原点
〜死ぬまで一緒に歩く肉体〜

・15 原点

 スクワットという運動は、普通に立った状態から上体を垂直に保ったまま屈伸して脚の筋肉を鍛える鍛錬方法だ。よくプロレスラーなんかがこのスクワットを「ぶっ倒れるまでやる」なんて話を読んだりしていて、そういうのに憧れていた。新人の人は1000回〜2000回やったりするらしい。普通の人は50回もできればかなりのものだと思う。
 UWF(当時)の前田日明は入門した時250回でダウンしたという。(実は脚の骨折をしたままやったらしいが・・・)
 本当に、ただの思いつきだった。
 そして、僕はやってみた。

 自分の部屋で。誰も見てないところで、黙々と自分で回数を数えながら一回一回しゃがんでは立ちあがった。

 100回を越えた。
 これくらいは、実は普段やっていた。体調が良ければ普段も100回くらいではまだ少し余裕があった。

 150回を越えた。
 きつくなってきた。予想では「これくらいできれば上等」 という回数だ。
 でも、まだ脚は動いた。
 自分をけしかけるのは自分だった。
「まだできるぞ。まだ動くぞ」
 自分に話し掛けた。自分を励ました。目的なんてなかった。ただの思いつきだった。でも、やめたくなかった。
 僕は続けた。
「まだ。もう一回。もう一回。もう一回」
 何も考えていなかった。憧れたスポーツ、格闘技の世界に、そうすることで僕は自分も触れていると思いたかったのかもしれない。でも、「憧れる」ということは、時に強い動機になるし、それ自体強烈な「飢え」であるように、僕には思える。
 僕は飢えていた。確実に、飢えていた。自分自身に飢えていた。自分自身に、何も満足していなかった。「何かができるかもしれない」という可能性を探って、探って、ここ3年を過ごしていたのだ。手探りで自分に向き合ってきていた。
 僕は、確実に自信を回復し、友達を得、青春を得ていた。
 でも、足りなかった。もっと、自分自身を知りたかった。僕は、人より劣っているのか。僕は「運動部には入っちゃいけない」と言われた。それは、確実に運動部に入っている人より自分の何かが劣っていることを意味していた。
 僕の人生は完全にスポーツから弾かれたままなのだろうか。

 僕の頭は覚めていた。
 下半身はすっかり重くなり、だるかった。汗が大量に噴き出し、呼吸は荒かった。
「もう一回・・・」
 これ以上はもうできない、という限界の回数のスクワットを僕は終えた。
 今でもはっきり覚えている。

 231回。

 僕は立っていた。倒れこむようなことはなかった。呼吸を整え、汗をぬぐった。これ以上スクワットをするのはきつかったけど、でも、歩くこともできた。
 不思議だった。

 231回?

 それは、普通の人より劣った回数なのか?そうは思えなかった。
 もしかすると、普通の人よりやれたんじゃないのか?そう思った。
 前田日明が最初250回だったんだろ?それで、入院してた俺が、運動部に入っちゃダメと言われた俺が、231回・・・。

 最初は思いつきだった。
 でも、これをやりきった時。僕はその意味について深い感慨を覚えた。
 僕はこう思った。

「僕は、人並みになったんだ」

 と。
 その時の僕の体力は、もしかしたら人並み以上だったかもしれない。
 でも、正直な話、僕はそう思った。
 つまり、僕は入院以来、「僕は人より体力が劣っている」というコンプレックスを根深く持っていたのだ。ストレッチをして体は確かに動くようにはなっていた。
 でも、僕の中では「運動部に入ってはいけない」と言われたことで、「完全なる肉体の差別」を受けたこととして、深く傷つき、悲しみ、憤っていたのだ。
 医者の立場でそう言うのは当然で、それを「差別」と言うのは語弊があるかもしれない。でも、僕は12歳だった。手術を受けた時は13歳だった。将来の可能性はいっぱいあった。それなのに、「もう運動はできない」と言われたら、やはりそれは「肉体の差別」だ。「運動できる人」からしてみれば「何を大袈裟な」と思うかもしれない。でも、これはイデオロギーとか思想とか、そういうこととは何の関係もない、「肉体上の差別」なのだ。
 僕は、その肉体上の差別を受け入れるしかなかった。
 僕の肉体は、「何の問題もない肉体」とは大きな差異があったのだから。それは事実なのだから。

 そんな中、僕は自分の肉体と向き合うことができた。きっかけは、ただの憧れだった。結果的に自分の肉体と向き合うことになっただけであって、それは「偶然」みたいなものだった。
 僕は自分の肉体を鍛えることで、ついに「人並み」になった。
「人並み」
 このことに、僕はものすごく感動した。僕は差別を克服したのだ。
 勝った、と思った。

 僕は大学に進学した際、迷わず空手部に入部した。
 親は止めたけど、聞かなかった。
 僕にとって、そこは「入らなくてはならない」ところだったのだ。

 僕は人並みになったんだ。だから、運動部に入った。いろいろあって、部活自体を全うすることはできなかったけど、少なくとも1年間は同輩達と一緒に毎日稽古に汗を流せた。
 その後、大学の先生で個人的に教えてくれる師匠に巡り合い、大学を卒業するときには黒帯をいただくことができた。


・16 死ぬまで一緒に歩く肉体

 僕は、この自分に起こった出来事を誇りに思っている。
 僕は、僕にとって最低のところに落ち込んだと思っている。体は動かない。友達もいない。そういうところから一つ一つ、手にすべきものを手にしてきた。
 僕は、まだその途中にある。僕は、まだ「最高の時」を経験したことがない。「今が人生で一番幸せだ」という瞬間を、だ。
 僕は、今が一番幸せだ。でも、その「今」はどんどん新しくなっていく。
「あの時に帰りたい」なんていう時は僕には1秒もない。僕にはあの頃の自分がつかんだ「原点」から出発して、今でも新しい自分を発見し続けている。
 「できない」と思っていたことができたんだ。今だってそうだ。「もうだめだ」「こんなんだったら、あの頃の方が良かった」なんて、思うはずがない。
「まだ、俺には何ができるんだろう?」「この肉体は、まだ何ができるんだろう?」
 そう思うとわくわくして仕方がない。今日が、明日が幸せで仕方がない。

 僕の体は、あちこちボロボロだ。
 手術をした股関節は、若いうちはいいが、年を取るとガタが来るだろうから、できる範囲で筋力をつけていった方がいい。というアドバイスは手術をした頃もらっていた。
 右肩にある脱臼癖についても、今はまだいいけど、年を取るともっとはずれやすくなるだろうから、手術をしたらどうか、と言われている。
 左の足首の靭帯は数本切れていて、足首がちょっとぷらぷらしている。これも、「年を取ると〜〜」というクチだ。
 脚の骨を切断してるから脚の長さもちょっと違う。それによって背骨が曲がるから腰も痛い。

 でも。これは僕の肉体だ。
 僕はこの肉体と死ぬまで一緒に生きていく。
 来る日も来る日も自分一人で、この肉体に向かいあっている時、僕は思った。「僕はこの肉体と一生付き合わなくっちゃいけないんだ」と。
 これは誰だってそうだ。自分は自分以外の何者にも、決してなれない。
 ところが、人間なかなかそのことに気づかない。「割り切れない」というのが正解なのかもしれないが。「自分の睫毛はすぐそこにあるのに、自分には見えない」なんていうことを言ったりもするけど、そういうものなのかもしれない。
 僕は、病気になって、脚の骨を切断し、付け直すことでこのことに気がつけた。

 僕は、この肉体と一緒に、死ぬまで生きていく。
 僕は死ぬまで僕だ。
 僕は僕という人生を全うしていく。だから、これからも、常に「今」が最高の時だ。

 僕は、若い子が詩でよく書くような「背中に羽根があったなら」というような表現が嫌いだ。すごく悲しくなるのだ。
「空を飛びたい」と願うことは、それはそれでいいけれども。でも、君にはその両足があるだろう?と言いたくなるのだ。自分の肉体と向き合っているのか?君の肉体はもっと何かできるんじゃないのか?と。
「空を飛ぶ」というのは「自由」を渇望することの比喩であることが多い。
 でも、その肉体は本来もっと自由だと思うのだ。この大地を駈け回ることは自由ではないのだろうか。自分の魂を、この両足でもって運ぶことができる。ただ、歩くという行為だけでも、それができる。
 走ることもできる。自転車に乗ってもいい。車に乗るのもいい。
 この両手両足は、もっともっといろんなことができるし、それはつまり肉体は思っている以上に自由であることの証明なのだと思う。

 歩くことが辛かったら?走ることがもう大変だったら?倒れたら?
 だったら。這って進むんだ。
 這い回れ。
 人間、が生きていくということはそういうことだ。

 自分は、自分以外の何者にもなれない。
 しかし、「自分」になれるのだ。日々、自分は自分でいられるのだ。
 そして、肉体は、絶対に裏切らない。どんなに苦しくても、自分と共に生きて行く。
 僕の肉体は、傷つき、切り刻まれている。病気にもなる。弱りもする。
 でも、最後の瞬間まで、僕の肉体は僕と共にある。

 僕は、羽根なんか欲しくない。
 空を飛びたいとも思わない。

 僕は、好きなだけ、この大地を走りたい。脚の痛みや疲れを感じながら。
 走れなくなったら、歩きたい。両足を、交互に進める。ただそれだけのことを、いつまでもしていたい。

 僕の肉体は、僕のものであり、僕の教師であり、僕の戦友であり、僕のかけがえのない友人だ。


 僕の肉体は、死ぬまで一緒に、僕とともに歩く。
 僕は、僕の肉体とともに、死ぬまで一緒に、歩く。





原点
〜死ぬまで一緒に歩く肉体〜

(了)

トップへ