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逢魔が時の泡沫の夢。
それは不確かな存在で一瞬の中の永遠にも見えた。
だからこそ。
そこは俺にとって天国だった。
+たとえば誰かの為じゃなくて+
まだ少しだけ肌寒い朝靄の中を歩く。
梅雨明けはまだ先で、じっとりとした湿度が肌に纏う中、夜明けに近い空が白んできている時間を畑カカシはゆっくりと自宅に向けて歩いていた。
珍しく梅雨の合間に晴れたお陰で事件は解決に向かった。カカシの所属する警視庁捜査一課が事件を担当してから一週間が経っていた。雨の中で行う捜査は思う通りには進んではくれなくて難航を示していたが、昨日一昨日と天気に見舞われ、足を取られて動きの悪かった聞き込みもはかどり捜査の糸口が見え始め、そして裏付けが取れた昨日の深夜、検察から逮捕状が降りたのである。
この一週間この殺人事件に追われ自宅へ帰ることが出来なかったカカシは久しぶりにベッドで寝ることが出来そうだと、動き始めた始発の電車に乗って帰宅する途中だった。
最寄り駅に降り立ったときは空も白み、鳥の鳴き声がする。不規則な生活にももう慣れた。こうやって始発で帰ってくることも多々あるし、真夜中にタクシーを使うこともある。そして今回のような大きな事件の時は泊まりがけになることにももう慣れた。
基本的には体力が落ちれば思考能力も落ち、まともな判断が出来なくなるので無理は出来ない。だが今回のように泊まり込みになっても培った経験と、そして何より切れ者と言われている冷静沈着な頭脳で乗り切ってきた。
カカシは前途有望な警視だ。キャリア組と呼ばれるカカシは一流大学を優秀な成績で卒業後、国家公務員として警視庁に入った。二十九才という若さですでに警視正候補にも上げられている程、カカシの刑事としての能力は高かった。
それに加えカカシの容姿も見栄えが良いため余計な妬みを買うことが多かった。身長は百八十センチを超えていて、そして何より小さな顔と色素の薄い肌に整った顔立ちはそこら辺のモデルよりも綺麗だと言われていた。だが一つだけ難点がある。それはカカシの左眼に走る大きな傷だ。
以前犯人を追い掛けていて返り討ちに遭ってしまったときに出来た傷は、眼球までは届かなかったのは本当に幸いだった。ただどうしても傷痕は残ってしまった。カカシは特別自分の顔に興味もなかったので気にはしていない。気にするとすれば若かった自分の軽率な行動に対しての苛立ちだろうか。
この傷を見る度に上手く立ち回れなかった事への反省と後悔が押し寄せてくる。何事に対しても冷静な判断で最善を尽くすためにカカシは自分の持てる能力を駆使してきた。だが物事はそんなには甘くはないことをカカシに教えてくれたのはこの時だった。
失敗は沢山してきたと思っているが他人から見ればそれもいつしか妬みに変わる。その失敗をどうやって経験にしていくかが問題であってそれを出来ない人間が無能なのだとカカシは思う。カカシが捜査一課に配属されてからは、周りにはそんな奴らばかりだった。
唯一違うとすれば、一つ年上の髭面の同僚だけがカカシに対して他と変わらぬ態度で接してきた。エリート然としていて取っ付きにくいと言われるカカシに対して何一つ変わらず無駄口を叩いてくる大男はカカシと同じ時に捜査一課に配属された猿飛アスマだ。それ以来カカシにとって唯一本音で話の出来る相手でもあった。
そんな同僚もさすがに今回の事件はきつかったと漏らして一緒に帰路に付いた。
カカシの自宅に向かう道は駅から五分足らずだ。
つい先日までカカシは寮に入っていたのだが、規則や周りに気を遣う事にも疲れ始め自分の城を持つことにしたのだ。
新築で3LDKのマンションを購入した。働いてからずっと寮生活でしかも仕事は忙しく遊ぶ暇もない。格安だった寮生活は知らず知らずにかなりの貯蓄をもたらし、その貯まった貯蓄を頭金にして一人気兼ねなく住めるマンションを買ったのだ。
だからと言って特定の相手は居ない。他人にそこまでのめり込む事がカカシにはどうしても出来なかった。それはきっと幼い頃からの育った環境もあるのかもしれない。
駅前を抜け裏道に入るとそこは都会にほど近い割りには緑の多い街だった。だからカカシは気に入ったのかもしれない。少し歩けば公園があり、その公園を通り抜ければカカシのマンションだ。いつもは遠回りをして公園周りを歩くのだが今日はこんな早朝でまだ子供も井戸端会議を開くママ達もいない。カカシはその公園を突っ切って自分のマンションへ向かうことにした。
土の匂いと朝の新鮮な空気がカカシの肺を満たしていく。こんな風に感じられること自体ここに越してこなければ無かったことだ。警視庁と寮の行き来はカカシの中を刺激する物が足りなかった。刺激してくれる物は誰かが起こす事件だけでそれ以外に何かで満ち足りたことなどカカシには無縁の世界だった。
そんなカカシを、つまらねえなぁと髭面の同僚はぼやいていたがそれはそれで別に気にしてはいなかった。特定の相手を作らずとも言い寄ってくる女は沢山居る。その場限りを楽しむのに十分な相手を見付けては遊んでいたからだ。
公園の周りには生け垣がありその合間合間に木々が植わっていて、公園の中はいつも新鮮な空気が満たしているような気がする。カカシは大きく深呼吸をして一つ伸びをする。普段から気負っている物を溶かしていくようにゆっくりと肩の力を抜いていく。
疲れたな。
少しだけ気が緩んだのだろうか、そんな事を思いながらカカシは公園の出口へと向かっていると、ふと生け垣に不自然な窪みを見付けた。
こんな時程自分が刑事だと言う事を呪わずにはいられない。不自然な窪みは明らかにそこに何かがあると示していてカカシは無視して通る事は出来なかった。その窪みへ用心深く近付くと案の定先程は見えなかった何かが見える。
まず目に入ったのは生け垣の間から覗くサンダルだ。しかもそのサンダルはしっかりと人間の足に履かれている。
面倒な事になりそうだな、と小さく溜息を付きそして覚悟を決めたようにそこへ近寄った。
サンダルから目線を上へと向けていく。脚があり、そして胴体、手、そして頭。取り敢えずバラバラ死体ではない事に安堵して、更に近付いてその体温を確かめる。生け垣に邪魔をされたがどうにか頸動脈に触れると脈があることは確認できた。と言うことは何かあってここに倒れていると言うことか。
それにしても、とても奇妙な格好をした男だった。
額には変なマークの付いている鉄を額に巻き、そして少し分厚目のベストを着ている。腰にはポーチを付け右の太股の辺りには何かポーチのような物が付いていた。
「…こりゃ…コスプレか?」
そう独りごちて渋々男に声を掛けた。
「おい。大丈夫か?」
肩を揺すり反応を見る。生け垣が邪魔をして上手く揺り起こすことが出来ない。だが起きてくれなければ自分と同じくらいの大きさのある男を抱えることは難しい。しかも相手は全身力が抜けているのだ。
もう一度今度は少し声を張るようにして声を掛ける。
「おい!……」
肩も少し力を込めて揺らせば男の顔が僅かに歪み、そしてゆっくりと瞼を開けた。
「……ぅ……」
「気が付いたか?…お前何でこんな所で…」
寝て居るんだ、と聞こうと思った言葉は相手の発した言葉で塞がれてしまった。
「…カカシ、さん………良かった…」
男は安堵するような笑みを浮かべまた重い瞼を閉じてしまった。
「って…おい!…オレの名前…何で知ってるんだ?」
確かに今この男は自分の名前を呼んだ。しかもあんな風に安心しきった目を向けられたのは初めてだ。
このまま放置するべきか、と考えたがそれは警察官としての良識が許さない。救急車を呼ぼうにも自分の知り合いとみなされることは間違いないだろう。何せ相手は自分のことを知っているようで自分の名前を出されたら面倒なことになる。
こんな奴、今まで知り合いに居なかったよな…カカシは今までの数少ない知り合い達を思い浮かべても、この目の前で倒れている男の事はどうしても思い出すことは出来なかった。
「はぁ〜……」
大きく漏れ出た溜息は、この一週間の疲れと、そしてやっぱり面倒な事になってしまったと言う思いの表れだろう。
「どうしたもんかねぇ…」
カカシは渋々男の身体に手を回してどうにか抱きかかえる。自分より少し小さいだろうか。茂みから引き出して初めて気が付いたのは体中にある裂傷の数々だ。
このままにしておくことも出来ず、結局目の前にある自分の家に渋々男を連れて行くことにした。見たところ妖しい所だらけだが何より自分のことを知っている風だったので危ないことは無いだろうと判断した。
とは言っても何かあったとしてもそう簡単にやられるつもりもない。カカシは空手も柔道も有段者だ。返り討ちに遭わせてやる自信はある。
どうにか部屋まで男を運びベッドに寝かす。そこで漸くサンダルを脱がし、苦しそうな額に付けた物を取る。ベストも脱がしそこで改めてその男をじっくりと観察した。
顔はどちらかというと男臭く、けどそんなに暑苦しくは感じない。何よりも目を引くのは鼻に入る真一文字の大きな傷痕だ。髪は黒く長いため後ろで一つに引っ詰めていたのを解いてやる。
何で見知らぬ男にここまでしてやらなきゃいけないんだ、と内心で詰まりながらも結局カカシの寝床であるベッドを明け渡してしまった。
一つ大きく溜息を付き、部屋を出ようとしてドアの方を振り返り、カカシはギョッとして声を上げてしまった。
「なんだ、これ…」
点々と続く血が床を汚している。
「ちょっ……勘弁してくれよ…」
急いで布団を剥がし、寝かせている男を裏返すと、肩甲骨の辺りにそんなに大きくはないが深い傷があった。もちろんシーツは血塗れでその出血に汚れてしまった床やシーツのことは一気に頭から吹っ飛んだ。
「酷いな…」
何度も事件でこういった傷は見てきている。これは鋭利な刃物で刺された傷だ。まだ乾ききっていないその傷からは血が滴っている。
急いで取り出した救急箱からガーゼを取り止血する。何度かガーゼを取り替えて出血が収まってきたのを見てガーゼをそこに固定した。そういえばそこら中に傷がある。擦り切れた物や背中程は酷くない裂傷。そんな傷が無数に付いている。
一通り手当を終えたカカシが寝室を出たときにはもう日が完全に昇りきっていた。
広々としたリビングに置かれているソファに腰掛けたときにはもう力尽きて今自分が置かれている状況を冷静に考える余裕はもう何処にもなかった。
とりあえず、眠って起きてから考えればいい。体力も限界で思考能力も落ちすぎていると自分で判断したカカシは襲ってくる睡魔の中で、結局今日もベッドで眠ることは出来なかったな、と思いながら睡魔の中に意識を手放した。
目が覚めたときは陽が随分と高くなっていた。ソファは大きめの物を買っておいて良かったとこの時ばかりは髭面の同僚の言うことを聞いて正解だったと感謝した。実際自分が来たときに寝る場所がないと困ると言う理由から「ソファは大きめを買っておけ」と散々カカシに言ってきていたので、家具を決めに行った時思わずその言葉を思い出してしまい、つい大きめのソファを買ってしまったのだ。
風呂にも入らずそのまま眠ってしまったため身体がべとついて気持ちが悪い。カカシは目覚ましにシャワーを浴びてから、男の眠る寝室を覗いてみた。まだ意識が戻らないようで断続的な寝息が聞こえる。その寝息が荒くて気になって近付いてみれば額には汗が滲み、眉間には皺が寄っていた。どうやら傷が炎症を起こして熱が出てしまっているようだ。
「仕方ないねぇ…」
小さく呟いてカカシは布団を剥ぎ、男の着ている服に手をかける。少し身動いでカカシが脱がせ易いように身体が動いた。意識が少し浮上したようで薄く瞼が上がる。
「大丈夫か?」
そう問えば小さく男は頷いた。そしてカカシは着ていた服を全て脱がし新しいパジャマに着替えさせてやり、そして今のうちにと消炎鎮痛剤を飲ませてやる。
「飲める?」
白い錠剤を口に押し込みそしてペットボトルの水を流し込むとゴクリゴクリと音を立てて飲み干した。熱も上がり水分が足らなかったのだろう。半分ほど一気に飲み干すと意識があるのか無いのか分からない男は譫言の様にカカシの名を呼んでいた。
「カ、カシ…さん…」
だから何でオレの名前を知ってるんだ、と問い詰めたい気持ちで一杯だが今の状況ではそれも出来ない。
「傷で熱があるから今はとにかく寝てなさいヨ」
そう言うと男はまたうっすらと目を開けてカカシを見てまた安堵したような笑みを浮かべて眠りに落ちた。
着替えをした時に気が付いたことが多数ある。この男の名前は海野イルカ。首にぶら下がっているドッグタグにそう書いてあった。ドッグタグは二枚付いていて一枚には名前、もう一枚には何かカカシには読めない文字で何かが書かれていた。お守りか何かなのか梵字のような物で書かれたタグだった。
そして、もう一つ。この男には無数の傷痕が沢山あると言うこと。まるで戦場にでも行ってきたような沢山の傷が残っていた。特に背中に大きな傷があり、余程酷い物だったことが分かる。
脱がした服も特殊な物のようであまり見たことのない素材だった。そして身元を調べるために拝借したポーチにはあらゆる道具が入っていた。特に足に付けていた物にはカカシの眉間に大きな縦皺が入ったほどだ。手裏剣やクナイと言った昔の忍が持つような飛び道具が仕舞われていた。
一体、何者なんだ?そんな疑念がカカシの中に湧き上がる。自分はこんな男に面識はないはずだ。だがさっきの表情といい、自分の名を呼ぶ声といい、あれは親しい者に向ける物だったことくらいそう言った感情に無関心なカカシにでも分かった。
兎に角、全てはこの男が目を覚ましてからだ。
折角の休日が既にもう無くなったも同然だった。カカシは寝室を出てまた大きめのソファに身を委ねることにした。
男が次に目を覚ましたのは夕方近くになってからだった。解熱剤も効き今度は意識もハッキリしているようだ。
「起きられる?」
そう聞けば、男はきょとんとした顔で小さく頷いて上半身を起こした。傷は痛むみたいだが少しだけ顔を歪ませた程度で痛みをあまり露わにしなかった。痛みに慣れている感じがする。どうしても刑事という職業柄から人を観察するように見てしまうのはしょうがないことだろう。
男はカカシの顔をジッと見詰め、そして初めて困惑の色を見せた。
「こ、こは…何処ですか……?」
「オレの部屋。そこの公園で転がってるアンタを拾ってきたの。…って言うか、なんでアンタオレのこと知ってるんだ?まずオレはそれが聞きたいヨ」
「カカシ、さんですよね?何で知ってるって……だって……え?…どういう事ですか?」
困惑がそのまま言葉になっているようだった。埒が明かないとカカシは大きく溜息を付いた。
「オレはね、確かに畑カカシだけどアンタとは会ったこともないし知り合いでもない。なのにアンタはオレの名前を知っていた。どういう事かはこっちが聞きたいくらいだ」
男はそう言ったカカシの顔から目を離さずジッと見つめた後、ゆっくりと部屋の中を見渡した。そしてまた困惑した声を出す。
「俺の知っているカカシさんの部屋じゃない……です……それに多分…」
そこで口籠もってしまった。どうやら自分の状況を把握し始めたようだった。
「あの、俺は何処に倒れていたんですか?」
カカシは部屋の窓から見える公園を指さして「あそこの生け垣」と答えた。
「他に誰か居ませんでしたか?」
「いや、アンタだけだった」
そして押し黙ってしまった相手にカカシは焦れるように「で?」とその先を促すと、男は顔を上げた。黒い双眸はその男の印象を強くする。真っ直ぐに人の目を見れる芯の強い人間なのだろう。こういった類の人間はカカシの知っている限りでは悪い人間ではないはずだ。
「オレの事、何で知ってるの?」
「それは、多分人違いです。すみませんでした。あと助けてくださってありがとうございました。ご迷惑かけたようで…」
と自分の着ているパジャマと部屋の隅に置かれている自分の持ち物に視線を送り、迷惑を掛けたと頭を下げた。
「あと…」
男は何故か緊張した面持ちで問いかけてきた。
「ここは何という場所でしょうか…?」
「場所?」
「ええ…国の名前とか地名とか…」
今更何を言ってるんだ?と怪訝な表情をしたカカシにそれでもその男は緊張した面持ちを崩さなかったので仕方なく答える。
「国は日本。ちなみにここは東京都だ。それに人違いだからと言って名前まで知ってるのはおかしいでしょ?そんな嘘は止めなさいヨ」
厳しい視線を向ければバツの悪い顔をする。感情がそのまま表れるタイプなのだろう。男が何か隠しているのは分かった。
「…すみません。ただ…貴方は俺の知っている畑カカシではないことは確かです。あとはまだ状況を飲み込めていなくて上手く説明できません」
「ってことは何?オレとそっくりな畑カカシがアンタの知り合いって事?」
「……多分、そうだと思います」
「それってまるで…ドッペルゲンガーみたいな感じだな」
カカシはそう言って溜め息を付いた。嘘をついているようには見えない。ただまだ何か隠している。
「で?他に分かってることは何?」
男はウッと言葉に詰まって暫し考え込んでしまった。言うか言うまいか決め倦ねているようだったが次に顔を上げたときはカカシの眼を真っ直ぐに見てきた。
こういう眼は嫌いじゃない。
「…俺の里は『木の葉隠れの里』と言います。そしてその里は『火の国』という国で、隠れ里は簡単に言ってしまえば軍事を司っている里です」
「木の葉?火の国?…そんな地名聞いたこと無いヨ」
「俺も東京と日本など聞いたことがありません」
「どういう事?」
怪訝な声になったのは自分でも分かった。男の言っていることがよく解らないからだ。と言うか何となく想像は出来るけどそんな非現実的なことを認めるわけにはいかないと頭が否定する。
「多分、この世界は俺の居た世界とは全く別の世界のようです。自分でも…信じられないんですけど……けど、全てが違いすぎるんです」
男は困惑した顔で少し諦めたような笑みを浮かべていた。きっと彼の方が途方に暮れているに違いないのだ。だがその話を信用できるものなのかは断定できない。ただこの得体の知れない男の言うことを信じるか信じないかに懸かっている。そしてその選択肢を持っているのも自分だと言うことにカカシは気が付いていた。
「……パラレルワールド……ってやつか」
時空と平行する別世界。この男はそんな所から飛んできたというのか。
「その話をオレが信じられると思う?」
「…いいえ」
男は頭を振った。
「自分がもしあなたの立場なら簡単に信じることは出来ません。それでも、俺は嘘は言ってません」
そしてあの意志の強い眼でカカシを見詰める。
嫌いじゃないんだよね、ほんと。
内心で呆れつつも、この男の目は信じられる物がある。そして何より惹かれる眼だ。真っ直ぐに何の迷いもなく向けられる眼にカカシは降参させられた。
「アンタのその眼に免じて話を聞いてやる。それでオレが納得出来るように説明してみてよ」
「分かりました」
男はその強い視線を逸らすことなくカカシの言うことを受け止めた。
「まず、あんたの名前は海野イルカでイイのかな?」
「はい……なんで…」
知っているんだ、と言わんばかりの問いにカカシはイルカの胸元を指さした。そこにはドッグタグがぶら下がっている事にイルカもハッとする。
「これは読めるんですね。少し驚きました」
「それで、なんでここに飛ばされてきたの?」
カカシはポケットから煙草を取り出すとライターで火を付けた。イルカの方にも差し出すが「いいえ」と断られた。
「先程も言いましたが、オレは木の葉隠れの里という所で生まれました。そこは火の国の軍事を司る里で、どの国よりも優れた隠れ里です」
「軍事って事は軍隊?」
「軍隊…というのでしょうか。この世界に忍者は居ないのですか?」
「にんじゃっ!?」
そこで思わず素っ頓狂な声をカカシは上げてしまった。忍者なんて時代劇でしか今や見たことがない。それか何処かの観光地でそんな所があるくらいだ。
「俺は忍者です」
イルカはカカシの戸惑いも気にせずそう言い切った。
「ちょっと待って…忍者って言われても……何か?アンタの世界は軍事は忍者がメインだって事か?」
「こっちは違うんですか?」
なんだか時代錯誤の話をしているように思えてきた。もしかしたらパラレルとかじゃなくてただ単に何処かの山奥でそんな生活してきた奴が都会に出てきてしまったとか。そんな事をカカシは思わず考えてしまう。
「あ〜…ちょっとそれは信じられないかも。術とかそんなの使えるって事?今どきあり得ない…」
イルカは忍者が居ないのが信じられないと言った感じだった。
「これなら信じて貰えますか?」
イルカがそう言った瞬間、ベッドの上にはイルカはもう居なかった。ふっと風が舞ったような気がした。
「…え……?」
そしてカカシの首に背後から腕が回る。絞められるような形にカカシは一瞬言葉を無くした。
何が起きたというのだ?一瞬にして目の前から消えた男は自分の背後にいる。
「な、に…今の…」
「ただ移動しただけですよ。この位のスピードも見えないんですか?」
やっぱり貴方はカカシさんじゃない。と小さく唸る声がした。
「オレは畑カカシだヨ。アンタがいくら否定しようがオレはオレに変わりはない」
「すみません。そんな意味ではなかったんです。ただ……」
イルカはカカシから身体を離し、苦笑する。
「やっぱり俺は違う世界に来てしまったんだと思っただけです」
頼りなく笑う顔が無理にしている様でやけに哀しかった。イルカは気を取り直したように声のトーンを変えた。
「今動いてみて分かったことがあります」
「何?」
カカシは振り向いてイルカを見れば少しだけ痛みに顔を歪ませていた。やはり昨日の傷口が痛むのだろう。
「身体が…やけに重いんです。多分……重力がかなり違うみたいです。身体が鉛のようだ」
陽が随分と傾いてきていた。窓から差し込む光が色味をましてオレンジを増す。その光に照らされているイルカが儚く見えた。
とりあえず、今は少しだけこの男を信じても良いかとカカシは思った。
「…嘘は言ってないみたいだネ。とりあえず……もう少しオレに分かるように説明してよ。アンタが分かっている限りでいいから」
そう言うとイルカは安堵した顔を見せた。その顔が少しだけ嬉しいと思うのは何故だろう。得体の知れない男なのにカカシの中で微かな変化が起こり始めていた。
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