vol.6

 珍しく健二から呼び出された。
 どうしても抜けられない会議中でその合間に時間が出来るから会いたいと言う事だった。健二の秘書という男から携帯ではなく直接家に電話が来たことに疑問を感じ、怪訝な返事をしたのだが秘書でもプライベートな携帯番号を教えるのは控えたのだと言われ納得した。
 待ち合わせは健二の会社の近くにある公園で、渡したい物があるそうです、とだけ言われ時間と場所を指定された。
 電話を切った後、香は出掛ける準備をしていつものようにリビングでゴロゴロしている相棒に声を掛けた。
「リョウ、ちょっと健ちゃんに呼び出されたから行ってくるわね」
「んあ?呼び出されたって…何処に?」
「会社の近くにある公園だって。なんだか急ぎみたいで会議の合間に渡したいからって…そんな感じだったわ」
 最近、健二を追い回す奴らは鳴りを潜めていた。 
 理由は簡単だ。健二がこの場所へ良く出入りしていることを悟り、相手が「シティハンター」だと解ったからだろう。
 この世界で自分を敵に回すなどバカなヤツはそうそういない。いるとすれば名を売りたくて躍起になっている何処かの若造とか、本当に腕の立つ超一流のどちらかだ。
 簡単に身を引いたとすればどちらにも属さない小物達だったのだろう。
 だからリョウも少しだけ油断をしていたのかもしれない。
「ふーん…まあ、気を付けろよ。まだ狙われてることには代わりねぇんだからな」
「分かってるわよ。じゃ、ちょっと行ってきます」
 香が手を振って出て行った。その後ろ姿を何となく目で追ってリョウは瞳を閉じた。

 大きなビル街の真ん中にポッカリと空いたようにその公園はあった。
 オフィス街の憩いの場として出来たようで昼時を過ぎると人が疎らだった。香は指定された時計の在る場所のベンチへ腰掛けた。
 いい天気だった。
 昔、アパートの近くにあった公園で健二とよく遊んだ事を思い出す。
 余り人が居ない公園はとても静かで、香は日溜まりに包まれて少しだけ目を閉じた。
 
 健二が電話を受けたのは会議の最中だった。
 見たことのない電話番号。この携帯電話の電話番号を知っているのはごく僅かな人間だけだった。
 非通知にはなっていないその番号に健二は冷たい物を感じる。
「すみません、話を続けていてください。ちょっと失礼します」
 会議の内容は後は詰めていくだけだったので健二がいなくても話は進む。その頃合いを見計らって健二は会議室を出て電話に出た。
「もしもし」
『小野、さんですか?』
 聞き覚えのない声だ。
『私のことは誰だか知る必要はないと思いますが、まあ取り敢えずアンタを狙っているモンだと言うことだけ言っておきましょう』
 男は笑いを含む嫌な言い方をしていた。
「そのアンタが何故こんな電話をよこすんですか?」
 健二もそんな脅しには負けてはいない。でなければこの企業のトップなどは努めてはいけないのだ。
『面白い物をお見せしようと思いましてね』
「面白い…もの?」
『今から正面玄関に出てきてください。あ、あなたを殺そう何てことはしませんからご安心を』
 健二は言われるままに正面玄関までエレベーターで降り、その前のガラス戸で止まる。流石に不用心に出て行く気にはなれなかったからだ。
『玄関から公園が見えますよね』
「ああ、見える」
『そこには誰がいると思いますか?』
 ぞくりと背中を冷たい物が走っていくのが分かった。
 思わず玄関を飛び出して公園の方へ走り出す。遠くからでも解るその姿は健二が今まで十何年も離れていても決して忘れることがなかった姿だ。
『これは、家督を譲る気のない、あなたへの見せしめです』
 そう言って通話が途切れた。





 香は少しだけ目を瞑って日の光を感じていた。
 遠くに聞こえる子供の声が昔の自分と重なって小さく笑みを零す。
 そして瞼を上げれば健二の会社のビルが見える。その正面玄関に健二の姿を見付けた。
 誰かと携帯で話をして、こちらを見留めて健二の顔が強ばった。
 香は健二が気付かなかったのかと思い、立ち上がり手を振ろうとした時。
 がくりと膝が落ちていった。
 力が入らない。
 何故だろうと思うと、今度は腹部に何か熱い物を感じた。
「香ちゃんッ!!」
 駆け寄ってくる健二に笑って答えようとしても上手く行かないのはどうしてだろう?
 熱い腹部へ手をやって香は自分の状況を初めて理解した。
 ああ、私は撃たれたんだ。と。
 思いの外苦しくはなかった。
 駆け寄って香を抱きしめる健二の身体が震えていた。
「ごめん…香ちゃん……ごめん…」
 巻き込んでしまってごめん。と何度も呟いて健二は携帯電話で救急車を呼んだ。
 香は何度も、それは違う。と言いたかったが声が上手く出てこない。
 巻き込んでしまったのは私の方だと。
 痛みは熱さと重なってよく解らなかった。
 ただ、これで目を閉じたらもうリョウに会えないのかも知れないと思ったら、涙が出てきて止まらなかった。
 口を動かして必死に何かを訴える香に健二が耳を近づけた。
「…なに?香ちゃん…」
 腹部の止血は間に合わず、ドンドンと止め処なく流れていき、健二の服も大量に血濡れていた。
 そして香の振り絞った言葉は。
 
 今一番会いたいと想った相手の名前だった。


――――リョウ……




 
 














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――――2008.11.30up