C・G・ユング研究

7 秋山さと子氏の自己分析への疑問


   (『ユング研究』10号、1995年5月、から抜粋)

 

 秋山さと子氏は日本における最も有名なユンギアンの一人であり、ユング 心理学の紹介者・解説者として絶大な影響力を持った。彼女の影響は死後の今も衰え ることなく続いている。

 しかしそのユング理解が根本的なところで間違っているため、彼女の言論 活動は人びとが自らの心と真剣に対決し、現実と真正面から対決することを避けさせ ることにしかならない。

 秋山氏のユング誤解は自分の心の問題から目をそむけ、いまのままの状態 を正当化するためのトリックである。せめて彼女が自分の心の中だけで、その操作を しているのであれば、害はない。しかし自己を正当化するための理屈を一般的真理の ように説教して歩き、その理屈にもとづいて分析(カウンセリング)活動をするとな ると、その危険は測り知れないものとなろう。

 彼女は自己分析の本を二冊も出している。そこで述べているのは、すべて 自己正当化の論理である。それが本物の自己分析だと思う人も多いどころか、「翔んでる女性」「女性の中の英雄」と称賛する女性たちも少なくない。

 しかも彼女はつねに「チューリッヒで四年間も学んできた」ユング派の分析家であるという権威をひけらかしながら語るのである。いったい彼女には分析家としての資格があるのであろうか。

 

一 自己を正当化する分析家?

 

 秋山氏は正規のユング派の分析家としての資格をもっていない。四年間も ユング研究所にいて、取れなかったのか、取らなかったのか。今となれば彼女は、そ んなものを初めから取るつもりはなかった、そんな形式よりも、実質を学ぶことが大 切よ、と言うにちがいない(後述)。チューリッヒのユング研究所の分析家の資格が 内容とかかわりのない単なる形式だというのは極論であろう。内容ぬきの形式という ものはありえないのだ。チューリッヒが秋山氏に資格を与えなかったのには、それな りの理由があるはずである(後述)。

 しかし日本のユング派は実力主義の立場に立っており、実質的に資格があ れば、正規の資格をもっていなくても他人を分析し、指導的な発言をすることが許さ れている。なるほどこれも一つの見識であり、立派な考え方であろう。私はむしろそ の方に賛成であり、そのおかげで私も発言が許されているようなものである。しかし そのように実質主義・実力主義の立場に立つなら、一人一人のユング派(少なくとも リーダーとして活動している者)のユング理解が公の場で吟味されなければならない 。自由に議論がなされる公開の場で、実質的な資格審査がなされねばならないであろ う。実質主義をとりながら相互批判を禁じたり、不可能にさせる雰囲気がかもし出さ れるとなると、そこには最悪の無政府状態と隠れた権威主義とがはびこることになら ざるをえないであろう。

 秋山氏は『夢診断』(講談社新書、1981年)の中で、チューリッヒ時代の 自分の夢を自己分析している。そのころは分からなかった、それらの夢の意味が、今 になって分かった、というのである。それらの夢は「すべて、固い老女の心に覆われ て、死にかけていた私の中の永遠の少女のイメージの復活を意味していた」(1)。こ れに気づいた彼女は「忘れていた子どもの世界にもう一度興味をもつ」ことになる。 子供専門家の誕生である。なるほどそれらの夢は「子供」をめぐっており、「子供」 のもつ問題性が彼女の心の中心を占めていたというのは本当かもしれない。しかしそ れがただちに「生きる力としてきらめきを放つ心の中心であり、自己そのものといえ る」(2)であろうか。このイメージによって彼女には突如として創造性が花開き、今 の大活躍を支えていると言いたいようである。しかし、われわれは彼女の「創造性」 とやらの内容の空虚さと間違いとを、すでに検討してきた。彼女の「子供」のイメー ジが「自己そのもの」だという彼女の自己申告をそのまま信ずるわけにはいかない。 しかも我々には「永遠の少年」イメージのマイナス面について充分に知っており、彼 女の言動がそれに驚くほど合致することも知っている。彼女の楽天的な自己分析は眉 つばものではないのか。

 子供の問題が彼女の心の中心を占めていたというのは本当かもしれないと 述べたが、実はそのことも疑わしいのである。彼女は種々雑多な夢の中から、意図的 に「永遠の少女」のテーマに関わるものだけを選ぶこともできる。彼女の自己分析が いかに手前勝手なものかは、次の例で明かであろう。

 彼女が得意げに紹介している一連の自分の夢の中に、『紅楼夢』の主人公、宝玉の出てくる夢がある。それは次のようなものである。

 

 宝玉を主人公にした小説をかいているところで、一人の老婆が寝室にしのびこみ、短剣をふりあげて宝玉を殺そうとする場面を描写していた。ここまで書いてから、小説の主人公を殺してしまったら、先が書きつづけられなくなると思って、宝玉の隣に屈強な男性が寝ていたことにして、老婆が剣をふりおろそうとする瞬間に、この男性が目ざめて宝玉を救うことにしたという筋である。(3)

 

 彼女はこの夢について「この少年は無意識の命ずるままに殺されたほうが よかったのだろうか。それとも、絶対に助けるべきものだったろうか」と問いを発し た上で、次のように「分析」している。

 

 もし、この少年が私にとって大事な存在であるならば、彼を殺そうとしているのは、ユング派を代表するような女性であった。これはもしかしたら、この学問は危険だという警告とも考えられるが、ユング心理学のどこがそんなに危険なのだろうか。  (それとも)夢の中の彼女はもしかしたら、現実のその人のことではなく、私自身のシャドウかもしれない。そうであるならば、老婆の示した攻撃性や悪魔的なものは、現実の彼女自身とは関係がなく、こちらが無意識的に心の中にもっているも ので、それを彼女の上に見たのかもしれない。  現実にも、この人を恐ろしいと感じたが、それは現実の蔭に隠されているものを見抜く鋭い直感なのか、あるいは、私自身の問題、たとえば抑圧している攻撃性や悪魔性、あるいはホームシックも手伝った不安な心が、意識を覆って、こちらが勝手にそう感じたものだったろうか。(4)

 

 これで彼女の(この夢に対する)自己分析は終わりである。少しでも本気 で分析とか心理療法に関わっている者から見たら呆然とするような無内容さである。 本物の分析とは、「ああかもしれない、こうかもしれない、オシマイ」といった、い い加減なことで済むものではないし、済まされてはならないはずである。もし彼女の 前者の仮定が当たっているなら、ユング心理学は、それを学ぶ者の水々しい少年の心 を殺してしまう危険な面をもっており、その本質が彼女の「鋭い直感」によって見抜 かれたということである。この問題はユング心理学を学ぶ者にとって、「かもしれな い、オシマイ」といって済ませられる問題ではないであろう。それはユングを学ぶこ とをやめなければならなくなるような、大げさに言えば命をかけて対決していかねば ならぬ大問題である。またそれが彼女自身の攻撃性や悪魔性を示すものだとしたら、 それとの対決もまた彼女にとっては恐ろしく苦しい仕事のはずである。しかし、彼女 は、「ああかもしれない、こうかもしれない」といろいろな解釈の可能性を一応は吟 味したようなふりをして、お茶をにごして、用心深く深入りしないようにしている。 こんないい加減なものがユング派の夢分析であるはずがないのである。

 本物のユング派の人間ならば、ここに秋山氏のうっ屈したルサンチマンが 働いているのを見抜くのに、それほど手間はかからない。そのルサンチマンが続いて 次の文章を書かせている。

 

 この問題は、あるいはもっと大きくて、西洋と東洋の違いをあらわしているのではないだろうか。たとえば西洋の自己中心的な、妥協を許さず、寛容ということを知らない固い自我が、東洋的な優柔不断ではあるけれども、やさしく幼い魂を殺そうとしているのではないだろうか。この後、私はH老嬢の講義に出ることをやめてしまったが、西洋的な考え方からすれば、それは自我の弱さからくる逃亡であって・・・」「西洋的な態度は、自分の殻を強固にすることで、融通のきかない人間を作 りあげている」。(5)

 

 しかしこの問題は西洋対東洋という問題ではあるまい。秋山氏は西洋を「 自己中心、寛容を知らない固い自我」と単純に悪者視し、東洋を「つつましい」「や さしい」として美化した上で、自分を東洋の側に置いて正当化しているにすぎない。 西洋と東洋の違いをこれほど雑に単純化することによって、彼女のコンプレックスが 裸のまま表わされてしまっていることに、東洋人としての私は恥ずかしさと、同情を 禁じえない。

 「東洋の女性であり、自分の傷つきやすさを知る私」(6)であるならば、自 分の心を裸のまま衆人の前にさらすことだけは止めるべきである。彼女のH女史への 、ひいてはユング研究所への拒絶反応は、恐らく初めはユングを学ぶ東洋の女性とし て皆からチヤホヤされ(7)、マイヤー氏からも可愛がられ(つまり甘やかされ)てい たのを、急に否定的な評価を受けたことへの、子供っぽい反抗と怨みから来るもので ある。彼女の言動はすべてそのHassliebe(愛‐憎)がもとになっていると言えるよ うである。

 

二 父の影の娘

 

 ユング派であろうが、フロイト派であろうが、分析・自己分析には必ず自 らのマイナス面についての苦しい認識の道を通過するという過程が伴っているはずで ある。しかし秋山氏の自己認識にはそういう側面がほとんど感じられない。というよ り逆に、当然自らの否定面への厳しい自己認識が出てくるはずのところで、必ず勝手 な解釈や詭弁を用いての自己正当化が顔を出す。ユング研究所で四年間も分析を受け 勉強してきた者が、これほどまでに初歩的な誤りをさらけ出すことができるとは、一 体どういうことなのか。私はチューリッヒのユング研究所に対する信頼をほとんど失 いかけていたが、しかしわずかに彼女に資格が与えられなかったという点で希望をも っていた。ところが、最近出版された『チューリッヒ夢日記』(筑摩書房、1985年) を読んで、なぜ秋山氏がつねに自分を正当化する身勝手な解釈を、しかもチューリッ ヒ直伝の解釈と言わんばかりに自信をもって語るのか、その秘密が分かったのである 。

 秋山氏はこの本の中で、日本では女として評価されなかったのにヨーロッ パでは東洋から来た「女性」として大いに大切にされ、もてた様子をうれしそうに語 り、その絶頂として分析者マイヤー氏に破格の優遇を受けたことを得意げに語ってい る。マイヤー氏は分析に関して数々の「ルール違反」を行なったと彼女は述べている 。彼女はこの特別扱いをむしろ喜ばしいものとして得意げに語っている。もちろんル ール違反そのものが悪いというのではない。問題はその性質であり、それが被分析者 にいかなる影響を与えたかである。

 秋山氏が正直に語っているのであれば、マイヤー氏は三つの重大なルール 違反を犯している。第一は時間超過。彼は秋山氏の分析時間を一日の最後にもってき て、ほとんど毎回時間を大幅に超過して「とりとめもないおしゃべりに時がたつのを 忘れ」るほどであった(8)。

 第二は説明。彼女はこう書いている。

 

 ユング派でも、分析家が進んで説明したりなにか言ったりすることはあまりないようで、ひとの話では、この先生もほとんどものを言わず、重みがあって、ただ黙って話を聞いていることのほうが多いということだった。ところが私の場合は違っていて、どちらかといえば先生のほうがよくしゃべった。(9)  ともかく先生はよく話したし、最初のうちは一人一人の登場人物について、『私たちの考えではね、つまりユング派の解釈では・・・』と前置きしながら、いろいろな象徴の意味などをていねいに説明してくれた。

 

 第三は時間外接触。というより、分析時間内と外との区別(境界)の喪失 というほうが正確であろう。分析時間の外で接触しても構わないが、要するにけじめ がついていなければならない、区別がはっきりとついていることが肝要である。しか しマイヤー氏と秋山氏の関係は(あくまで秋山氏の言っていることが正確であるとす れば)分析者と被分析者の関係ではなくなっていた。「その冬、先生の書斎で、私た ちはいつまでも話し続けた。私は五歳の娘のように、先生のひざにかじりついて甘え 、この父親のような恋人の関心を、一身に集めようとしていた。私たちは精神分析の 基本的なルールのほとんどを破ってしまっていた。」(11)そして夏の休暇にマイヤー 氏が一人で滞在している海岸を訪ねて三日間を二人だけで過ごす。「我々の仲は、純 粋な分析関係とは言いかねた。」(12)。このような例外的な分析を体験するというこ とは彼女にとって何を意味していたのであろうか。

 なによりも重大なことは、このルール違反が、被分析者が強く求め、それ に分析者がひきずられて(あるいは逆に積極的意味を見出して)受け容れた、という 性格のものでなく、むしろ分析者の側の主導権によってなされている点である。はじ め何もわからなかった秋山氏にとって、分析者がルールを守るという態度をとれば、 そんなものかと素直に従ったであろう。秋山氏も再三書いているように、彼女はマイ ヤー氏の「父の娘」であり、可愛い末娘の役を演じ、マイヤー氏もまた末娘を可愛が るように彼女との時間を楽しんだのであろう。

 その関係はマイヤー氏にとっては、それまで生きてこなかった側面を経験 することであり、意味のあることであったろう。現実原則を忘れ、ルールも捨て、丁 度父親が長男を育てるときは厳しく鍛えたが、末娘のときはやかましいことは何も言 わずただ甘やかすのと同じような心理的状況が生まれていたのであろう。われわれに は「練達の」分析者と云えるであろうマイヤー氏が、やすやすとそのような崩れ方を するのかと、いぶかしく思われないでもないが、「東洋の女性」への西洋人の一種独 特の憧れは相当強いものがあり、しかも丁度それがマイヤー氏の影の部分を強く刺激 し、恐らく「憑依」と言えるほヌの関係が生まれてしまったのであろう。

< P> 秋山氏は「父の娘」というよりは、正確に言えば「父の影の娘」だったのである 。父の最も立派なところに魅せられ、それに従うのが本来の「父の娘」の心理である が、秋山氏の場合には、マイヤー氏の影の部分に取り込まれてしまったのである。分 析関係の中で、分析者の側のイニシアティブでルール違反が起こるときには、秋山氏 のように特別扱いされたと喜ぶかわりに、むしろ恐れを感じるべきものなのである。 それは逆転移が起きている可能性を意味しているからである。

 しかし秋山氏は現代の時点でもなお、問題の根源がこの点にあったことに 気づいていないようで、無邪気に「父の娘」として可愛がってもらったと喜び、甘い 追憶にひたっているようである。マイヤー氏はじめ、秋山氏を「東洋から来た可愛い 末娘」として可愛がった「老賢者」たちは、「虎の尾をふんでも叱られなかった」こ の「かわいい少女」が、日本に帰ると虎に変身し、太母として君臨することになろう とは夢にも思わなかったにちがいない。しかもこの太母は、リーダーとして他人を指 導したり、他人を分析する能力も資格もまったく学びとって来てはいなかったのであ る。彼女の四年間の分析は、絶対に正規の分析を受けたものとは認めがたいのである 。

 しかしチューリッヒのユング研究所が、このような誤りを黙って見過ごし たのではないことも、秋山氏のこの書によって明らかにされている。当時の所長のリ クリン氏が秋山氏に資格を出すことを実質的に拒否したということである。しかし秋 山氏は書いていないが、マイヤー氏もまた最後の頃には自らの誤りに気づいていたの かもしれないし、何らかの危惧の念をもっていたかもしれない。そうでなければユン グ派の指導的な地位にいる分析者としてあまりにもおそまつということになろう。

 

三 隠された攻撃性と権威主義

 

 以上見てきたように、秋山氏の『チューリッヒ夢日記』は自らを美化し権 威づけるために書かれた自己正当化のための書という性格を色濃くもっているが、そ うした側面を示す典型的な例を最後に示して、その中に恐るべき攻撃性と権威主義が 隠されていることを明らかにしておこうと思う。彼女はユング研究所のリクリン所長 たちを「権威に名を借りて、横暴なふるまいをする老人たち」(13)「この世の常識の 上にあぐらをかき、さまざまな問題をはらんだままの旧い権威的な世界に追従して、 疑いを持たない人たち」(14)と形容し、その保守的な人々に対して自分たちを「あら ゆる既成の秩序を打ち破ろう」とする「自由な」人間であると性格づけている。そし てこの新しい思想を育てようとしている親友のソニャや自分が研究所から冷遇された ことを、自由な人々が「否定的な父」によって攻撃されたものと性格づけている。彼 女たちが研究所からマイナスの評価を受けたのは、はたして本当に、新しい良い芽を 保守的な権威主義が摘んでしまおうとしたことを意味しているのであろうか。

 こうした彼女に都合のよい図式は、彼女の常用の手口であって、「わがま まなお姫様」の自己正当化・自己賛美の心理を示しているが、そうした身勝手な自己 正当化への重大な反証を、実は彼女自身がこの本の中で提出してくれているのである 。それは彼女が最も重大な意味をもたせている「かまきりとなめくじ」の夢と、それ についての彼女の意味づけである。その夢とは、「いぼがま蛙に似たなめくじと、背 中に一条の黄金の筋のある黄色のかまきりが戦い、なめくじが倒されて、かまきりに 食べられる」というものである。これを彼女は「夢の中で、現実の私にはまったく関 係のない虫けらが、二匹向かい合って戦ったからといって、別にたいしたことではな いように思える」などといって、一流のソフィストケイトされた態度をとりながらも 、実は自己を正当化する決定的な意味をもたせている。

 この夢についての彼女の自己分析の最大の特徴は、「がま蛙のようななめ くじ」については全く無視して、もっぱら「かまきり」に関心を集中させていること である。まわりの人が恐らく女性性(ないし母性)の未開発の姿を示すものとして「 がまなめくじ」に注目するようにと、かなり意見を述べ、助言をしたようであるけれ ども(15)、彼女は自分にとって苦痛であるマイナス面に目を向けようとはしなかった ようである。それに対してかまきりについては強い関心をもって、いろいろと書いて いる。まず彼女は「もしかしたら、それは無意識の中に抑圧してしまった、私自身の 破壊的攻撃性のあらわれかもしれなかった」(16)と述べている。しかしこの点の考察 はこのたった一行だけである。彼女は実はこの点については無視したいのである。

 しかしいやしくも分析を受けてユング心理学を学んできたものが、この問 題について何も言わないで通りすぎるわけにはいかないことを彼女は十分に承知して いる。そこで、こういう面をも一応は検討したようなポーズをとる必要があった。そ れでチラッと見せておいて、次に本心を語る。彼女の本心はこうである。「それは交 尾中に雄を喰ってしまう、あの雌かまきりの攻撃性をあらわすものではない。」(17) かまきりは、「否定的な父」であるなめくじと戦う「私の中に生まれたばかりの、ま だ若くて小さい男性的なものと考えることもできた。そうした否定的な父を殺し、父 を乗りこえて、はじめて私は自分を、本当の意味で知ることができるのかもしれない 。」(18)。なんともいい気なものである。この夢は彼女自身の御都合主義的な解釈と は恐らく正反対のことを意味しているのではなかろうか。このかまきりは英雄的な攻 撃性などではなく、その反対の女性的な破壊的攻撃性、私の命名によれば奸計型攻撃 性を表わすものであろう。自己顕示欲が強く、競争心の強い、いわゆる「お姫様」タ イプの女性は、強い攻撃性を秘めているものだが、秋山氏にもこの型の攻撃性が隠さ れていることを、この本は随所で示している。

 例えば彼女はリクリン氏を落としめるために次のような巧妙な手口を使う 。「リクリン先生は奥さんと別居して、研究所の事務所の若い女の子と同棲している という噂もあった。もちろん、これは噂で事実はどうであったか私は知らないし、ま た知りたいとも思わない。」(19)これが娼婦型攻撃性の特徴である。スキャンダラス な噂を流しておいて、自分はそんなものには興味はないんだけれど、と逃げておく。 噂など流すという品のないことは私はいやなんだけれど、そういう話よ、というやり 口である。毒を含んだ針を打ちこんでおいて、私が言ったんじゃないわ、人の噂よ、 というわけである。そういうドロドロした世界から超然としたふりをしながら、実は 彼女自身がそういう世界の住人であることを白状しているようなものである。彼女は リクリン先生に似た人に強姦された夢を書いているが、それは彼女自身の内面の問題 性を示すものでこそあれ、リクリン氏の「いやらしい」性質を示すものなどでは決し てないのである。

 「奸計型攻撃性」のもう一つの特徴は自分を可哀相な被害者に見せかけて 、攻撃したい相手を悪者として描き出し、それに騙された人々にその相手を攻撃させ るやり方である。この方法は秋山氏がつねに使う手口であって、この書でもリクリン 所長たちを保守的な権威主義者として宣伝し、自分をその被害者のように見せかける という手のこんだ攻撃性として現われている。

 秋山氏のこうした陰険な攻撃性は、子供を背負った雌かまきりの攻撃性と して現われて、「いぼなめくじ」という今のところは醜い姿で現われている未開発の 女性性も殺してしまうという危険性を示しているのではなかろうか。こうした解釈を 恐らくリクリン氏やリー氏が提示したか暗示したものと推察されるが、それに対して 秋山氏が激しい拒絶反応を起こしたことが行間からはっきりと読み取れるのである。 彼女は「父の娘」型であるユングの直弟子の二人の老嬢の「否定的な面」をしきりに 批判しているが、同じように「父の娘」であると公言している自分自身については、 その否定面をいっこうに認識しようとしない。

 「自分の中のナイーブでやさしい宝玉のようなものを、あの老婆のもつ攻 撃性でつぶしてはならない、と用心してきた」彼女は、同じようになめくじの姿をと っている女性性をかまきりのもつ攻撃性によって喰い殺されてはならないと用心すべ きではなかったか。彼女は殺されそうになっているものが少年であるときには助けね ばならないと思い、その大切さに気づくことができたが、殺されそうになっているも のが女性性であるということを認めることに対しては必死になって拒絶したのである 。

 このことを考え合わせてみると、子供の心について以後あれほど賛美し続 けているのも、実は彼女が女性性の問題から逃避するための一つの手段になっている ことを示しているとも考えられる。この心理は実はいま流行の浅薄な女性解放論と共 通のものをもっており、そこに秋山氏流のユング心理学がもてはやされる基盤が存在 していると言えよう。

 

四 公式主義的なシンボル解釈

 

 以上で明らかにしたように、秋山氏はユング心理学の方法論をまったく理 解しないまま、ユング心理学の権威者として振舞うことになった。それを可能にする ために彼女がとったやり方は、公式主義的なシンボル解釈という方法であった。これ は秋山氏が流してきた害毒の中でも重大なものの一つであるから、最後にとくに取り 上げて批判しておかなければならない。

 ユング心理学を方法論的に正しく理解していないと、当然シンボルの内面 的な理解ができない。そこで秋山氏はシンボル解釈において必然的に公式主義に陥ら ざるをえないことになる。つまりシンボルを内面的に理解しようとするのではなく、 一定の公式に当てはめて外面的に解釈するようになる。私が「定義的解釈」と呼んで いる方法である。たとえば秋山氏の著書『ユング心理学へのいざない』(サイエンス 社)には「夢を解く象徴事典」という章があり、その中のたとえば「蜜蜂」の項には こう書かれている。「蜜蜂は、はたらきもので、幾何学的な美しい巣を作る。非常に 組織的な社会を持っていて、女王蜂を囲んで整然と行動する。蜜蜂が夢にあらわれる 時には、なにか新しい秩序や仕事がはじまる予告かもしれない。」また「蝶々」の項 には「蝶は、地上を這っている醜い毛虫から姿を変えて、空に舞い上がるものであっ て、大きな躍進とか、運命の転換、あるいは、自分のものの考え方が大きく変わる時 などによく夢にあらわれる。」(20)

 こういうシンボルの意味の特定の仕方は、いわば意識が認識している意味 からシンボルを理解しようとする方法であって、シンボルの理解というよりは記号の 意味の理解に属する方法であり、シンボルの理解の方法としては根本的に間違ってい ることは、すでに私が何度も指摘してきたとおりである。こういう公式に当てはめて 理解しようという姿勢は、内面的な理解を放棄した態度であり、ユング心理学とは異 なる姿勢であると言わざるをえない。

 同様のことは箱庭の解釈の方法についても言うことができる。秋山氏は箱 庭を理解するときに空間象徴理論を使うことを薦めている。同じ著書の中で、「右上 隅は外的で精神的な場所、つまり作者にとって、現実に感覚で把握できるものや、周 囲の環境、社会、現実的な将来性を示す空間」「右下隅は外的で身体的な場所、たと えば、家庭内のスキンシップ的な愛情や、肉身(肉親?)の問題など、同じ外敵な環 境といっても、もっと身近なものがあらわれる空間といえるでしょう。」「左上隅は 内的で精神的な場所ですから、宗教や哲学など・・・内的な悩みや思考を意味する空 間です。」「左下隅は同じ内的な心の領域でも、より身体的で、本能的な場所です。 」(21)

 このように決めつけておいて、彼女は講習会などでは、右上隅を「社会コ ーナー」、右下隅を「家庭コーナー」、左上隅を「宗教コーナー」、左下隅を「自我 コーナー」と呼んでいた。じつに単純明瞭で、これを覚えておけば、どんな初心者で も解釈ができる。たとえば「右下隅で自動車が衝突していれば、家庭的なことや、感 情面に問題があると考えてもいいでしょう」ということになる。これなら誰にでも簡 単に診断ができ、治療ができるというわけである。こうした教育を経て、秋山氏さと 子氏の弟子たちは箱庭療法のみでなく、心理療法の実践に携わることになった。

 その結果、秋山氏の弟子の治療は、夢のシンボルについて一方的に公式的 な解釈をお説教して聞かせるという方法をとることになった。たとえば、私のところ に相談に来たあるクライエントは、秋山氏の弟子の分析を受けてきたが、そのやり方 は、「いつも夢のシンボルについて説明することだけで、クライエントの症状の説明 すら聞いてくれなかった」と訴えた。彼はまず自分の症状を聞いてほしいと、症状に ついて話すことから始めたのである。この治療者は秋山氏さと子氏の一番弟子と自他 ともに認める人物であったらしい。

 こういう秋山氏の弟子たちがすべて、現在の資格制度の中で、それまでの 「実績」を認められて、なんらの実質的審査も経ないで、「臨床心理士」の資格を認 定されているのである。秋山さと子氏に問題があるだけでなく、それを無批判に肯定 している心理臨床学会のあり方にも問題があると言わざるをえないのである。

(1) 秋山さと子『夢診断』講談社新書、1981年、96頁。

(2) 同上、p.195。

(3) 同上、p.175。

(4) 同上、p.177。

(5) 同上、p.178。

(6) 同上、p.178。

(7) 同上、p.188〜9。

(8) 秋山さと子『チューリッヒ夢日記』筑摩書房、1985年、p.134。

(9) 同上、p.56。

(10) 同上、p.57。

(11) 同上、p.110。

(12) 同上、p.161。

(13) 同上、p.213。

(14) 同上、p.216。

(15) 同上、p.153、209。

(16) 同上、p.152。

(17) 同上、p.154。

(18) 同上、p.156。

(19) 同上、p.205。

(20) 秋山さと子『ユング心理学へのいざない』サイエンス社、1982年、p .202〜3頁。

(21) 同上、p.48〜50頁。