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◇ ◇ ◇
海野イルカ。
木の葉隠れの里の中忍。普段はアカデミー(忍者学校)の教師をしている。性格は真面目で実直という言葉が似合うタイプで、だが砕けてるところはちゃんと砕けている。そして優しさと芯の通った強さを持つ眼をしていた。
その日イルカは任務に出ていたらしい。その時対峙した相手にかけられた忍術でこの世界に飛ばされてしまったのだという。
そして気が付いたときにはここにいたと言うわけだ。
仲間が助けようとしたらしいがその術に吸い込まれてしまい間に合わなかったらしい。イルカはきっと助けに来てくれると信じていると言っていた。自分でも何か良い方法がないか考えるとは言っていたがどうやらそれは無理のようだ。
「こちらの世界では忍術が使えないみたいです」
「試してみたの?」
「はい。けどこの世界は凄くチャクラの乱れが酷くてどうしても上手くチャクラを錬ることが出来ないんです」
「チャクラって…気みたいなもんでショ?」
インドの何かで聞いたことがあるな…とカカシは自分の知識の引き出しを広げてみる。この手の話はあまり興味を示したことがないのでうろ覚えだが。
「まあ…簡単にいってしまえばそんな感じです」
イルカを助けてから既に数日が経っていた。結局行くところも無ければ住む場所もない為放り出すことが出来ず、そのまま居候する形になった。働くことも出来ないので変わりに家のことをやってくれれば当分の間面倒を見ると言ったカカシにイルカは何度も頭を下げた。
イルカには使ってない荷物置き場となっている部屋を与えた。初めは何処でも寝られるから大丈夫だと言って廊下で寝ようとしたのを止めてソファで眠らせて、次の日には客用の布団一式がカカシの家に届いたのだ。それからはその部屋でイルカは寝起きしている。
「せめて術が使えれば何とか出来るんでしょうけど……チャクラがほとんど使えないのでどうしようも出来ません」
肩を落としながら今日一日試したことをカカシに報告してくる。
「畑さん、ご飯食べますか?」
「ウン。ありがと」
今日もカカシは仕事で帰ってきたのは今さっきだ。時計は既に十時を回っていた。イルカは手慣れた様子で作っておいた夕飯を温め直しテーブルに並べる。数日ですんなりと馴染んでしまった光景にカカシの方が戸惑うばかりだ。
自分がここまで他人を入れてしまうなんて思っても見なかった事だ。正直カカシは他人と関わり合うことが得意ではない。なのにこの得体の知れない海野イルカはカカシの中に何のてらいもなく入ってきた。まるでいつもそこにいたかのような錯覚を起こしているかのように。イルカの存在はカカシに違和感を与えなかった。
「出来ましたよ」
ソファで一服していると声が掛かった。見ていた夕刊を閉じテーブルへ座る。二人分の食事を見てカカシは驚いた。
「イルカ、食べてなかったの?」
イルカは少し照れくさそうに微笑んだ。
「一人で食べるのも味気ないものなんで…待てるだけ待ってました」
そして照れを隠すかのように、いただきましょう、と手を合わせて箸を動かした。
今までに無い感覚にカカシは戸惑うばかりだ。この人は一体何者なんだろう。こんな風に人の懐にすんなりと入り込んで自分の中を掻き乱す。しかもこういう風に待っていてくれたことを嬉しいと想っている自分にも戸惑うばかりだった。
「イルカは何でも出来るんだねぇ…」
いつも出される料理は美味しかった。どうやらそちらの世界と食事に関してはあまり差がないらしく作ることに関しては何の苦労もないようだ。
「作ってくれる人が居ないから否応がなしで作れるようになっただけですよ。畑さんだって器用でしょう?」
イルカは意識がはっきりして今の状況を把握してからはカカシのことを名前で呼ばなくなった。何で?と聞けば「自分の世界のカカシさんをそう呼んでいたから違う人間だと区別したい」と言っていた。呼び名はどうでも良かったが少しだけ隔たりを感じた。あの安心しきった顔はあちらの世界の自分にしか見せないものなのだろうか、と。そしてイルカに対して何と呼べばいいかと問えば「どうでもいいですよ」と言うのでそのまま「イルカ」と呼ぶことにした。年を聞けば一つ年下だしそちらの方が違和感もなく親近感が湧いた。
「なんで器用だなんて分かるのヨ。実は思いっきり不器用かもよ?」
「分かりますよ。だって何に対しても完璧主義でしょ?畑さんも」
も、と言うことはあっちのオレもって事ね…と内心で呟いて苦笑する。比較されるのはあまり得意じゃない。そう思っていたのが顔に出ていたのか、それともイルカが他人の感情に聡いのか。イルカはそう言う意味じゃないんです、と付け加えた。
「この前からこちらの世界のことを沢山畑さんから聞いているじゃないですか。貴方の仕事に関しても何をなさっているのかとか。そう言うのを聞いていて思ったんです。教えてくださることにしろ何にしろ無駄がないんですよね。要点がきっちりとまとまっていて分かりやすかったんで、きっと何でも極めるタイプの人なんだろうなって……」
そう言ってカカシに確認するかのように上目遣いに覗いてきた。確かに無駄なことは嫌いだし仕事に関しても最善を尽くすタイプだ。
「まあ、だから取っ付きにくいって言われるんだけどね」
カカシはまた苦笑気味に切り返すと、イルカは首を横に振った。
「それは違いますよ」
柔らかい笑顔はイルカの人柄が出ているのだろうと、この数日間で分かったことだ。その笑みを浮かべてイルカは言った。
「ただ、みんな貴方に憧れているだけですよ」
「憧れ、ねぇ……ホントのオレを知って幻滅されても困るけど?」
意地悪い笑みを浮かべればイルカは声を立てて笑った。
「ホントの畑さんは、きっと面白い人ですよね」
「なんで面白いになるのよ。クールとかダンディとか言いなさいよ」
「ほら、この時点で十分面白いですよ。ダンディなんて言葉使ってる時点で」
「失礼だな」
こんなやり取りをして食事はいつも進んでいく。イルカはとても話をするのもさせるのも上手かった。教師をしていると言っているだけはあるのだろう。知らず知らずイルカの人柄に引き摺られて余計なことまで話している自分が居た。
ずっと感じていなかった何かをイルカが持っているような気がしていた。
その強い意志を持つ瞳と共にイルカには人を柔らかくさせる何かを持っているのだろうと、カカシは得体の知れない相手にそんなことを思い始めていた。
カカシはイルカを連れて初めて表を歩いた。
身体の傷も大分良いし、この世界のことを少しでも見せて方が良いと思ったからだ。
一通り買い物できる場所を教え、そして何かあればすぐに連絡が取れた方が良いとカカシは考えて携帯を購入することにした。
「何かあったらこれで連絡して。使い方はこれから教えるから」
「あ、の……これは…?」
「携帯電話って解る?」
「多分。無線じゃなくてちゃんと電話なんですね」
「そうだね、これでメールも出来るから」
「ええー!!スゴイですね!」
イルカは本当に感激したように携帯を弄り始めた。カカシの電話番号とメールアドレスを入れ各種設定をしていく。
「オレの携帯と同じ機種にしたからね。これを長押しするとカメラが起動するから」
「カメラ!!」
またイルカの歓喜の声が上がる。スゴイスゴイとまるで子供のようで見ているカカシも自然と頬が緩んでくる。
「みててごらん」
自分のポケットから携帯を取り出し、そしてカメラを起動させイルカを一枚パシャリと写す。そしてそれを見せてやるとイルカは玩具を与えられた子供のように携帯にかぶりつきになった。
一通りメールと着信を試してみて、また携帯を弄り始めた。
こんなに楽しそうなイルカを見るのは初めてだった。笑うといつもより数倍幼く見えて可愛かった。
今日は髪を下ろしていてそれがこの世界の同世代と何ら変わりなく見えてカカシも親近感を覚える。
パシャッと呆けていたカカシを写していた。
「ちょっと!何撮ってんのよっ!」
「あはは!結構な間抜け面でしたよ〜」
「コラ!それすぐ消去」
「イヤです〜」
保存をしてしまったようで、イルカがこんな風に砕けて楽しそうにしているからカカシは「まあ、いっか」と諦めた。
イルカを拾ってから三週間が過ぎた。イルカはその間カカシの手を煩わすことはほとんど無かったといえるだろう。取り敢えず携帯電話を持たせ何かあれば電話をかけてくる。パソコンや無線はよく使っていたらしい。なのでほとんど教えなくても使えることが出来た。
教えたと言えば地理やお金の事について位だ。それだけイルカはこの世界に順応していた。
体型はカカシよりやや小さいくらいだったので洋服はカカシの私服を好きなように着て良いと伝えてあったので適当に着ているようだ。
だが夜は出歩くことを禁止した。万が一何かあったとき、イルカは戸籍も持たなければ存在すら不確かだ。昼間は近所を歩く分には良いが夜出歩いて何か事件に巻き込まれたときに助けることが出来なくなるという理由でイルカの外出を禁じた。それについてはイルカも納得したようで同意していた。
カカシはその日、まだ陽のある時間に帰ることが出来た。珍しく半休という形で午後には最寄り駅に着きいつもの通りを歩く。こんな風に早い時間に歩くのはいつもと少し雰囲気が違うもんだな…と久々に歩く速度を緩めて見慣れた場所に新たな発見を見出す。ここの店はこんな物が安かったのかとか、ここにはこんな食べ物屋があるとか。今度休みの日にはイルカを連れて食べに来ようと知らずと顔が緩んでいた。
イルカは今何をしているだろうか。ふとカカシの脳裏を過ぎる。最近気が付けばイルカのことを心配し気にしている自分がいた。得体の知れない者だから気になるのだ、と自分に言い聞かせているのだがどうもそれだけではないような気がする。
カカシはノンケだ。今まで女としか付き合ったことがない。かといってイルカが女のように綺麗な美丈夫かというとそうではない。どちらかというと男らしいと言った方があっているだろう。
だがイルカには愛嬌があるのだ。初めて見たときに自分を向こうの世界のカカシと間違えて見せた顔はカカシの中で忘れられないものになっている。
その時の笑った顔がカカシの心を捕らえた。でなければこんな風に面倒事を抱え込んだりはしなかったはずだ。三週間という間に移ったただの情なのか。それとも恋愛の情なのか。カカシにはまだ分からなかった。自分が男に対して想いを抱くことがあるのかと、その事の方が不思議だった。
途中から考え事をしながら歩いていたカカシは気が付けば公園に辿り着いていた。
暑さの中、やけに楽しそうな声が聞こえてくる。今日はいつもよりかは幾分暑さが和らいでカラッとして過ごしやすい日だからだろうか。昼間から子供達の遊ぶ声がしていた。
公園を回ろうと外から中を窺えば、そこには子供達に囲まれたイルカが立っていた。
「何やってんだかネェ〜」
カカシは笑みがこぼれるのを止められなかった。それがあまりにもイルカらしくて回ろうとしていた公園に足を踏み入れた。
すると子供達の母親の一人がカカシに気が付いて声を掛けてきた。
「こんにちわ畑さん。今お仕事帰りですか?」
話しかけてきた母親はカカシの住むマンションの住人だ。管理組合やらで何度か顔を合わせたことがあったので覚えていたようだ。それにカカシの職業を聞いて興味を持ったのも事実だ。
「ええ、珍しく半休が取れましてね」
営業スマイルはお手の物だ。事件の聞き込みには十分と役だってくれているカカシの武器の一つでもある。
そしてカカシの眼がイルカを追っているのに気が付いた母親が、
「あの方、畑さんのお知り合いの方なんですってね〜。子供達とずっと遊んでくださってて助かります」
お陰で楽できました。と笑った。
イルカの周りには子供達がわらわらと群がっていて、それをイルカは少しも嫌な顔せず相手している。
そしてイルカの「ヨーイドン!」と言う声と共に子供達が「わー!」と逃げていった。どうやら鬼ごっこをしているらしい。
「ほんと、子供達の気持ちが解る人ですね。うちの子があんな楽しそうに遊ぶの久しぶりに見たような気がします」
そう言った母親は少しだけバツの悪い顔をした。自分じゃあんな風には遊んであげられないと言って。
「教師ですからね。子供と遊ぶのは得意なんでしょう」
カカシがそう言うと母親は納得したようで、「良い先生ですね」と微笑んだ。
確かに良い教師だと思う。子供達の気持ちをあんな風に引きつけられるのだから。
カカシの視線に気が付いたイルカが立ち止まり手を振ってきた。カカシが振り返そうとしたとき、一人の女の子がイルカの元へ飛んできて「取ったー!」と叫んだ。
「あらら…今回は早かったわね」
イルカの慌て振りを見て笑っている母親にカカシが聞く。
「何がですか?」
「さっきからずっと鬼ごっこしてるんですけどね、あの方の腰に鈴がぶら下がっていてそれを子供達みんなで取りに行くってゲームみたいで。一致団結してどんな手使ってでも良いから取ってごらんって言ってましたよ。これで三回目なんですけど、今回は取られるの早かったわ」
「ああ…オレに気を取られちゃったのか…」
「みたいですね」
イルカは必死に「今のは無し!もう一回やろう!」と子供達に拝み倒していた。それがまた何処か微笑ましくてカカシは近くの日陰のベンチに腰を下ろし、イルカと子供達が昼ご飯だからと言う理由で解散するまでずっと眺めていた。
「――――イルカ先生」
思わず呼んでみたくなった「先生」という名称は今まで見ていた様子から本当はこう呼ばれていたんじゃないかという推測からだった。
だからイルカがまさかこんなに反応するなんて思いも寄らなかったのだ。
勢いよく振り向いたイルカはまるで泣きそうな顔で喜びを表していた。
「カっ…はた、けさん……」
多分、「カカシさん」と呼びたかったのだろう。イルカの表情は見る見るうちに萎んでいき喜びで泣きそうだった顔はそのまま哀しみの顔に摩り替わってしまった。カカシはそれが何故か気に入らなかった。胸の中がモヤつくようなそんな感覚に襲われる。
「…ビックリしました。いきなり先生だなんて呼ぶから……早かったんですね」
取り繕うような笑みを浮かべた後、イルカはそのまままた身を翻し目の前のマンションへと歩いていく。多分、今は顔を見られたくないのだろう。
「今日は半ドン貰えたから。休めるときに休んでおかないとネ。いつ事件が起こるか分からないし」
これは後者への答えだ。そしてこれは前者への問い。
「イルカは、向こうの世界で先生って呼ばれたんだ?」
「一応、教師なんでそう呼ばれてますね〜」
声だけは戯けるようだがきっと向こうの世界を思い出してしまっているに違いない。先を行くイルカはいつの間にか慣れた手つきでマンションのオートロックを外しエントランスを抜けエレベーターに乗る。そしてやっとイルカの顔を見た。既に普段と変わらぬ顔付きに戻ってはいるが、だが正直を絵に描いたようなイルカが落ち込んでいることは読んで取れた。
カカシの部屋のある階のボタンを押しエレベーターが動き出す。なんだか間が持たなくて先に口を開いたのはカカシの方だった。
「今日は何してたの?」
さっきの態度に対しての糾弾ではないと分かるとイルカはあからさまにホッとしたようで、やっと表情を和らげた。
「傷ももうほとんど完治してるし、まだ重力になれないのでトレーニングをと思って公園の周りを走り込んでいたら子供達に捕まっちゃって……」
で、さっき見たとおりです。と子供達のことを思い出したのか表情に優しさが加わる。チンッとエレベーターが目的の階に着き扉が開く。カカシはイルカより先に降り自宅のドアを開けた。部屋は暑さが籠もっていてカカシのモヤモヤを増幅させるようだった。
こんな事を聞くつもりはなかったのに。
あとから部屋に入ってきたイルカがカカシがスーツを脱ぎ捨てている間にエアコンのスイッチを入れた。
不意に芽生えた感情の理由は明白だった。それはあの笑顔が自分の物じゃないと言うことだ。
自分でも不思議でならない。今までの自分はこんな簡単に他人を信じたりしなかったし、ここまで踏み込ませることも絶対になかったのに。何故かこの正体不明の海野イルカという男をカカシは自分の懐にまで入れ込んでいた。
きっと何処かで繋がっていたんじゃないかと思うほど。それが向こうの世界で為されていたんじゃないかと思えば納得出来ることだった。自分はイルカに惹かれる運命なのだ、と。
その向こうの世界で繋がっている関係に自分が嫉妬していると言うことをこの時はっきりとカカシは自覚せざるを得なかった。
「ネェ。向こうの世界のオレってどんな人なの?」
今まで聞いてみたくても聞かなかった質問だ。多分初めて会ったときに見せた顔からずっと想像していたことがあった。それはイルカの恋人は向こうの世界の自分なのではないかと言うこと。あの時の顔はそう言った物が含まれていた。
「え…っと…、そう、ですね。畑さんと同じでエリートで、俺は中忍だけどカカシさんは上忍で、各国に名が知れ渡るほどの忍ですよ。仲間を大切にする尊敬できる人です」
それはきっと無意識なのだろう。とても嬉しそうにイルカの顔は緩んでいた。この三週間、カカシはそんなイルカの顔を見たことはなかった。笑ってはいるが何処か寂しそうで不安なものが見え隠れしていた。
胸に燻る不快感をどうしても拭うことが出来ない。
「傷は?…オレのこの顔にある傷は無いの?」
どうしても自分と違うところを見出したくて、カカシは自分の不注意で出来てしまった顔に走る傷を指さした。
だがその答えは自分の想像していた物とは反対の物だった。
「ありますよ。もっと深く古い傷が。畑さんと違うのは……あの人の左眼は紅い色なんです。特別な眼を持っている。それがあの人の凄い所でもあるんです」
誇らしげに言うイルカがどれ程その男の事を想っているかが分かってしまう。
不安にさせて自分だけを頼りにさせたい。自分無しではこの世界で生きていけないと、そう言って欲しい。
なんて傲慢な思いを自分は持っていたんだろうか。今までこんな風に思ったことは一度もなかったのに。
――――アンタをオレのモノにしたいんだ。
閉じこめてしまえればどんなにいいか。この世界からもイルカの世界からも隔離して誰にも見せないように奪われないように。
誰かに言われたことがある。
「人を好きになるのに理由なんて無いでしょ?」と。
それを言ったのは多分遊んでいた女達の誰かだったと思う。一定の人を作らないカカシにそれでも好きだと言ってきた女だったような気がする。
理由なんて後から付いてくるもんだな。カカシは自嘲気味に笑う。それはイルカには見えていないだろう。
誰かに此処にいて笑っていて欲しいなんて。
男とか女とかそんな事じゃなくて、自分は海野イルカという人間が良いのだと。
「カカシさんの眼は友達の形見なんだそうです。その眼を移植して使えるようになったカカシさんはやっぱりエリートなんですよ」
自分ではない同じ人物の話を嬉しそうにしているイルカが思い出したかのように徐々に沈んでいく。
「アンタは向こうの世界のオレとは恋人だったんだネ…」
「…ッな、なんで…!」
「分かるよ。そんな眼して話されちゃ〜ネ」
カカシは肩を竦めてイルカの方へ寄る。そしてイルカの肩に軽く手を置いてポンポンと叩いた。
「気が付いてあげられなくてゴメンね?アンタこっちの世界に来て誰も居ないこの世界で不安で仕方ないのに頑張ってたんだね。嬉しそうに向こうの世界を話すのを見て分かっちゃった」
優しい言葉はイルカの心を懐柔していく。
「オレとそっくりなんでしょ?」
下を向いて何かに耐えるように眉をギュッと寄せるイルカを覗き込みながら優しい言葉をかけてやる。
今だけで良いから。
オレの方を見て?
「……そっくりですよ。まるでカカシさんが居るみたいで……だけど違う人で……辛いのが本音です」
その言葉にちくりと胸の痛みを感じながら、それでもカカシはイルカに気が付かれないように優しく笑う。
「おいで、イルカ先生。今だけアンタのカカシの代わりをしてあげる」
わざと先生と呼んだ。
この人が惑わされてくれればいいと。
目を見張ったその縁から雫が溢れ出していく。
そっと胸に抱き込んで、出来るだけ優しく背中に手を回した。イルカは一瞬だけ身体を硬くしたがその後は怖ず怖ずとカカシの肩に額を乗せた。
そして声を押し殺した嗚咽がカカシの耳に届く。小さく吐き出された声と共に。
「……カ、…シ、さんッ……」
それが決して自分の名前ではないと分かっていても。
この存在を愛おしいと想うのは何故なんだろうか。
何度も何度も黒く長い髪を白くて長い指で撫でてやる。そしてイルカの髪にそっと唇を当てた。
ビクリとイルカの身体が反応したがカカシは手や唇を押し当てるのを止めなかった。
唇が耳元を掠めた時にそっと囁いた。
「代わりだから…これはアンタが踏ん張るために必要な行為だと思えばいい」
「は、たけ…さん…」
イルカは強い人間だ。だからきっと今を乗り越えれば、元の世界に戻れる日まで頑張り続けるだろう。その手助けだと思えばいい、とイルカに言うと少し戸惑った後小さく頷いた。イルカの性格からは過ちは二度と犯さないだろうと言うのもあった。
ゴメンね。本当はただオレがアンタを独り占めしたかっただけなのに。
だから過ちでも良いから。
「違うでショ?今だけは『カカシ』って呼んで」
オレの名を呼んで?
「カカシ…さん…」
その名前を呼ばれたとき全身に震えが走った。なんて甘く甘美な誘惑だ。ずっと呼んで欲しかった名を呼ばれた衝撃はカカシの下半身を熱くさせるのに十分だった。
「もう一回呼んで?」
「カカシさん…!」
最後は叫ぶようにしてイルカはカカシの名を呼んで、そして溢れる涙と共にカカシの首に抱きついてきた。
「今だけ…許してください……貴方に酷いことをしているのは分かってます。それでも…」
「オレが代わりをしてあげるって言ったんだからイルカは気にしなくて良いよ」
「でもっ…!……男を抱くのは気持ちが悪いでしょう?」
最後の方は消えるような声だった。
カカシはイルカの手を取り自分の中心へと導く。既に勃ち上がっているそれに添えるとイルカが驚いた声を出した。
「なんで……」
「何でだろうネ?アンタが可愛い声で鳴きながら人の名前なんて呼ぶから」
「…っ!か、可愛い…」
まだ涙の跡が残る頬にカカシは唇を落とす。瞼に、鼻に、そして唇にそっと啄むようなキスを落とした。
初めてのキスをきっとカカシは忘れられないだろう。
自分がこんな風に甘ったるい空気を作ることにも驚いた。だが止めようがない。この目の前で精一杯虚勢を張っているイルカを見てしまったら愛しさが込み上げてくるのだから。
啄むようなキスを繰り返し、そしてイルカの髪に指を差し入れて後頭部を掻き抱いた。そしてそれを合図にキスは激しさを増していく。
ただ一度きりの瞬間。
それはカカシにとって一瞬の中にある永遠のようだった。
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