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vol.4
次の日の新聞に昨日の発砲事件の記事は見当たらなかった。
リョウはやはりな、と新聞をばさりとテーブルへ投げ出した。
昨日の二人を見送った後内々に処理したのだろう。やはりあの男は一筋縄ではいかないヤツだった。
襲撃もターゲットはリョウと香ではなく自分だというのが解っているのだろう。
理由は、まだハッキリとしないがリョウの中では大体憶測が付く。
「香〜。コーヒーくれぇ〜」
リビングで煙草を噴かし、いつもの定位置になっているソファに寝転んで昨日の事件の事に考えを集中させていた。
何か考え事をしているときは香に「いつもぼけーっとしている」と言われる時なのだが、敢えて否定はしない。
ぼーっとしている時の方がリラックスしていて脳が集中力を発揮するからだ。
程なくしてトレーにコーヒーカップを二つ乗せた香りが入ってきてコーヒーを置いた。
「何考えてるの?」
珍しくそんな事聞いてくるのでリョウは少しばかり驚いた。目を少し見開いたリョウに香は笑う。
「アンタが考え事してる時は大体コーヒーを飲みたがるのよ」
と指摘される。そう言えば大体コーヒーを飲みたいという事多いかも知れない。一本取られたと苦笑いを漏らした。
「こりゃー…また…ばれてたか…」
「伊達に長い間パートナーしてないわよ」
そう返されてまたリョウは苦く笑った。
いつの間にこんな風に自分のことを読めるようになったんだろうか。子供扱いしていたのはつい最近までで、だが月日は止まることなく流れていたのだと思い知らされる。
「昨日の発砲のことは新聞には載ってなかったわね…あれって……」
「大方内々に処理したって所だろうな。企業トップにでも成れば嫌でも敵は多くなる。それとも大沙汰出来ない理由でもあるのか、って所だな」
「そう…よね……あれだけ大企業を動かして行くには…色々とあるわよね」
自分の知らない世界にいる友達を何処か他人事に思えてしまう。昨日はあれだけ近くにいた幼なじみがまるで知らない人のようだった。
「まあ、今は激しい家督争いの最中らしいしな。あまり表には出せないんだろうよ」
「家督争い?」
リョウが情報を持っていることは不思議ではない。と言うよりどんな世界の情報もリョウは知っている。それだけリョウは頭の切れも覚えも、そして各業界に精通している知り合いが多かった。
「あのな〜…」
香の質問に少し呆れ気味に溜息を付かれ、思わずムッとする。
「だって、昨日会ったばかりでそこまでは知らないわよ」
「いや、そう言う問題じゃない。今この話は新聞にも取りざたされてるほどホットな話題だぞ?新聞くらい読めよな」
そう言われてしまい返す言葉もない。何より香は自分の友達がそんな青年実業家になっていることすら気がつけずにいたのだ。
少し古い記事をポンと投げ出され手に取れば、そこには小室財閥の後継者はどちらに。と言う記事が載っていた。
「小室財閥…」
香が呟いた言葉にリョウが補足を加えてくれた。
「今、現時点で後継者に上がってるのはお前の幼なじみともう一人、小室の後妻の息子だ。話に寄ればどっちも養子に迎えられているみたいだな」
香の知らない事実がそこには沢山あった。養子に言ったなどと言う話しは聞いたこともなかったし、何より健二とは引っ越して以来連絡が全く取れなくなったのは確かだった。それはきっと大企業の養子という形を迎える上で今までの繋がりを遮断するためだったのだろう。
「じゃ、健ちゃんを狙った相手って言うのはこのもう一人の養子…」
「まああり得ない話じゃネェよな。ただまだ推測の段階だ。……オレは教授の所へ行ってくるが……お前はどうする?」
要は教授の所へ行って情報を手に入れてくるということだろう。別に依頼を受けたわけでもないがきっとリョウはリョウなりに香の幼なじみという事で気にしてくれているのだと思った。
少しだけ嬉しさを顔に出し、そして強気な眼差しをリョウに向ければ、リョウも口の端を上げた。
「もちろん一緒に行くに決まってるでしょ!」
教授の家は都心から少し離れた閑静な住宅街にある。交通の便も良く何かあればすぐに来られる場所を上手く選んでいる辺り流石だ。
車を開いているガレージに入れ、玄関のインターフォンを押す。
「どちら様ですか?」
と落ち着いた女性の声で対応された。
「オレだよ。かずえちゃん」
「あら!冴羽さん。今開けるわね」
そう言う玄関のオートロックが外された。この家は外見は格式ある純和風だがセキュリティーは天下一品。
伊達に「プロフェッサー」と呼ばれている訳ではない。
ロックの外された玄関を開け勝手にその家に上がり込む。香もリョウの後と続き靴を脱いだ。
この家を熟知しているリョウは教授のいる部屋に辿り着いた。
リョウと教授は昔からの知り合いらしい。リョウがまだ若かった頃、内戦の続く中東で同じ部隊にいたのが教授だった。そこでリョウは何度となく教授に命を救われている。
重厚なチョコレートドアの前でリョウはノックをすると、中から「どうぞ」と言う声がした。
「おや、リョウ。珍しいの。今日は香君も一緒か」
「ご無沙汰してます、教授。ちょっと調べたい物があるんですけど……そいつを貸して貰えませんか?」
リョウが指さしたそいつとは教授の使うスーパーコンピューターだ。
「ふむ…まあいいじゃろう…その代わり報酬としては……」
そう言った教授は気が付けば香の側に来て尻を撫で回していた。
物凄い音共に教授の顔に重たい香の鉄拳がめり込んでいた。
「っんとに!そんなところばっかり似てるんだから!」
香は怒り心頭でそのまま部屋を出て行ってしまった。そんな香を見て教授はリョウに向かって笑みを見せる。
「これでいいんじゃろ?……さて香君がいない間に何を調べるんじゃ?」
リョウが調べ物をしやすいように教授が香をあしらってくれたのだ。これからすることはあくまでも犯罪と同じ物。今更だがそれでも香には余り知られたくない物の一つでもあった。そんなリョウの気持ちを汲んで教授が香をあしらったのだ。
「まずは警視庁のデータから」
「あら、香さん。どうしたの怖い顔して…」
お茶を持って現れたかずえが物凄い形相をしている香に声を掛ける。
「ほっっんとにあの二人の行動って似てるわよね…腹立たしい!」
その言葉にかずえは香の怒りの意味を知る。
「また教授が何かした?」
「人のおしり、嫌と言うほど撫で回してくれたわよ!」
と言うことは今は調べ物の真っ最中か…とかずえは内心で判断して、
「じゃあ香さん、こっちで一緒にお茶しましょう」
持っていたお茶をそのままリビングへと運んだ。
かずえは香とリョウの住むアパートの真向かいに恋人のミックと共に暮らしている。なので二人とも気心の知れた中で良く一緒にご飯も食べる。ミックは今は特派員記者をしているが、元はリョウとコンビを組んでいたスイーパーだった。大きな事件で生死を彷徨いスイーパーの生命はそこで絶たれた。その時看護してくれたのがかずえでそれから二人は共に暮らしている。
リビングのソファに座り香にお茶をすすめた。
「そういえば……」
意味深な笑みで香を見るかずえが香に問いかけてきた。
「昨日、物凄いお洒落して男の人の車に乗っていったわよね!香さん!何処に行ってきたのよ」
香は飲もうとして口に運んだお茶をそのまま噴いてしまうところだった。
「な、何で知ってるの…」
「だって真向かいですもの。それにバカみたいに見張りしている誰かさんが騒いで五月蝿かったのよね」
そう言って少し膨れ顔になったかずえがなんだか可愛く感じられた。だがそれも気持ちに余裕があるのが伺えて香は心の何処かでそれを羨んでいたかも知れない。
「で?誰と何処に行ったのよー!」
「えっと…十二年ぶりに会った幼なじみと食事に行ってきただけなのよね…実は…」
あははは…と乾いた笑いをすればかずえは「本当にそれだけなの?」と探りを入れてくる。
しかも流石ミックと言うべきか、その後のリョウの行動も見ていたらしい。
「だって冴羽さん、香さんのこと気になって後を追っていったんでしょ?」
正確には香達を追ってきた車を追ってきたことになるのだが、その辺はまた説明が面倒臭そうなので香は否定しなかった。
「たまには冴羽さんをヤキモキさせてやればいいのよ。いつもいつも自分は女の人追い掛けてるんだから良い薬よ」
そういってかずえは悪戯っぽく笑った。
リョウの手にはプリントアウトされた資料が握られていた。
――――小野健二。二十八才。O.N.Oホテル代表取締役。両親は二十年前に他界。その後祖父母に育てられ、十二年前小室宗二に引き取られる。
一般的に出回っている健二のプロフィールだった。
だがその下にあるもう一枚の紙には裏家業ならではの情報が書かれている。
「こんなもんかのぉ…」
パソコンを前にした教授はリョウにそう言うと最後に印刷し終えた紙をプリンターから引き抜いた。そしてそれをリョウに手渡す。
「ありがとうございます」
「大体当たりは付いたのか?」
「多分」
リョウはその資料を見ながら渋顔をしていた。教授もその内容を見て溜息を付く。
「随分と複雑じゃな…」
「…そうみたいですね」
リョウはその資料に一通り目を通してそれを上着のポケットに突っ込んだ。
「しかし、何故またコヤツに興味を持ったんじゃ?」
その問いにグッと詰まると、教授は人の悪い顔で笑う。大体リョウがこういう反応の時は香が絡んでいるからだ。
「お主はホントに甘いの」
「肝に銘じておきます……じゃこれ、ありがとうございました」
仕舞った資料を服の上からポンと叩いて軽く頭を下げた。教授の使っているパソコンは簡単に手に入る物ではない。だから何かあればリョウはいつもここに来る。困ったときや迷ったとき。そして悩んでいるとき。教授はリョウの欲しい答えをいつも出してくれる不思議な人だった。
「さて、お茶でも飲もうかね」
教授もパソコンの前から立ち上がり、リョウと共にその部屋を後にした。
リョウと教授がリビングへ行き、先にお茶をしていた二人に合流して一息入れる。
「で、どうだったの?何か情報は手に入った?」
隣に座るリョウに問いかければ、「まあな」とだけ返事が返ってくる。だがそれだけでは納得しないと解っているのでリョウも続けて今仕入れた情報を香に伝えた。
「警視庁には昨日の発砲事件のことは何も無かった。だからやはり内々に処理したってので決定だな。あとは小野を狙っている物が誰かはまだハッキリと解らなかったよ」
「…そう…」
香は少し肩を落として溜息を付いた。友達が狙われているというのはあまり気持ちの良い物でもない。そして香の性格からして黙ってみていられるわけもなかった。
お茶を飲み干して教授の家を後にした。
帰宅途中の車の中で香は一人決意をしていた。
――――健ちゃんは私が守ろう。と。
そんな香の表情を運転席でリョウが見詰めていた。
香はきっと首を突っ込むんだろうな…と思いながら。
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