フェミニズム  

29 (4) 男性文化と女性文化、とくに女言葉について

        (平成18年6月18日初出)

 

 教育や行政の現場でジェンダーフリーという名の性差否定運動が進んでいる。ジェンダーすなわち文化的性差を差別のもとだとして否定し、男と女を可能なかぎり同型化しようという思想である。

 この思想が間違いであり、文化的性差は人間が生きていくためにも、また子供の心理的発達にとっても必要なものであることを、私は折にふれて強調してきた。男性文化と女性文化の違いを際立たせつつ洗練させ発達させることは、子供の自我形成にとって必要不可欠である。男性文化と女性文化の区別を否定することは文化破壊であり、狂気の沙汰と言わなければならない。

 『家族を蔑む人々』の第一章の八「日本の性別文化を守ろう──男性文化と女性文化は大切な人類の財産」において、私は次のように論じている。

 男性文化と女性文化、男言葉と女言葉が分化して、それぞれに洗練され発達してきたことは、日本文化の誇るべき特徴である。それを「遅れている」と蔑む人たちがいるが、まったく逆の間違いを犯している。男女の文化が分かれて発達した日本の文化は、じつは最も進んだ洗練された文化であった。

 例えば、男性文化には強く凛々しい美しさが表現されてきた。戦いのさなかにも和歌を詠み、兜に香をたき、美しく散っていった平家の若武者の美意識、江戸時代には「いき」「いなせ」といった美的感覚があった。端午の節句には甲冑と刀 や弓矢を飾り菖蒲湯に入り、強さの美に憧れた。

 「きりっ」とした男らしさ、背筋をぴしっと伸ばした姿勢、きびきびした動きと言葉遣い、さわやかな立ち居振る舞いが男性文化の特徴である。

 一方、女性文化は優美さを特徴としている。言葉遣い、物腰、振る舞いにいたるまで、やさしい美しさが追求され、「おしとやか」「つつましさ」の美が理想とされた。雛祭りにはお雛様を飾り、美しく着飾って華やいだ雰囲気をかもし出した。

 どこの方言にも女性特有のやわらかな言葉や言い回しがあり、それが人間関係に潤いをもたらしてきた。ついこの間まで、女性は「〜ネ」とか「〜ヨ」という優しい感じの語尾をつけたものである。戦後しばらくまでは「茶道」や「礼法」の時間を設けていた私立の女子高校も多く、女子高生は相手への心遣いや流れるような身のこなしを習ったものである。

 このように、男女がそれぞれの美を追究し洗練させていくことは、文化の最も進んだ型に属している。この日本文化の誇るべき型がいま急速に崩れつつあり、退化の危機に瀕している。

 最近の男子は腑抜けになり、無気力になって、まるで軟体動物のようである。ダブダブのズボンをわざとずり落として、シャツの裾を外に出し、これ以上だらしなくはできないというほどに汚らしい風体をして、ダラダラと歩いている。

 女性も下品で乱暴になってしまった。今どきの女性たちは、「ネ」とか「ヨ」という「女らしい」語尾は、「男の美意識に縛られた従属した女性の印だから、恥ずかしくて使えない」と感ずるようである。

 女性の言葉もますます汚くなっている。とくに若い女の子に著しい。「……でサア」「……だ」「やつ」という下品な言葉を好んで使う。「めし食おう」と、わざと男言葉を使う。若い女の子の流行をいい年をした年配の女性も追いかけて得意顔である。

 言葉だけではなく、服装も振る舞いも「がさつ」になった。女子高校生は判で押したように「超」短いスカートをはいて、太股(ふともも)を露出している。その服装で地べたにあぐらをかく。

 「女らしい」とか「おしとやか」「つつましい」が敵視される世の中である。「女性だけに要求する」ことは「差別だ」と攻撃されるので、親も「お行儀が悪い!」と注意できない。

 それどころか、「ジェンダー・チェック」といって、男女を区別することさえチェックされる世の中である。しかし、よい意味での「男らしさ」「女らしさ」を敵視するのは、男女平等や男女共同参画のはき違えである。

 世界で最も発達してきた日本の男性文化と女性文化の洗練された美意識を再認識して、守っていかなければならない。男性がだらしなくなり、女性ががさつ・下品になることが男女平等であるはずがない。女性は日本女性らしい美しさを、男性は日本男性らしい美しさを大切にしていきたいと思う。

 

 以上の拙文に対して、その必要性・重要性を疑ったり、否定する論調が見られるので、それに対して反論しておきたい。

 

「てよだわ」言葉は女らしさの反対だった ?

 女らしさを表現する女言葉に反発する人々は、次のような趣旨の主張をしている。

 女性文化や女言葉が発達してきたと言うが、「よ」「わ」は明治になってから言われ始めた言い回しであり、もとは下町の蓮っ葉な「てよだわ」言葉だと非難されていた言い回しだった。それが上品な女らしい表現だとされるようになってから、たかだか百年足らずの歴史しか持っていない。大昔からあるものではないし、そもそも女言葉というものは時代によって変化してきたものである。固定的に考えて守るべきものではない。

 たしかに、具体的な女言葉は時代によって変化してきた。しかし、女言葉というものがなくなったことはない。その時代時代ごとに、女らしさを表現する女言葉が存在してきた。また女言葉を崩そうという人々も常にいて、「進んだ」女性たちはわざと下品とされる言葉を使った。しかしいつの間にかまた女言葉ができ、それが望ましいという社会風潮が生まれるのである。こうした経緯を見てみると、女らしさを表現する女言葉への、社会の(そして女性自身からの)要請がいかに強いかが分かるのである。

 例えば、「ってヨー」とか「○○だワー」という言い方は、もともとは下町の男性の言い回しであった。その場合には、「ヨー」や「ワー」は力を抜くように、語尾を下げる。語尾を下げると、投げやりで乱暴な調子になる。

 そういう反抗的な言い方を、少々インテリで反抗的で元気のよい女の子というものは、使いたがるものである。わざと下品な言葉を使って、大人に対する反抗や憂さ晴らしを表現する。大人のひんしゅくを買うのが面白いのである。

 明治20年代前半の女学生ちも、この「ってヨー」とか「○○だワー」という言い方をおもしろがって使っていたそうである。遠藤織枝『女の言葉の文化史』(学陽社、1997年)によれば、大人が新聞や雑誌で、このごろの若い女性の日本語の乱れを「困ったものだ」と嘆いている。

 例えば、「アライヤヨ」「よくってよ」「何々だわ」「アラマー本当 ? 」「ソーネー」「アラヨクッテヨ」などという言い回しは、「粗暴」だと眉をひそめられていた。尾崎紅葉も明治21年には「旧幕の頃青山に住める御家人の身分のいやしき娘が使いたる」もので「心ある貴女たちゆめかかる言葉づかいして美しき玉に瑕つけ磨ける鏡をな曇らせたまひそ」と、その使用を戒(いまし)めていたのに、明治30年の『金色夜叉』の中では若い女性の言葉として多用している。いつの間にかこれらの言い回しが「中流以上の女性の言葉」として認知されるようになったのである。(p.131-134)

 こうした現象は、どのように解釈したらいいのであろうか。「てよだわ」言葉を非難していた尾崎紅葉が、根負けして認めてしまったのであろうか。否である。じつは「てよだわ」言葉の方が変わったのである。

 当時の「てよだわ」言葉を使っていた女の子たちは、反抗的ではすっぱな言い方から、次第に女らしい言い回しに変えていった。例えば、「ってヨー」とか「○○だワー」と語尾を下げていたのを変えて、語尾を上げて可愛く言うようになる。すると乱暴な男っぽい言い回しが、優しい女らしい表現になり、まるで反対の感じを与えるようになる。高橋巌氏も『日本語の女ことば』(高文堂出版社、2002年)の中で、「だわ」や「わ」も、「女性の場合は主張の強さをやわらげる上昇調のイントネーションであるのに対して(男性の場合は)下降調で、自分で言いきかせるような独語に近いもののように思われます」(p.103-104)と書いているように、まるで反対の感じに変わっているのである。

 つまり、女らしさはいつの時代でも追求されてきたし、女性がそれに反発するのもいつものことだが、しかしそれでも女らしさへの希求もまた強く、反抗的で乱暴ないい方さえも、反対の優しい表現に変えてしまうほどの力を持っているのである。

 この現象について、遠藤氏は「非難され咎められても使い続けた女性たちの『テヨダワことば』がついに中流以上の女性のことばとして認知されたのである。」(p.134)と書いているが、それは違うだろう。同じものに対する評価が否定から肯定に変わったのではない。尻下がりが尻上がりのイントネーションに変わったことで、違うものに変化したからこそ、認められるようになったのである。

 すなわち非難されても断固変えずに使い続けたから認知されたのではなく、同じ「テヨダワ」でも、まったく感じの違う、女らしい表現へと変化して、上品な表現として認められるようになったのである。尾崎紅葉が使わないようにと戒めていたのに、やがて作品の中で若い女性に使わせるようになったのは、恐らく文字で書けば同じ「テヨダワ」でも、語尾下げから語尾上げへと、まったく異なる感じの言葉に変化していたからではないであろうか。

 これは女らしさを求める力が、社会にも当の女性たちにも強くあったから起きた現象なのである。女性がたくましくも自分たちの用法を社会(頑迷なオジサンたち)に認めさせたというものではないのである。

 「女言葉は男性が強制したもの。てよだわ言葉はその強制に反抗して、わざと下品な言葉を使ったことから生まれた」という見方は、その下品な言い回しを当の女性たちが進んで変えて、まったく反対の優しい語感の抑揚に変えてしまったことによって、完全に反論されている。女言葉をはじめ、女性たちのあり方を単純に男性によって強制されたものだとか、社会によって規定されているものだとする、女性の主体性を否定するような見方は間違いである。その見方は女性たち自身の主体的な生き方によって、はっきりと否定されているのである。

 もちろん、女言葉やファッションなどの美意識は、男性の目や評価と無関係に成り立つものではない。女性の主体性と男性の「目」との相互作用の産物と言うべきである。「男性の支配とそれに対する反抗」という公式的な見方では、一方では女性の主体性を見逃し、他方では男女の協力(男性の協力)という側面を反所してしまうであろう。

 男女の主体性と相互協力の結果としての言葉遣いを、イデオロギーによって強引に変えようとするのは、人間の自然な心理に逆らう無駄な試みである。最近フェミニストがしきりにやっている言葉狩りを、戦争直後の民主主義者もやっていたらしい。

 1948年にジャーナリスト鈴木文史朗は「女言葉を廃止せよ」と主張した。鈴木によれば「女言葉は、貝原益軒の『女大学』の女は何をおいても従順に、やさしく、可愛らしくという考え方から生まれたものと、明治の花柳界からはやり出した『てよだわ』ことばが中心になっている。」「個人の人格の平等、男女同権といったところで、男言葉と女言葉がこんなにハッキリ存在しているのでは、言葉の力で女が自らそれを毎日破っていると同じであります。」「戦争中から男のズボンを女がはきだし、それが少しもおかしくないことを思えば、言葉の男ズボンをはいてもいいわけであります。」(遠藤、p.108)。

 今どきのフェミニストの主張だと言われても不思議でないくらいに同じ言い方である。男女同権を男女同一と勘違いしているところは、最近のフェミニストとまったく同じである。こういう思想によって女言葉がなくなったかと言えば、まったくなくならなかった。今も同じである。フェミニストの執拗な宣伝によって「てよだわ」言葉は消滅したかの感がある。少女たちは、とくに「女らしい」少女は、学校で女らしい言葉や服装をしないように気を配っていなければならないそうである。なぜなら、女らしい言葉を使うといじめられるからだそうである。恐ろしいイデオロギー支配と言うべきである。しかし、そのような不自然な風潮がいつまでも続くはずがないのである。そのうち必ず「てよだわ」に変わる女言葉が出てくるにちがいない。正しい反動は必ず起きる。それが人間心理の真理である。後世から見たら、今の時代は気違いじみたフェミニズムが猖獗を極めた特殊な時代だったと言われることであろう。

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