現場に到着したときは人集りが出来ていて、現場は青いビニールシートと黄色いテープで一般人の侵入を遮っていた。
「早かったな」
 カカシの到着を見付けた同僚が声を掛けてきた。白い手袋を填めながらカカシはアスマに概要の説明を求め、アスマは簡単に事件の内容を話し始めた。
「被害者は十二才の少年。この近所に住む中学一年生だ。今日は塾の帰りがあまりにも遅いので携帯に電話しても出ない母親が心配して表を探していたところ、この公園で遺体で発見された。致命傷は頸動脈への一撃だ。母親は調書を取りたくても取り乱してて今は病院だ」
「遺体は?」
「取り敢えず、これから現場検証でまだそのままにしてある。見るか?」
「もちろん」
「言っておくけど、今までのとはちょっと違う。ぶっちゃけ気分のいいもんじゃねぇぞ」
「分かってるよ」
 遺体になって発見されたと言っていた時点でそんなことは分かっている。
 だがその気分のいいもんじゃないと言っていた意味をカカシは遺体を見るまで分かっていなかった。
 遺体はシートが被せられておりそれを見張りの警官が外してくれた。頸動脈を引き裂かれた少年は大量の血を流して横たわっていた。その他には目立った外傷はない、と思った矢先カカシの眼に入ってきたのは白濁とした体液だった。それは少年の陰部から腹部にかけてかかっておりそれを見た瞬間カカシは胸に押し寄せるむかつきを抑えるのに必死だった。
 その横でアスマが「だから言っただろ?」と苦い顔で遺体を見詰めている。
「まだ遺体解剖が済んでないから何とも言えねぇけど、多分肛門裂傷が見付かるはずだ」
「犯しながら殺したのか」
「……多分」
「気分が悪いなんてモンじゃない……くそったれ」
 罵倒した語尾は隣にいたアスマにしか聞こえなかっただろう。
「凶器の断定は?」
「鋭利な刃物、としか言えないな。何せ目撃情報が何にもない。今までと同じ手口から多分犯人は同一犯だ」
 既に所轄の刑事は聞き込みに入っている様で目撃情報などが分かり次第こちらの本部にも入ってくるがまだ手がかりは一つもなかった。
「前の事件の時、やられた少年が少しだけ刃物が見えたと言ってたらしい」
「どんな感じだった?」
 目の前の息絶えている少年にシートを被せカカシとアスマはその場を離れる。
「それがな。見たことがないような形をしていたらしい」
「見たことがない?」
 見たことがない刃物とは一体どんな物なのだろうかカカシにも想像は出来なかった。
「ああ。それで色々調べて見せたんだが、どうやら昔の忍者とかが使っていたクナイが一番近い形だそうだ」
「……忍者…?」
「そうだ、忍者の武器。手裏剣じゃなくて手に持ったり投げ技にも使えるクナイだそうだ」
 カカシの背にひんやりと冷たい物が落ちていく。
 まさか。
 イルカの言葉が蘇る。
――――本当の俺を知っても貴方は同じ事を言えますか?
 違う、と頭を振る。イルカの性格からしてそんな重罪を犯すような事は出来ないはずだ。
「どうした?カカシ。真っ青だぞ?」
「……いや、何でもない」
 イルカのはずがない。
 だが、イルカを助けたときに見たイルカのポーチの中に武器となる物が沢山含まれていた。特に右の太股に付いていたポーチには手裏剣や、そして先程から出てきているクナイが忍ばされていた。
『基本の道具です』
 と笑っていたがこの世界では銃刀法違反になると教えると、持ち歩く事はしないと言っていた。
 どうするべきか。まずは冷静に考えなければならない。イルカが犯人だとは思わないが、凶器になった物と類似している物を持っていることも確かだ。
 まずは、聞き込みの成果を見て犯人像を特定してからの方がいいだろう。
 自分が現実から逃避していることはよく解っている。だが今のカカシにはどうすることも出来なかった。
 ただ、イルカの言葉が脳裏に焼き付いていて離れてくれなかった。

 結局手がかりは何もなく二日が経った。
 一度自宅へ帰ることを許されたカカシの足取りは重たかった。イルカを疑っている自分がいるのだ。違うと否定しながらも可能性のある人物としてイルカを上げている自分が居るのも確かだった。自分の好きな人を信じ切れない自分にも苛立っていた。
 最終電車に揺られて帰ってきたため既に日付はとっくに変わっていた。エントランスでロックを外しそしてエレベーターへ乗り込んでボタンを押す。いつもならばイルカの待つ部屋へ帰ることが楽しみだったのに、それが今日は少しだけ苦痛を伴っている。
 音を立てずにドアを開け、ゆっくりと閉めた。部屋の中は既に真っ暗でイルカが就寝しているのが分かった。リビングの明かりを付けジャケットを脱ぎ捨てる。そしてテーブルの上にある紙に目がいった。
 それは地図だった。
「……な、に…これ…」
 赤い印が所々に付いており、それが今回の事件の起きた場所だとカカシにはすぐに判断できた。
「…どういう事…?」
 何故イルカがこんな物を付けているのか。自分が否定してきたことが崩れていく気がした。
 アンタを信じたかったのに。
 裏切られた気がして無性に腹が立ってカカシは勢いよくイルカのドアを開け放った。
 だがそこにはイルカの姿はなかった。
「どこ、行ってんの?こんな時間に……」
 不信感が募る。本当のイルカとは一体どんなイルカなのか。それが犯罪と繋がっているのであれば自分はそれでも好きだと言える自信は薄らいでいく。やはりカカシにとって犯罪は許されざるべき物なのだ。
 その時、がちゃりとドアを開ける音がしてイルカが玄関から現れた。
「畑さん……おかえりなさい」
 少しだけ顔が引きつっていたのをカカシは見逃さない。
「何処行ってたの?夜は出ないように言ってあったよね?」
「スミマセン……先程見たら卵を切らしてしまっていて…明日の朝ご飯用に買ってきたんです」
 コンビニのバッグを掲げバツの悪そうな顔をする。きっとイルカの中ではカカシがこんな風に帰宅するとは思っていなかったのだろう。
「そう…で?これは何?イルカは何を調べてるの?」
 徐に地図を指さして今までにない口調でカカシはイルカを問い詰めた。流石のイルカも自分のしていることに言い訳が出来ずに口籠もっているとカカシの携帯が鳴り響いた。
 小さく舌打ちをしてカカシは携帯に出る。
「もしもし?」
『カカシ、またやられた』
 それはまた少年が殺されたという知らせだった。
『お前ん家からそう遠くない。悪いが先に行ってくれ。俺も後から合流する』
「分かった、すぐ向かう」
 カカシは携帯の通話を切ってイルカの方を向く。イルカは今表から帰ってきたばかりだった。こんな偶然はあるのだろうか?イルカが帰ってきた途端、事件を知らせる電話。
 疑いたくなくとも疑ってしまう。
「イルカ…ホントにコンビニ行ってきただけ?」
 その言葉にイルカは少しも動揺を見せずに頷いた。
「そうです」
「他に、どっか行ってこなかった?」
「何故ですか?」
 そこから先は言いたくなかった。
 まさか子供を殺しに行ってたのか、なんて。
「…また殺しがあった。しかもこのすぐ近くだ」
 イルカの眼が大きく見開かれた。カカシにはそれがしまったと言っているように見えてしまう。
「アンタを信じたいのに……」
「は、たけ……さん?…まさかっ!俺を疑ってるんですか?」
 その眼が信じられない物を見るようにカカシを見詰め返す。
「オレだって信じたくない。けど今のアンタの行動は不利な物が揃いすぎてる」
 カカシはテーブルの上にある地図を指差して、そしてコンビニの袋に視線を移す。
「アリバイ工作とも取れ無くないよね…」
「畑さん!信じてください!……話を聞いてくださいっ!」
 今は何を聞いても信じられそうになかった。だからカカシは一つの方法を思いついた。それはここにいるというアリバイが在ればいいのだ。カチャリと音を立てて取り出したのは手錠だった。いつもは必ず署に預けてくるのだが、今は捜査中と言うこともあってそのまま所持していたのだ。
 イルカの手を掴んで手錠の片方を嵌め、もう片方を備え付けのスツールの脚に嵌めてしまうとイルカはそこから動けなくなった。
「畑さんっ!」
「アンタを信じたいから、少しの間我慢して」
「こんな事をしなくても俺は何処へも行きませんからっ」
 イルカの言葉には応えなかった。ただ、自分を安心させるためだけにするのだ。
「すぐ帰ってくるから……」
 カカシはジャケットを手にして部屋を出て行った。
 その後に呟いたイルカの言葉は聞こえなかった。ガチャッと手錠を目線まで上げてイルカは小さく微笑んだ。

「こんなの何の意味も成さないのに…」















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――――2008.3.19.up