囲碁 エッセイ 5

 

江戸囲碁川柳補遺

     (平成15年2月28日初出)

     (平成15年3月10日加筆)

 

 拙著『囲碁心理の謎を解く』(文春新書)が2月20日に発売になりました。その内容は本稿の末尾で紹介しますが、最後の章は「江戸囲碁川柳の謎解きに挑戦」となっています。文字通り江戸囲碁川柳の意味を解明したものですが、これには本当に苦労しました。

 ここに示した解釈は、もちろん私の自己流の解釈ですので、それを押しつける気はもうとうありませんし、もちろん間違っている解釈もあるかもしれません。もし間違いや違う解釈を発見した方がいらっしゃったら、是非ご一報ください。

 川柳は奥が深く、素人が手を出すととんだ間違いを犯すとは知っていたのですが、じつは早くも間違いないし解釈が不十分なところのご指摘をいただきました。以下につつしんで訂正させていただきます。じつはすでに第二版が出てしまいましたので、訂正は第三版の発行のさいにいたします。

 

 p164の「己が身の朽るも知らず番所の碁」の説明で、「処刑されることも忘れて、縛られたままの罪人が碁を打っている」様子と説明しましたが、「朽る」という言葉は「爛柯」の故事を踏まえているのではないか、というご指摘をいただきました。

 言われてみると、なるほど、おっしゃるとおりです。

 「己が身」と「斧の柄」をかけているのでしょうね。

 したがって、これは罪人が番所の役人同士などが打っているのを夢中になって観戦している光景で、「故事では斧の柄も腐るほどの間、我を忘れて見ていたが、この罪人はもっと夢中になっていて、自分の身が朽ちるのも忘れるほどだ」という意味になります。

 「朽ちる」から当然「爛柯」の故事を思いだしそうなものですが、どうしたわけか、ひらめかなかったので、仕方ありません。

 

 p.175の「くじるとき本因坊は下をむけ」の句について「その二本指の形が、碁を打つときの形と同じである。本因坊は普段は二本指を向こうに向けて碁を打っているが、くしるときは二本指を下に向けるだろうという意味」と解説したが、以下のように訂正します。「その二本指の形が、碁を打つときの形と同じであるが、ただし指の腹の方が上になる。ところが本因坊だけはやはり碁を打つときのように腹を下に向けて行うのだろうな。」

 

 p.195 二行目「振り袖を……のである。」→「振袖」とは若い遊女のこと、「四ツ目殺し」とは淫薬・淫具を使って女を悩殺すること。

 

 つぎに誤植の訂正です。

p.4 最後の行 好子→妙子

p.164 2行目 番書→番所

p.182 一行目 「却」→「劫」

p.187 2行目 「下女欠ヒ」のルビを「い」→「あく」(あくび)

p.196 1行目 「手みきん杯」→「杯」を手扁にして「など」とルビをふる。

p.209 1行目 「門を開けよう」→「門を開けよ」

p.187 後ろから二行目 ルビ「しほうもく」  → 「しほうめん」

p.187 後ろから一行目 「のこと」 → 「の一種」

p.195 四行目から五行目「碁会所……かもしれない。」→「碁会所のことを碁屋とも言った。」

 

 さて、話はかわって、今回の研究で今まで知られていなかった句をかなりたくさん発掘しました。しかし意味がダブるものや、意味が分からないものは割愛しました。なんとなく意味が分かりそうだが、もう一つはっきりしないのも除きました。それらはかなりの数になります。

 これらを埋もれさせてはもったいないので、以下に掲げます。

 もしどなたか、(2)の中で意味が分かったという方は、是非ご教示ください。

 

(1) 掲載したものと意味がダブるので(多すぎるので)割愛した句

 (拙著の中に類似の句が解説してあるので、それらから類推すれば容易に意味が分かるはず)

留守の事石のものいふじぶんなり (万 安永四年 智4)

もうせんの上でごいしのそうバたち (万 安永六年 桜2)

一目おしてねだられる碁盤島 (柳 百四 30) 

一目の負を景政取り返し (柳 八十三 75)

碁にこつて菜の葉をついで吸付る (柳 三十九 10)

碁にふけて勝手は将棋だおし也 (柳 四十八 34)

五盤田も枯れ蟷螂が斧も朽ち (柳 百三十七 29)

碁盤は背に臍鍋釜は尻に臍 (柳 百三十八 10)

小栗は碁盤左馬助琵琶を乗り (柳 七十四 35)

十番をはいて小栗ハ碁盤也 (柳 六十 3)

大の字て碁ばんを蟻の這ふも見へ (柳 四十二 2)

丁半を碁盤でするは品がよし  (傍 二 12)

壺皿を持って碁盤をわきへのけ (柳 二十 28)

茶の湯者の道具置く間は碁盤割れ (『瀬とり舟』 宝永元年)

けんど屋どこの碁石か二ツ三ツ

腎虚とヘボ碁死ぬまでも取りたがり (柳 百十五 2)

湯治から少しはよみもつよく成り (柳 四 38)

ふところがひえて湯治の碁にのぼせ (柳 二十 28)

碁かたきは自身番から果し状 (柳 四十五 2)

おかめ八目すけんぶつ穴をしり (万 安永八年 梅4)

部屋方の兄弟分は互い先 (『末摘花』一 6)

 (部屋方 御殿女中が自分の部屋で使っている女中)

そっと突くひざも助言の道具也 (万 宝暦十三年 梅3)

いらぬ事たれかけて出て助言する (万 明和五年 梅4)

岡目八目吹がらの助言する (柳 百三十 19)

純友が助言碁盤を打ながめ (柳 百三十八 5)

門番はいやみをいってまけさせる (柳 三 31)

碁をくずす音に若党よみがえり (柳 十九 17)

日本はお客の方へせんをさせ (拾 十二)

これが死目とさぐってる座頭の碁 (柳 百十五 2)

世を逃げてもう楽ミハ自今囲碁 (『長ふくべ』 亨保十六年)

碁将棋の時は智識は当の敵 (柳 百六 1)

ちと勝利得しは小歌を盤の縁チ (万 宝暦 )

碁に昼夜打ほころびた智恵袋 (『とはず口』 天文四年)

切られても検校のいらぬ碁の勝負 (柳 九十一 28)

 

(2)意味不明の句

 

ちゃらて碁ハかつたか跡トのむずかしさ (万 安永元年 礼5)

(「ちゃら」とはいい加減なことを言うこと。ごまかしで勝つとあとが面倒だという意味か)

眼を壱つかくすは安イむしんなり (万 安永二年 ?1)

さんばそうせい目置たよふなとき (万 安永二年 叶1)

(三番叟は能の祝言曲において三番目に舞う老人のこと。ここから「物事の手始め」を意味するようになった。「星目置く」のは碁を習いはじめたときだから、どちらも「始め」だという意味か)

たがいせんそらじきをする長つほね (万 安永四年 桜4)

(長つぼね」は奥女中の長屋みたいなもの。「そらじき」が分からない)

御たいくつ石を御笑ひ草に出し (万 安永九年 信3)

(分かりそうで分からない。碁を打っていないので、石が退屈していると、話題にしているという意味か)

此石は今にあついと門トすゞみ (万 安永九年 信3)

(夕涼みに外で碁を打っているのを見ている人たちが、涼んでいるつもりだろうが、今に熱くなるぞとからかっている?)

一目で地面へ御手を入させず (柳 八十七 17)

一目とつて殺される弥三郎 (柳 百二十 33)

一目とつて女房へ持碁の札 (柳 百五十四 6)

一もくとると白がちに下女造り (柳 三十九 37)

一目は押れ勝なり女の碁 (柳 百二十三 71)

碁にかつたほうへ植木をたんと出し (柳 五十七 3)

碁に勝てまけた\/が大当り (柳 四十五 4)

碁石出る那智を順礼うち始め (柳 八十 13)

ごばんのけてしつけ芋をくつている (柳 五十五 17)

碁盤じま○[女偏に取=よめ?]が仕事に母助言 (柳 百十一 30)

(碁盤縞を嫁が縫っているのに、母が助言しているという、ただ碁の言葉を使っただけの句か)

碁盤のそっぽうくらわせてはてなあ (柳 八十八 16)

(「そっぽう」とは「外方滅法」で、「めちゃくちゃ」という意味。「めちゃくちゃな手を打って、はてなあととぼけているという意味か)

碁盤迄女房は足を上へあげ (柳 六十一 23)

(女房が碁盤の上に足をかけて啖呵ををきっているということか)

橘中から女の仙人が出る (柳 二十九 4)

橘中の座でひろめたる仙女香 (柳 八十八 33乙)

(仙女香というお香があったらしい。橘中の仙人とかけているだけの句か)

珍しい墓を尋ねる上行寺 (『けい』 文化四年)

碁会所に嫁のうわさかつてなし (万 安永八年 仁3)

(分かりそうで分からない)

御侘でも御手見せぬは碁の法 (『ふくかせ輪前果』 宝永四年)

ばん\/にたゝんでしまふことば有り (万 宝暦十三年 信4)

貸にきて丸腰の碁に腰かける (『道しるべ』 明和四年)

和やかな手だとはすこし気味が有り (柳 百二十一 丙25)

(相手が自分の手を穏やかだと言うのは、本当は恐ろしい手かもしれない、という意味か)

工夫最中御帰り触れに碁が邪みる (『選歌集』 天保八年)

(家来が主人のお供をしてきて、碁を打ちながらお帰りを待っているが、佳境には入って工夫をしているときに、お帰りの声がかかって、せっかくの好局が駄目になったということか)

のぞみなと内儀碁石をかきよせる (万 明和四年 満3)

(「のぞむ」とは見ること。「のぞみな」が「見ないでよ」という意味か、逆に「みてろよ」と言う意味か、分からない)

唐人ピクリ黒のうへ白パチリ (柳 百六十三 25)

(例の吉備真備の話だろうが、「黒の上へ白を打った」とはどういうことか分からない)

髪抜きに来たとやしらぬ碁振廻 (『うたたね』 元禄七年)

(髪抜きにきたのに、碁を打ちに来たと勘違いされたということか)

眼つぶしにはねる碁石の鶏合せ (柳 百三十二 7)

天元の一から開く智恵の花 (万 延亨元年)

 

 いかがですか、一つでも意味が分かるという方は、教えてください。

 なお拙著の内容を以下に紹介します。

 

『囲碁心理の謎を解く』の特徴を表わしている「まえがき」「あとがき」の一部と、各章の概要を以下に掲げます。

 

「まえがき」より

 かねてより私は囲碁を文化現象として捉え、その文化史的な面の研究をしてきた。また大学の授業でも「囲碁の文化と歴史」という科目を十年前に新設し、その中で囲碁そのものを打てるようにすると同時に、その文化的な面をも教えるという試みをしてきた。幸いこの授業は継続して人気があり、最近では毎年百五十人が受講している。秋の学園祭には、受講生が外来者と碁を打つ「囲碁100面打ち」の企画が恒例となり、学園祭の中では最も賑わう企画になっている。

 この授業で囲碁の文化史を解説する中で、私自身分からないことが増えていった。たとえば、「尖」をなぜコスミと読むのか、「門」をなぜゲタと読むのか。また一一九二年に書かれたとされる玄尊の『囲碁式』は本当に一一九二年の作品なのか。その内容を解明した人はいないのか。あるいは江戸囲碁川柳がたくさん知られているが、意味が分からないものが多い。どうやらその意味は誰も解明していないようだ。

 大学の授業として講義するとなると、こういった囲碁史上の謎の部分を「知らない」といってすますわけにはいかない。いやしくも学問に携わっているかぎり、「分からない」ことを放っておけない性分になっている。そこでその謎について少しずつ探っていくうちに、思いもかけず謎が解けて興奮することを再三ならず体験し、これを囲碁愛好家の皆さんにも味わってほしいと思うようになった。

 『囲碁式』の現代語訳を作ったり、江戸川柳について調べたりするのはなかなかの苦労であったが、謎が解けたときの快感と喜びは一入(ひとしお)であった。この謎解きの面白さとすっきり感とを、できれば多くの皆さんにも共有していただきたいと思った。

 したがって、本書は囲碁の歴史や文化についての網羅的な解説書ではない。いわば重点的に謎の部分に挑戦した開拓的な研究書とでも言うべきものである。とはいえ、分かりやすく、読みやすくをモットーにしたので、肩の凝らない読み物になっていると思う。緊張した勝負のあいまにお茶やコーヒーを飲むような気分で、気楽に楽しんでいただければ幸いである。

 

 内容の特徴を目次の順に概観すると次のようになります。

 

一 囲碁の効用は?

 『ヒカルの碁』などの囲碁マンガを紹介しながら、囲碁のどこが面白いのか、また本当に頭がよくなるのかなどについて、最近の脳科学の成果を取り入れながら論じている。

 

二 棋士の心理を解き明かす

 囲碁の対局に現れるさまざまな心理を、無意識心理学の視点から明らかにしたものである。「着想型と現実型」「右脳と左脳」「自信と劣等感」「感情とコンプレックス」などが、碁の打ち方に強く影響していることを明らかにした。とくに囲碁において右脳と左脳の両方をバランスよく使うことについては、このごろでこそ人口に膾炙(かいしゃ)しているが、多分私が初めて体系的に指摘したものである。これは平成5年に『週刊碁』に22回にわたって連載されたものを、書き下ろしの形に書き直したものである。連載の当時から人気が高く、反響も大きかった。

 

三 碁好きの式部と少納言

 清少納言と紫式部の文章は高校で習うので、たいていの人は読んだことがあるはずだが、この二人の才女が囲碁を打てた、しかもかなりの腕前であったことを知る人はあまりいない。囲碁を打つ人でも、そのことを知っている人は少ない。

 『枕草子』と『源氏物語』の囲碁が出てくる文章を分析して、彼女らの棋風から棋力までを推理してみた。清少納言が囲碁用語を使って恋人たちの親密度を表現していたという面白いエピソードも出てくる。

 

四 囲碁史の謎に迫る

 鎌倉時代の最初期の、名人玄尊による『囲碁式』なる文章は、碁を打つときの心得について書かれているが、今まで誰も現代語訳を試みたことがなく、その内容は知られていなかった。この現代語訳に挑戦し、その内容を解明してみたところ、囲碁史の大きな変遷とともに、いろいろな文化史的な問題が浮かび上がってきた。

 たとえば、日本式計算法は古代中国でなされていたとか、いつどのような理由で先番が白から黒に転換したのか、またなぜ「尖」を「コスミ」と、「持」を「セキ」と、「門」を「ゲタ」とか「ハカス」と読むのかという、用語の謎も解明できた。この研究を通じて、囲碁が日本独特の文化になっていく過程を浮き彫りにできた。

 

五 江戸囲碁川柳の謎解きに挑戦

 江戸の囲碁川柳には傑作が多く味わい深い。ただし解説をしないと分からないものも多い。

 そこで私は「囲碁心理を詠んだ句」「所作の面白さ、碁狂(ごきち)ぶりを詠んだ句」「職業人を詠んだ句」「風俗・世情が詠みこまれた句」「故事来歴・史実をふまえた句」などに分類し、解説を加えた。

 とくに当時の風俗・生活習慣に関わる部分は現代とは大きく異なっているので、それなりの解明が必要になる。また日本史や中国史をふまえているものについても解説した。

 

 以上が概要であるが、各章は独立しているので、興味を感ずるところから読んでいただきたい。

 

「あとがき」より

 本の題名を内容に即したものにするなら、『囲碁の心理と文化の謎を解く』とすべきが、それだとあまりに長くなるので、表記のようにした。読者の皆さんのご理解をお願いしたい。

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