日本囲碁改革の根本問題

 

1 日本囲碁の真の危機はどこにあるか

 日本の囲碁界はいま深刻な危機の中にある。その危機とは、日本棋士が世界戦で勝てなくなっていることにあるのではない。また日本の囲碁の水準が韓国や中国に追い越されてしまったのでもない。

 もちろん、負けるについてはそれなりの原因がある。その原因については後ほど詳しく分析するが、要するに部分的な弱点を徹底的に研究され、その弱点をつかれているにすぎない。全体としての水準が追い越されてしまったわけではない。しかし、部分的弱点をつかれて負けても、負けは負けであり、結果として「弱い」というイメージが定着してしまっているのである。その上、世界戦の運営や対局条件の点で日本の棋士、とくに一流のタイトル保持者に不利にできているのを、なんともできない日本棋院の体質にも問題がある。このことも後で詳しく論ずる。

 日本の囲碁界がおっとり、鷹揚に構えているたあいだに、韓国・中国は日本の囲碁を徹底的に研究して、良いところを学び、欠点をついて、結果を出すようになった。大衆の中で、「日本より韓国・中国の方が強い、レベルが上だ」というイメージが定着してしまった。なにしろ日本の大タイトル保持者が世界戦でころころ負けてしまうから、その印象は圧倒的である。このイメージは今後数十年にわたって、日本にとって悪い影響を与え続けるだろう。

 第一の影響は、韓国・中国において意気が上がり、囲碁志望者が増大し、層が厚くなって切磋琢磨して、さらに強くなることである。若手の層の厚さでは、すでに日本は大きく水をあけられている。

 第二の影響は、韓国・中国以外の国の優秀な人材が韓国・中国へ流れていくことである。例えば、台湾やヨーロッパの若い棋士志望者が、今までは日本を目指していたのに、韓国棋院に留学するようになっている。台湾の第一人者、周俊勲九段は、北京に住居をもっていて、半年を中国で暮らしているそうである。日本に留学するよりは、その方が棋力の向上に役立つと考えているのである。

 日本の囲碁ファンの中でも、韓国・中国の方が上だと思っている人が増えている徴候が見られる。例えばインターネットのサイト「囲碁データベース」の中の「日刊囲碁」が「日本の碁を強くする方策」についてアンケートを募集したところ、一番多かったのが「韓国・中国への留学制度を作る」という答えであった。この答えなどは、まさしく韓国・中国の方が上だと思い込んでいる証拠である。中国甲級リーグ・乙級リーグに武者修行にでかける日本の若手プロ棋士もいる。

 そもそも「世界戦で勝つ国が世界一だ」ということが間違いであることは、事情を知る者には常識である。持ち時間や日程など、条件がまるで違うし、日本の国内戦のランクからしたら、国際戦はずっと下の方である。初めのころは国際戦は日本の中ではエキジビション程度に見られていたのである。しかし、負けるようになってから、それを言ったのでは、単なる「負け惜しみ」だと言われてしまう。

 さて、世界戦に対する韓国・中国の捉え方はまるで違っていた。国際戦を最高位に置き、それに勝てば「世界一」だと捉えていた。そのために出場者の選考のための国内予選から厳しいシステムにし、持ち時間3時間に合わせて訓練をし、日本の碁を研究し尽くし、国力を挙げて国際戦に勝つことを目指してきたのである。

 韓国・中国では、国際戦に勝てば国民は熱狂する。囲碁人口も急増する。したがって才能ある子供も発掘・育成できる。将来にわたって囲碁界が成長する可能性が高まるのである。それに比べて、日本の連戦連敗は、日本の囲碁熱を冷却させ、囲碁人口の急減に拍車をかけている。これが危機でなくして何であろうか。

 要するに、大衆的なイメージの中で「日本より韓国・中国の方が強い」というイメージが出来上がっているところに、第一の危機がある。

 危機の第二は、棋士の養成システムと言えるようなものが存在していない点にある。才能ある人材の発掘と養成において、日本は韓国・中国に決定的に立ち後れている。立ち後れているどころか、日本棋院は何もしていないに等しい。中国も韓国も組織を挙げて後継者の育成に取り組んでおり、十代、二十代の若者を比較してみると、日本は完全に中国と韓国に負けている。このままでは、本当に実力において負けるようになりかねない。

 日本の囲碁は「芸」の面では、依然として世界一だと思う。「芸」と抽象的に言ったのでは曖昧なので、具体的に言うと、例えば布石感覚。これは感覚的なものなので、容易には後進に伝えることはできない。他国の棋譜を単に並べてみるだけでは、恐らく体得できないのではないか。実際に対局してみるとか、一局一局具体的に打ち碁を検討していく中で、体得できるものである。この貴重な感覚的な次元を継承していくためのシステムが、今の日本には欠けているのである。それに対して韓国・中国は恐らく、その点を今必死に日本から学んでいる(学んできた)ところではないか。もちろん、そんなことはお首にも出さないが。

 危機の第三は、日本棋院の組織改革が進んでいないことである。というより、加藤正夫というカリスマ的超人が強力な改革を進めたが、彼が急逝してから、改革は進んでいない。というより、加藤改革は現在の日本棋院を前提にした、その内部での改革であった。加藤改革以上の改革を進めるためには、日本棋院という組織のあり方そのものを変えなければならない。

 諸悪の根源は、日本棋院が本質的には中世のギルドと同じ組織原理にのっとっているところにある。この点について、 4 で論ずることにする。しかし、その前に、囲碁と政治との関係、ナショナリズムとの関係について、基本的なことを述べておかなければならない。

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