母性

 

7 自著自薦

 

(4) 母性論に反発する人たち ──その2

         (平成19年10月1日初出)

 

 母性論が気になって仕方ない人たちがいるようである。拙著『母性崩壊』に対する執拗な攻撃が、いまだに続いている。すでに原本は絶版になっているのに、わざわざ手に入れて読み、悪口を書き込むという行動に出るというのは、よほどの動機があるのであろう。

 アマゾン書店の「カスタマーレビュー」の、『母性崩壊』に対する否定的な書評に対して反論したところ、半年後にまた二つの書評が書き込まれている。いずれも星一つという全面否定の評価である。

 否定的評価の最大の理由は、「苦しんでいる母親に対するやさしさがない」ということのようだ。こう書いている。

 彼の考え方には、生きている人間に対する、特に、母親という人間に対する、やさしさがみじんも感じられない。母親は、子供を生み、育てるだけの機械だから、苦しみなど感じてはならないとでも言いたげだ。(つい最近ニュースをにぎわせた問題発言にも通ずるが)

 この者は、恐らく「母性崩壊」と言われている現象のいずれかに当てはまる母親なのであろう。それで「つい読んでしまった」のだろうが、この者が求めている同情やなぐさめが見つけられないので、いらだっているようだ。この者が求めているのは、「たいへんだね」「つらいね」というやさしい言葉なのだろう。『母性崩壊』にそんなもの求めるのは、見当はずれである。はじめに書いてあるとおり、この本は母性崩壊の原因を明らかにし、母性回復の方策を探ることを目的にしている。苦しんでいる母親をそのままで肯定し、なぐさめるための本ではない。

 

「たいへんだね」「つらいね」といった、あるがままを包み込む「母性的なやさしさ」も大切である。しかし、それだけでは解決できない、もっと根が深い問題が存在する時、そこには厳しい「父性的なやさしさ」が必要なのである。母性が失われていることを自覚し、それを回復させないかぎり、母親と子供が同時に救われることなどない。本書は、母性崩壊というつらい現実を受け止めることを求めた厳しい書なのである。生やさしいなぐさめの書ではない。

 この者が「母親に対するやさしさがない」と感じたのは、わけがある。それはこの本の観点が、子供の立場から見ていることと関係があろう。母性崩壊の被害者は子供なのだから、母性が崩壊したままを肯定してはならないと私は考えているからである。母性崩壊を否定することは、その母親を否定することではない。しかし、当の母親には、自分が否定されたように感じられるのであろう。「母性崩壊」という言葉だけで、自分が責められているように感ずるようである。こういう感情的な反応をする女性にかぎって、子供に対して不適切な対応をするものである。私は子供に対して、より同情的にならざるをえない。それはカウンセリングなどを通じて、母親から不当に扱われておかしくなった子供を多く見てきたからである。

 そういう現実を見てきた視点は全編を貫いて感じられるはずである。しかしこの者は、そういうところはまったく読んでいないらしい。その証拠にこの者はこう書いている。

 大げさなタイトルにつられて、つい読んでしまったが、現実感に乏しい人が自分のイメージの世界だけで書き上げた本のようだ。

 どこをどう読めば、このような出鱈目なことを言えるのだろうか。百パーセントの読み間違いである。この本は初めから最後まで、現場の臨床の経験をふまえて書かれている。現実との格闘から書かれたものである。自分の求めているように現実が捉えられていないと、「現実そのものが捉えられていない」と判断してしまい、「こういう本を堂々と出してまかり通る学者の世界は不思議だ」と結論してしまう。そのほうがよほど「不思議」である。

 

 もう一つのレビューはもっと悪質である。

 「産む機械」発言をした方の時代と思想が、こんなものだったのだと納得。(著者と同じ世代ですよね。)

 何を言いたいのかと思ったら、どうやら「産む機械」発言をした人と同じ時代と思想を、本書が代表しているという意味らしい。で、その思想とは、

 武家的封建社会の考えを伝統として残そうとして、古い因習とともに、このような考えをかたくなに固守

しようとする「古き悪しき思想」だそうである。

 どこをどう読めば、こんな出鱈目な読み方ができるのか、まさに「不思議」である。本書には封建的な思想など、どこにも微塵も発見することはできない。なぜ、こんなとんでもない読み間違いをしてしまうのだろうか。

 恐らく「母性は大切」という思想は封建的な暗黒時代の思想だと、どこかでフェミニスト教師に教わって、「古き悪しき思想」の烙印を押しているのだろう。女性学では、「女性は生まれつき母性を持っているわけではない」「母性本能説=子供が生まれたら必ず可愛いはずだという学説は母親を追いつめる悪しき理論だ」「封建社会で、そういう考えを押し付けられて子育てをした女性たちは可哀相だったのだ」と教わる。要するに「母性本能説=封建思想」というわけである。そういう教説で洗脳されていると、封建思想と縁もゆかりもない拙著までが、「封建的・因習的」と断定されてしまう。女性学というものが、いかに人間を無知・無思考にするか、その見本を見たような気がする。

 『母性崩壊』は、ある種の女性たちにとって、気になって仕方ないので無視できないし、是非とも悪口を言いたい本のようである。恐らく内容が彼女たちの問題点の的を射ているのであろう。この種の女性は、負けん気は人一倍、今の自分を絶対に肯定してほしい、自分に問題があるということは絶対に認めたくないという心理を持っている。こういう心理こそが子供をスポイルするのだということを書いてあるのが『母性崩壊』なのである。だからこそ読むと腹が立つのであろう。素直でない人間は救いようがない。可哀相なのは子供である。

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