあ。滅びゆく高山植物や、雷鳥やカモシカやクマなどの動物達。『人間の存在が如何に自然に負荷を与えているか』残雪期の山に行って、冷たい風に吹かれている中降り注ぐ太陽。『太陽ってこんなにありがたかったのか』山で糞尿を垂れ流し、貴重な高山植物を根こそぎ持ち帰り、鹿やテンを勝手に放ち、静かな自然の中にホテルを建て・・・。『結局人間が一番バカな生き物なんじゃないの?』でも、こういう非観的なことを考えさせながら、ぜいぜい息を切らせて山頂に立った時の達成感、そして見渡す大展望、風の気持ち良さ、雲や空の美しさ・・・。『生きてて良かった〜』。良く言われることだけど、「登山家は謙虚でなければならない」これって好きな言葉なんだなあ。現代人に一番必要なことでしょ!? つづく
昨夜は本拠地グレープフルーツムーンでのライヴ。6/9&10の合宿レコーディングからの流れがあって、だいぶバンドらしくなってきた。音楽以外の部分でつながる土壌も出てきて、これからが楽しみだ、いろんな意味で。ま、大変なことも勿論出てくるだろうけど。そんな昨夜は昼間の暑さの所為と本番前の長時間リハの所為で全体的に大人しめな演奏。新曲も2曲あったし、久しぶりの曲も結構あったし。でもまあ、大人しめでもそっち方向の良さが出せるのがこのバンドの素晴らしさ。「なんつったて、みんな大人だから」。でも2ステ目から覚醒して最後の方はいつも通りの盛り上がりになったかな。10月頃のアルバム発売に向けて、更に磨きをかけて行こう。ライヴもドンドン楽しくなるぞっと。
歯痛の憂鬱 June 1st,2004
ラッパ吹きという職業柄、歯には気を使っている。毎日の歯磨きも歯間ブラシ+電動の二本立て、たまにそれプラス糸ようじ。もちろん歯医者には何も無くても年に二回、定期検診で歯石のクリーニング。前回の定期検診は4月。これが結果的にとんでもないことに。前回クリーニングしたらごく初期の虫歯を発見。「まだ今の時点で治療する必要はないんですけどどうします?」もちろん、迷い無く「治療して下さい!」で、左の奥から二番目の歯を削ってかぶせた訳。初期の虫歯だっていうから、治療をしたんだけど、どうもその後の具合が良く無い。4月&5月のツアー中も食事するのが大変だったし。ま、当時は食事する時にしみてるだけだからまだ良かったんだけど。5月の終わり頃から何もしなくても痛みだし、左側じゃ噛めないわ、眼や頭まで痛くなってくるわ。で、とうとう昨夜38.0℃の発熱。二日続けて歯医者に駆け込んだ結果、仕方なく抜随。つまり神経を抜いた。後々のことを考えると神経は抜きたく無かったんだけどなあ。で、発熱もあったので、抗生物質をもらって昼食後服用。1時間後には昨夜から身体が辛くて大変だったのが、ウソのように楽になった。神経を抜いた部分の痛みはまだあるが、まあ、我慢出来ない程じゃアない。しっかし、歯痛は苦しいもんだ。経過を考えるとなんか交通事故みたいで釈然としないものは残るが、今はホっ。
男子バレーの憂鬱 May
31th,2004
女子バレーに続いての五輪出場権獲得ならず。残念。でも、試合を見てて思ったことが。顔が死んでるのだよねえ。力が無い。女子の吉原のような鬼の形相(失礼)がないのはもちろん、「なにがなんでも勝ち抜くんだ!」っていう力強さが全く無い。ま、選手は現時点ではベストを尽くしたのだとは思う。だが、サッカー好きの俺としては、ちょっと言いたいことあり。バレーボールは過去の栄光に引きづられたまんまなのではないか!?オーストラリア戦なんかが顕著な例だったが、個人レベルでは明らかに日本はもう世界の三流なのだよ。オーストラリアのような個人力で上回るチーム相手に作戦何もなしじゃ勝てんだろう。ま、田中さんがもっとグイグイ指導力を発揮するという道はあったんだろうけど、基本的に協会の過去何年かに渡る無策がここまで状況を悪くしたのだろう。『日本は個人の力では世界に太刀打ち出来ない』まずここを認識すべし。そして協会を挙げて全世代のレベルの底上げ、特に若年層のレベルアップが重要。若い世代から世界の力との差を味わわせて、「如何にしたら世界に近づくか?」「レベルの差をうめるにはどうしたら良いか?」まさに日本サッカー協会がここ20年近くに渡ってしてきた苦労そのもの。もうひとつ具体的に言うと、『1,国内にレベルの高いプロリーグを発足させる』『2,世界最高のリーグに日本選手を送り込む』やらねばならぬことは分かってる筈なのさ。まずは現状を認識すること。頑張れ!日本バレーボール協会。
ピカイアツアー2004春 May 23th,2004
今年もやってきましたピカイアの春ツアー。今年はまず4月の四管に引き続いて新潟ニケ所から。初日5/14は関越で長岡へ。開場はマスカレードという超アメリカンなダイナー。ハンバーグとか、ステーキとかをプレートで喰らう、酒はもちバーボンみたいな。広々としたお店で奥にはライヴスペースもあるが、そっちのスペースは地元ロックバンドと東京のコミカルファンクバンド・カリフラワーズに任せて、我々は店のほぼ中央に陣取ってPAも自前で演奏。長岡のお客さん的にはかなり衝撃的だった様子。『ま、確かにピカイアみたいなバンドは見たこと無いだろうなあ。』CDもけっこう売れました。5/15は柏崎へ。嬉しい近場移動。日本海を見下ろす温泉で身体をほぐしてから会場であるDJ BAR UP NEXTへ。前日とはうって変わって正統派ライヴハウスの雰囲気。地元のバンドが2つ出た後、我々が1時間。最後にカリフラワーズという並び。ここのお客さんは非常に純粋に感じてくれてたなあ。演奏時間が短い所為もあって我々もテンションの高い演奏だったけど、45分くらい演奏した時点で「あと2曲で我々の演奏は終わりです」のMCに「エ〜!?」の大合唱。『生ピカイアええでしょ。だったら来年もピカイア呼びなさい!』5/16は雨の中岐阜まで400km超のハードライディング。五箇山を抜けて風情のある中部山岳地帯を見ながら気持ちよくドライヴの予定があまりの天気の悪さに、中央道経由に変更。これが功を奏して、思ったより早く岐阜に到着。一年ぶりのバリバンジャール。そぼ降る雨に濡れる中庭の様子はバリそのものだなあ。雰囲気は最高なれど、いろんな布や調度品のせいで非常にデッドな店の鳴り。管楽器はちょっと大変。そして昨日から降り続く雨に俺のタイコもベロベロ。でも、車でギンギンにあっためてOK。初めての2ステージということもあって、前半はゆったりマイペース。ベクトル先生素晴らしい。大人の演奏。後半は元気たっぷりのお客のおかげもあってパワフルな演奏。『いろんなピカイアが見せられたかな』5/17は神戸まで。ここは意外に近いのだ。大垣辺りから、関ヶ原〜米原の街道筋の雰囲気が大好き。歴史の舞台だったからなあ。戦では多くの人たちが命を落としている地だし。いろんなエネルギーが渦巻いておるのでしょう。中央道のリフレッシュ工事渋滞を避ける為、彦根から中央道にライドオン。神戸は我らが近藤さんの店・Big Appleじゃ。最高の店。何かが生まれる空気がある。難点は只ひとつ!『客が入らない』ま、頑張りましョ。今回はベクトル先生のイチ押しで、セルフメイドハンドドラムの名手、土居君をゲストに迎えてのライヴ。見た目も演奏もバッチリだったなあ、土居君。これからが非常に楽しみな好青年。もう一人客で来てくれていたジャンベ奏者のだいちゃんも飛び入ってくれた。だいちゃんの手のゴツいこと!!普段相当叩き込んでおるのだろ〜な〜。末恐ろしい若者二人。ライヴの醍醐味を味わったお客さんは皆大喜びじゃった。もちろん我々ピカイアチームを大いに楽しませてもらいました。『素晴らしい出会いの一夜に近藤さんは今回も超ゴキゲンで街に消えて行ったのだった・・・』翌5/18はOFF!!嬉しい〜。心身共に休める為、一路淡路島へ。フェリーで20分。ゴっつい明石大橋を眺めながらあっという間に淡路島上陸。野島断層を見て、二人で唸った後、海辺で秘密練習。結局成果をお見せすることは無かったが・・・。『4日間の疲れがドッと出て、早い時間に撃沈。』5/19、ラストニ本だ。淡路で高速に乗り、第二神明〜阪神高速と乗り継ぎ、大阪へ。chove chuvaも店の空気感がかなり出てきた。良い良い。都会ならではの落ち着いた演奏。こういう地に足のついた演奏が純粋に良さを発揮出来るってもんだ。非常に良い手応え。『秋のリピーター率高し!?』5/20、いよいよ最終日。なんだか新潟に行ったのが何年も前のような気がする。身体はやっぱかなり疲れてる。長いような短いような・・・。TOKUZOはツアー先な感じが全然しないのだ。ありがたい。今回は対バンにg臼井君が居てくれたおかげで、サウンドチェックも何も非常にスムーズに進行。最終日の我々にはなにより。対バンのHEX、なかなか大人なインプロで良かった。我々は1時間25分に渡って、ゆったり1ステージ。途中二曲臼井君がゲストに入る。名古屋らしい素晴らしいセッション。臼井君の作り出す空気感がピカイアにぴったりはまり込んだなあ。『TOKUZOはええお店じゃ』終演後はTOKUZOで昨年オープンしたブラジル楽器+CD+雑貨の名店サンバタウンの上沖さんやラッパ吹きの岬ちゃんらと談笑。いつもお世話になっておるピカイアの2ndのジャケを作ってくれたDRAAAWの一員まーみちゃん宅で撃沈。5/21帰還。今回はピカイアにおけるパンデイロミュージック元年ともいうべきツアー。狙いが今までの流れの中で非常に良い形で生かされた。frevo de pikaiaの存在が大きかった。この歩みのまま、7月に向けて前進じゃ。各地の皆さんお世話になりました。ありがと〜!
最近の新聞から May 8th,2004
まずは、5/7の天声人語から。
/(前略)〜今、虐待と書いたが、虐待は塀の外や動物に対してもある。情報の吐露や自白を強要する為の虐待ならば、「拷問」の方が、ことの性格を、より明確に表わすのかも知れない。/
おかしいぞ!アメリカ。それじゃフセインと一緒じゃないか。
そして、5/8の朝日新聞の特派員メモから。
/元サッカー選手で体調を崩しているマラドーナさん(43)をめぐるアルゼンチンの空気に少し戸惑った。彼の体をむしばむコカインなどの薬物依存のことは、メディアも市民も深く触れようとしない。誰に聞いても「彼はむしろ、薬物汚染社会の被害者だ」「誰かを傷つけたりしたわけではない」と擁護する。そんな中で、ミゲル・ガルバットさん(72)だけは違った。「薬物に手を出したのは自分の責任だ。多くの子供があこがれ、神に例えられる存在だからこそ、私生活を含め、人として模範になってほしい」。ガルバットさんが住むボカ地区は、マラドーナさんの古巣チームがあり、特に熱狂的なファンが集中している。いわば「おひざもと」で、批判を聞くとは意外だった。アルゼンチン・サッカー協会のラウル・ステインベルグ広報部長に、ガルバットさんの意見を伝えると、きっぱり反論した。「彼に人としての模範を求める国民はほとんどいないし、求めるのはナンセンスだ。史上最高のサッカー選手だった。それだけでいいのです」。部長は「この国の人がどれだけサッカーを愛しているかを理解しなければ、この気持ちはわかってもらえないかもしれない」とも付け加えた。/
文句無しに面白い!俺はよ〜く分かるけど、人それぞれの価値観を考えさせられるなあ。
こういうことが分かってあげられるようになれば、今の人間同士の問題もかなり軽減すると思うんだけどなあ・・・
昨夜はピカイアで中目黒楽屋初登場。変則対バンライヴ。レストランをメインとして営業してる店でのライヴは久々。空気が音楽に向いていない場での演奏は良い修行になった。新曲『frevo de pikaia』。なかなか良いぞ。モロ・ノ・ブラジルという映画でバイオリンのおっさんとパンデイロのガキが二人でフレヴォ(ブラジル北東部のリズムの一種)をやってるシーンに触発されて作ったピカイア新機軸。フレヴォのリズムに、東ヨーロッパ調のメロを乗っけた今の渡辺隆雄らしい逸品。今年のピカイアの核になっていきそうな曲。ただ、ダブルタンギングの嵐で吹きこなすの大変なんだなあ。ま、苦労してるのをモロに見せるのもありか。ピカイアらしくって。
イラク April 13th,2004
日本人人質問題。家族の皆さんの痛み、察するに余り有ります。で、政府の錯綜ぶり。現実と建前を使い分けしたりしてっからますますややこしい。「日本の自衛隊は復興支援をしているのです」っつたって、異国の軍隊が迷彩服着て小銃担いで自分達のまわりを闊歩してたらどう思う?政治家のみなさん、そろそろ冷静に問題を見つめないと、とんでもないことになるよ。アメリカ軍による劣化ウラン弾で、アメリカ軍自身が被爆していたのも発覚したし。この被爆問題は間違い無くこれから大きくなっていくだろうね。ただでさえモスクへの攻撃や、数多くの民間人被害者などで、アメリカは世界中のイスラム社会を敵に回してるのに、イラクじゅうを放射能で汚染してたなんて問題が出てきたら、もう完全に世界の中で孤立するだろうね。日本はただ盲目に追随するだけじゃかなり危険。そりゃ北朝鮮問題などの安全保障面でアメリカにおんぶにだっこな状態だから思ったことを言えないのはある程度は仕方ないにしても、ここまできたらきちんと独自の大局的な視線持たんとヤバいよ。
bourbier April 12th,2004
ワンマン@O-CRESTは濃かったなあ。バンドとしても特別なモチベイションがあったり、客が初めて100人を超えたり、ゲストの佐藤君の素晴らしい存在があったりして、ハイテンションだった。皆それぞれの良さがしっかり出てました。俺は出だしで吹き過ぎて唇がヘロヘロ。もっと大人にならなきゃね。反省反省。ま、でも『客に伝える力』という最近のテーマはなんとかギリギリクリア出来たかなあ。もっともっとガンバラないかんな。これをもってbourbierはステップアップの為、しばしのブレイク。再開は夏以降かな。一気に二段くらい階段を登れたら良いなあ、と思いつつ、俺個人も精進せな。
蛭ケ岳 April 8th,2004
4/5〜6と今年初の小屋泊山行。行ったのは『俺の庭』丹沢の最高峰・蛭ケ岳(1673m)。四度目である。今回は、前日に東京で冷たい雨が振っていたので心配していたが、案の定、東名の厚木あたりでパっと開けた丹沢の山並を見ると、かなり麓の方まで銀世界。「ま、行けるところまで行くか」。玄倉林道の入り口まで車で入り、そっからまずは林道歩き。歩き始めが遅かった(8:30出発)所為もあって、最短コースをチョイス。これがケチの付き始め。熊木沢から蛭ケ岳の南稜を直登していったのだが、途中で何度もガケ崩れでコースが消滅してる。結構危ない思いをしながら、なんとか15:00に蛭ケ岳山荘着。今までの蛭ケ岳登山の中で最高の達成感。苦労しても、自分の足で一歩一歩しっかり歩んでいけば到達出来るのだ!!正に人生の教訓でも有る。夜は自炊。地図をツマミにビールを飲み、更に、担いでいったワインを飲みつつ、カレーを制作。ウマかったなあ。とっとと落ちて、翌日は感動のご来光。しかし、朝5:00頃の寒いのなんの。麓では桜も終わろうって言うこの時期でも山頂では-2℃。手の指先が凍傷になりそうなぐらい寒かった。でも、寒い時期は空気が綺麗なんだよね。これだからやめられない。そして、今日までバッチリ筋肉痛。
熊木沢から見上げた蛭ケ岳
5:10。ご来光直前。この空気感がたまらんのだよね。
そして5:20。いよいよご来光。「来た〜っ!」
ジーコジャパン April 4th,2004
3/31のワールドカップアジア地区一次予選・対シンガポール戦。かなり消化不良。チームとして成すことが見えて来ない準備不足に加えて、ジーコは試合中になんのアドバイスも送らない。おまけに、前半明らかにチームとして機能して無いのに、後半も同じメンバーでのスタート。先の先を考えて、『ポテンシャルの高いメンバーで固定して我慢しながら戦っていく』という狙いがあったにしても不満の残るゲーム。ヨーロッパ組がそんなに良いかなあ?
Jリーグ組でも良い選手いっぱいいますよ。藤田は出てすぐに答出したし、後半運動量のガタ落ちしたヨーロッパ組ボランチ二人より良いボランチは今のJには何人もいるでしょ。ジーコさ〜ン頼むよ!
今月後半は濃い〜毎日だった。まずは3/14のmissing link@新宿ピットイン。始めてピットインの夜の部でm/lやったけど、やっぱPA藤村さんの腕は素晴らしかった。それにしても、ピットインていうハコはやっぱ良いなあ(清志郎さん曰く「ズージャの殿堂」)。m/lは6月のRECに向けて、ますます内容も充実。トラの後藤君カッコ良かったなあ。次回のピットインは7月予定。3/19はそのm/lを支える御大・早川さんのバースデイスペシャル。しらふの翠川さんが見られるオマケ付き。アケタ満員御礼。リズム隊がm/lだった所為もあってか、セッションなのにサウンドがまとまってたなあ。良い良い。bourbierは4/9のワンマンに向けて、今月は3/18と25に二回の対バンライヴ。バンドとして良い感じの『殺気』のようなものが出てきた今日この頃。皆の中で「何とかするぜ〜!」の気持ちが高まってきた。今年はbourbierも楽しみな一年。というか勝負なのかな。3/24はピットインで梅津さんのプチ大仕事の二日目『DANGER』にアンコールで乱入。あれだけ角の有るバンド(!?)を相手に対等かそれ以上に渡り合う清志郎さんはvocalistとしてやっぱ凄いなあ。あんな濃いライヴを6日間もやっちゃう梅津さんも凄い。3/26&27は四管(仮称)で2days。なってるではジャズナンバー中心。つぼではニューオリンズ中心にグルーヴ系。このユニットはラッパ一本で行けるから、酒も飲めるし、素の自分(=ラッパ吹きナベ)で居られるし、ライヴに行く前からメチャ楽しい気分なのだ。メンバーも皆つわもの揃いだし。pikaia & missing linkの『創作の苦しみ→達成感』という図式とは対極に有るバンド。自分の中では両者があって、ちょうど良いバランス。まあ、三つもリーダーやっちゃうと譜面書くの大変なんだけど・・・。四管(仮称)も只今絶好調で4月の新潟ツアーが楽しみ。つぼでもまた6/5(土)にやるよ〜。3/28はSunday afternoon orchestra。アケタさんのオケ。最近良く呼ばれるようになってきたなあ。曲やアケタさんのやり方に大分慣れてきた。毎回違うメンバーでそれなりに楽しみだ。俺にとっては数少ないジャズのユニットでもある(俺がやってるのは狭い意味ではジャズからは外れてッからなあ)。3/29は音やで片山さんの四管。同じ編成なのに、俺の四管とは全然違うサウンドで面白い。今回はイスに座って落ち着いてやった所為もあってか、アカデミックでありがたささえ漂う大人のステージ。さすがのメンバーです。tb泰成さんもtuba関島さんも大好きなミュージシャンだから、もうちょっとやりたいなあ。ね、片山さん。と、俺にしては怒濤のライヴ尽くしの間をぬって、ピカイアは夏の北海道ツアーでのピカイアオーケストラ釧路版の為のレコーディング中。二人でいろんな楽器&声を録音。なかなか楽しいもんですよ。ベクトル先生がエンジンイアもやってるから大変そうだけど。そして、更にbourbierワンマン用の新曲を制作。間に合った!!acc佐藤君と俺で絡み合いつつ、バンド全体がうねるバルカン(東ヨーロッパ)もの。タイトルも『泥沼のバルカン』どっちにとってもそのままの意味。コソボ情勢もいっこうに良くならんし。4/9のワンマンは楽しみだゾッと。その後の4月は落ち着いて、ラッパの基礎練習&パンデイロの練習だな。そんでもって4/23からは新潟の日本酒を飲み歩く旅だ。あ、違うか。仕事だ仕事。
ヤシン師殺害 March 23th,2004
いったいイスラエルという国はどうなってるんだ!?閣議決定で要人殺害を決定して、ミサイル打ち込むなんて。アラファトの無力化にしてもそうだけど、交渉役に成れる相手を殺害したら、どんどん事態が泥沼化していくのがわからないのだろうか?パレスチナとイスラエルどっちが悪いとか言ってる場合じゃ無いんだよ、もう。第二次大戦後突然イスラエルが国を創っちゃって、既製事実にしてしまったのはもう今更どうこう言っても仕方ない。歴史的に考えたら、あそこに住む権利はある訳だし。共存していく道を探すしかないじゃないか。もとはアメリカが一番の戦犯だろうけど、自身がアフガンやイラクであんなことをおっぱじめてから、イスラエルに対する歯止めも効かなくなったるし。世界中がホントにヤバいことになってるぞ。人間の根源に有る良心を信じたい。
ピカイア on ありがとうの日 March 10th,2004
昨夜は今年初のピカイア@音や金時。新曲があったり、ベクトル先生がポルトガル語の唄を唄ったり、おいらがパンデイロ叩いたり、いろいろ新展開。もちろん、今までの世界感にも磨きはかけていくよ。そんな訳で今年は更に面白くなれそうな予感。それにしても音金は響きが良いから本当にやりやすい。空間に感謝。カレーもうまい。お店にも感謝。客席は寂しかったけど、来てくれた少数精鋭のお客に感謝。昨日はありがとうの日だから。3/9=サンキュー。ありがとうは大事です。ハイ。
おっしゃ〜 March 6th,2004
UAEラウンドの最難関試合、U-23では最も強敵のUAEをアウェーで2-0で撃破。凄い!!最悪引き分けでもOKの試合を終了真際の2得点で勝ったのは本当に凄い。平山も頑張ったけど、高松君。何か持ってるねえ。前回のシドニー大会の平瀬(最近泣かず飛ばずだもん・・・)とは違った展開を期待してるぜい。何かを持ってるFWはそうそう居ないんだから。されからなんと言っても田中達也!!君はえらい!!その根性素晴らしい。サムライ。ま、あと忘れちゃいかんのは徳永と今野の奮闘ぶり。二人ともかなり疲れが見えてたけど、その中良く頑張った。みんなありがとう!日本ラウンドも頑張ろうぜい!
難しいっ!! March 1st,2004
いよいよ今夜からU-23の連中がアテネをかけて最終予選。初戦のバーレーンはどう見ても日本の方が力が上なのに0-0のドロー。これだから難しい。我々ミュージシャンも同じだけど、大きい舞台であればあるほど、自分の持ち味を発揮するのは大変だ。しかも、初舞台。内容は悲観する程は悪く無かったから、次戦以降の爆発に期待しよう。彼等も不本意だろうし・・・。しかし、日本サッカー界のFWに対する不信感が如実に現れてたなあ。マークが着いてても、とりあえずポストプレーをして作っていけば良いのに、フリーじゃなきゃFWにボールを配給しない。釜本以降良いFWが産まれていない日本の悪循環の副産物かなあ。ロナウドしかり、ラウルしかり、オーエンしかり。良いFWはしっかりポストプレーから組み立てられるんだよ。平山だってもうちょっと信用してあげても良いのに・・・。バンドと一緒で信頼関係は大切ですなあ。
WANTEDツアー中の梅津さんがtrumpetを練習する姿と、宮ちゃんがパンデイロを持ち歩く姿に触発されて、ついに俺もパンデイロを買った。それに、ピカイアでベクトル先生が「パンデイロ人口を増やすんだ!」って言ってて、俺がやってないのもけしからんでしょ。早速、日々練習。運転中の信号待ちは貴重な時間になった。素人だから、日に日に上達していくのも嬉しい。今年はピカイアではパンデイロ使うんだもんね。しかも、無謀なことに歌までうたっちゃうのさ。笑って許して!?
オマーン戦 February 19th,2004
いよいよ始まったドイツへの挑戦。今回は追われる立場だから、相当大変になるだろうな。とは言え、予選突破は堅く信じてるぜい。昨夜のオマーン戦。結果オーライかな。初戦と言うことを考えると、いろいろ課題が有るのは仕方ないか。ただ、全体的に皆が同じような動きしかしないのが気になるんだよね。毎度の事だけど。2列目から飛び越えて前線に出ていく動きとか、ダイナミックに外に張り出す動きとか・・・。遠藤を下げっちゃったのもどうかなあ。交代で入れるんだったら、昨夜に関しては小笠原じゃ無くて、藤田の方が見たかったなあ。今の状態だったら久保はスターティングメンバーでしょ。とか、まあ言いたいことは山程有るけど、これから先長帳場の戦い。伸びてくる選手もいるだろうし、五輪世代からの突き上げも有るだろうし、日本のサッカー全体で成長していって欲しいなあ。その先にドイツは見えてくるのだ。
忌野清志郎ONE MAN SHOW February 18th,2004
昨夜はWANTED TOURの追加公演、清志郎さんの独り公演を見にパルコ劇場へ。スタッフはみんなツアーの時と一緒だから、演奏しなくて良いのはなんか変な気分。ステージセットがまず面白い。演奏するのは清志郎さん一人なのに楽器がグルっと並んでる。ドラムに、サックスに、生ピにエレピ。中央には絨毯が敷いてあって、奥には卓袱台。一見コントのステージのよう。その中で、一人あっち行ったりこっち行ったりしながら、ひたすら唄い続けること2時間50分。いやはや脱帽。清志郎ファンにはなんともたまらないライヴだったでしょう。いろんなことをしてた中で、ドラムを叩きながら脇にオープンチューニングをしてあるギターを3本並べてドラムと一緒にギターを叩いて、3コードの曲を唄うのが秀逸だった。しかし、良くあんなアイデア出るなあ。さすが。俺の他にバンマス三宅さんと、ドラムの宮ちゃん、そしてNEW BLUE DAY HORNSの両御大が見に来てて、皆でツアーの時と一緒で、ズッコケコーナーに登場。ただし、今回は「テナーギターってなあ〜」だった。
泥沼巡業 February 12th,2004
bourbierのレコ発ツアー『泥沼巡業』も無事終了。今回は客の入りは今イチだった気もするけど、初めて遭遇(!?)したと思われる人々に演奏の中で何かを伝えられた実感があった。短いステージではあったんだけど、最初のうち「なんだコイツら」みたいな感じで見てたのが、だんだん「ほ〜」から「へ〜」になって、終わる頃には、「やるな〜こいつら。バカだけど(笑)」みたいな。やっぱライヴならではの良さってあるんだよなあ。メンバーが6人も居るから経済的には厳しいけど、ツアーするなら年に二回は顔出したいなあ。ま、その前に東京で結果を出していかなきゃなと。しかし、この泥沼巡業で、11月からの忙しい日々も終わりだ。寂しい気もするけど、ちょっと落ち着いて、まずはピカイアの今年の展望を考えて、新ネタ磨きだ。そして、ラッパの腕磨き。
2003→2004 February 7th,2004
WANTEDも昨夜の渋公で無事終了。名残惜しいが、ツアーを通じて貰ったものが沢山あったなあ。この機会に遅ればせながらミュージシャンとしての2004年の抱負を。え〜まず。「2003年はとても充実した一年だった」。1月にmissing linkでクアトロ出演+ピカイアのディープなレコーディング、2月はショコラちゃんのレコーディング、3月はその後お蔵入りしたもののbourbierの豪華なレコーディング。ここら辺までは新たな局面の連続。そして5月のピカイアの定番西ツアーでは確実にステップアップ出来た実感。そして7月には清志郎さんのレコーディング。これは今まで経験したことが無いテキトーで(!?)楽しいレコーディングだったなあ。清志郎さんのプライベートスタジオ、その名も『ロックンロール研究所(通称ロッ研)』で一家団欒のような和気あいあいとした雰囲気の中でのレコーディング。管三本になんとマイク一本。しかも、エンジニアは清志郎さん本人!!as梅津さんがアレンジしてきた譜面をその場でポンポン録っていった。実質4時間くらいで6曲。いや〜信じられんかったなあ。で、この流れで最高に楽しい清志郎バンドの仕事が続いていった。8月は日比谷&大阪城野音。9月はスペースシャワーTVのイベントで再び日比谷野音。その合間をぬってのピカイアの北海道ツアーでは釧路で新展開。2004年以降更に北海道が楽しみになった。そして10月は毎年苦労しつつ充実感たっぷりのピカイア祭り。三回目となった2003年は今までの中で最高の内容だった。ちと客が少なかったが・・・。ピカイアは11月に初の九州上陸で新たな収穫もあった。そして、11月終わりからは忌野清志郎ツアー『WANTED』。いや〜、これは本当に素晴らしい経験だったね。メンバーも皆素晴らしいし、ラッパ吹きの俺にとって、アルト梅津&テナー片山両御大と一緒にセクションを組んでステージに立てたのは素晴らしかった。7月にレコーディングで初めてセクション(New Blue Day Horns)組んでから半年間、まだまだあの二人には追いつけないけど、なんとか『ナベらしさ』も出せるようになってきたかなあ。そしてなんと言っても忌野清志郎!!!いや〜、as林さんに会った時以来の衝撃だった。つーか、今まで見たミュージシャンの中で最高の人。何が最高かと言うとね。ズバリ『人に伝える能力』。これって表現活動をする人にとって一番根っこになること。普段の音楽活動の中では、もっと具体的な部分を考えてるからついつい忘れてしまいがちになるんだよね。細かい部分で言ったらもっといろいろあるんだけど、とにかく清志郎さんからは良いものをいっぱい頂きました。で、こっからが肝心。2004年は2003年に得たものを糧にラッパの腕を磨いてミュ−ジシャンとして前進しつつ、『人に伝える』ってことを頭のどっかに抱えながらやっていこうかなと。更に飛躍するであろうピカイア。そして6月に初レコーディングするmissing link(最高のバンドだよ〜)。そして、バンドサウンドの事は考えずに好きにラッパを吹きまくる四管(バンド名募集中)。自分からの発信としてはこの三つに力を注ぎ、bourbierは「そろそろ何とかしたいぞ〜」みたいな。そして、ジャズ系のユニットでは何処に行っても『渡辺隆雄のトランペット』を伝えられること。日本も世界も世の中おかしなことになってるけど、道を外れずに一歩一歩進む2004年。
missing link February 6th,2004
昨夜はグレープフルーツムーンで今年初めてのmissing
link。いつものことながら内容ギッシリ。最近の曲もうまく機能してきて、充実感たっぷり。とは言っても細部はまだまだ調整の必要は有るが・・・。ま、でも小さくまとめるつもりは毛頭無いのだ。ドカ〜ンとデカ〜くね。圧倒的に凄いバンドになるのさ。Let's
groove!いよいよ今年は6月にレコーディングもするし、新たな気持ちでぶっちぎりじゃ〜。
2004年の初山 January 29th,2004
8日間のWANTEDツアーから帰ってきて、旅の垢を落とすべく、今年初の山行。さすがにこの時期は何処も雪山なので、近所の丹沢の玄関口に鎮座マス大山へ。標高は1250m程。登り始めたのがもう昼過ぎだったので、途中の下社までケーブルカーに乗る反則行為。下社までは観光客の世界。そっから先、頂上までは登山者の世界。ところどころ雪の残ってるところや、凍ってるところもあったが、まあ楽に頂上へ。3時前だったので、山はもう夜に向かって天気が変わってくる時間。雲の動きが急だ。西丹沢じゃ雪かな。下りは駆け下りるように駐車場まで一気。途中、大山名物のみかん\200也ときゃらぶき\500也をゲットして帰宅。やっぱ、山でかく汗は最高だ。
東北新幹線の車窓から January 19th,2004
WANTEDで仙台へ。今回は一本だけでピストンだ。久々に東北新幹線に揺られることわずか二時間。早いなあ。あっという間だが、この時期の車窓からの眺めは素晴らしい。進行方向左手には次々と名峰が現われては消えていく。日光の男体山〜那須連峰〜磐梯〜蔵王。数々の美しい白装束をした山々の中で特に今回目を引いたのは、那須だった。一際白い山体のてっぺん付近から、ちゃろちょろと噴煙が。
モロ・ノ・ブラジル January 16th,2004
巷で密かに(!?)話題の映画『モロ・ノ・ブラジル』を見に行った。いや〜超面白かった。映画がどうのこうのって言うんじゃ無くて、最初から最後まで画面に喰い入り、音に引き込まれっぱなしだった。個人的には前半の土着的なパートの方が楽しめた。また見に行きたいなあ〜。
牛の次は鶏か January 14th,2004
こりゃ、笑い事じゃあない。元来草食動物である牛に、人間の都合で肉骨粉与えてたのもおぞましかったけど(無理矢理共喰いさせてたようなもんだ)、養鶏場のあの異常な飼育状態もそれにも増しておぞましや。人間が他の種をこんな風に管理してしまう権利を持っているのだろうか。今は鶏インフルエンザだけだけど、抗生物質まみれにされてる養鶏場の大量飼育の鶏からはきっと近い将来とんでもない病気が生まれてくるんだろうなあ(いろんなタイプの耐性菌の出現)。人間様のお陰で。そう考えると、次は豚だぜ。ハハハハハ。だって、豚を今みたいな動物に作り替えたの人間だモんねえ。人間の食肉の都合だけで、彼等はああいう生き物にされた訳で。豚の作り替えの歴史って、それこそおぞましいのよ。だってさあ、「なるべく1頭から肉を沢山得よう」ってんで、胴をドンドンドンドン長くされて、仕舞いにャ自力で立てない程胴体の長い豚を作り出して、「あ、これじゃ長過ぎた」。こんな事してて只で済む訳がない。
胃カメラ January 13th,2004
年末から正月にかけて、生まれて初めて味わった胃の痛み+身体の調子の悪さに、「この機会に一回検査しとくか」と思い立ち、今日人生初の胃カメラ体験。なんかやたらと、のどに麻酔はするわ(ドロドロの液体流し込み作戦)、のどからカメラ押し込む前には身体をメロメロ(!?)にさせる注射打つわ(天井がプチ廻る系)で、カメラがのどに入ってる実感はほとんど無かったが、胃を膨らませる時は辛かったなあ。10分程で、胃と十二指腸を一通り見て検査終了。結果は、「あれ〜、きれいだなあ〜」。潰瘍が疑われてただけに、検査した医者は拍子抜けだったようで・・・。ま、もう自覚症状がほとんど無いくらい回復してたからねえ。いやいや俺は一安心だ。これでまた心置きなく飲み食いが出来るってもんだ。しかし、検査前にメロメロにされた注射と、検査後にシャキっ(!?)とされた注射のお陰で、なんか一日フラつき気味だった。でもたまに、こういう経験も良いかもなあ。入院して検査漬けの人の気持ちわかるもん。俺なんか1種類の検査だけでこれだったもんなあ・・・
年頭にあたって January 6th,2004
いよいよ2004年も始まった。今年は世界中のいろんな場所で更に様々な歪みが具現化していくであろう。イラク・アフガンの泥沼化、バルカン情勢の悪化(初期化)、パレスチナ問題、アメリカの単独突っ走り・・・。何も解決しないまま、どんどん問題だけは上積みされていく。そんな中、我々に必要なことはズバリ『原点回帰』。民族主義に走ろうとか、天皇を担ぎ出して右傾化しよう、なんて面倒臭いことでは無く。「自分と違う価値観を認める」っちゅう至極単純なことさ。この地球上にはいろんな動物が居て、その中に人間も居る。人間の中にも、様々な肌の色・言語・髪の色・目の色・身長・身体能力の人々が居る訳だ。それらの人々がそれぞれ異なった生活環境で生きている。当然のように様々な価値観が生まれてくる。・・・と。人間ってどうもバカなんだけど、自分と違うとこを持った人間の事を素直に受け入れられないんだよなあ。これ、教科書じゃ「人間は高等動物だ」って教えてるけど、どうもかなり他の動物に比べてかなり劣ってる気がする。ま、それはおいといて。この、『違う人間を認める』ことって、現代のほぼ全ての問題の解決のキーポイントになると思う。いじめ、差別、凶悪犯罪、地域紛争、戦争etc。実は我々ミュージシャンはこの作業の素晴らしさを日々体感しているのさ。最先端!!『バンドをやる』って言うのは正にこの作業。違う感覚を持った人間が集まって一つの音楽を作るからこそ面白いもんが生まれてくる訳だし、俺の大好きな『groove』ってのは、違う感覚の人間がそれぞれのリズムを重ね合わせることによって産まれてくるもんだ。違う感覚を持ったミュージシャンは自分に問って『財産』なんだよ。他人を認めることの出来ないミュージシャンに良いバンドは作れない。(もちろん、自分に対する戒めでもある。)世の中、このまま闇雲に突き進めば、先は見えてきちゃう。ここいらで、『違う人間を認める』作業を始めようではないか。ごく一部の人間だけでも良いから。学問的には、「キリスト教やイスラム教などの一神教には限界があって、これからは万物を尊ぶ仏教こそ時代を支えていくのだ」なんていう考えもあるけど、そんな難しいことでは無く、本当に自分の身近なところから始めるのさ。友達、夫婦、親子、飲み屋の店員・・・。関わり合う人全てに対して、「自分と違う価値観を認める」。確かに煩わしい作業だけど、チャレンジしてみようではないか。
2004 start!! January 1st,2004
大晦日は、まず表参道FABで18:55から25分間bourbier。12/22&23のワンマンの余韻が残ってて、最初からブチかませて、短い時間だったが楽しかった。bourbierは2004年は勝負の年か!?終了後、潤さんとマイワイフあっことテラのワイフともえちゃんと新宿へ移動。札幌から上京中のベース秋田祐二と敏腕プロデューサーカツコを待つ。唄うたいテラも合流。ピットイン向かいの餃子屋で2003年が去り行く中忘年会。俺は12/30からの胃の痛みで、酒も餃子も口にせず、お茶のみ。先抜けで21:30に幕張へ向かう。23:00前に到着。スカパラのカウントダウンを見て気分を盛り上げ、新年一発目は我々清志郎バンドだ。観客は2万人弱か!?いや〜さい先良いぞお〜、新年早々こんなに大観衆の中で演奏出来るなんて。持ち時間50分のところしっかり1時間10分演奏。さすがだっ!!ステージに立った途端、胃の痛みも忘れ、楽しく演奏できた。やっぱ、あれだけの観客から出るエネルギーって凄いなあ。こっちも普段とは違うテンションになるのだ。貴重な経験。終了後、新宿へ戻り、ピットインに新年の挨拶をした後、花園神社隣の『芸能浅間神社』で恒例の初詣。「今年も良い年になりますように。頑張りま〜す!」5:00帰宅。

New Blue Day Horns 忌野清志郎 w/Nice
MIddle+New Blue Day Horns
ちと前の事であるが遡って清志郎バンドの旅日記をば。初めてのツアーらしい8日間である。初日は12/10の福岡。このツアーで初めてのライヴハウス仕様。客はオールスタンディング、ステージも今までのホールシリーズよっかかなり狭い。ステージが狭い故に内音(なかおと)がデカくて、やり辛かったが、オールスタンディングで客は最初からハイテンション。我々も負けじと、のっけからハイテンション。『ライヴハウスの良さってやっぱあるなあ』打ち上げは博多名物・水炊き。そういえば、この日が清志郎さんの仕事で初めての晴天だったなあ。「良かったねマサト!」(事務所のスタッフで強烈な雨男)翌日12/11は米子へのバス移動。やはり雨である。行程表には四時間と書いてあるが、途中のSAで地図見たら、600kmもあるじゃ〜ん!!「頼むよ〜、島影さん!」(ツアープロモート担当FMEのスタッフ)結局7時間半コース。疲れたなあ〜。米子は前乗りで盛大な打ち上げ。熱烈歓迎。この季節はやっぱカニでしょ。で、松葉カニの鍋がメインで素晴らしく正統派の宴会。『二日目にしてもう内臓がお疲れ模様』12/12は米子市公会堂にて本番。米子は地元プロモーター仕込みで無く、地元の有志に寄る実行委員会主宰だから、客も満員だったし、素晴らしい客層だったし、どっか心暖まる一日だった。清志郎さんの握手会の後(お疲れ様です)、バスで一路大阪へ。夜飯は車内弁当。『なんだかアメリカツアーのような光景』2:00にホテル着。12/13は連チャンで尼崎。微妙な土地柄か、客入りがツアー初めて今イチ。でもしっかり盛り上げる辺りはさすがのメンバー達。打ち上げはちゃんこ鍋。『いつまで続く!?鍋打ち上げ』12/14は名古屋への移動日。もちろんバス移動。まあ、大阪から名古屋への車移動は勝手知ったルもん。ホテル到着後、身体を休めつつ、トヨタカップ観戦。前半は面白かったけど、後半はだれたなア。給料の安いボカがスター軍団・ACミランを破って、ちょっと痛快。その後TOKUZOへ。スタッフ兼ギタリストの友達・臼井君や店主・森田さん、梅津さんと今池の台湾料理屋で乾杯。『従業員の中国人のお姉様が美しかったなあ』12/15は岐阜県可児市。バスで2時間。「こんなところに客が来るんかいな?」っちゅうロケイションだったが、結構客入ってたなあ。終演後、また名古屋にトンボ帰りし、打ち上げは清志郎さんとのドラゴンズファン繋がりでピカイチへ。初めての鍋以外の打ち上げ!!打ち上げ後、またしてもTOKUZOへ。シカラムータのライヴだったので、sax川口さんや、vi太田さん、cello坂本さんらと合流し、宴会。太田さんはかなりの変態性。素晴らしいっす。『片山さん途中で撃沈』かなりのお疲れ模様。そりゃそうだよ、36の若造の俺でも疲れてるもん。12/16は三重県川越町。ツアー初めての『町』でのライヴ。またしても「こんなところに客が来るんかいな!?」と思いきや、キャパが小さい所為も合ったが、満員の客。ステージと客席が妙に近いのもあって、独特の盛り上がり感。この日まで、毎日1曲づつ新曲があった。いや〜ロックバンドなのにえらいなあ。この日は初めてWHITE
CHRISTMASも披露。『今日のお客さんは得してるぞ〜』終演後、バスで東京へそのまま戻り。途中ファミレスでメシ。「本当にあの清志郎さんのツアーなの!?」でも、俺は嫌いじゃ無い感じ。俺は赤ワイン&クラブハウスサンド&シーザーサラダ。清志郎さんに「ジャズの人は違うねえ〜」。結構みんなはビール&ステーキ&ライス的な。更にバスに揺られて、朝方5時頃に用賀で落とされて、タクシーで自宅へ。『いや〜実に濃い7日半。演奏も移動も打ち上げも』
巷でウワサのNEW BLUE DAY HORNS。超強力!!!
photo by T.Miyagawa
坂田〜!! December 9th,2003
ワールドユースUAE大会。我がヤングジャパンが宿敵・韓国を逆転の末ゴールデンゴールで下して、小野シンジ世代以来のベスト8入り。やった〜! 内容的にはかなり押されてたけど、なんとか一点に抑えて、後半途中から投入された坂田大輔がまずは後半38分に同点ゴール。相手DFを二人かわして、GKのポジションまでよんだ上でのナイスシュート。あのシュート力はA代表にも欲しい程のモノ。そして、延長前半終了真際に難しいボールコントロールからのボレーで劇的幕切れ。良くやった、坂田!なかなかフル出場出来ず、不本意な日々が続いてるだろうけど、自分を信じて頑張れ!次はブラジル戦か!?
3年ぶりの札幌 December 8th,2003
昨夜はWANTEDで札幌SPICAにてライヴ。バンマス三宅さんのサービス精神満点プログラムで、アンコール入れて三時間弱の演奏。客の反応もここまでのツアーの中で最高だったので、内容充実かつ盛り上がりも最高のライヴだった。お客さんもさぞ満足したことでしょう。立ちっぱなしで疲れたかも知れないけど・・・。俺は片山さんと二人前日の早い便で札幌入りして、昔懐かしい仲間達とセッション。さんざん世話になったベース秋田祐二、音楽の道に入る最初のきっかけを作ってくれた(大学辞めるきっかけ作った?)ドラムスJUNK、そして俺と同世代で既に大学在学中から人前で演奏していたピアノ南山雅樹、そしてこれからの札幌ジャズシーンを引っぱって行くであろうウッドベース(24歳!!)瀬尾君。20人くらいのキャパのジェリコに40人以上の人は詰め掛けてくれて、大いに盛り上がった。音楽的には、まあセッションだから。でも片山さん、火〜吹いてたなあ。東京ではなかなかあそこまでぶち切れんモんなあ。いつの間にかセッションリーダーにされてたんで、責任とろうと燃えておったのかな。俺はまだまだだなあ〜、頑張るぞっと。久々に札幌行って、いろんな人たちに再会して、ここ12年間のお互いに変わったこと・変わらないことを感じて、感無量の二日半だった。やっぱり人が一番!
A代表 & U-20 December 6th,2003
いや〜両方良く頑張った!まずはヨーロッパ組抜きでのA代表の対中国戦。相変わらず全体的には歯がゆい内容だったが、ついにFW久保が仕事をしてくれた。嬉しいねえ。やっぱ身体能力はJリーグの中ではずぬけてるんだよ。もう2年くらい早く結果を残してほしかったけど、まあこれからに更に期待するッちゅうことで。(追いつけ追い越せ高原!)あとは個人的にはボランチ遠藤がやっぱ良い仕事をしてたと思ったな。DF宮本が良いプレイをしておきながら2,3回とんでもないポカをやるのは相変わらず。あそこを何とかすれば素晴らしいプレイヤーなのになあ。まあ何はともあれ、キレのなかった中国とは言え、2-0での完勝はやはり褒めたたえるべきでしょう。「良くやった」。そして、UAEを舞台にしたワールドユースで戦い続けていたU-20。「おまえらえらい!!」。コロンビアに1-4で大敗を喫した時はもう半分諦めかけたが、AWAYの環境下でこの世代ではアフリカの強豪であるエジプトを1-0で下して、グループリーグ1位で突破。イングランドを1-0で下した初戦も見事だったが、エジプト戦も「これしか無い!」って勝ち方だった。ボール支配では完全にエジプトが上回ってて、身体能力でもエジプト。チーム戦術としても日本はあまり機能して無かったけど、なんとか前半を無失点で切り抜けて、後半勝負。DF永田の野郎が脚がつって退場と言う国際大会にあるまじき情けないもののあったが(ま、いろいろな状況あったんだろうね。これを生かしてこれから頑張れよ〜)、一人一人がやるべきことをきちんとやってくれた。そして交代出場がピタリ。これ、かなり収穫。トルシエ時代から、ず〜っと代表クラスの監督って交代のセンスが無い指導者が多かったから(ジーコもまだ???)。大熊さんには要注目だな。ま、個人的には坂田を見たかったけど、平山が決勝点だから満点采配でしょう。今月はまだまだ楽しみが続くぞ〜。
missing link December 5th,2003
昨夜のグレープフルーツムーンで今年のmissing linkは打止め。一年を締めくくるのに相応しい充実した内容だった。1ステは敢えてMC無しでぶっ通し。グルーヴ系で始めて緊張感を増しつつmissing link的音響系世界に持ちこんで、空間の魔術師ぶりを発揮しつつ終了。1ステで1時間10分は、ちと長かったかなあ。2ステは打って変わって、オイラのくだらないMCをはさみつつ、最初から最後までノリノリでグイグイ。2ステは中根さんが深夜のハコバン仕事でケツ有りだったので、ヒヤヒヤものだったが、なんとかうまく時計を見ながらうまくフィニッシュ。騒音対策で23:00以降音出し厳禁のお店の状況もうまく乗り越えて、アンコール3分まで辿り着いた。流れの中では1ステ最後の『virtual beauty』と2ステ中盤の『Carnival Baby』の新作ニ曲が非常に良く効いていた。いやいやしかしホントに良いメンバーに囲まれて、いつもmissing linkのライヴは楽しいなあ。(すんごい疲れるけど)しか〜し、漫然とすることなく、補正すべきところは細部まで治し、なおかつルーズでスケールの大きなところは更に伸ばして、来年はもっともっとビッグになるぞ〜。レコーディングもするのだっ!春に録って、夏過ぎ頃には出せるかな。乞う御期待&要注目!!
山ワサビ December 1st,2003
今年もあっという間にもう12月かあ。本当は今日明日で今年最後の一泊山行に丹沢に行く予定だったが、台風が来てるので断念。ちょうど扁桃腺も腫れてるのでのんびり過ごすことにした。12/3以降は怒濤のようなスケジュールが待ってるし。話が全然変わるが、最近のお気に入りのつまみを。北海道の山で採れる山菜(?)に山ワサビってのがある。ワサビと言っても真っ白の根っこで普通の緑のワサビとは全然違う類いの辛さを持ってる。擦りおろして海鮮ものに添えてもいけるんだけど、この山ワサビを擦りおろしたもんをしょうゆ漬にした瓶詰めがあってね。そいつと海苔を合わせるのよ。もともとそば屋では、焼き海苔は定番のつまみなんだけど、芳ばしく焼き上げた焼き海苔に山ワサビのしょうゆ漬をのっけて、クルっとくるんで口の中へ放り込む訳。海苔から立ちのぼる力強い海の香りと、山ワサビが蹴り上げてくる上品な山の香りが合体して、もうえも言われぬ絶品の香りが生まれるのさ。日本酒はもちろん、香りが結構強いからこの時期定番の芋焼酎お湯割とかでもいけるんだなあ。この絶妙なカップリング、最初にやってみた時感動したなあ。ナベ式山ワサビつまみ。山ワサビ自体がなかなか手に入らないけど、入手できたら是非お試しあれ!
充実した2003年11月であった。まだもうちょっとあるけど。ピカイアの初の九州遠征もいろんな良い出会いがあって、「また来年来ま〜す」ということに。ありがたいことです。ピカイア自体もやっぱここ一年の間でだいぶ変わった。二人で出せる世界観がかなりしっかりしたものになった。来年が更に楽しみだ。が。ツアーで忙しくてブッキングを忘れてたので、来年の始動は2月から。いやいや。ま、たまに休みも良いもんだ。そして、いよいよ始まった清志郎バンドのツアー。いや〜、すんげえ楽しいッス。「こんなに楽しくお金貰っていいの!?」ってくらい。夏と違って、今度はツアーだから、一本一本爆発しながら、なおかつ次回の事を考えられる幸せ。いや〜、ツアーっていいなあ。幸せに甘んじること無く個人的にもいろいろ頑張るぞ〜っと。またこんな仕事したいしね。
いや〜、凄かったなア。一昨日のグラスルーツ。普段、ライヴっていうと、『ステージに立つ我々が檻に入れられた動物で、お客さんがそれを見る』の図なんだけど、グラスルーツでは我々が動物を拝見させてもらった感。異常な盛り上がりでした。いつものmissing linkを期待してきてくれたお客さんにはちと厳しかったかも知れんが。ま、人生=経験っちゅうことで。あれはあれで良いんじゃアないすかあ。演奏そのものは異常な盛り上がりに惑わされる事無く、楽しみつつ冷静に展開。さっすが大人のバンド!!只一人きいやんを除いては。いや〜、開演前の2時間半でけっ〜こう完成してしまったようだったなあ、きいやん。この日でmissing linkのリズム隊には、本番前に酒を飲ませちゃいけない事が発覚。ま、これも経験ってことで。次回のグラスルーツは完全にイベントとして、オールナイトとかでダンスパーティー状態でやろっかな。DANCING with missing link.本番前は酒飲む時間与えずに。
ブレイク October 4th,2003
9/29の二月ぶりのmissing linkはまた新たな感触。俺のMCはダメ出しにあったけど・・・。開演時にきいやんが居ないハプニングの所為か(?)新曲があった所為か、ワンステ目の出だしは全般的に演奏がバラバラだったけど、最後のThe spell was casted.の中山さんのオルガンソロから皆が覚醒。いや〜、あのソロ凄かったよ、中山さん!ハーフタイム後のツーステ目はなかなか面白かった。俺のMC以外はね。やっぱ素晴らしいメンバーだなあとつくづく実感。横浜が楽しみだ。グラスルーツは演奏前に打ち上げだからなあ〜(!?)。さて、俺にしては忙しかった9月もこの日で一段落。9/30は家賃払ったり、買い物行ったり、たまってた事務仕事こなしたりして、夕方からゴソゴソ山行の用意。今年最後の北アルプスだっ!!10/1は朝(?)2:00出発。中央道経由で松本で下り5:00に沢渡駐車場へ。そっからバスで上高地へ。日本一の紅葉・涸沢の紅葉と穂高のピークを目指す。朝六時の上高地から道中ずっと最高の天気。順調に六時間程で涸沢へ。7月には展望が全くきかなかったのが嘘のように、涸沢からは前穂高岳〜奥穂高岳〜涸沢岳〜涸沢槍〜北穂高岳の3000m級の山々がカールの上の縁にグルっと迎えてくれた。壮観。かたや、視線を近くに移すと涸沢の紅葉はほぼピーク。さすがに美しいねえ。でも、今年は夏が天候不順だったから今一つなのかな?今回は体力にほんの少し余裕があったから、涸沢小屋から更に上を目指す。ザイテングラートを通って、穂高岳山荘へ。いや〜、こっからはきつかったなア。9/30の初雪の名残りを見つめつつ、普段は使っていないであろう身体の奥底の力まで振り絞って標高2996mの白出しのコルに建つ小屋に着いた時の達成感!!翌朝の用意を済ませた後、信濃側の展望に見とれつつ担いでいった日本酒で感動に浸り、小屋の飯をたらふく食った。グッタリ疲れた身体を一晩休ませ、翌朝起きてみると外は雲の中&冷たい雨。山の天気はホントに難しい。だって、長野県の天気予報は晴だってよ。とりあえず停滞を決め込んで、5:00から自炊で朝飯を食いつつ、また日本酒。で、布団へ再突入。8:30にまた起き出して、対策を練る。最新版の天気予報では、明日から寒気が入ってきて、雪が降りやすいとのこと。ここで決心。「今日中に上高地まで降りよう!」。冷たい雨の中を目の前の梯子を登って奥穂を目指す。しか〜し!!梯子に取り付いて、信濃側から飛騨側に身体が出た途端に恐るべき強風。飛ばされずにしがみついて居るのがやっと。これは3190mまで登ったら尋常じゃ済まんなあ。こういう時はとっとと諦めるのだ。いやしかし、山の怖さをつくづく思い知らされた。そんな訳であっさり敗退して、昨日登ってきたルートをそのまま転がり降りるようにして進む。だってちょ〜寒いんだもん。北穂小屋では、辺りの岩に降った雨が凍っててかなり危ない状態だったらしい。昨日あれだけ快適だった涸沢で凍えながら、素早くカップラーメンを腹に収め、さらに下山。横尾まで辿り着くと、周りの自然はさっきまでとは違った柔らかい表情。いや〜、本当に山は怖い。横尾からは快適に上高地まで11kmの林道歩きで今回の山行は幕。今回も7月に続いて穂高のピークは踏めなかった。でも、これがまた山の楽しみ。お〜い穂高〜、来年まで待ってろよ〜!!ちなみに、穂高の稜線ではやはり翌日(10/3)からずっと最高気温(!)が氷点下。
bourbier REC
September 29th,2003
忙しかったこのところの合間をぬいつつ、bourbierのレコーディングは昨夜無事終了。前作に比べて、かなりエグい感じがプレイで出せた実感あり。録音の環境は良いとは言えなかったけど、けっこう仕上がりは期待できそうだぞっと。春先にやった『幻の録音』が良い意味で生きてきた。ロジャー&潤さんのさすがなところだねえ。俺もこの一年の流れで、見えてきたもんとか掴めてきたもんとかが結果として出せた気がする。で、録りが終わってから、そのまま表参道FABに向かってジャケ写の撮影。コンセプトは『大人のエロ』だっけ?なんか果物をブチュ〜ッてつぶしたり、ガブッとかじったり、皆(特にロジャー)大変だったなあ。終わったのは朝5:00。でも、みんなカメラマンのワニさんに乗せられて(特にアキちゃん)楽しんでた!?あとは、和歌ちゃんよろしく。12月ワンマン2デイズで発売予定らしい。12月のライヴはブッちぎっていかなきゃなあ。さてと、とりあえず今日はmissing linkだっ!!眠いッす。新曲どうなるかな〜?
ミルトン September 23rd,2003
台風が去って、今朝はまるで3000m級の山の頂にいるかのような素晴らしい青空が広がっている。近所の公園からは、幼稚園児達の歓声やお遊技の音楽や保母さんのアナウンスが風に乗って聞こえてくる。もう東京も秋なのかア。昨日はbourbierのRECその1。アコーディオンのあきちゃんと交代交代で二曲。マンションの一室ながらなかなかやりやすい環境。レコーディングしながら思ったけど、「今回は難しい曲が多いぞ〜っ!」。ま、望むところじゃ。頑張ろっと。で、先にあがらせてもらって、ブルーノートへ。「似合わね〜」。ま、それはさておき、ミルトン・ナシメントですよ。昔から大好きだったこの人をジャズクラブで見られるとなりャ、もうカネが無くとも見に行くっきゃない。いや〜、良かったよ〜。『唄』。唄の持つ力(ミルトンくらいになると魔力だな)ってもんを良〜くわかってる。バンドの演奏も良かった。特にパーカッッションとドラムはさすがブラジルならではの柔軟さとエネルギー。そして何よりミルトンの唄!!ん〜。凄い。唄そのもので持っていかれちゃう訳さ。その辺、ちょっと清志郎さんとも重なったなあ、ジャンルはまるで違うんだけど。で、昨夜の感動を引きずりつつ、今日は日比谷野音で清志郎バンドなのだ。天気は最高だし楽しみだぞっと。
祝!三周年、グレープフルーツムーン September 20th,2003
今宵はmissing linkでずっとお世話になっている三軒茶屋グレープフルーツムーンの三周年パ-ティーに顔を出してきた。GFMらしく、アットホームで飾り気のない呑み会だった。ここは音や金時と並んで、大好きなライヴハウスだ。昨今、ただの箱貸し的ライヴハウスがめじろ押しの中、ちゃんと自前の空気感を持ってる数少ないお店だ。俺が思うに、ライヴハウスそのものも生き物であ〜る。ミュージシャンはお店から良い空気をもらい、それに応えるべく、良い演奏をする。そこにお客さんのエネルギーも相まって、互いにドンドン成長していく、というのがライヴハウスの持つ良さなんだが、今時そういう良さを残してる店があまりに少ない事・・・。その点、GFMはスタッフみんながちゃんとその辺を認識してやってるから、ハコそのものに良いエネルギーが充満してるのだ。結局は『人間』なのだよね。音楽もこの世も。そんな訳でこれからも頑張って欲しいお店なのだ。そして、いろんな人に足を運んでもらって増々良いエネルギーを注入しましょ。
夏は終わり? September 4th,2003
気が付いてみれば八月は過ぎ去っていた。今年の夏はいろいろと新展開もあってなかなか充実してたなあ。清志郎さんの大阪&東京の野音も久々の大きなステージで楽しかったし、山登りを始めて以来初の『北アルプスデビュー』も果たした。それも二回も。7月の上高地〜涸沢に引き続き、8月下旬には新穂高温泉〜双六〜三俣蓮華〜鷲羽というなかなかレアなコースも攻めたのだった。9月に入ってからも軽く山梨の乾徳山にも行ったんだが、やっぱアルプスはスケールが全然違うのだなあ〜と実感。今年中にあと二回くらいアルプスに行きた〜いなと。ま、そんな具合で清志郎さん&山な2003年の夏であった訳なんだが、今年は夏らしュうないのう。でさあ、昨夕の凄い雷。俺はタッチの差で大丈夫だったんだけど、JRは軒並み止まってたなア。国会議事堂にも落ちて一部壊れたらしい。天罰か!?それはさておき、あの雷で『夏は終わり〜』なんてことはないよなあ。暑いのは嫌だけど、このまま秋になってしまうのもどうかなあ、なんて。でも、俺は来週からピカイアで北海道なんだけど。道東はもう寒いらしいよ-。
素晴らしきかな片山セッション August
21st,2003
昨夜は7th floorでの片山セッションに久々にお呼ばれ。以前やってた四管がベースで、ちょっと変則パターン。片山さんに、トロンボーン泰成さん、ウッドベースが井野さん、そしておいら。皆ダ〜イ好きなミュージシャンだったし、曲も入り込みやすい曲だったし、リーダー片山さんの引っぱり具合(!?)も絶妙ですんなり入り込めた。全体のバランスもすんごく良かった。三管の混ざり&バラケ具合も良かったし、井野さんのウッドと泰成さんのエレベ(by G.Amp)の混ざり具合も独特のうねりがあって面白かった。ミンガスのバンドでジョージ・ムラーツが入って2ベースになったサウンドをちょっと思い出したなあ。俺自身はここ最近ではダントツ気持ち良い演奏。かなりうたい込めて、充実感たっぷり。終わって余韻を楽しむ間もなくすぐに出なきゃいけなかったのがタマに傷だったけど・・・。こういうライヴをどんどん積み重ねていきたいものだなあ。
久々の(?)ピカイア August 20th,2003
昨夜は音や金時でピカイア。音やは五月以来だったし、先月はゲスト入りだったからミョーに久しぶりな感じだった。おまけに、昼間はbourbierのリハだったから、リハスタの超デッドな響きとのギャップもあって、凄く新鮮な感覚だったなあ。ま、音やでやる時はいつものことだけど、良い意味楽に、楽しんで、演奏できた。あれで更にケタ違いのエネルギーの大きさを出せれば、言う事無しだな。その辺これから頑張りましョ。しかしピカイアも成長したもんだ。ん-。出てる音があまりに少ないから、誰にでも何処でも拍手喝采とは行かないだろうけど、ちゃんとこの二人でしか出せない音を出して、しかもいろんな意味で説得力ある事が出来るようになったモんなあ。『継続は力なり』ですか。ピカイアはある意味俺にとってライフワークみたいなもんだから、これからものんびり・じっくり・しっかりやっていこっと。9月の北海道が楽しみだなあ。でもピカイアは本当に疲れるのだ・・・。
2003夏 August 18th,2003
全然夏にならない今年。やっと8月頭に梅雨明けしたかと思えば、すかさず台風が日本列島を御丁寧に縦断。台風が去ったかと思いきや、気が着いたらまたもや停滞前線が。もしや梅雨に逆戻り?それとももう秋雨前線?世界的に異常気象だなあ。そんな2003年の夏、俺は忌野清志郎だった。前から存在は良く知っていたが、人も音楽もあまり詳しくは知らなかった。そんなまっさらな状態での共演。いや〜すんごく面白かった。とにかく唄が良いのだよねえ。本人の歌詞にもあるけど『唄に力がある』。声そのものにも素晴らしいパワーがあるし、歌詞もすんごく好きな感じ、というか、歌詞が耳に残っちゃうんだよね、こんな俺が何故か。そんな素晴らしい清志郎さんのバンドで、ホーンセクションはRC時代からの生き字引(!?)梅津さん&片山さん。なんというゴージャスなセクションなんでしょう!清志郎さんに負けず劣らず存在感のバカでかい(音もバカでかい!)二人と一緒に音を出せる喜び。いやあ、幸せな夏に日々だった。で、何をしたのか?っちゅうと、7月に一度レコーディング、そして8/9に大阪城野音でライヴ。帰ってきて、8/12に残りのレコーディング、そして8/17に日比谷野音でライヴ。その間、何回かのリハ。いや〜リハからして楽しかったなあ。アルバムは11月に発売予定。これがまた良い曲揃いの逸品。お楽しみに。これから来年の2月まで、いろいろとあるから楽しみは続くのだ。その間俺は俺で頑張るぞっと。続く
大阪城野音でのライヴ終了後
Photo by T.Miyagawa
トップアスリート=ミュージシャン July
26th,2003
もう二三日前の話だけど。北島康介!!やったね。素晴らしいよね、世界新×2での金メダル。今の時代に新記録を出す事ってもう神技。競技人口も圧倒的に増えて、科学的にもどんどん解析されて、その上で前人の記録を撃ち破る訳だから並み大抵の事じゃアない。で、北島はじめ、俺の好きなサッカーの世界で言ったらヒデやシュンスケなど、世界レベルのトップアスリートを見てると、痛切に感じる事。それは彼等が持ってる感覚。<1,競技を続ける為に必要な最低限の自信。2,向上心。3,今の自分を冷静に見つめられる解析力。>ひとつずつちょっと説明するって〜と。まずその1。最低限の自信が無いと競技そのものが続けられないのだよね。「俺はダメだ」ってなっちゃうもん。しか〜し!かといって、(その2にも関わってくるけど)自信過剰になってしまうと、向上心が産まれず腐ってしまう。今の自分を正当化する為に言い訳をし始めたらおしまいってこと。そして、その2。今の自分に満足してる奴に将来は無いって事。当たり前だね。そして、その3。ここがやっぱかなり難しいよね。「今のままじゃダメだ。もっと成長したい!」と思っても、冷静かつ客観的に自分を解析して自分の弱点を補っていこうとする気力が無いと、いくら向上心があっても空回りしちゃうからねえ。こう考えてみると、これってミュージシャンと全く一緒じゃん!というか、人間として、って話だよなあ。だからスポーツ観戦は辞められん。ありがとう!北島!!
missing link July 23rd,2003
昨夜はグレフルでのm/l。アフリカ二部作+ブラジル三部作+キューバ二部作、そしていつものグルーヴもの、と内容盛り沢山。ちょっと欲張りすぎたかなあ。演奏時間も全部で二時間半だったもんなあ。まあ、やってる側はだれてなかったから良しとしよう。お客さんはちと大変だったかな?ブラジルものやキューバものあたりをさらっと演奏出来るようになると更にm/lは凄いバンドになれるんだ、という信念のもと昨夜のチャレンジであった訳で。やってる方はさらっとやってるけど、聴いてる方にはズブ〜っとくるような色気のある演奏が出来るようになりたいのだよ〜。大人な。そうすると、我々得意の『大人気ない演奏』も更に生きてくるってもんだ。150kmの豪速球と120kmのチェンジアップ、みたいな。まあでも、m/lはどんどん成長するなあ。メンバーが素晴らしいよ、なんといっても。感謝。でも、もっともっと凄いバンドにするぞう〜!
清志郎さんレコーディング July 21st,2003
昨夜はbourbierで横浜CLUB24。山下公園の花火大会で行きも帰りも大変だった。演奏も熱かった!そして今日は打って変わって、清志郎さんののんびりレコーディング。梅津さんがアレンジして、ツア−帰りで宮城から直行してヘロヘロの片山さんと三人のゴージャズなセクション。夕方五時過ぎからの音入れでなんと6曲もレコーディング。アットホームで、良い意味でゆるい感じが楽しかった。全編新曲で、良い作品揃い。なかでも清志郎さんがドラムを叩いてる曲のグルーヴ感が絶品。体重120kgの黒人ドラマーの超ヘヴィ8ビートな感じ。御本人はあの通り小柄なんですが・・・。アルバムは11月の発売。楽しみ。
根津 July 6th,2003
昨日はジャズ関連で面白いイラストを書き続けている久原大河さんの個展を見に根津へ。浅草辺りの下町とはまた違った風情でなかなか良い街だ。街にも人にもある種の落ち着きがある。ちょっと京都なんかと相通ずる感じ。根津神社を散策した後、せっかく川崎から遠出するので、前々から一度行ってみたかったそば屋・夢境庵で腹ごしらえ。暑さを洗い流す為にまずはビール。お通しでそばの実のおひたしが出てきた。それとわさびいもがビールの相棒だ。わさびいもは普通の山芋じゃなくて自然薯だ。腰が超凄い。箸で切って食べられるからビールのつまみでもばっちり。そして、冷にチェンジ。桃川だ。青森の銘酒。すっきりとした飲み心地ながら、ボディはしっかり。夏の昼間にピッタリだ。そば味噌で三杯程いって、最後におおもりで締めた。それから根津の街をゆっくり散歩しつつ、個展会場のcafe nomadへ。彼の作風はおもろい。顔の表情も面白いし、一言添えられているコメントも最高。林さんの『極上の不良音楽』。良いねえ。梅津さんのかぶっているヘルメットには『安全第二』。お店の雰囲気も素晴らしかった。俺はペルノーのソーダ割りを頂きました。昼から贅沢な一日なのだった。
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