C・G・ユング研究

1 自著自薦

『日本神話の英雄たち』文春新書

『日本神話の女神たち』文春新書

『ユングで分かる日本神話』文春新書

『ユングと学ぶ名画と名曲』朝日新聞社

『無意識への扉をひらく ──ユング心理学入門シリーズ(1)』PHP新書

『心のしくみを探る ──ユング心理学入門シリーズ(2)』PHP新書

『心の不思議を解き明かす ──ユング心理学入門シリーズ(3)』PHP新書

翻訳・ユング『元型論』紀伊国屋書店、増補改訂版

『図説ユング』河出書房新社

『ユング思想の真髄』朝日新聞社

翻訳・ノイマン『意識の起源史』紀伊国屋書店、合本改訂版

 

 

『日本神話の英雄たち』文春新書

    目 次

 

第一話 英雄神か穀物神か──スサノヲノミコト

第二話 誓約(うけひ)の謎を解く

第三話 海幸・山幸の争い

第四話 エジプト神話と日本神話 

第五話 オホクニヌシ

第六話 トリックスター

 

   はじめに

 最近、日本神話が少しづつ注目を浴びるようになってきました。しかし私の学生に聞いても、日本神話よりもギリシア神話をよく知っているという人の方が多いという状態です。日本人なのに日本神話を教わったり、読むという機会を与えられてこなかったのです。

 そう言えば、今の小学校の教科書には神話の物語は出てきません。私の小学生のころ(正確に言うと戦争中だったので「国民学校」と言っていましたが)には、国語の教科書の中に「稲羽の白ウサギ」や「オホクニヌシノミコトの国引き」の話がありました。そこを習ったときに、先生が「スサノヲノミコトの八俣大蛇退治」の話をしてくれて、楽しかった思い出があります。

 戦後になって、日本神話は天皇の神格化に利用されたとか、軍国主義の正当化に使われたといった理由で、教科書から「追放」されてしまい、家庭でも語ってきかせる親は皆無に近い状況になりました。そのために、今の六十歳以下の日本人は日本神話をきちんと読んだことのある人が非常に少ないのが現状です。

 しかし日本神話にかぎらず、どの神話もその民族特有の精神性を反映した貴重な文化遺産であり、神話に親しむことは国民が自国の文化を大切にする基礎であると思います。

 今の若い人をはじめとした日本人に日本神話の価値を知ってもらうためには、その面白さを伝えなければなりません。そのためには、日本神話をイデオロギー的・政治的に取り上げないで、普通に物語としての面白さを味わって楽しむことが大切と思います。そこで本書では、神話を「お話」として楽しむことに徹してみたいと思います。

 とくに日本神話の中には、たとえば話が矛盾しているとか、筋が一貫していないとか、謎がいくつもあり、それを学問的に解明していくと、神話の面白さがいっそう深く味わえると思います。そういうわけで、本書では謎解きの部分を多くしました。

 内容的には、英雄神話が面白くて分かりやすいので、本書では英雄像に焦点を絞って見ていきます。『古事記』や『日本書紀』の最初の部分(「神代」すなわち神々の時代)を対象にします。

 なお、ときどきユング心理学の見方を入れてみたいと思います。とは言っても、とくに難しい概念を使うというのではなく、またその都度、用語の意味を説明しながら進めていきますので、ユング心理学を知らない人でもそんなに違和感はないと思います。

 また取り上げる場面を多少脚色してあります。すなわち、本文をそのまま引用するのではなく、現代語の会話のようにしてあります。『古事記』も『日本書記』も原文は木で鼻をくくったような表現が多く、よほど想像力を働かせて、ふくらませながら読まないと面白さが分からないので、原文にない言葉なども入れてあります。親しみやすくするための配慮ですので、どうかご寛恕ください。

 なお、中学生や高校生にも読んでほしいと思い、むずかしい漢字にはルビをつけました。大人の読者には煩わしいかもしれませんが、ご海容のほど願いあげます。

 本書を通して一人でも多くの方が日本神話の面白さを味わってくだされば、これにすぐる喜びはありません。

 

 書 評 (東山龍治氏)(『明日への選択』平成15年12月号)

 最近、日本神話が脚光を浴び始めたことは好ましいことであるが、その真っ当な解説書となると、ほとんどないと言っては言いすぎであろうか。

 日本神話の研究を続けている一研究者の立場からすると、日本神話を神話学や心理学の立場から論じた日本神話論はあまりにも分類、比較されすぎて、その本来の面白さが見失われているように思われる。また多くの研究者に不満なのは、それが日本の国への誇りや国を愛する心を涵養することにつながらないということである。

 特にユングの心理学をベースにした河合隼雄さんの日本神話の研究は「神話の知」の重要性を喚起する上で大きな役割を果たすなど、私も多くの示唆を受けた一人だが、残念ながらいつもどこかに消化不良の感が残るのである。

 その点、この書は、河合流の独断的解釈を批判するとともにそれを乗り越える視点を提起しており、かなり「日本神話の真相」に迫っていると思う。

 何より、神話のストーリーを忠実に楽しく紹介するとともに、その謎解きに読者を参画させることにおいて筆者の力量はかなりのものと見た。

 この本の序文で著者は言う。

 戦後になって、日本神話は天皇の神格化に利用されたとか、軍国主義の正当化に使われたといった理由で、教科書から「追放」されてしまい、家庭でも語ってきかせる親は皆無に近い状況になりました。そのために、今の六十歳以下の日本人は日本神話をきちんと読んだことのある人が非常に少ないのが現状です。

 しかし日本神話にかぎらず、どの神話もその民族特有の精神性を反映した貴重な文化遺産であり、神話に親しむことは国民が自国の文化を大切にする基礎であると思います。

 今の若い人をはじめとした日本人に日本神話の価値を知ってもらうためには、その面白さを伝えなければなりません。そのためには、日本神話をイデオロギー的・政治的に取り上げないで、普通に物語としての面白さを味わって楽しむことが大切と思います。そこで本書では、神話を「お話」として楽しむことに徹してみたいと思います。

 このように本書は日本神話の面白さを味わうことを主眼に書かれており、特に親しみやすいスサノヲ、オホクニヌシ、ホオリノミコト、ヤマトタケルなどの英雄の物語がユーモアを交えながら分かりやすく紹介されている。

 が、そこはユング心理学者だけに英雄神話に内蔵する意味の謎解きに果敢に挑戦している。

 とりわけエジプト神話と日本神話の構造的比較を通して、日本神話の特徴を浮き彫りにしているところはこれまでにない新鮮なものを感じた。それによると、これまで丸山真男氏などのいう「無限抱擁」としての日本文化の性質を母性社会の働きとして見る見方が一般的であった。が、林氏は日本神話と同じく習合的性質の強いエジプト神話を取り上げながら、日本神話は実は母権的観念と父権的観念の両側面を持っており、そのバランスや協調のあり方に工夫をこらしているという。

 これまでの河合氏をはじめとする多くの神話研究では、「日本には父性はなかった、だから新しく創造しなければならない」というものであったが、実は日本人は神話の時代から父性を確立するのはもとより、母性とのバランスに目を配る高度な自我も既に持っていたとするのである。これは現在のジェンダーフリーの思想に真っ向から反論する著者の思想的根拠にもなっている。

 研究者はもとより、神話に親しんだことのない若者にも読んでほしい好著である。

 

『日本神話の女神たち』文春新書

はじめに

 神話は味わい深いし、面白い。神々が人間と同じように考えたり感じたりするかと思うと、人間とはまるで違う行動を取ることもあります。どうして人間と同じところと、違うところがあるのでしょうか。また神話の中に表れている昔の人たちの考え方や感じ方が、今の私たちと同じところもあれば、違うところもあります。それらの同じところと違うところを、どう統一的に理解したらいいのでしょうか。

 たとえば『古事記』や『日本書紀』の原文(または現代語訳)をいきなり読んでみても、誰それという神が何をした、と淡々と事実が書かれているだけで、そのままでは面白さはなかなか分かりません。一方では想像力をふくらませ、その場面を生き生きとイメージしてみることも必要です。また他方ではいろいろと研究書を読んだりして、特殊な言葉の意味を理解したり、また話のもとの形を知ったり、なぜ今の形に変えてしまったのだろうかと考えたりしていくと、次第に面白さが見えてきます。それなりの努力が必要なのです。

 しかし、一般の読者にそういう努力を強いるのは、いささか無理があるかもしれません。それで、私が代わっていろいろと調べたところをもとにして、謎解きをしながら面白さを味わっていただこうというのが、このシリーズの趣旨です。

 そういう作業を前著『日本神話の英雄たち』で試みてみたところ、幸い「面白いし分かりやすい」という評価を広くいただいたので、今回は女神たちを主人公にして、同様の方法で日本神話の謎にせまってみたいと思います。

 取り上げる女神の多くは、英雄神の母・姉妹・伴侶としてすでに前著に登場していますが、今回は女神を主人公にして、女神の側からの視点で見ていくことになります。

 改めて調べてみると、日本の女神たちは英雄神に勝るとも劣らない多彩で独特な性質を持っていることが分かります。これだけの豊かな内容と迫力を持った女神たちは、世界の神話にもそうはありません。日本神話は世界の神話の中でもとくに女神が生き生きと活躍している神話だと言えます。日本の女神たちのどんな特徴が浮かびあがってくるか、どうぞ一緒に楽しんでください。

  目 次

第一話 アマテラス

一 アマテラスの多面的な性格

二 アマテラスの原初的性格

 父は地上的な神/イザナギの「父ウロボロス」的側面/アマテラスの英雄としての弱さ/アテナやマリアとの違い

三 アマテラスの巫女的な性格

 処女にして母である巫女/天女としてのアマテラス/祭る巫女と祭られる女神の同一性/「太陽の妻」から太陽そのものへ

四 天の石屋戸籠りとアメノウズメ

 「夜の航海」の心理学的な意味/豊饒神を復活させる「笑い」/デメテルを笑わせたバウボー/豊饒神を復活させるアメノウズメの役割

五 ツクヨミとは何者か

 ツクヨミとスサノヲの同一性/ツクヨミは原初的なイメージ/アマテラスとツクヨミの関係/アマテラスの後ろ盾

第二話 母元型を表わす女神

 母元型の二面性/二面的母元型の具体例/善母と悪母への分化/日本の女鬼・山姥/産む母としてのイザナミ/冥界でのイザナミの姿/恐ろしい母としてのイザナミ/善母としての母神たち

第三話 父との結びつきの強い女神たち

 トヨタマビメの父とのつながり/スセリビメの父との関係/父と娘だけで母が不在/「上なる父」と「下なる父」/恐ろしい父のプラス面/母親がいないグリム童話の「青髭」/母親が出てこない理由/父権制と母権制のせめぎ合い

第四話 英雄を助ける女神たち

 自立を助ける母性的アニマ――ヤマトヒメ/自立を促す母――サシクニワカヒメ/英雄を助ける典型的アニマ――スセリビメ

第五話 自己犠牲の女神たち

 犠牲の心理学的意味/小児供犠/犠牲になる英雄/母を犠牲にする英雄/自己犠牲/日本神話の自己犠牲――オトタチバナヒメ/アニマを死なせたヤマトタケルの命運/日本神話の自己犠牲――コノハナノサクヤビメ/日本神話の自己犠牲――トヨタマビメ

 

『ユングでわかる日本神話』

 『日本神話の英雄たち』『日本神話の女神たち』に続く三部作 の完結編です。

 今回はとくにユング心理学を前面に出して、日本神話の特徴を明らかにしてい る。

 ただしユング派にときどき見られるように、自分が勝手に空想した物語を日本 神話に押しつけるのではなく、学問的な研究成果をふまえながら、それにユング心理 学の見方を重ね合わせることによって、日本神話の民族固有の特徴をさらに浮き彫り にするという手法を取っている。

 日本神話に現われる代表的な元型的シンボル、「開闢神話」「地下世界」「起 源神話」「異類婚」「悪・破壊」を取り上げて、世界共通の物語の中に、日本独特の 特徴を発見していく。

 

 目次は次のとおり。

 

前夜の話 シンボルを解釈するとはどういうことか

1 心理学的分析で何が分かるか

2 神話をシンボルとして見る

3 シンボルの元型的な意味と個性的な意味

4 シンボルは意識と無意識の関係を表わしている

 

第一話 宇宙開闢と意識の誕生

一 光が先か、天地分離が先か?

1 天地分離過程への関心

2 天地分離後への関心

二 日本神話の特色は?

1 三種が複合

2 「天地初めて発りし時」から始まった

3 イザナギとイザナミが造ったもの

4 元型的イメージを考えるキーワード

 

第二話 地下世界の成立

一 ユングの自伝が象徴するもの

二 地下世界の具体的性格

 1 牢獄としての地下世界

 2 死者の国としての地下世界

三 イザナギの冥界下り

四 ウロボロスとしての冥界

 1 ノイマンの「冥界=ウロボロス」説

 2 「恐ろしい太母」としてのイザナミ

 3 父ウロボロスとしてのスサノヲ

 4 「すでにあるもの」としての地下世界

 

第三話 起源神話を心理学的に考える

一 「死」「性」「文化」は同時に生まれた

二 文化の起源の三類型

三 意識はどう形成されるのか

 

第四話 異類婚――動物シンボルの意味

一 山幸彦とトヨタマビメの場合

二 日本型と西洋型

三 「河合説」を判定する

四 天女と鳥

五 ヤマトタケルの悲劇

 

第五話 影や悪の元型

一 動機なき殺人

二 理由なき破壊

三 理由づけの心理

四 破壊の心理学的意味

 

『ユングと学ぶ名画と名曲』朝日新聞社、 2003年、1700円┼税

 

目 次


ムンク 分裂病と画家

 1 不幸な母体験

 2 分裂病からの脱出

 3 統合への努力

 

モーツァルト 『魔笛』に見る成熟と個性化

 1 ストーリーに矛盾?

 2 豊かな元型的イメージ

 3 排除された「悪」

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ 二母元型と永遠の少年

 1 フロイトの着眼──複数の母を持つ

 2 ダ・ヴィンチの母イメージ

 3 悪い父イメージの影響

 

マリア信仰 受胎告知図の心理学

 1 マリアと天使の位置関係

 2 異端と正統

 3 マリア信仰の底流

 

ワーグナー 『パルジファル』の救済

 1 聖杯伝説とは

 2 中世の元型的世界

 3 単純化による深化

 

ヘンリー・ムーア 家族崩壊の予感

 1 母と子

 2 不安の時代に

 3 自我の挫折

 

 

 宣伝広告風に、各章の見どころを紹介します。

 第一話。分裂病の体験がムンクの作品にどのような影を落とし、どのように作風を変化させたか。あの有名な「叫び」は、作中の人物が叫んでいるのではないよ。では、あの顔は何を表わしているの?

 第二話。モーツァルトはフリーメイスンの会員だった。座長で歌詞を書いたシカネーダーも同じくフリーメイスンの会員だった。二人でフリーメイスンの思想やシンボルを『魔笛』の中に織り込んだ。その内容とは?

 第三話。レオナルドは二人(フロイト説)どころか四人も「母」がいた。彼がどんな「母」のイメージを持っていたかを作品から探り、「モナ・リザ」の微笑の謎にせまる。彼は「母」から離れられない「永遠の少年」タイプで、いろいろと始めるが、物にできない性格。それに意外に残酷なところがあった。

 第四話。キリスト教の受胎告知図には、天使とマリアの位置関係に注目すると、天使上位とマリア上位の二種類がある。それは心理学的に何を意味しているの?

 第五話。ニーチェは『パルジファル』を見て「キリスト教的だ」と怒ったが、キリスト教的でないところもたくさんあるよ。ではそのキリスト教的でないところは何を意味しているの?

 第六話。ムーアの彫刻は、初期の「母」を表わすものが有名だけど、その後家族を扱うようになり、さらにその後「退行」または「挫折」を表わすようになる。それは何を意味しているの?

 

カラー写真のサービス 

 費用の関係で本の中でカラー写真を使うことができませんでしたので、ここにカラー写真を収録しました。本を読むときに見ながら味わってください。

 

第一章 ムンク

 
病める子(p.6)(林道義編『ユング心理学の応用』みすず書房、以下同じ)

 
吸血鬼(p.13)

 
サロメ(p.14)

 
叫び(p.17-18)

 
声(p.18)

 
太陽(p.21)

 
人間の山(p.31)

第二章 モーツァルト

 
 

 

フリーメイスンの入会式(右端がモーツァルト)(p.41)

 (井上太郎『モーツァルトの「いき」の構造』新潮社、p.170-172)



第三章 レオナルド・ダ・ヴィンチ

 
聖アンナと聖母子(p.65)

 

第四章 マリア信仰

  
ティツィアーノ「受胎告知」(p.99)

 
フィリッポ・リッピ「受胎告知」(p.99)

 
ファン・デル・ウェイデン「受胎告知」(p.100)

 
パヴィア(イタリア)のチェルトーザ僧院の正面祭壇のレリーフ(p.102)

 
フラ・アンジェリコ「受胎告知」(天使上位)(p.109)

 
フラ・アンジェリコ「受胎告知」(マリア上位)(p.109)

 
アインジーデルンの黒マリア(p.120)

 
アインジーデルンの黒マリア(p.120)

 

書評

『産経新聞』平成15年5月18日

作家・精神科医 小林司

 深層心理学の研究家、東京女子大教授、日本ユング研究会会長による、芸術案内と聞いただけで、単なる美術鑑賞ガイドではないことがわかる。

 内容は、平成十年に新宿の朝日カルチャーセンターで行われた六回の講義が基になっており、ムンク、モーツァルト、レオナルド・ダ・ヴィンチ、マリア信仰、ワーグナー、へンリー・ムーアの六項目が採りあげられている。

 私は美術ファンなので、各国の美術館を随分見て回ったが、こういう本をもっと早く読んでいれば、印象も変わったのではないかと残念だった。例えば、スペインのバルセロナ郊外の修道院で黒い顔のマリア像を祭ってあるのを見たのだが、「アフリカに近いからアフリカ製かもしれない」などと形而下的な推定をして済ましていたことが、今になると恥ずかしく思い出される。

 ユング心理学は、「元型」とか「太母」「アニマ」「個性化」などという独特の術語が出てきて、理解しにくい面がある。しかし、この本のように、具体的な作品を例に引いて術語を説明してもらえると、文章だけによる場合と比べて、遥かにわかりやすい。

 ムーアの彫刻を私も少なからず見たが、制作年代順に見ると、時代精神を反映して、母性の欠如がいろんな形で示されており、プラスの太母、マイナスの太母などの元型的イメージに充ちているとは、思いつかなかった。

 このような解説は、ユングの学説にいかに精通していても、芸術に対する鋭い感性がなければ書けない。両方に通じている著者にして初めて説得力のある本ができたのだ。

 ムンクの「叫び」が統合失調症の幻聴を示す絵だということには誰でも気がつくが、女性についてのムンクの考えを元型的イメージから説明するのは、さすがである。

 フロイトやユングを抜きにしては現代思想を語ることは出来ない。思想がどのように芸術に現れているかをユングの分析心理学の立場から解説した好著だと思った。

 

『東京女子大学学報』平成15年9月25日号

東京女子大学教授 佐々木涼子

 誰もが知っている絵画やオペラ、彫刻などの名作を、ユング心理学の考え方で謎解きしようという試みである。

 取り上げられているのはムンクの『叫び』、モーツァルトの『魔笛』、レオナルド・ダ・ヴィンチ、中世の数ある『受胎告知』、ワーグナーの『パルジファル』、そしてへンリー・ムーアの作風の変化。

 これらの作品ならよく知っているし、その芸術的な意味も分かっていると思われるかもしれない。だがちょっと待ってほしい。この本が解き明かすのは、あなたがよく知っているつもりの傑作たちの、さらに奥深い世界、知られざる表情である。たとえば『モナ・リザ』を描いたダ・ヴィンチが二人の母を持つ「永遠の少年」だったとか、ヨーロッパ各地にある黒いマリア像に見られる土着の地母神的な性格など、目からウロコの驚きとともに、なるほどと深く納得させられる感動がある。

 読みやすいのもいい。朝日カルチャーセンターでの講義をもとにしているだけあって、とても平易でのりのいい話し言葉である。社会に向けた大胆な警鐘に交じって思わぬユーモアもあり、楽しみながらいつのまにか多くを学ぶことができる。

 あまり面白かったので、今度はこの書物そのものをユング心理学で分析してもらいたいような気分になった。著者、林道義氏について、旧知の私たちでも目からウロコという奥深い謎解きが展開されるかもしれない。

 

『無意識への扉をひらく ── ユング心理学入門シリーズ (1)』PHP新書、2000年6月、660円+税

 「ユング心理学入門シリーズ」全三冊の第一冊目。入門だけで三 冊という試みは前代未聞だと思う。それはつまり徹底的に分かりやすく、また丁寧に 説明しているからである。これまでの入門書は、書いている者もよく分かっていない のに定義をならべただけのものが多かったが、この本は著者が心の底から納得した理 解をもとに書いている。その意味で「中学生にも分かる解説」になったと自負してい る。

 と言うと、「内容が初歩的だ」とか「程度が低い」と思われがち だが、内容はたいへんに高度である。すなわち今まで分かりきっているとして説明さ れてこなかったことについて、丁寧に説明している。たとえば、「心はイメージだ」 とはどういうことかについて、また「自我とは何か」「元型とは何か」について、こ れまでにはなかった説明の仕方をしている。また「夢やシンボル」を解釈する方法に ついて、従来の方法の間違いを明快に批判し、正しい方法を提示している。< /P>

 「そういう意味では、すでに入門が終わったと思っていたことが 、間違いだったと気づいてもらえる内容になっていると思う。」(まえがき)

 ユングマニアの人はえてして「入門は終わった」と思い込んでい るものである。しかし「入門は終わった」と思っている人でも、じつは基本的なとこ ろが分かっていない人が多い。たとえば、「自我とは何?」と聞かれて、単に定義を 言うのではなくて納得のいく説明をできる人はまずいないだろう。 その他、ユング についての常識だと思っていたことで、間違いだったということも多く指摘されてい る。

 なおユングの父体験と母体験を検証し、それが彼の人格と学問の 形成にとっていかに大切な意味を持ったかを、丁寧に辿っている。

 「ユング心理学はじつに豊富な内容をもっており、汲めども尽き ぬ面白さがあるが、いろいろと誤解を受けやすかったり、理解しにくい面もある。

 そういう複雑多彩な内容を解きほぐして入門をはたすためには、 一冊では決定的ノ不十分であり、この三巻シリーズでもまだ足りないくらいで、残念 ながらカットした内容も少なくない。しかし、これならユング心理学の多彩な内容に 対応できたと思う。」(まえがき)

 

目 次

第一話 心とは何か、無意識をどう捉えるか

第二話 ユングの母体験、父体験

第三話 自我とコンプレックス

第四話 元型とは何か

第五話 夢とシンボル

 

 なお、本書について、ユングネットの中で書評や感想を述べてく ださった人たちの文章を、ユングネットとご本人たちの承諾を得て、ここに引用させ ていただきます。それらの中には、私が自分では意識していなかったメリットなども 指摘されており、適切な紹介になっています。参考にしてください。

 

S.S.氏の書評

 林道義先生の『間違えるな日本人!』(徳間書店)に「秋山さと 子と河合隼雄が日本のユングをおかしくした」、「ユングはそもそも合理的である。 」という発言があるのを読んで、私は林先生の本を繙いて、ユングを一から学びなお そうと決心しました。

 思えば、私のユングとの出会いは20年ほど前の高校1年生のとき に秋山さと子さんの講談社現代新書から出ている入門書(題は忘れてしまいました) を読んだのがきっかけだったと思います。それから、ユング自伝と河合隼雄さんの本 を何冊か読んで、けっこう時間とお金を投資したと思いますが、読んだ内容はほとん ど覚えておりません。

 おそらく理屈っぽい(またの名を「論理的」という)私の性に合 わなかったし、納得できなかったから記憶に残っていないのだと思います。< /P>  そこでこの新たに読み始めたユングの入門書『無意識への扉をひらく』(PHP新 書)ですが、これは一言で言って、極めて『論理的』な書物だと思います。今までの ユングの解説書とは質的にまったく異なっております。

 どの章を開いても、必ず最初にキー・センテンスがあり、そして これに続く文(サポート・センテンス)でこれを補強または論証しております。これ は、論理性を重視する英語の論文と同じ構造です。

 例えば、第4話「元型とは何か」でまず「元型とは心の動きのパ ターン」、第5話「夢とシンボル」では、「シンボルとは意味の分からないもの」と まず、キー・センテンスを上げて、それを詳細に説明していってます。

 私のようなせっかちな者には、このパターン、言いたいことが一 番最初に出ていて、大変理解しやすいです。日本人の論文やプレゼンって、基本的に 「言いたいことはオブラートに包み、また文頭でなく、文書の中間のどこかに紛れ込 ませる」という手法を取るので(「宝探しごっこ」みたい!)、読むのにストレスが かかります。

 それにしても、この入門書は中学生でも分ることを意図して書か れているそうですが、それでも決して内容的にレベルの低いものではなく、著者のユ ング研究の最新の成果が盛り込まれているようです。例えば、第4話「元型とは何か 」で−- 私も、20年余り元型に取り組んできて、『元型論』というユングの論文 集を翻訳したのが18年前。そのときも十分分かっていたとは言いかねるが、それ以 後ずっと考え続け、「あぁ、元型とはこういうものだな」と得心が行ったのが5年ぐ らい前のことである。分かってみるとじつに簡単なことで、だいたい真理というのは 簡単なものかもしれない。−− と発言されてますが、ここにその15年(20年− 5年)の成果を惜しげもなく披露されているのです。さすがは林先生、ライオンのご とくウサギを捕まえるときでも、全力を尽くすということですね。

 それに中学生にも分かる入門者なのに、秋山さと子さんや河合隼 雄さんというユング心理学の「大御所」をさまざまな論拠をしめして、論駁されてい ます。これを読んだ中学生はさぞや、ディベートが得意になるでしょう。

 

T.W.氏の感想

 林さん、お早うございます。『無意識への扉をひらく』を一昨日 、購入してまいりまして、読み終えましたので同書に関してアップ致します。最初「 研究」と付けようかと思ったのですけども、あまりにおこがましいので「感想」とい うサブタイトルにしました。以下、生意気な所もあると思いますけどもご容赦下さい 。

 全体的に平明な語り口で、文章に慣れている中学生ならば、読め ると思います。ただ、やはり内容がユングですので、第三話と第四話は読み込みが必 要でしょう。「説明する者が本当に自分自身で心の底から納得して分かったと思うこ とを、平易な言葉でくだいて説明しなければ、読者がよく理解できるようにならない 。(P3)」という趣旨が全体を覆っていると感じました。

 林さんがテレビ番組「発明大将軍」が好きだとか、ブルドッグを 見て「空笑」をした等(意外な側面が続出(^^;)が書かれており親しみ安い内容にな っています。雑談かと思いきや、ちゃんとユングの説明になっているのには感心しま した。入門書なのに全部で三冊というボリュームで後の二冊が楽しみです。

 さて、元型に関してナすが、同じく入門書のように思える「ユン グ(清水書院)」と比較すると、十数年の歳月が流れているだけあって、こなれてい ると思いました。基本的には「ユング思想の真髄(朝日新聞社)」の初心者版という印 象を受けました。「なかなか説明が難しい(P154)」と前振りをしておきながら、一 気に元型を「心の動きのパターン」として解説してしまう辺り、大胆というか何とい うか!!「元型」と「元型イメージ」という一般的説明に関して述べてから、「心の 動きのパターン」という解説が流れなのでは・・と、思いました。流石「元型とは何 かについて(中略)これまで十分に説明されていなかったこと、または正しく説明さ れてこなかったことが、まったく新しく捉え直されている」と書かれているだけあり ます。僕は「ユング思想の真髄」を読んで「心の動きのパターン」という捉え方に驚 きかつ納得したのですが、この本からユングに入った人は逆に「元型イメージ」とい う言葉に違和感を持つでしょう。複雑なユング自身の表現を簡素化したので、「中学 生にも分かる」のは確かです。入門書としては斬新な部類に間違いなく入ると思いま す。

 

T.S.氏の感想

 私も「無意識の扉をひらく」の感想をアップしたかったので、W さんの尻馬に乗らせて頂きます。

Wさん:

 全体的に平明な語り口で、文章に慣れている中学生ならば、読め ると思います。ただ、やはり内容がユングですので、第三話と第四話は読み込みが必 要でしょう。「説明する者が本当に自分自身で心の底から納得して分かったと思うこ とを、平易な言葉でくだいて説明しなければ、読者がよく理解できるようにならない 。(P3)」という趣旨が全体を覆っていると感じました。

 これは私も同感です。 内容がユングだけに、いくら説明が平易 に成されていても、中学生にはしんどいなぁ、とは思いますが、「中学生にも理解で きるように」という配慮は充分だと思います。

 これに由来するんでしょうね、どこだったかは今同書を弟子に貸 していて、手元に無いので具体的に示せませんが、「元型的意味での学校の先生」と いうか、父親がというか、、、子供なり教え子に、心血注いで教え込んでいる口調に なっている段がありましたね。

 これを読む直前に『父性の復権』を読んでたので、父親元型イメ ージを私が投影していただけなのかも知れませんが、「おっ! 林さん、先生口調に 成ってるわ。」思ってしまいました。いや、実際「教え子にこんな風に接していはる んやろなぁ。 彼女達、羨ましわ。」と、その風景を外野から見ている空想が浮かん できました。

Wさん:

  林さんがテレビ番組「発明大将軍」が好きだとか、ブルドッグ を見て「空笑」をした等(意外な側面が続出(^^;)が書かれており親しみ安い内容に なっています。雑談かと思いきや、ちゃんとユングの説明になっているのには感心し ました。

 そうですよね。 脱線しているエピソードが結構面白いんですよ ね。 後書きにあるように、PHPの編集部の人が「面白いので残しておいたほうが良 い」と仰ったそうですし。

 それがちゃんとユングの説明に上手く繋がっているんだから、「 参りました!」です。

 私も続刊が待ち遠しいです。

 

 

 

『心のしくみを探る── ユング心理学入門シリーズ(2)』 PHP新書、2001年1月、660円+税

 

目 次

第一話 自我と影

第二話 太母と英雄

第三話 心理的タイプ

第四話 心の中の異性像

第五話 神と人のドラマ

第六話 対立物の結合とマンダラ

 

読書感想(30代男性)

 『心のしくみを探る ユング心理学入門2』の感想をお送り します。どうぞ、御笑納ください。

 まず本書を読み出して感じたのは、言葉表現のこなれている 点です。

 本シリーズの上巻『無意識への扉をひらく』を読んだ時にも 、その説明の巧さ、これはひとえにユングに対する造詣フ深さ故であると感じたので すが、この上巻の印象が色褪せるくらいに本巻の巧みさ(つまりは、読み易さ=納得の いきやすさ)は秀逸です。

 本巻と比較すると、上巻『無意識への扉をひらく』は学問的 厳密さを期そうとする態度が少々の回りくどさを感じさせなくもない、少なくとも学 問的記述に慣れていない人には、或る種の堅苦しさを感じさせるのではないかと思え ました。むろん、上巻が読み難くいのではなく、本巻が読み易いということなのです が。

 読み進むに連れて、いよいよこの印象は強くなり、読み終わ った処で、この説明の巧みさは、単に説明(の言葉)が巧みなだけではなく、巻全体の "構成力の高さ"の故だと分かりました。

 この点に気付くと、先に述べた上巻の"或る種の堅苦しさ"は 、本巻へ繋げる為の伏線として、学問的前提理解という働きとして重要で、それ故に 多少の堅苦しさを感じさせることは覚悟の上での"必要な学問的手続き"だったことが 分かります。

 これ抜きには本巻の読み易さは成立しないと言え、この"上 巻と中巻(本巻)との繋がり"という点に於いても"構成力の高さ"を、まざまざと見せ 付けられたと思います。

 

 ここから、上巻を読んでイマイチその内容が咀嚼し切れていな い人は、本巻を読んでから、改めて上巻を読み直すと良いかも知れないと思います。

 本書は出だしから最後まで素晴らしく"頭から尻尾まで棄て るところの無いくじらみたいな本"なのですが、全てを網羅しようとすると際限なし に成ってしまうので、特に「タイプ論」と「アニマ、アニムス」に関する部分に絞っ て述べて行きたいと思います。

 前者は、今までその大多数が"思考機能"の説明から入ってい たユング心理学の解説書の中にあって、"感覚機能"の説明から始め、続いて"直観機 能"、"感情機能"、"思考機能"の順(今までの多数派とは逆の順序)で説明が進められ る。

 今まで"思考機能"から説明がなされる事が殆どであったのは 、幾つか理由があり、まずは、"思考機能"がいちばん言語化しやすい(これは、もっ ぱら言語活動というものが"思考機能"の産物であることの故)のが一つ、本を著わす 人というのは"思考機能"が優位(でなければ本を著わすという作業はより多くの苦労 を強いられる)の人が殆どあるというのが二つ、元々のユングが『タイプ論』の中で" 思考→感情→感覚→直観"の順で説明してるので、これに倣ったのだろうというのが 三つ目。

 第三は"単に習慣的"にそうなっていたのだろうとして、一先 ず置いておくとして。 前二者について考えてみると、過去のユング心理学の解説書 (及びその類書)に於いては、"思考機能"が単に最初に触れられているというだけでな く、これ(とカウンター・バランスである"感情機能"の"合理機能のペア")の説明に割 かれるページ数も多いというケースが多く、これに比して"感覚-直観の非合理機能の ペア"の説明はイマイチ量的にも質的にも不足なものが少なくなかった。

 これらのことが組み合わさり、そうとは言ってはいないもの の、「四つの心理機能の内で"思考機能"が一番優れている」かのようなムード作りに 加担し(このムードは言論界、思想界、社会一般に広く流れているものであり、ユン グ心理学に限ったことではない)、"思考機能"が劣等な者、他の機能が優勢な者に、 なにか引け目のようなものを感じさせる結果を、そのような意図は無かったにせよ、 作り出していたと言えます。 他ジャンルならともかく、殊ユング心理学において、 このような読み手のコンプレックスに触れてしまう可能性に対する配慮を忘れている となると、また著述家の殆どがカウンセリングの臨床現場に身を置く者であることを 考え合わせるとA由々しき問題と言わざるを得ない。

 この点を著者である林先生が意識していたかどうかは、ご本 人に確かめた訳ではないので定かではないですが、この配慮が働いていると私は感じ ました。

 前巻同様、具体例が適宜になされ、例えば"内向的感覚型"の 説明にゴッホやシャガールを挙げたり(私はシャガールの絵が大好きなので、非常に 共感できました)、"外向的感覚型"の説明にゼミ旅行での生徒が"風呂桶の数を憶えて いたエピソード"を紹介したり、また"内向的感情型"の説明にジャン・ジャック・ル ソーの例を引いたりなどは、読者が実感を伴って理解しやすいよう工夫が凝らされて いるなぁと思うのは当然の事として、更に普段から意識しているからこそ、こういう 実例の数々に気付くのだろうと、"意識化"の大事さをもウえてくれていると思いまし た。

 "タイプ論"に関して、今までのものは、劣等機能に重きを置 きこの劣等性を如何にフォローアップするかにばかり話題が行きがちだったんだぁ、 というのが今回本書を読んで思った事の中で一番痛感した点です。 つまり「劣等機 能に着目しこれがマイナス作用とならないよう工夫(意識化)する事は必要なのだけど 、こっちを忘れちゃいけないという、これ以前にしておかないといけない事があるん だよ。」と言っているように思いました。

 これは

 ルソーの例から、私たちは次のよ うな教訓を引き出すことができる。それは「大事なときには自分の優越機能を使うべ きだ」ということである。人生の分岐点、たとえば職業を選択するときや、恋人と結 婚しようかどうか決断するときには、優越機能を有効に働かせるべきである。思考が 優越か、感情が優越か、直観が優越か......。どれが自分の優越機能かを知っておい て、優越機能で判断してほしいのである。(P116)<

という指摘に端的に顕れているように、"まず優越機能を十二 分に活用せよ!"であるように思います。

 活用するには、その能力を伸ばし洗練する必要があるわけで 、はっきりこうと(本書の中では)林先生は言ってはいないものの、暗示していると言 って差し支えないでしょう。

 平たく言えば"才能を伸ばすことが大事"と言っているわけで 、こう言われると「なんだ、当たり前の事を言っているに過ぎないじゃないか」と流 してしまいがちですが、その当たり前が"ユング心理学の視点"からも言えるという点 が重要なのであると思います。

 実はこの指摘には、戦後(特には1970年以降)人格未熟者を多 く輩出している責任の一端として、教育界が抱える問題を解く鍵があるように思いま す。

 70年代以降顕著になった「徒競走の順位を着けるのを止めま しょう!」というのに象徴される"平等教育という名の均質化"(=結果平等重視の悪平 等主義)は誤っているという指摘は、各界から少なからず挙がっているものですが。" 劣っている者をフォローする事を、優れている者を押さえ込む形で(見かけを平均化 することで)達成しようとしている"というもので、これは一種の誤魔化し(安直に帳 尻を合わせただけ)で方法論的に間違っていると言えます。

 これに先の述べた、今までのユング派の識者の少なからずの "優越機能を伸ばす事の必要性の力説より、劣等機能のフォローに力点が傾きがちだ った傾向"を重ね合わせると、見事な符号が見られると思います。

 "優れているものを劣っているものを基準に平均化する形で 帳尻を合わせる"とは、"劣等機能はもとより優越機能をすら未熟なままで放っておく "ことを意味し、これでは人格未熟者を大量生産して当たり前です。これに今までの ユング派の識者(事実、その多くは教育界に深く関係している)も一枚加担していたと 反省すべきのように思います。

 "アニマ アニムス"の記述の章は、今までのユング派の分類 、説明に囚われることなく、オリジナルの分類、説明を披露し、これも至極納得です 。

 林先生が以前から力説していた「エマ・ユングが"アニムス は複数だがアニマは単独"と言っているからとて、皆これに右に倣えの説明でおかし い」「私の実感、経験から言って、アニマも複数存在する」というのを具体化したと 言えると思います。 私の経験、見解からしても、これは賛同、支持したい見解です 。 私の経験でもアニマは複数(場合によれば同時に複数)存在しますので。< /P>

 また、そのオリジナルの分類、類型化は、その賛否、妥当性 はともかく非常によく錬られた印象を強く持ちます。 実際、妥当性はかなり高いと 思います。

 察するに林先生自身の臨床経験に基づいて析出されたもので あることは、ほぼ間違いないように思い、だからこそ妥当性、説得力を持つのだと思 います。

 特に

 「アニマはエロス的なものであっ て、アニムスはロゴス的なものである」という説明もあるが、このような単純化は間 違いである。というのも、アニマにもロゴス的なものもあるし、アニムスにもエロス 的なものがある----というよりは、アニムスも本来エロス的なものだからである。( P126-127)

は正しい。

 以下の一カに、この本に置ける林先生の主旨が端的に顕れて いると思います。

 ユング心理学の神髄は意識と無意 識の両方を大切にするところにあり、とくに両者の関係に注目するところに特徴があ る。

 無意識を調べるのは面白いので、 つい無意識だけに関心が向きがちである。それに対して自我意識を育てる仕事は地味 だし苦しいので、あまり歓迎されない。しかし両者を大切にし、両方の関係を調整し て統合するのがユング心理学の目標なのである。( 「はじめに」より)

 

 

 

『心の不思議を解き明かす ── ユング心理学入門シリー ズ(3)』 PHP新書、2001年6月、660円+税

 

目 次

第一話 神経症の不思議

第二話 分裂病の不思議

第三話 錬金術の謎を解く

第四話 個性化の不思議

第五話 ナチスの不思議

 

 

 

 

C・G・ユング著『元型論』[増補・改訂版]、林道義訳、 紀伊国屋書店、1999年、5600円┼税 

 

 旧訳の『元型論』(1982)と『続・元型論』(1983)を合本 して一冊にし、徹底的な改訂をほどこすとともに、新たに「心の本質についての理論 的考察」を付け加えた。この論文はユングの元型論として、また学問方法論として、 また共時性理論として最も重要な論文である。

 さらに「修道士クラウス」も加えられ、しかもクラウスが見た幻視をもと に描いた絵をカラーで収録したので、ユングが論じていることが明確に理解できるよ うになった。

 その他ダ・ヴィンチの絵などのカラー口絵とともに、50枚もの図版が収録 されていて、本文の理解に役立っている。詳細な訳者解説がなされている。

 さらに新たに人名索引と事項索引が加えられた。

 

目 次

1 集合的無意識の概念

2 集合的無意識の諸元型について

3 元型 ─とくにアニマ概念をめぐって

4 母元型の心理学的諸側面

5 母娘元型 ─デメテル=コレー神話

6 童子元型

7 トリックスター元型 ─インディアン神話によせて

8 精神元型 ─おとぎ話に見られる

9 心の本質についての理論的考察

付録 修道士クラウス

訳者解説

索引

 

 

『図説ユング』河出書房新社、1998年、1800円┼税

 ユングの一生を伝記的に辿りながら、学説の発展を解説した 、絵で見るユング入門書である。

 豊富な写真や絵が収録されており、今まで日本で紹介されな かった珍しい写真や著者自身による貴重な写真も入っている。ユング自身が描いたマ ンダラなどの美しい絵も豊富に収録されている。

 絵や写真が非常にきれいに仕上がっており、美しい絵を見な がら楽しくユング心理学を学ぶことができる、よくできたユング心理学入門書である 。伝記的な面に重点を置いているので、ユングの一生を概観できる所が特徴である。

 

目 次

1 祖先と紋章

2 父母の影響

3 幼少年時代

4 精神医学への道

5 フロイトとの関係

6 無意識との対話

7 アニマ体験

8 方法論的基礎を確立したタイプ論

9 異文化との出会い

10 塔の家

11 文学者との接触

12 一九三〇年代

13 ユングにとっての東洋

14 臨死体験

15 ユング研究所の設立

16 晩年

17 地下茎に帰る

ユング年表

参考文献

 

 

『ユング思想の真髄』朝日新聞社、1998年、 2200円┼税

 

 本格的なユング思想の研究書である。ユングの業績を単にユ ング心理学として捉えるのでなく、全体的な思想として捉え、その成立と発展を辿り ながら、できるだけ深い理解を目指した。

 とくに方法論や元型論を研究した部分は、我が国においてだ けでなく世界的にも手薄な分野であり、ユング派の中では希少価値だと自負している 。

 方法論については、ユングの方法論がマックス・ウェーバー のそれに非常に近いということを明らかにした点が功績と言えよう。また元型論の研 究は世界的に手薄な分野であり、他の追随を許さないものと自負している。< /P>

 心理学者は言うにおよばず、哲学者や、方法論に関心を持つ 社会科学者、宗教学研究者、思想史研究家などに、もっともっと読んでほしいと思っ ている。

 「はじめに」の中に本書の特徴がよく出ているので、以下に 引用する。

 

はじめに

 ユングの業績には、思想的にも方法論的にも非常に価値の高 い内容が含まれているが、その真髄はこれまでほとんど明らかにされてこなかった。 それはユングの仕事が「ユング心理学」という形で理解されてきたことと決して無関 係ではない。

 しかしユングの仕事を「心理学」と呼んだのでは、その実態 からあまりにも離れてしまうだろう。なぜならそれは決して「心理学」という限られ た範囲に限定できるものでもないし、また彼の業績の中で心理学がその中心を占める というものでもないからである。ユングの体系の中で心理学は哲学や宗教学、神話学 、等々と渾然一体をなしていて決して切り離すことはできないし、また心理学が中心 で、そこにいろいろな学問を取り入れたというような単純なものでもない。心理学の 部分も、さまざまな学問と融合することによって、従来の心理学とはかなり異なった ものになっている。

 このようにユングの業績は「心理学」という言葉からふつう に理解されるような狭いものではなく、精神史、哲学、神話学、宗教学など、広い分 野にわたる学問・思想を含んでいる。したがって、その真髄を明らかにするためには 、心理学的なアプローチだけでなく、幅広い文化的な視野をもちつつ、高度な哲学的 方法論を理解できる教養が要求される。

 ユングの業績は「心理学」というよりは「思想」というのが 適当であるが、しかし一般に「思想」という言葉からくる印象ともずれている。とい うのは、「思想」には人間とは何か(世界とは何か)というseinの把握と、人間はど うあるべきかというsollenの提案とが一体をなしているものであるが、ややもすると seinの把握が学問的に不十分になるきらいが見られる。しかしユングの場合、seinの 把握をできるかぎり経験科学的に進めようとしながら、「思想」と「学問」とを密接 に結びつけているのが特徴である。

 要するにユングにおいては、ふつうに考えられている「思想 」よりははるかに、学問的裏打ちをしなければならないという意識が強い、逆に、「 学問」に思想的ないし哲学的性格が強く加わっているということもできる。そういう 意味も含めて、私はユングの業績を「思想」と呼んでいるのである。こういう意味あ いの「思想」としてユングの業績を捉え、その真髄を明らかにしようというのが、本 書の意図である。したがって書名を「ユング心理学の」としないで、「ユング思想の 」としたことには大切な意味がこめられているのである。