二度と傷付けないと誓ったのは。

 誰に対しての誓いだったのか。

 失う怖さは己の弱さを浮き彫りにして。


 その大切なものから。



 手を離した。







「PARTNER」









vol.1

 その日もいつもの様に新宿駅に向かい仕事の依頼を確認する。入り組んだ奥に移動した掲示板に何も書いていない事に肩を落として踵を返した。
 その後はこの辺りでは一番安いスーパーへ足を運んだ。今日は週に一度の特売日。カートに山積みにされていく食料は何人分のものなのだろうか。
 それ程の食材を買い込んで、う〜んと唸り声をあげて考え込んだ。
 これで足りるかな?と小さく零したのは槇村香。
 すらりとした長身が人目を引くスタイルを持ちながらも、いつもいつも相棒に貶されているせいか自分のスタイルにイマイチ自信が持てないでいた。だが回りの目はそうでない事を香は知らない。ボーイッシュなショートカットも香の魅力を引き立てる要因で好機の目が自分に向けられているなど気付いていなかった。
 特売日にその週の買い出しをしてしまう為、カートに積まれた食料はかなりの量だった。相棒は大食いで何処にそんなに入るのだと関心する程良く食べる。口下手な相棒は滅多に「美味しい」などとは言ってはくれないが、その代わりに出された物は残さずに平らげてくれる。香にはそれが嬉しかった。
 清算を済ませ外に出た時には雨が降り出していた。先程まではそんな様子もなかったので通り雨だろう。
「…参ったなぁ…」
 両手一杯に抱えられた食材を持って走るには重たすぎてそれも叶わない。香はポケットから携帯電話を取り出して自宅の電話番号をコールしようとした時、目の前に止まっていたベンツのドアが開き一人の青年が香に向かって傘を差し出した。
「その荷物じゃ大変でしょう。どうぞ、私がお送りしましょう」
 にこりと端正な顔で笑われて香は戸惑った。
 これはナンパか。もしくは自分を狙う誰かの差し金か。
 その青年の顔を凝視していると不意に青年は声を立てて笑い始めた。
「そんな…あからさまに疑いの目で見ないでよ。…――――香ちゃん」
「なんで…あたしの名前を……?」
 訝しげな視線に青年は苦笑した。
「思い出せない?」
 そう言って少し傷付いた顔で香に問い掛ける。
 よくよくその端正な顔を観察すれば、どこかで見たことがあるような気がした。正確には面影があると言うべきか。
「…あっ…!」
 香は何かを思い出したのか突然声を上げた。そしてやっと相手の正体に気が付き名前を呼んだ。
「健ちゃん…?」
 そう呼ばれた青年はにこりと笑い、
「やっと思い出してくれた」
 と安堵の息を吐き出した。



 小野健二。
 香が兄の槇村秀幸と暮らしていたアパートには同級生が住んでいた。
 それが健二で年も同じだった二人はよく一緒に遊んでいたが、彼が中学を卒業と共に母の仕事の都合で引っ越して言ったのが十二年ほど前だろうか。
 それから健二と連絡を取ることは出来ず、どこへ越したかすら近所の人達も知らされなかった。だから健二がこんなにも前途有望な青年に成長しているなど香には想像もつかなかった。
 健二は中学を出る頃にはまだ香より背も小さくあどけなさを残していたが、その後成長期で一気に身長も伸びたんだという。香より優に十センチは大きいだろうか。
 隣で運転をする健二をマジマジと見詰める香に、健二は目線を前から外すことなく苦笑いをした。
「そんなに見詰められると、照れちゃうんだけど…香ちゃん」
「ご、ごめんなさい…っ」
 香は慌てて目線を反らす。
 最近は相棒とばかり一緒にいるせいか他の男の人とこうやって車に二人きりで乗るということもそうそうある話しではない。しかも相手は幼なじみだが再会は十二年ぶり。しかもこんなにいい男になっているとは、と香は内心ドキドキしていた。
 そんな動揺を見られたくなくて、香は照れ隠しから話題を健二に振る。
「そういえば、健ちゃんが引っ越してから十二年も経ってるのか〜…」
 だから全然解らなかった、と舌を出して笑う香に、健二は、
「香ちゃんは全然変わってないからすぐに解ったよ」
 と切り返す。それはいい意味なんだか悪い意味なんだか。と少し膨れた香に健二は声を立てて笑う。
「ほらね、そう言うところも変わってないんだってば」
「なんだか悔しいわ」
 とは言っても久々の再会に香の顔は綻んでいた。
 結局、健二の車でアパートまで送ってもらうことにして、相棒への電話はすることはなかった。やはり通り雨だったのだろう。走っているうちに雨はもうほとんど止みかけていた。
 さほど遠くないアパートにはあっという間に到着した。
「ありがとう」
 そう言って車を降りようとした香に健二は、荷物を運ぶの手伝うよ。と一緒に車を降りる。
「それに連絡先も聞きたいし。久しぶりに幼なじみに会えたのにこれで、はいさよなら、は寂しいしね」
 と笑って見せた。
 確かに香としても昔を知る者との再会は嬉しい限りだ。槇村を亡くしてからと言う物は特に。
 だが、今自分のいる世界にそれは健二を危険に巻き込まないかという不安も過ぎる。顔色を曇らせた香に気が付いた健二が慌て出した。
「もしかして……彼氏とか旦那さんと一緒に住んでたりする?そうしたらこの荷物も納得だし…疑われるようなことしちゃってゴメンね。大丈夫かな?」
 その言葉にビックリして香は咳き込んだ。
「な、何言ってるのよ!私結婚なんてしてないし、彼氏もいない…わよ!」
 最後の言葉は嘘ではない。
「ただ、仕事の相棒と一緒に暮らしてるだけで…」
 その言葉に健二はホッとした様子で、
「よかった…」
 と肩を撫で下ろした。
 何が良かったのかは香には解らないが。
「じゃ〜お願いしようかしら」
 そう言ってアパートの入口を押し開けた。


 聞き慣れないエンジン音がアパートの前で止まった。
「なんだ…?」
 読んでいたエロ本をテーブルにおいて、寝転んでいた身体を起こしてベランダへ出る。
 この部屋は六階で下の道路を見下ろせば、見慣れないベンツが自宅前で止まっていた。新たな依頼者か、もしくは敵か。まあ敵だとしてもこんな間抜けなヤツにやられる気も起きないが…、と咥えていた煙草をおおきく肺に吸い込んだ。
 鋭い視線で観察をし続けているのはこのアパートの大家、冴羽リョウ。表向きは遊び人のリョウちゃんで通っているが、そんな遊び人がこれだけ鍛え上げられた身体をしているのもおかしいと言う物だ。
 リョウの身体は余分な物が削り取られていて筋肉質だ。それに日本人にしては大柄な体型が尚更その身体を引き立てていた。
 リョウは裏社会と呼ばれる世界で生きてきた男だった。戦場から戦場を渡り歩き、そして今や世界一のスイーパーと呼ばれる程の男だ。
 シティーハンターと言う名を持つ男は、止まっていたベンツから自分の相棒が出てくるのを見て驚いた顔を見せた。
「こりゃ〜、また。物好きも居たもんだね……」
 運転席から出てきた男に目をやり、そう呟くと、不意にその男が視線を上げた。
――――気が付いてたのか。
 立ち止まり、挑むような視線とそして、笑みを浮かべてその男は香と共にこのアパートの入口に消えていった。
「香に男ね〜…まあ、明日は雪が降らないように祈るとするか…」
 そう呟いてリョウも濡れたベランダの窓を閉めた。

 
 





















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――――2008.11.13up