日本囲碁改革の根本問題

 

2 囲碁とナショナリズム

             (平成18年7月3日初出)

 戦後の日本においては、囲碁は政治とは無関係であると、無邪気に信じられてきた。確かに、国内においては、というより民主主義の国では、原則として文化やスポーツは政治とは切り離されている。例外を除いて、時の権力の影響を受けないし、政治に介入したりはしない。

 

国を単位と考えるか否かの違い

 日本人の多くは無邪気にも、他国においてもそうだと信じ込んでいる。しかし、文化と政治が密接に結びついている国はいくらでもある。とくに中国と韓国では、文化やスポーツは政治やイデオロギーと密接に結びついているのである。  多くの民主主義の国においては政治とは結びついてはいないが、愛国心とは結びついているのが普通である。勝負を争う競技が愛国心と結びついていない国を見つける方が困難である。囲碁の世界においても、国が単位として考えられてきた。少なくとも中国と韓国はそうであった。それに対して、国を単位と考えてこなかったところに、日本囲碁界の不幸の始まりがあると言える。

 スポーツも囲碁も国際政治の現実世界と決して無縁ではありえない。勝負を争う競技においては、戦いは国の単位で争われる。どこの国が勝ったか負けたかが注目される。「国などを単位に考えることはチッポケなことだ」といくら力んでみても、また「国境はいずれなくなる」ことを理想と考えるにせよ、現実は国が単位になっており、勝った国の国威は発揚し、国民の意気は上がり、誇りに感じ、元気が出る。

 戦後、日本人の多くは、ナショナリズムは戦争への道だなどと考えて、ナショナリズムそのものを否定し、その結果、囲碁においても国単位で考えることに否定的であった。

 しかし、ナショナリズムには健全なナショナリズムと不健全なナショナリズムがあることを知らなければならない。健全なナショナリズムとは、御国自慢から始まって、自分の所属する郷土や国を愛し、誇りに思い、自らが属する社会・国をよりよくしようとする心である。不健全なナショナリズムとは他の国民を蔑視し、敵対視し、支配しようとする心である。

 戦後の日本人の圧倒的な大部分は決して不健全なナショナリズムを持ったことはないが、しかし健全なナショナリズムも持ってはいけないように思いこまされてきた。わずかにスポーツの世界で発揮されてきただけである。残念ながら、なぜか囲碁の世界では健全なナショナリズムさえ否定されがちであった。国際戦での勝ち負けにこだわるのを軽蔑する風潮さえあったのである。しかし、それは間違いである。なぜなら、日本の囲碁を取り巻く国際関係は、決して牧歌的なものではなく、厳しい現実政治の一環として組み込まれているからである。

 

中国囲棋協会は国家機関である

 中国囲棋協会は国家機関であり、独裁政権である中国共産党の指導と支配の下にあって、国家的な強化策を遂行している。囲碁界だけでなく、ありとあらゆる分野は中国共産党の支配と指導を受けている。したがって囲碁といえども国威発揚の手段として考えられているし、その強化策にしても国が指導し管理している。日本に追い付け追い越せも、国の方針なのである。

 したがって、中国囲棋協会の発展に協力することは、中国共産党独裁に加担することになるのである。しかし、日本には、お人好しにも、「日中友好」のかけ声におどらされて、自発的に協力してきた棋士や民間人が多い。ていよく中国共産党の戦略の手のひらの中で利用されてきたのである。

 日本の協力者に対しては、国家予算を駆使して破格の歓迎をし、「先生」「閣下」と下へも置かぬもてなしをし、贈り物をする。ロマンチストで中国贔屓の者は、広い大陸に囲碁を広めるという理想のためと考えて協力してきた。しかし、現実は共産党独裁を支え、その政権の成功と権威づけの一端を担う中国囲棋協会を助けてきたのである。すなわち、中国の囲碁が成果を上げれば上げるほどに、中国共産党の権威が高まるのである。

 こうして、中国の囲碁は不健全なナショナリズムの道具になっているのである。中国共産党にとって文化は政治の一環であり、囲碁は文化工作の一環である。

 

ルイ・ナイウェイ(日本読み、ゼイ・ノイ)問題

 日本の囲碁界がいかに政治音痴であるかを示したのがルイ・ナイウェイ9段をめぐる問題である。ルイ・ナイウェイ9段は中国が生んだ世界最強の女性棋士である。男性とまじってもタイトルを取れる実力をもっており、事実タイトルを取ったことが何度もある。

 彼女はたしか1990年代の初めころだったと思うが、来日し、夫君の江鋳久9段とともに日本棋院の棋士になりたい意向だったと聞く。私の推測だが、直前の天安門での民主派に対する流血の弾圧とも無関係ではなかったかと思われる。共産党の支配化にある中国囲棋協会の中で意見の違いがあったか、「亡命」ほどではないにしても、組織的に分離するような意味あいがあったのではないかと推測される。

 そのことの真偽はともかくとして、日本でプロ棋士になりたいという彼女の希望は、日本囲碁界にとっては千載一遇のチャンスであった。彼女を受け入れれば、日本の女性プロ棋士のレベルアップはもとより、日本囲碁界全体にとっても貴重な戦力になるし、また有益な刺激にもなるはずであった。

 しかし、日本棋院は彼女を受けいれなかった。私の推測だが、さまざまなルートを通じて、彼女を受け入れないようにとの、中国からの強い働きかけや、いろいろな工作があったと思われる。中国が本当に「日中友好」を重んじていたのならば、「どうぞ彼女の希望をかなえてやってください」と言ったはずだが、中国は決してそうは言わなかった。対して、当時の日本は国をあげて、「近隣諸国」(じつは中国と朝鮮半島)を「刺激しないように」との外交方針を取っており、彼女を受け入れると「日中友好」にひびが入るなどと言われると、日本棋院も二の足を踏まざるをえなかったのであろう。

 結局、江鋳久9段とルイ・ナイウェイ9段夫妻は、日本に数年いた(江鋳久9段はアメリカに数年いた)のちに、韓国に行き、韓国棋院の一員となり、ルイ・ナイウェイ9段はタイトルを取るなど大活躍をしている。ルイ9段が入ってからは韓国棋院の女性棋士の実力は急速にレベルアップし、ついには日本を追い越すまでに成長した。(ルイ9段は日本にいるときに呉清源9段から教えを受けており、その内容は韓国に伝えられたと見るべきである。)

 日本は宝物とも言うべき「懐に入った窮鳥」を放り出し、韓国に与えてしまったのである。かえすがえすも残念な事件であった。それもこれも、間違った「日中友好」のせいであり、長いあいだ共産党独裁政権を「友好」の相手と取り違えてきたために、「友好の相手」の言うことを聞かなければならなくなっていたという、歪んだ関係のツケとも言える。

 

反日に利用されている韓国囲碁

 さて、韓国の場合も中国と同工異曲であり、サッカーの場合もそうだったが、囲碁も見事に「反日」に利用されている。日本に勝った棋士は英雄となり、負ければ袋叩きに会いかねない雰囲気だそうである。韓国の囲碁は日本を敵視する不健全なナショナリズムの手段になっている。日本に勝つことが、彼等の元気のもとなのである。

 しかし、本当のところは韓国囲碁は日本が育てたのである。韓国囲碁の育ての親であり、「元老」とも言うべき趙南哲氏や金寅氏は日本の囲碁界で育ったといっても決して言い過ぎではない。また韓国のレベルを日本と並ぶところまで引き上げた第一人者の曹薫鉉9段は木谷門下で修行し、藤沢秀行9段等の指導を受けた。彼が内弟子として育てたイ・チャンホ9段は国際戦で最多の優勝数を誇っている。韓国の囲碁レベルを上げたのは日本だが、韓国でそのことを口に出す者はいない。韓国人は「イ・チャンホは純粋に韓国で育った」と言うが、育てたのは日本で修行した曹薫鉉9段である。

 いまや韓国の囲碁界は飛ぶ鳥を落とす勢いであり、イ・チャンホの次の世代が次々に世界戦で優勝しており、結果だけを見ると日本は見るかげもない有りさまである。日本に勝つことを生き甲斐にしているような韓国人にとっては、まさに溜飲の下がる思いであろう。

 

不健全なナショナリズムを勢いづかせるな

 このように、「日本に追いつけ追い越せ」を目標にしてきた中国と韓国とは、とくに不健全なナショナリズムに毒されて、多くの国民が反日意識を持たされている国だということを、よくよく認識しないといけないのである。

 日本が負けることによって、彼等の不健全なナショナリズムがますます盛んになり、意気が上がり、日本蔑視が強くなる。不健全なナショナリズムを許さないためにも、日本は負けてはいけないのである。敵意を持っている者たちを喜ばせてはいけない、「意気が上がる」という状態にさせてはいけないのである。

 次回からは、日本囲碁のレベル維持のために、また日本囲碁再生のために、何が必要かについて述べていきたい。

Back to Top Page