父性

11 プロミス・キーパーズとは何か (日本ユング研究会通信『ラピス』4号、1999.12) (加筆修正)

 

 

 

はじめに  

 

 1997年10月、ワシントンの連邦議会前広場で、50万人もの男性たちが集会を開き、手をつないで祈り、地面にひれふして「7つの約束」を誓いあった。その中心的な主張は、キリスト教に則り、強固な結婚と家族を築き上げようというものである。

 これを見たフェミニストたちは、「すわ父権主義の再来か」と色めきたち、「男性支配を復活させようという運動だ」と批判キャンペーンを始めた。ジャーナリズムも「カルト宗教の台頭か」と注目した。

 フェミニストの別働隊である日本のメンズ・リブたちも、日本における「父権の復権」と同じ現象であり、危険な反動であると言わんばかりの批判を展開した。

 たとえば、伊藤公雄氏はNHKの教育テレビのプロミス・キーパーズについての番組「男と女の社会学」(1998年1月10日午後8時より)の中で、わざわざアメリカに行ってフェミニストの指導者などにインタービューをして、「プロミス・キーパーズはフェミニズム運動に対するバックラッシュだ」という「証言」を引き出していた。「バックラッシュ」とはフェミニズムに対する逆襲とでもいう意味である。つまりフェミニストたちはプロミス・キーパーズとは家庭の中で男性の支配権を取り戻すための運動だと宣伝していたのである。

 その番組の中で伊藤公雄氏は、「日本でも『父性の復権』がはやっていて」、それは「男性が古い権力をもう一度取り戻して、家庭内をコントロールしなければならないというものです」と述べていた。

 それを見て私は「プロミス・キーパーズとは何なのか」という問題意識を持った。私の『父性の復権』をそのように歪めて宣伝する者たちならば、プロミス・キーパーズについても本当の性格を歪めて宣伝している可能性が強い。本当の姿を調べてみたいという気持ちが強くなっていった。

 そのころ、タイミングよく、『朝日新聞』紙上にプロミス・キーパーズについて紹介する記事が掲載された。書いた記者は長くアメリカに滞在していた上治(うえじ)信悟記者である。それを読むと、フェミニストたちが宣伝しているプロミス・キーパーズとはまるで異なるイメージが描かれていた。

 そこでアメリカからプロミス・キーパーズたちが書いた代表的な本を何冊か取り寄せてみて、彼ら自身が何を主張しているのかを直接知ろうと思った。

 そして本紙の紙上で、これらの本を読んで訳と要約をする人を募ったところ、協力者として名乗りを上げてくれたのが、以下に登場する佐藤之信、島田洋子、森年恵、柴田克己の諸氏である。

 以下、この諸氏が訳し要約してくれた内容を紹介する。その前に、プロミス・キーパーズについて客観的に紹介していた『朝日新聞』の記事を全文引用しておく。これらの貴重な資料によって、プロミス・キーパーズの本当の姿と主張を知ることができると思う。

 

 

アメリカ 男たちの変身 1

   (『朝日新聞』1998.5.27)

 

 昨年10月、ワシントンの連邦議会前広場を50万人の男たちが埋めた。男性だけのキリスト教信者団体「プロミスキーパーズ」が開いた集会で、男たちは手をつなぎ、地面にひれ伏して、変身を誓いあった。

 ニューヨークから集会にやってきたホルヘ・ムニョス(50)は、体がどこかに飛んでいくような浮揚感を味わっていた。「働いても、働いても得られなかった充実感をやっと見つけた」

 エクアドルに生まれ、1977年、「アメリカンドリーム」をつかむため、新妻のリージャ(47)と米国にやってきた。やがて、二人の女の子が生まれた。

 始めた旅行会社は繁盛した。だが、92年、だまされて偽の航空券を仕入れて販売し、会社は倒産した。

 一時は自殺まで考えたが、立ち直り、失ったものを取り返すかのように猛烈に働いた。朝9時から午後5時までは病院職員、6時から10時まではコンピューターのインストラクター、週末はツアーガイド。

 疲れ切って、家に帰るだけの生活。妻は「もっとうちにいてほしい。子供のことで相談に乗って」と不満を訴えた。「家族のため、一生懸命働いているのに、文句を言われる筋合いはない」。口げんかが絶えなかった。

 だが、同時に、いい車を買い、いい家に住むことをめざしてきた半生に疑問を感じ始めていた。「おれには何かが欠けている」

 昨年夏、知り合いの牧師からプロミスキーパーズのビデオを渡された。聖書の教えに基づき、家族への貢献を説き、ワシントンに集まるよう呼びかけたメッセージが、すーっと心の中に入ってきた。

 「なぜだか、きちんとは説明できません。聖書なんて、読んだことがなかったのに」。煮詰まっていた人生に、急に道が開けたような感じだった。

    ・・・・・・

 プロミスキーパーズの創設者、ビル・マッカートニー(57)もホルヘと同じように「成功」を追いかけてきた。

 63年、ミズーリ州の大学を卒業し、高校のアメリカンフットボールのコーチとして就職したのを皮切りに、手がけたチームを次々に強豪に育て上げ、82年、名門コロラド大学の監督に迎えられた。全米選手権で優勝し、年収は35万ドルを超えた。激しい競争を勝ち抜くため、1日16時間働き続けた成果だった。

 だが、家族は置き去りになった。夫は仕事、妻のリンディ(55)は子供にそれぞれ熱中し、形だけの夫婦になった。やがて長女は未婚の母として二人の子供を出産した。

 94年、マッカートニーは監督をやめた。前年、過去の浮気を告白したことで、リンディは傷つき、体調を崩して36キロやせた。だが、夫は数ヶ月間「妻はダイエットをしている」と思いこんでいた。そんな自分を恥じ、監督としてのキャリアを捨て、家族と、キリストを愛する男たちの集まりとして始めたキーパーズの活動に残りの人生をささげることにした。

 「我々男たちは神の教えに背き、家庭を無視し、物質的な豊かさや出世という『邪神』を信仰してきた」

 米国は先進国の中で神を信じる人の割合が最も高い。自身のざんげでもあるマッカートニーの訴えは、世界一の離婚率、未婚の母の激増、児童虐待のまん延に苦しむ男たちの共感を呼んだ。全国各地で開かれた大集会は、これまでに三百万以上の男たちで埋まった。

 「家庭への回帰を言っていながら、正体は夫が妻を牛耳ろうとしているだけ」と、リベラル派の女性団体は批判する。しかし、マッカートニーは「妻に奉仕するのが我々の務めだ」と反論する。

     ・・・・・

 ワシントンから帰宅したホルヘは妻を抱きしめ、泣いた。「おれが悪かった」

 仕事の掛け持ちを止め、年収は半分以下になった。しかし、後悔はない。「とても、楽な気持ちで生きることができる」

 リージャが夫のかたわらでほほえんだ。「この人はすっかり変わりました。今では何でも話せます」

   ◇   ◇

 物質主義の風潮が支配した20世紀がまもなく終わる。その先頭に立ってきた米国で、男たちが真の「豊かさ」を家庭に求め始めている。家庭崩壊、リストラ、共働きの増加。日本より一足早い、そしてより深い社会の変化が、男たちの意識を「仕事人間」から「父親」「夫」に変えつつあるように見える。

 男たちの新しい生き方に出あうため、米国を歩いた。         =敬省略

(前ニューヨーク支局員 上治 信悟)

 

 

『プロミスキーパーの七つの誓い』

"Seven Promises of a Promiskeeper" by Promise Keepers, Colorado Springs, Colorado,1994 .

 佐藤 之信  要約

 

 この本は、プロミスキーパーズという男性の団体の紹介の本である。この団体は1990年にBill MaCartneyとDr.Dave Wardellという2名の男性が、70名の男性の友人を集めて、祈りの集会を開いたのがきっかけで、「相互に神の弟子となり、他の人々にも呼びかけ、国の再生のために神の恩寵を求める決意をして下さいますか」と求めたところ、年々この集会は大きくなり、1993年には5万人の男性が集まった。

 プロミスキーパーズがコミットしているのは聖書の、あるいはキリスト教の価値観へのより深い決意をすることである。その背景には、アメリカ人男性がさまざまな問題に対する解決策を求めており、イエスキリストにその解決策を提供するのを求めているということがある。さまざまな問題の例としては、行き詰まりが挙げられる。

 そして、プロミスキーパーたちは、「我々は霊的な目覚めの入り口におり、神が特別な時を選ばれた」と確信しており、今現在、神が特別な恵みや霊感を選ばれた人々を通じて与える特別な時なのだという信念に基づき行動している。彼らの決意は多岐に亘っており、全生活をほぼカバーすると言ってもよいくらいである。

 プロミスキーパーの7つの約束とは以下の通りである。

1 プロミスキーパーは礼拝、祈り、聖霊の力により神の言葉に従順であることを通してイエスキリストを敬うことを決意する。

2 プロミスキーパーは、彼の約束を守るためには兄弟が必要であるとの理解から、他の少人数の男性との生き生きとした関係を維持することを決意する。

3 プロミスキーパーは霊的、道徳的、倫理的、性的な純粋さを実践することを決意する。

4 プロミスキーパーは愛、保護、聖書的価値観を通して強固な結婚・家族を築き上げることを決意する。

5 プロミスキーパーは、彼の宗教的指導者を敬い、彼のために祈り、時間や財源を捧げることにより、教会の使命を支持することを決意する。

6 プロミスキーパーは聖書的団結の力を示すために人種的、または他の特定の集団の壁を超えて手を差し伸べることを決意する。

7 プロミスキーパーは、偉大な戒め(マルコ12:30-31)及び偉大な任務(マタイ28:19-20)に従順であることにより、彼の住む世界に影響を及ぼすことを決意する。

 

 これらの決意を明確にすることにより、自分たちが何をどうするのかが具体的に表明されている。「日々の生活の忙しさにかまけて、霊的に眠っているあいだに、敵は容赦なく攻撃をしかけてきて、アメリカの霊的な伝統を断ち切ろうとした。もし我々が今(この呼びかけに)応えなければ、時間切れになってしまう。」

 

 それぞれの内容は、実際、聖書的価値あるいはキリスト教的価値観に裏づけられている。先ずは最優先的な事柄としてキリストを礼拝することが挙げられている。それと同様に祈りの大切さ。アメリカは過去30年のあいだ、きちんとした価値を受けつがずに来たとの反省が述べられ、再興が社会に必要であると言及されている。そして、何かが起こるまで祈り続けようとの呼びかけが行なわれている。また、誠実であることの大切さ。正直であること。自分の言葉に対して誠実であることの大切さが強調されている。

 

 興味深い指摘は、今アメリカに必要なのは見本となるべき男性であるということである。そして、一人の男には、自分より年や経験が上の指導的友人、自分を愛してくれ、自分の欠点を遠慮なく指摘してくれるような「心の友」、自分が学んできたり経験してきたことを分ち合い伝えることのできる年若き友人が必要だという見解が紹介されていることである。これらの友人は、プロミスキーパーの価値観を受けついでいく、あるいは決意しその価値観に基づいて歩んでいく時に互いに励ましあっていくための友人なのである。

 それぞれの章を注意深く読んでいくとプロミスキーパーズの目指す価値観は単に受け身のクリスチャンでは満足せず、クリスチャンとしての最高の価値観を身につけ、それを実践していこうというものであるということがわかる。それはとりもなおさず、アメリカという社会も、行き詰まりを感じており、何か解決策を模索している中で聖書的価値を見直し、そしてそれを体現するのが男性であるという結論からそのような動きが表れ、それに賛同する男性がこの運動に参加しているのであろう。

 

 プロミス3 男性とその誠実さという章では,男性が女々しくなった分その穴埋めを女性がせざるを得なかったのだという指摘がなされており、聖書ではしかし、霊的にリーダーシップを取るのは男性の役割であると述べられている。男性の影響力が低くなっていて、それがやはり社会の様々な問題の原因であるというのだ。例えば、父親のいない子供のために1985年には165億ドルの税金が使われたが、これは男性が社会の中で聖書的倫理観・道徳をないがしろにしてきた結果であるとされている。今それを変えていかなければ自分達の文化は失われてしまうと、そして我々がそれをできる最後のジェネレーションであると主張されている。

 霊的な人のモデルとして、聖書の中のヨブがあげられ、その特徴を以下のように表現している。

1  過去からの神聖な継続を受け継いでいる。神聖な価値観を受けつぎ伝えることができる。

2  子供を育て上げる決意をしている。

3  尊敬を勝ち得ている。

4  慈悲の心を持っている。

5  正義を身につけている。正しいことと誤っていることを明確に認識している。

6 安定している。

7 知恵を持ち合わせている。

 また、性的に純粋であるべきことについても、神の価値観を持つ者は性についての一定の価値観が確認されており、特にポルノグラフィの持つ弊害と、それを避けるべき理由が表されている。

 

 後の章では、男性が払うべきものに家庭を築くための決意、兄弟間(特に信仰を同じくするもの)への兄弟愛、所属している教会の指導者に対する尊敬と教会に対する義務を果たすこと、最後には「汝の敵を愛せ」を本当に実践する方法や、キリストの福音を他の異教徒に対してどのように紹介するのか、すなわち特別なことではなく、そのことができるよう祈り、実際にキリスト的価値を伝えることが自分たちの義務であるという章でこの本は終わっている。

 

コメント(佐藤)

 興味深い点は、アメリカでも同様に男性の役割が重要であるという認識があり、実際に男性の社会における役割を再評価し、聖書的価値観を男性の霊的(聖書的)指導性と絡ませ復興させようとしていることである。

このような方法は、アメリカ社会の成立を考えると自然な成り行きのように思われる。同時に、じつに多くの男性が、男性性と聖書的価値を一致させ、社会に欠如していたものを再びよびみがえらせる、あるいは創り上げていくことにより取り戻そうとしているのが印象深く、今後の動向にとても注目してみたい気持ちになる。

 この機会を通じて、日本とアメリカの社会の父性あるいは男性性の欠如とその解決策の違いを学ぶことができた。アメリカでは、少なくともこのような価値観を再評価することにより、社会を立て直そうとしているのだということが理解できた。

 

 

Dr.ボブ・ベルツ著『クリスチャン・マンのための日々の修養  ― パワーある霊的生活に向けての実践的ステップ』

"Daily Disciplines for the Christian Man ― Practical Steps to an Empowered Spiritual Life" by Bob Beltz,Navpress ,1993.

 島田 洋子 要約

 

著者Bob Beltzについて

 Cherry Hills Community Church(Englewood Colorado)の牧師。本教会は一握りの会員から始まって北米でもっとも早い成長を誇る教会の一つに数えられ、彼の水曜のバイブルクラスには平均千人の参加者が、火曜朝のビジネスマンのバイブルクラスには三百人のビジネスマンが集まる。エグゼクティブ・ネットワークの補助スタッフとして、優先順位と人間関係の分野でビジネスマンの成長を促す仕事も行なう。

Denver Conservative Baptist Seminaryにて聖職者の修士、博士号取得。

他の著作Transforming Your Prayer Life

How to Survive the End of the World(黙示録のコメンタリー)

 

序 プログラムの必要性

 Alcoholics Anonymousというアル中患者の自助的組織が、ボランティアワークのみで世界的に普及した背景に、実践的な12の原理を掲げている点に着目し、牧師が往々にして信者に自身の知識を披瀝し、話を複雑にしていることを反省し、キリストとともに歩むための基本的実践原理を7つのステップにまとめあげた。前著『祈りの生活に変容をもたらす』で、生活に変化を起こすためには、1)動機づけと2)決意[これらは聖霊の働きで与えられる]が必要だが、それを実現させるために3)戦略が不可欠であることを発見した。その戦略にあたるのが以下の7つのステップである。

 

ステップ1 わたしたちの必要性を認識する

 自らの無力さを悟る。これは歴史的には「信仰による義認」と呼ばれ、聖書のとった真の霊性の基本にある神学的原理である。神との関係に入るには三つの方法がある。プランA―みずからの力による方法。法律を遵守することで神に認められるとするユダヤ教はこれに属する。プランB―みずからの非力を知り、キリストの贖いにより救われていることを信じ、キリストに完全に依拠することで神との関係に入る。プランC―プランAとプランBとの折衷。AとCは破綻しており、クリスチャンはBの方法を取る。「心の貧しい人は幸いであると山上の垂訓にあるように、無力さそのものが喜びとなる。

 

ステップ2 神の力を是認する

 神が人間を創造したとき土より肉体を、神の息吹より霊を造り、もともと人間は肉体的生命と霊的生命を持っていた[「命」は創世記ではヘブライ語chaiyim複数形が使われ、新約では二つの異なるギリシャ語があてられている。「わたしが来たのは羊が命(zoe―霊的生命)を受けるため、しかも豊かに受けるためである。私はよい羊飼いである。よい羊飼いは羊のために命(psuche 肉体的生命)を捨てる。」(ヨハネ10:10-11)]。しかし、原罪を犯したとき霊的生命は失われ、人間は神から逃げるようになった。キリストが十字架で人間の原罪を贖ったことで初めて、人間は失われた霊的生命にあずかることができる。霊的に死んだ状態で生まれてきた人間が霊的生命を得るには、キリストによるしかない。イエスキリストの驚くべき神秘は、彼がみずからの生命をわたしたちを通じて生きることを選択したことである。

 祈り「主イエスよ、私は無力です。あなたが私の生に介入してくださらなければ、あなたに喜んでいただける生活は送ることはできません。わたしは「できない」ことを認めます。でも、主よ、あなたを信じます。あなたがすべての力の源であることを信じます。今日、あなたがわたしを通してあなたの生を生きて下さるようにあなたを招きいれます。あなたの力がわたしの生に与えられることを確信できますことを、あなたに感謝いたします。わたしをあなたが造ってくださったとおりの人間にならしめたまえ」

 

ステップ3 力の源泉から汲み出す

 キリストが昇天したあと、われわれのもとに送られた聖霊には驚くべき事実がある。1)聖霊とはエーテル様の力あるいは物体ではなく、人格そのものである。ゆえに知性と感情と意思を持っている。つまり「それ」ではなく「彼」である。2)聖霊は神である。三位一体の神の第三人格である。したがってその聖霊がわれわれの中に住まい、われわれを通して働くということは最大の贈り物である。聖霊の働きがなければ、イエスキリストを信じるようになることも、信仰により義とされることも、また義を経験することもない。われわれは霊的な人間になるのが目的だが、聖霊がそれを可能にしてくれる。パウロは「聖霊に満たされていなさい」(エフェソ5:18)と言ったが、聖霊が人格であることが分かれば、それが神に服従し神に自分を明け渡すことであることが分かる。「天の父は求めるものに聖霊を与えてくださる」(ヨハネ第一の手紙5:15)ので、つぎのように祈ろう。「聖霊よ、わたしの生をあなたの存在で満たしてください。わたしの生を導き、力づけてください。わたしのなかで、わたしを通して働いてください。わたしのところに力をもたらしてください」

 

ステップ4 キリストを主として持ち続ける

 キリストを信じることで新しい人間になっても、日々の行為においてしばしば古い人間が顔を出し、破壊的行為をおこすことがある。どのように自らの行為を律していけばよいかのヒントが三種類の図を使って述べられる。

 

1 内的な図式

 コントロールセンターである心を使って、肉からのひっぱりに気づいたとき、いまや自らの中に住んでいる聖霊に注意を向けることで、霊によって生きる人間を出現させる。「霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です」(ガラテヤ5:22)

 

図1  内的な図式

 ●肉によって生きる場合

  

     肉体

    (古い性質)

影響ヨ     ユ注目      古い人間(肉の行為)

     心

 (コントロール・センター)

 

 ●霊によって生きる場合

 

     心

 (コントロール・センター)

影響ユ      ヨ注目     新しい人間(霊の果実)

   霊(新しい性質)

 

2 キリスト者の世界観

 次の図式は現実世界が目に見えるものと見えないものからなり、また崩壊と回復によって区分されていることを表している。

 

図2 現実世界の原形

        崩壊した          回復した

見えない 1.見えない崩壊した世界  2.見えない回復した世界

        (悪魔的)          (神の国)

見える  3.見える崩壊した世界   4.見える回復した世界

        (この世界)         (キリストの体)

 

 クリスチャンとしてこの4つの世界が現実のものであることを意識すると、クリスチャンになる前は3の世界に住み、1からの影響を多く受けていたこと、キリストにあって生きるとき、祈り、聖書を読むことで4から

2にアクセスし、2から4へ影響がもたらされることが分かる。「わたしたちの戦いは血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです」(エフェソ6:12)とパウロが言うとき、1から4へ抵抗が示されることが、またクリスチャンになっても以前の習慣に戻りたくなるとき、1から3への力が働き、それが3から4への誘惑となって現れることがわかる。また牧師の仕事をするとき、祈りがまず4から2へ向けられ、それに応じて力が2から4へおろされ、それを得て4から3へ牧師の働きかけを行なうという行為が出現することも分かる。

 

3 王座チェック

 キリストを主としてみずからのなかに持ち続けるには、自分の今の状態がつぎの図のどれにあたるかときどきチェックするとよい。

 

図3 王座チェック

(ここに図を出すのが難しいので、言葉で説明する)

1 キリスト以前

 ハートの中の王座に人間が座っており、キリスト(十字架)はハートの外にいる

2 王座についたキリスト 

 ハートの中の王座には十字架が置かれ、人間はその前でひざまずいている。

3 王座より退いたキリスト

 ハートの中の王座には人間が座っており、十字架はその傍らに置かれている。

 

 パウロが次のように語るとき、それぞれの「〜の人」は上の図の上から順番に対応している。

「自然の人(psuchikos)は神の霊に属する事柄を受け入れません。その人にとってそれは愚かなことであり理解できないのです。霊によって初めて判断できるからです。

 霊の人(pnuematikos)は一切を判断しますが、その人自身はだれからも判断されたりしません。

 …兄弟たち、わたしはあなたがたには、霊の人に対するように語ることができず、肉の人(sarkinos)、つまりキリストとの関係では乳飲み子である人々に対するように語りました」(コリント一,2:14へ3:1)。

 キリストを主として持ち続けるための祈り「主イエスよ、わたしはみずからの生の王座より喜んで退き、あなたが再び主としてわが生をコントロールしてくださるよう招きます。」

 

ステップ5 霊的清めを体験する

 われわれは罪という敵としばしば対決しなければならず、許しと清めはつねに経験する必要がある。してはいけないことを行なったり、しなくてはならないことを行なわなかったりする本当の道徳的罪に対して、人はしばしば次のような無益な解決を試みる。1)罪を否定することで自らの中に抑圧する。2)悪いと教えられてきたことが実際は良いことだと自らを再教育する。3)企業のドンが行なう罪悪感に動機づけられた博愛事業から、自己処罰、鬱などさまざまな形でみずから償いを行なう。これらはどれも効果がないだけでなく、最終的に自分を破壊するので、罪は解決する必要がある。

 聖書は新旧約を通して許しがテーマであり、予言者によって予言された神の最終的な許しはキリストの十字架で達成された。われわれの罪はキリストの十字架により完全に支払い済みである。われわれはキリストを主なる救い主として受け入れたとき、最初の許しを経験する。そのあとでキリストにあって許される体験を日々得るには、三つの簡単なステップがある。 (1) 神に正直に告白し、 (2) 悔い改めて神に向かい、 (3) イエスキリストの許しを受ける。このとき「主なるイエスよ、私の生におけるこの罪のためにあなたが死んで下さったことを感謝いたします」と言おう。しかし真の許しを受けたとき、そこに甘んじてとどまっているのではなく、自分の過ちを正し、日々、みずからの道徳的在庫調べを怖れずに行わなければならない。キリストと共に歩むための規律についてはステップ6で述べる。

 

ステップ6 キリストのなかで成長する

 神はあなたの人生に計画を立てておられるが、神が注目するのは、あなたが何を行なうかよりはあなたがどんな人であるかである。キリストがやってきたのは人間が神と関係をむすぶためであった。関係こそが人に力を与えるのであり、パリサイ人のように自らの行為によって神をなだめようとする宗教的存在ではなく、なんの善意も行なっていないと自覚する売春婦や収税人のように、ただ喜んで神の恩寵を受け、キリストとの関係に飛び込むことが大切であるステップ3のハートの第二図のように、いつもキリストに王座についていただき、関係を持つための基本的な規律が四つある。

 1)聖書を読む。その際、口語訳を用い、新約から読み始めるのがよい。そして聖霊にあなたの霊的目と耳を開いてくださいと祈るとよい。読みつづけるうちにただ「聞く」だけではなく「行ない」たくなってくる。

 2)祈り。祈りは神との両方向の交わりに欠かせない。ダビデ王のように祈りの人となることで神との親密な関係を結ぼう。

 3)1)2)の縦の関係に加えて横の関係として、友との交わりも霊的成長には必要である。友愛を育てるには時間とエネルギーと資力を注ぐ必要があるが、そこから得る利益はそれを上回る。

 4)証人となること。次のステップでいかにしてよい証人になれるかを述べる。

 

ステップ7 神の国に奉仕する

 聖フランシスコは「神よ、わたしを平和のための道具としてお使いください」と祈ったが、平和はユダヤのシャロームに由来している。それは神との正しい関係にある人が得る、物質的富、健康、人間関係や感情の上の満足、霊的救いを含む多様なものを表わす語である。その「平和の使者」になるのがステップ7 であり、これは私たちの中に生きるキリストを外に見える形で表わすための行動のステップである。現代社会に生きる私たちは「物を愛し、人を使え」というメッセージを絶えず受け取っているが、「神の男」 God's Man になるには、それを「人を愛し、物を使え」に変換する必要がある。自分にふさわしい形で行動的に奉仕するためには、優先順位が自刎のなかになくてはならない。その基準となる「愛の階段」は、「同胞-友人-家族-結婚-神」である。

 (例として、世俗的成功のみを目指して結婚や家族を崩壊させてしまったビジネスマンが、この「新しい優先基準のためのコースを受けてから、いかに変わったが上げられている。)

 また効率的に奉仕するためには、自分の才能を見つけること、自分が何かに情熱を与えることが大切である。神はそれぞれの人に指名とともに、それに対する情熱を与えたもうた。(イリノイの教会では霊的才能、情熱を見つけるためのプログラムが組まれている。) また神の呼びかけが感じられ、それが才能と情熱と一致した場合は人生に神の恩寵を感じる。

 

終章 プログラムを実行する

 「神の男」になる決意をしたスティーブが、どのように具体的に一日を過ごすかが述べられている。彼はそれまでより30分早く起き、祈りによって一日を始め、七つのステップを一日の行動の中にちりばめる。職場の魅力的な女性に対しても精神的な姦淫をせずに、「家に帰ったらその日の一番大事な仕事が始まる」などの指針を守ることで、職場での調和、家族の団結が始まることを経験する。

 

 

『成功する結婚のための戦略 ― 男性のための研究ガイド―』

 "Strategies for a Successful Marriage ─ A Study Guide for Man" by E.Glenn Wargner, Ph.D. with Dietrich Gruen ,Navpress ,1993.

 柴田 克巳 要約

 

 プロミスキーパーズ7つの約束の誓いによるキリストの恵みによる愛(福音の伝道)の実践的手引書であり、結婚とは神との誓いによる聖なる結婚であり、愛によるお互いを許し合うことこそ現代が忘れていること、結婚の意味であるといった純キリスト教的な本である。

 北アメリカは、離婚が70%も増加し、18歳に達するまえに、50%の子供が両親の離婚を経験している。イギリスでは、離婚率36%、フランスは22%、日本は17%、イタリアは4%などである。また、その結果としての児童虐待が、殺人や自殺の引き金になっていることも多い。

 この本は、テレビによる伝道活動の中から成長したものであり、罪の意識による自己破壊的な意識からあなた自身を守り、最後の手段である離婚をできるかぎり避けることを主張している。たいていの離婚は、避けることができるのだということに同意し、そのための成功した結婚についての戦略を提示する。

 テキストを読み、男たちのためのグループミーティングに参加したり、家庭においての男たちが中心となった具体的な妻との話し合いのヒントを示してあり、用意してあるワークシートをあなたとあなたの妻とが活用し、その結果を話し合いのヒントに利用することができる。そして、俗に言う結婚はゴールではなく出発点であり、家族と言う単位を中心とした、キリストの恵みである愛をいかに日常生活の中で実践するかという、結婚という冒険に成功するための実践的な話し合いの手助けのための手引書でもある。

 

 第一章では、離婚に至る警告的サインとして7つの原因を提示する。

1) 心の硬さ  2)過分なお荷物(病気、その他) 3)解決不能な争い

4)期待の不一致  5)不合理な要求  6)和解不能な相違

7)許すことのできない精神

 以下

第二章では、お互いの成長を促す結婚について

第三章では、神の恵みと許しについて

第四章では、結婚における会話の重要性について

第五章では、キリストの愛の承認と実践について

第六章では、結婚のロマンチックな非日常的な夢でなく、日常的な小さいことの重要性について

第七章では、いかにして妻との間に時間をつくり、絆を深めるかについて

第八章では、聖書からの引用による祈りについて

 

 

『兄弟たちよ! ─ 生き生きした関係へのガイド』

"Brothers! Calling men into vital relationships  ─ A small group discussion guide" by Geoff Goorsuch with Dan Schaffer.

 森年恵 訳・要約・コメント

 

 プロミスキーパーズにいる私たちは、国中の男たちの心の中で復活が起っているのを感じている。そして私たちは、その男たちがキリストの下で成長するための小さなグループを作る手助けを頼まれた。 現代の個人主義の中で、ようやく男たちは、 支えあったり励ましあったりする兄弟を持つことの重要性に気づき始めている。

 

第1章 ベースボールの新しい見方

 男同士のなかできわめて重要な関係を作り上げるプロセスは、その発展に四つの段階があるという点において、野球のダイアモンドを回るのに似ている。

1  まず、キリストに自分自身がより近づこうとする熱意と決意をもってホームベースを置く。

2  男たちは、1塁でお互いと"知り合い"になる。

3  2塁でその関係は、"友情"にまで発展する。

4  お互いのコミュニケーションと係りを深めながら、3塁を回ってホームベースに向う。

 

 このようなプロセスをふまえて私たちは、キリストが望むところの"兄弟"となるのである。

     図4 関係を示す野球のダイヤモンド

 

         友人たち

          ◆ 二塁   

       お互いに励まし合おう

 

   兄弟たち          知人たち

 三塁 ◆             ◆ 一塁  

お互いに道を説き合おう     お互いに認め合おう

 

        ホームベース

        キリストのごとく    

 

 図から解るように "リレイショナル ダイアモンド"上の各々のベースは、“ワンアナザー"に関係する聖書の戒律に呼応している。 最初のベースでお互いを認めることを学び、その関係の潜在的可能性を探る。 第2のベースでお互いの関係を発展させる。 第3のベースでは、多大の時間と多くの指導のあとで、お互いに気楽になって道を説き合うべきだ。私たちは、人生の困難にともに直面しながら この段階ではお互いが、ホームプレートに辿り着きたいと願う兄弟になる。 ホームプレートに近づくことは、キリストに近づくことである。

 リレイショナル ダイアモンドとその働きは、多くの男達が自信を持って兄弟性を追求するための視覚的手助けともなる。 資格あるリーダーと精霊の助けによって男たちは、恐れることなく成熟したキリスト教愛のベースを回らなければならない。十分な時間があれは、男たちは、神によって願われている兄弟になれるという自信を持つことができる。

 

第2章 1塁に向けて

 1塁に安全に進むには、チームは、その関係に関心を集中させなければならない。 感情移入して話を聞きながら、お互いを理解するようにしなさい。興味深い活動でつながりながら、しかも秘密は守られるという信頼関係を築きなさい。その関係がうまく発展しつつあるグループにおいて、目的とメンバー全員が発展したと感じられる指標に合意できねばならない。

 2塁に進めると感じでいても、1塁にはたして辿り着いているのかを調べてみる方法がある。

1 コミュニケーションをとるときの態度が、警戒からリラックスへ変わった

かどうか。

2 他のメンバーのことを人格ある人間として付き合い始めているか。

彼らがどこから来たのか、どこにいるのか知っているか。

3 グループの中で、次の段階に進みたいと話し合っているか。

 

もしもこの質問の答えがイエスであれば、グループは二塁に進む準備ができているとみなされる。

 

第3章 2塁へのスライディング

 この段階では有意義なディスカッションが必要で、その際ある程度の意見の衝突は必然である。私たちが2塁に行くつもりなら、途中ちょっと手荒な意見の調整も必要となろう。 しかし、感情がコントロールされるにつれて、意見の行き違いも解決されるのだ。謙虚な態度でお互いからいろいろなことを学んでいる内に、意見の違いを通してより密接な関係になれるのだ。皆すべてお互いに "幾たびとなく"(seventy times seven)許しあうことが鍵である。それなしにグループが進歩することはない。ここで3塁へと進む前に、私たちの今の状態を正直な目で見つめてみよう。

1  コミュニケーションは、オープンなもので深く掘り下げた意見を交換するところまで密になっているか。

2  意見の衝突があり、それはすでに解決されたか。

3  グループのメンバーお互いの内に、尊敬や信頼の感情がめばえたか。

 

 もしもそうであれば、3塁へと進むためのティームワークが整っているということだ。

 

第4章 3塁をまわる

 5人ぐらいのメンバーで集う"small accountability group" に参加した人の例。自分の結婚などについて話すことに初めは嫌々だったが、祈ったり聖書を勉強したりディスカッションするうちに打ち解けるようになり、個人に関する厳しい質問にもたじろぐことがなくなった。1年経つうちに、妻やほかの家族との関係が改善され深まった。今では、このグループに他人を勧誘するようになった。なぜならこの関係や責務なしに、キリストを信じる者としての霊的能力に到達しないからだ。

 すべての人が、この種のかかわりを持つことができる段階になっているというわけではない。使徒行伝に残っているように、この係わりは、初期の教会が経験したことをモデルとしている。このモデルは、このレベルに達していないグループを辱めてはいけないし、低いレベルから始める人のやる気をそいでもいけない。より先に深く進んでいこうとする人たちに何ができるかを示すためにみせるモデルである。これは、私たちが突き進んでいくためのチャレンジなので、退屈や的外れになることはない。

 

 ここで私たちの位置を確かめるための質問がある。

1 お互いの長所や能力から学んでいるだろうか。

2 ともに働くことを学んでいるか。

3  グループが責任ある説明を求めることを受け入れ始めているか。

 

 もし以上に肯定的に答えられれば、ホームベースへと進んでよい。

 

第5章 ホームベースへの生還

 私たちは、独りでは成長できない。兄弟との関わりを持ち、その関係を続けるには、謙虚さを持ち合わせねばならない。私たちの任務である献身的に神に奉仕することと、信者たちの身体(the body of believers)が堅固になるにつれて聖霊が、私たちの貢献がいかなるものであるべきか導いてくれる。 そして私たちなりに男たちのチームの1員として、神がこの世でしておられることに参加することができる。この段階に達したとき次の質問に答えねばならない。

 

1  私たちは、人生の困難にチームとして立ち向かえるか。

2  お互いの責任が、生活の基盤に置かれつつあるか。

3  私たちの教会を助けているか。もしもそうであればどのように?

4  職場や身近な集まりで、仲間を増やす努力をしているか。

 もし以上の質問に肯定的に答えることができれば、外のグループにもホームプレートまでたどり着けと励ますことで仲間を増やしていく準備が、調っているということだ。

 

第6章 リーダー:召使いであり指導者である

 ここでは、リーダーとしての資格が備わっているか考えてみる。世の中の人々は、リーダーに以下の資質を求めている。まず正直であり、目的の場所がどこにあるのか、どうやってそこまで行くのかを知っていること。

 リーダーはこのような賞賛されるべき資質をもちながら、より先へと進まなければならない。 神の世ではリーダーは、召使いであり羊飼いである。その本質を保つには、動機をはっきりさせるための精神的修養を積まねばならない。祈ること、聖書を勉強すること、精霊に耳を傾けること、最終的には師事している人々の求めに応じる努力をしなければならない。私たちは、みながパウロではないが、バルナバ(パウロの伝導を助けたレビ人)のようになり、霊的な影響を無制限に持つことができる。

 

第7章 人種問題への関わり:和解のプロセス

 いかに人は傲慢になり、いかに醜く世の中を見ることがあるか歴史的例を見てみる。昔の野球界やヒットラー政権下のオリンピックでの黒人・人種差別等。もし私たちが差別の時代は終焉したという気になっているとすれば、それは間違いである。50年たった今でも平等社会実現のための努力や戦いは続いているのだ。

 そこで人種問題の建設的和解へのプロセスについて考える。アメリカでは、多数が少数を差別するという現象が歴史的に続いているが、その隔たりを埋めるには時間と努力が必要だ。そのための新生がある。キリストの下で兄弟として心地よく、希望について話しあったり、痛みを分かち合うことを学ぶのである。もっと時間と労力を費やせば、お互いの個性を尊重し擁護することもできるようになる。個人的レベルでは、天国が如何に大きいか、そして邪悪な人間の目が如何に罪深くなり得るかを私たちは学んだ。もし私たちにできなくとも、神がアメリカを救ってくださる。

 

第8章 トラブルの解決

 グループが成功するかどうかは、基本的に、ベースを回ったことのあるコーチ次第である。グループの日常生活の範囲内で、皆の期待や会話のパターンを綿密に調整する必要がある。これは普通のことで、激しい気持の波や人間同士の感情のぶつかり合いを予想しておかねばならない。 こういうことでくじかれてはいけない。 皆自分の求めを満たそうとしてここにやって来ることを念頭においておくことだ。正直でオープンな会話がグループや各人の問題を解決せねばならない。リーダーは手本とならねばならない。

 

 

コメント(森)

 

 レジュメと致しまして、各章のサマリーを少し補足しながら訳しております。大まかに言いますと、グループを作りその中で各自抱えている問題を正直に話し合うことができるようになることを初めの目標にして、最後は優れたリーダーになり新しいメンバーを勧誘できるまでになる、そのためのいわゆるハウツー本といった感じです。章ごとに目標が設定され、それに関するメンバーの実際の経験、聖書の引用、目標に達するためのハウツーというのが本書の構成です。人種差別に反対で、黒人を交えて話し合う姿勢もあります。但し、全体を通して主張が非常に観念的であるという印象を持ちました。

 

 

おわりに(林道義)

 ここに掲載したプロミス・キーパーズの主張の内容を見るかぎり、素朴なキリスト教信仰にもとづく非常に真面目な宗教的運動であり、家庭を大切にし「高潔な男」man of integrity を目指す男たちの集団である。

 家庭を顧みないであくせくと働いてきた日本の男性にとっても、決して他人事ではない反省から出発しており、家族を大切にし、健全な家族を回復して人間らしい人生を取り戻そうという、しごくまともな願いから生まれた運動である。

 アメリカではキリスト教に基づくこのような健全な運動が大きな運動になるのに対して、日本のキリスト教の中からはこのような運動がどうして出てこないのであろうか。

 プロミス・キーパーズの運動は男性主導であり、家庭の中では夫または父親がリーダーになって愛による家庭を築こうという考え方を持つために、フェミニスト陣営からの猛烈な反発を受けた。

 しかしプロミス・キーパーズの目指す理念は「高潔な男」であり、家庭の中においても「徳」によるリーダーシップを目指すものである。それは家父長主義的な支配や悪しき権威主義とは無縁であり、人種差別にも反対している。

 このような性質を持つプロミス・キーパーズに対して、NHKの教育テレビは、一方的に家父長主義的な運動だというフェミニズムの側の見方を伝え、プロミス・キーパーズ本人たちの主張は取材していなかった。さらに、日本における『父性の復権』をアメリカの「家父長的な」プロミス・キーパーズと同じだと宣伝するという悪質な意図を隠し持っていた。それは偏見に満ちた番組の作り方であり、公器の私物化ともいうべき所業である。

 NHKの教育テレビはフェミニズムに支配されており、偏向した番組作りをしていると言わざるをえない。