エッセイ

21世紀新年ご挨拶

 明けましておめでとうございます。

 皆さまのご健勝とご多幸をお祈りいたします。

 昨年は当ホームページへの応援、ご愛読ありがとうございま した。

 お陰様で、私も元気に新世紀を迎えました。今年も日本が、 そして世界が正しい方向に向かうよう、ますます活躍する所存です。今年も応援をよ ろしくお願い致します。

 今年からときどき、楽しいエッセイを出すことにしました。 最初は巳年にちなんだ年頭エッセイです。どうぞお読み下さい。

 

1 風流なお蛇さま

 (平成13年・巳年・年頭エッセイ)

 

 十年ほど前から特別なアサガオを育てている。名前は「名古屋式盆養切りこみづくり大輪アサガオ」という。このただならぬアサガオは、妻が名古屋出身だという縁で、わが家にやってきた。

 このアサガオのどこがただならぬかというと、まず花びらが並のアサガオに比べてひどく平安貴族調である。名前のとおり大輪で、ちょっとふれると破れてしまいそうに、楚々としている。そして色があくまでも淡く、真ん中が白くて、咲くまえと咲いたあとに、時々刻々と微妙に色彩を変える。このアサガオを盆栽風に仕立てて、毎日一輪ずつ咲かせ、床の間に飾るという優雅な趣味である。

 この世話がまたたいへん。鉢植えだから毎日水をやるのは当然としても、それに微妙な調整をした肥料をまぜなければならない。ちょっと多すぎると葉がしおれてきて枯れてしまう。そして毎日外に出して太陽にあてるのは当然としても、夜は一五度以下になると家の中に入れなければならない。しかも朝な夕なに「おはよう」「おやすみ」と声をかけてやるときれいな花を咲かせるとか咲かせないとか。まるでお姫さまを育てているような気づかいが必要である。その上、東京で育てた鉢植えを、八月に山荘へ行くときには、鉢植えごと十個ぐらいを、車に乗せて運ぶというのだから、ご苦労なことである。

 この名古屋アサガオという珍種の起こりは、明治初年に名古屋のさる薬商が考案者で、その後、十人ほどの旦那衆が一子相伝で伝えてきた。昭和三十年になってやっと一般にも門戸を開いたが、今だに種は市販されておらず、「名古屋朝顔会」の講習会に参加してはじめて分けてもらえるという代物である。

 などと偉そうな講釈をしている私はあまり世話をしていない。ほとんどのことは妻と娘がやっている。ただし私も外に出すときや家に入れるときには動員されて手伝ったり、水をやるお手伝いをする。

 こうして夏のわが山荘のベランダには、この名古屋アサガオの鉢植えが並んでいるというのが、ここ十年くらいの見慣れた風景になっている。ところが、五年ほど前に異変が起きた。ある日、妻が青い顔をして書斎に来て、声をひそめて「ちょっと、ちょっと、ヘ、ヘビが・・・」と言うのである。あわてて行ってみると、なんと二メートルはあろうという大きな蛇がアサガオの鉢植えの列の間をゆっくりと蛇行しながら、あたかもアサガオを観賞するかのごとくに、鎌首をもたげて、しげしげと見入っているではないか!


  朝顔の間をお散歩中

 蛇はゆっくりと一巡して観賞しおわると、ゆうゆうと戸袋の中に入ってしまった。こうして、以来この蛇はわが家に住みつくことになった。どうも屋根裏か壁の隙間に居住していらっしゃるようである。毎朝、八時十五分になると戸袋の中から敷居のレールにそって出てきて日向ぼっこをして、しばらくするとまた戸袋の中に入っていく。そのさい、アサガオが外に出してあると、鎌首をもたげて「観賞」し、アサガオが家の中にあるとガラス戸ごしに鎌首をもたげて、さも家の中に入りたそうにする。よほど入れてやろうかと思うが、入ったまま出ていかないと困るので、まだ入れたことはない。


  ご登場(ガラス戸の向こう側)

  鎌首をもたげ、ガラス戸ごしに観賞中

 はじめは気味悪がっていた妻と娘は、そのうち「よく見ると可愛い顔をしているわね」と言うようになり、出てこないと「どうしたのかしら」と心配するようになった。

 昔から、蛇が住みつくと「いいことがある」と言われ、家に住みついた蛇は「お蛇さま」と言って珍重されたらしい。私が子どものころも、家に住みついた蛇を大切にする雰囲気があった。実際に「お蛇さま」を体験してみて、その理由が初めて分かったのである。

 じつは以前からわが家にネズミが住みついて困っていた。どんな小さい隙間からも入ってしまうので、いくら穴を見付けてふさいでも効果がない。夜中に騒いで安眠妨害をするので始末に悪い。ときどき壁を食い破って押入に出没する。これが悩みの種であったのが、お蛇さまが住みついてくれた年から、まったくネズミの被害に逢わなくなった。

 もう、お蛇さまさま、もう一度「さまさま」と言いたくなるくらい、「可愛い」を通り越して「ありがたい」神様になった。やっぱり蛇は神様なのだ。しかも風流な神様ときている。こんな高級な神様が住みついているわが家は、いまに後光がさしてきて、神社になるかもしれない。

 うまいことに、お蛇さまに子どもが生まれたみたいで、ある年には子どもの蛇を何度かみかけて、今年などは青年の蛇が現われて、型どおりにアサガオを観賞したのちに、戸袋の中にお入りになった。どうも蛇の世界の方が人間さまよりは、文化の継承がうまくいっているようだ。

 私たち一家は、神様をびっくりさせないように、静かに暮らしている。尋ねてくる人は、なんて上品な一家だと思ってくれる。ああ、神様の霊験(れいげん) あらたかなり。

( 初出 『季刊 文章歩道』第四巻第四号、高遠書房、1999年1月)





(平成13年8月25日加筆)

今年も現われた「お蛇さま」

 今年も我が家の「お蛇さま」が無事な姿を見せてくれました。

 うまく写真におさめることができたので、ご覧ください。

  ガラス戸ごしに眺める?

  アップ。つぶらな瞳がかわいい?

  散歩にお出かけ?