日本囲碁改革の根本問題

 

7 国際戦連敗の原因と対策・再論

     ──対局過密か対局不足か

             (平成19年6月27日初出)

 国際戦連敗の原因の一つとして、私はタイトル保持者優先の選手選抜方法と、それに伴う過密日程と過労を挙げてきた。それに対して、対局過密が原因ではなく、逆に対局不足が原因だと主張する者がいる。例えば「囲碁データベース」の主催者である。本当だろうか。

 その人はその根拠として、韓国棋士は対局数がもっと多いことを挙げている。すなわち7月2日現在で日本の勝ち星トップは張栩碁聖の22勝8敗。それに対して韓国のトップは睦鎮碩九段の46勝13敗であり、張栩碁聖の22勝は韓国なら25位だそうである。

 しかし、日本と韓国とでは対局条件が違う。例えば、最も分かりやすい「持ち時間」について言えば、韓国ではすべての棋戦の持ち時間は、国際戦に合わせて3時間に統一されているそうである。それに対して、日本の棋戦はたいてい4時間ないし5時間、2日制のタイトル戦にいたっては8時間である。その消耗度はまるで比較にならない。そうした条件の違いを無視して、単純に対局数だけを比較して、対局不足が敗因と結論づけるのは短絡的すぎると言わざるをえない。単純に計算しても、3時間の碁と、5時間以上の碁とでは、前者の対局数が2倍になるのは当然である。つまり日本と韓国のトップ棋士は、対局時間を比べれば、同じくらいだと言うことができるのである。

 ただ、韓国の棋士は、国際戦と同じ条件の碁を一年中練習していることになるので、それだけ国際戦に有利なのである。それに対して、日本の棋士は、国際戦に出るときには頭を切り替えて、打ち方を変えなければならない。これは相当なハンディである。

 要するに、日本の棋士は、3時間の碁については決定的に対局不足、というより対局皆無だと言えば、正確な言い方になる。このような問題を抜きにして、単純に対局数だけを比較して結論に結びつけては、事の本質を見誤る。多角的に敗因を分析し、棋士のためになる環境作りをすべきであろう。

 以下は、この問題に関連して、「寸評」欄に発表したものである。プロの国際戦だけでなく、アマの国際大会のあり方についても論じているので、参考にしていただきたい。

 

意識改革が必要な日本棋院

 日本主催の囲碁国際戦・富士通杯の準々決勝で、依田紀基九段と張栩碁聖が勝ち、久しぶりにベスト4の中に日本人が二人入った。喜ばしいことだが、手放しでは喜べない。というのは、この朗報は二人の個人的な実力と頑張りによるものであり、日本囲碁界の復活を意味するものでないばかりでなく、個人の頑張りを支える体制ができたことを決して意味するものではないからである。

 最近、日本の囲碁界では、国際戦を頑張れという機運が高まっているが、国際戦を勝ち抜くための体制作りはまったくなされていないと言っても決して過言ではない。体制作りと言ったとき、長期的な養成の問題を除いて、短期的な対策として考えられるのは、選手の選抜と、選手の日程調整である。この二つは私が『諸君 ! 』2月号の論文で指摘して以来、まったく改善されていない。

 選手の選抜は、相変わらずタイトル保持者を優先しており、旧態依然のやり方を取っている。日程は過酷なままである。例えば、

 張碁聖は5月28日に十段戦本戦を戦い、6月2日にこの富士通杯を戦っている。これは対局場が韓国であるから、前日か前々日に移動しなければならない。彼は次いで6月4日と6日に行なわれたLG杯(韓国主催)の一回戦と二回戦にも出場し、両方とも勝ってしまった。彼の敢闘精神と国際戦への意気込みには敬意を表するが、しかし写真を見るとげっそりと痩せており、今後の対局への悪影響が心配である。彼の場合は少なくともLG杯の出場は取り止めるべきであった。国際戦のすべてに出場する必要はない。せめて日本主催の国際戦だけに出場し、日本の碁の価値を見せつけてくれればよいのである。

 他方、依田九段は現在、本因坊挑戦手合いを戦っている最中であり、第2局が5月22、23日に韓国の済州島であった。6月2日にまた韓国で富士通杯を戦い、6月6、7日と本因坊挑戦手合い第3局を戦った。6月3日に帰国したとして、5日には対局場の岐阜県可児市へ移動すると、中一日しか休めない。本人は言い訳は言わないが、これに負けたのは、過酷な日程の影響がなかったとは言えないだろう。彼は6月14日の棋聖戦リーグも負け、18、19日の本因坊戦第4局も負け、25、26日の第5局も負けて、タイトル奪取はならなかった。

 こうした過酷な日程を続けていると、そのうち過労がたまって、あるとき突然不調になり、大事な試合に負けることになりかねない。この1月のトヨタ・デンソー杯の決勝戦のときの張碁聖がそうだった。それまで過労ぎみだった彼は、本因坊と名人のタイトルを次々に失い、はた目にも痩せてしまい、疲れているようだった。暮れから正月にかけて休養をとったはずだったが、決勝戦のときの写真を見たら、まだ痩せたままで、回復はしていないようだった。三番勝負の一回戦は、彼独特の驚異的ねばりでなんとか勝ったが、一日おいた二回戦を逆転され、翌日の(!)三回戦でも負けてしまった。スタミナがあれば負けることはなかったはずである。

 日本棋院は国際戦に選手を送りこむかぎりは、もっともっと選手の日程を配慮・調節し、良いコンディションで望むことができるように、最善を尽くさなければならない。富士通杯の準決勝は7月7日、決勝戦は7月9日だそうだが、その前後の両選手の日程を過密にしないように、ぜひとも配慮してほしいものである。

 ただ個人に頑張れと言うだけでは、精神主義にすぎない。個人が頑張れるような環境作り、コンディション作りにも配慮するように、日本棋院の意識改革が必要である。

 

 さて、話は変わるが、先月末、世界アマチュア囲碁選手権戦が行なわれ、中国代表の13歳の単小騰選手が優勝した。前にも書いたが、中国選手はどう見ても「アマチュア」とは言えない。今までの歴史を見ても、中国代表で優勝した「アマチュア」選手は軒並み直後にプロになり、それもトップクラスのプロとして活躍している。プロ級の実力のある者を「アマ」として出してきているのである。

 この単小騰選手も、日本で言えば院生にあたり、院生以上に囲碁漬けの毎日を送っているそうである。すなわち彼は休学して(!)囲碁道場に通っており、日曜日以外の週6回、朝の8時半から夜の9時まで囲碁の勉強に励んでいる(『週刊碁』2007.6.11号による)。これがどうしてアマチュアと言えるのか。

 ちなみに日本の院生はアマの大会には出られない規定である。日本の院生以上にプロに限りなく近い者を「アマ」として出してくる方も来る方だが、それを「寛大に」黙認する方もおかしいのではないか。三位になった日本代表の森氏は普通の職業を持った普通のアマである。

 日本囲碁界はどうしてこうも、中国に対して甘いのか、どうしてこうも中国を優遇するのか。日本を抑えて中国が優勝したといえば、またまた単純に中国の民衆は沸き立ち、ますます囲碁熱が盛んになり、レベルアップしていくだろう。

 もともと中国ではプロとアマの境界が曖昧であり、厳密にアマに限ることが難しいことは分かる。しかし少なくとも公正に運営されるべきという意識が希薄なのが問題である。日本棋院の改革は加藤正夫元理事長の死以来ストップしているが、具体的な改革以前に、意識の改革が必要なのではないか。

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