4 6委員の要望書への反論

  (平成16年5月29日初出)

 

 荒川区男女共同参画社会懇談会の報告書は平成16年5月24日に荒川区長藤澤志光氏に提出されたが、その中の「乱用の防止と是正」について27日に6人の委員から反対の要望書が出されたと、28日付で毎日新聞と東京新聞が報道した。

 この二つの新聞は、張委員の辞任のときもそうだったが、なんとかして悶着が起きているかのように見せかけたいらしく、とくに「乱用の防止と是正」を目の敵にして、なんとかして反対が起きてほしいようである。

 両新聞の記事を総合すると、6人の女性委員の主張は次のようなものだそうである。
1 「乱用の防止と是正」は突出して具体的で、条例になじまない
2 この項目は国や都の条例に定められていない
3 きちんとした合意形成過程がなかった
4 同項目の削除を求める少数意見を報告書に記述せず、「会議録付記・追加意見」という異例の扱いを受けた。

 

 この要望書の内容は、実際に議長の役割もしてきた私から言うと、まったく不可解で理不尽なものである。とくに合意形成過程や少数意見の扱いについて事実を歪めており、その汚い批判の仕方には怒りを禁じえない。以下、どこが理不尽か、詳しく反論したいと思う。

 

1 「乱用の防止と是正」は突出して具体的で、条例になじまない、という点について

 これらの項目が「突出して具体的」だというのは、他とのバランスを見ない偏った見方である。これらの項目はどれをとっても、一般的かつ原理的な内容であり、具体的な内容とは言えない。もしこれらを「具体的」だと言うのなら、たとえば「推進体制」も同じように具体的である。
 また全体の構成から見ても決してバランスを欠いているとは言えない。全体は大きく分けると「基本的な考え方」と「施策のあり方」の二つの部分から成り立っており、「施策のあり方」はさらに1「施策の基本線」、2「推進体制」、3「乱用の防止と是正」となっている。これらの三つの部分は同じ比重であり、それぞれが挙げている項目の具体性(抽象性)も同じ程度である。3だけが「突出して具体的」というのは、事実に反する言いがかりである。

2 この項目は国や都の条例に定められていない、という点について

 国や都とまったく同じものを制定しなければならないという理由はない。それならわざわざ条例など作らなくても、都の条例を区の条例にすればよい。
 国の基本法や都の条例が作られたときとは、現在の状況は大きく変化している。目を覆うばかりの逸脱や行き過ぎが多く起きており、それについて危機感を持った多くの委員から、防止項目をぜひ付け加えてほしいという要望が出されたのである。
 そうでなくても、およそ法と名のつくものに乱用の防止規定があるのは常識であり、今までの基本法や諸条例に乱用防止規定がなかったことの方が非常識なのである。なかったからこそ、数々の逸脱や行き過ぎを防止できなかったのではないのか。

 

3 きちんとした合意形成過程がなかった、という点について

 こんな理不尽な言いがかりは聞いたことがない。「乱用の防止と是正」規定については第7回で審議されたが、その議事の詳細を再現すると、次のようになる。
 まず、この規定は最初「基本的な考え方」の末尾に入れて提案された。皆さんの意見を聞いたところ、この規定を「入れる」必要性についての意見ばかりで、「入れる」ことに反対の意見はまったく表明されず、ただ「基本的な考え方に入れることは不適当」だから、「施策の末尾に入れる方がよい」という意見だけであった。そういう意見が多かったので、「施策のあり方」の中にいれることに決定した。
 このように、「入れる」「入れない」の議論がなされないまま会長や一部の委員が強引に入れたかのように言うのは、汚い言いがかりとしか言いようがない。今回の少数意見を出した委員も含めて、全委員が「入れる」ことを前提に、「どこに入れるか」という議論をしたのである。その前に、もちろん「入れる」必要性についての意見も何人かの委員が表明した。またその前に「入れるべき」という数人の委員からの意見書が配られており、それも当然討論の内容と考えるべきである。そうした賛成意見に対して反対意見は一つも出なかったというのが厳然たる事実である。「入れる」「入れない」について議論がなかったかのように言うのは、重大な事実の歪曲である。
 念のため、具体的な場面を再現すると、最後に私が「では、施策の末尾に入れることでご異議ありませんか」と言ったときに、誰一人異議はなかったので、「では、そう決めます」という形で議事進行したのである。「どこに入れる」という形ではっきりと合意したのであり、ただの一人も反対はなかったのである。この過程は、「入れる」ことについての「きちんとした合意」でなくて何であろうか。
 この議事進行について、どこが強引だと言うのであろうか。これを見れば「きちんとした合意形成過程がなかった」というのは、まったく不可解かつ理不尽な言いがかりであることが分かるだろう。
 さらに、最後に「乱用の防止と是正」の内容について審議に入ったが、そのときも内容についての議論をしないで、いきなり修正案を出して採決を迫ったのは、張委員ともう一人の委員であった。この規定の審議のあいだ、議長としての私から多数決を提案したり強引なことをしたことは一度もないし、議論をやめさせたことも一度もない。議論をやめて採決しろと強引に迫ったのは、二人の委員であった。他の委員たちも、それなら採決しようということになり、私は仕方なく採決をしたのである。
 もちろん、採決で決定するのも民主的な「合意形成」の一つのあり方であり、「きちんとした合意形成過程がなかった」という文が何を意味しているのか理解に苦しむばかりである。
 

 

4 同項目の削除を求める少数意見を報告書に記述せず、「会議録付記・追加意見」という異例の扱いをした、という点について

 まず、はっきりしておかなければならないのは、すでに審議が終わった事柄について、賛成だとか反対だとかと蒸し返すのは、ルール違反であり、議長として取り上げないのは当然すぎるほど当然である。そんなことをいちいちしていては会議というものは成り立たない。したがって第8回において「乱用防止」規定についての意見を取り上げなかったのをもって、強引だなどと批判するのは、お門違いと言うべきである。
 次に「会議録付記・追加意見」について事実経過を述べる。この「追加意見」を提出した3委員は、最終回の最後に、「まだ十分に意見を言えていないので、すでに決定したこととはいえ、思うぞんぶん反対意見を言わせてほしい」と要求した。そのときには、2時間の予定の会議はすでに3時間を越えていたし(最終的には3時間40分になった)、皆さん疲れきっていたので、私は「意見を言いたい気持ちは分かるけれども、時間がないので」と言って、一つの提案をした。それは「意見を書いて提出してもらえば、それを会議の中で話した意見として会議録に追加して掲載する」という代案であった。その案については、全員が賛成してくださったので、そのような取り扱いにすることになったのである。
 じつはそういう取り扱いに関しては、内心反対の人もいたはずである。というのは、それまでも、私が少数意見に配慮しすぎるとか、少数意見ばかり発言の機会を与え過ぎるという苦情が出ていたからである。しかしそういう苦情を私が抑える形で、それこそ「強引に」少数意見を優遇する処置を取ったのである。
 この扱いはたしかに「異例」であるが、それは少数意見を優遇しすぎるという意味で「異例」だったのである。
 そのときには、どういう意見が出されてくるか、まったく分からなかった。出された意見を見たら、会議の中では出ていなかった「乱用の防止と是正」規定そのものへの反対意見が書かれていたので驚いたし、ルール違反だと思ったが、そのまま載せるという約束なので、そのまま載せた。これが事実である。
 なお、反対意見を報告書の中に記せという要求は常識に反している。いちいち反対意見を記した報告書などというものは、見たことがない。報告書は結論を記すものであり、決定の経過を記すものではない。反対意見は会議録の中に詳細に記録されている。それも、今述べたように、賛成意見よりもはるかに多くの発言の機会を与えている。毎日新聞には広瀬委員らの話として「懇談会は発言しにくい雰囲気で、進め方も強引だった」とあるが、「発言しにくい雰囲気」だったとしたら、発言しやすくしてくださいと要求すべきであり、どんな雰囲気であろうがきちんと発言するのが委員としての義務であろう。すべてが終わってからこういう泣き言を言うのは、甘え以外の何物でもない。
 会議の間は反対せず、すべてが決まってから「やっぱり反対です」「会議の時は言いにくかった」などということが社会で通用するものではない。6人の女性委員には猛省を促したい。