現場はカカシの自宅から一駅行った所にある住宅街の公園だった。被害者はまた少年で二日前に殺害された手口と全く同じ物だった。
 性的異常者による連続殺人事件になってしまったこの事件の全貌はカカシ達警察にも全く掴めていないのが現状だった。歯痒さが募る。どうして痕跡すら見当たらない?目撃者も皆無だ。
 確認のために遺体を見る。やはり気分の良い物ではなかった。撒き散らされた精液が少年の顔にまで飛び散っている。前回の時に回された精液はDNA鑑定に回され、結果がカカシ達の手元にも届いているが犯罪歴は無いようで誰とも一致することはなかった。今回のもきっと同じ結果だろう。
 続けざまにある事件に辟易しつつもカカシは一連の調書を取っていく。そうしている間にもアスマや他の担当者が集まってきた。
「やりきれんな…」
 思わず漏れた最年長の言葉だった。これから人生を楽しむはずだった少年の遺体を見て漏らした一言にそこに居た全員が頷いた。
「何にせよ早く犯人を捕まることが先決です。これからまた聞き込みの方をお願いしてプロファイリングもすぐにでもやってもらいます」
 カカシの言葉の強さに皆引き締めた顔付きになる。そして各自持ち場へと散っていった。
「とは言っても…なぁ……こう手がかりが掴めんとなると難攻不落だな」
「オレ達がそんなでどうする」
 こうなれば意地でも犯人を捕まえて地獄へと落としてやりたい。あまりの進展の無さに弱音を吐くアスマを一喝してカカシは「ちょっとだけ家に戻る」と言って帰ってしまった。
「…おいっ!」
「一時間で戻るからオマエも聞き込みしててくれ」
 自分勝手な行動にアスマは溜息を吐きつつその位の時間ならどうにか誤魔化せるだろうと算段を付けた。カカシがこういう風に動くときは何か閃きや思う節がある時だというのをアスマは知っていたからだ。
 二人一組で動くのが組織として原則だがここは見付からないようにアスマは暗闇に身を紛らわしてカカシの帰りを待つことにした。

 カカシは自宅へ急ぐ。
 イルカが何か知っているような気がして仕方がないのだ。刑事の勘と言うよりは確信に近い。でなければあんな風に手錠で身動きを封じることなどするはずもなかった。
 息を切らしてマンションへ駆け込む。こんな時は防犯対策のオートロックが面倒臭いと感じる。
 勢いよく玄関を開けて部屋へ入るとイルカはスツールの所には居なかった。
 逃げたのか、と一瞬青ざめたが掛けられた声にハッとして振り返った。
「早かったんですね」
 イルカはソファに座って先程テーブルの上に広げられていた地図を見ていた。
「…手錠、どうやって外したんだ?」
 自分の声が地を這う様に低くなっていたことは分かった。疑っている自分を裏切るような行為をするイルカへの怒りからだ。そこで大人しく待っていてくれればきっとこんな風に思うことはなかったのだろう。
「畑さんは俺を甘く見すぎましたね。それと…貴方はもう俺が異世界の人間だと言うことをお忘れですか?」
 それはカカシにとってイルカを失うと言う恐れのある問題で直視したくない物だった。だからずっとその事を意識的に遠ざけていたのは分かっていた。
「私は、忍です。あんな拘束くらい解くのは朝飯前なんですよ」
 と苦々しく笑う。
「それよりも…」
 イルカは地図へ目を移した。
「これ、見て貰えますか?」
 それは今回の事件が発生してからの経緯を追った地図だった。赤い×の付いた印は今回事件が起きた場所だ。
「ここが初めて事件のあった場所。そしてその次、そしてこれが先日起きた殺人事件」
 カカシ達も地図を見て事件解決の糸口が得られないかと何度も頭を捻ったが一貫性のない通り魔的に起きている事件のため場所はあまり関係ないのではと言う結論に至っていた。
「それがどうしたの?」
 まだ声色は警戒心で一杯だった。イルカはその事は気にならないようで話を先に進める。
「今、事件が起こったのは何処ですか?」
 警察関係でもないイルカに最新情報を渡して良いものか、カカシは一瞬考慮してみる。何も有力な情報がない今何かに縋る気持ちでカカシは地図に先程事件のあった場所に印を付けた。
「ここだ」
 印を付けた場所を見詰めイルカは小さく溜息を吐いた。
「やっぱり……もうここまで来てますか」
「どういう事?」
「これは私の推測なんですが……それでも良いでしょうか?」
 ここまで来れば推測だろうが犯人への手がかりになるなら何でも良い。と言えばイルカは素直に頷いた。
「一つ、畑さんに言ってないことがあったんです」
 バツの悪そうにカカシから目を反らしたイルカが想像していなかったことを口にした。
「俺がこの世界へ飛ばされたとき、もう一人一緒に飛ばされた者が居たんです」
「え?」
「黙っていてすみません。けどこの事件が起きるまで奴もこの世界に飛ばされていたとは思わなかったんです」
 そう言えばイルカを助けたとき、他に誰か居なかったかと言っていたことを思い出す。
「それはどういう事?」
「俺はここへ飛ばされたとき任務に出ていました。その任務で相手を追い掛けていたとき、相手の忍が自分の仲間ごとオレ達を何処かに飛ばしたんです。俺は敵の一人を捕らえていたのでもう逃げられないと悟ったその仲間が俺と自分の仲間ごと一緒に術を掛けた」
「けどここにいたのはアンタ一人だった」
 カカシはイルカを見付けたときのことを思い出してた。確かに誰も居なかったはずだ。
「多分、飛ばされた場所と時間がバラバラだったんだと思います。俺はこの場所へ、そしてアイツは時間と場所をずらして違う場所へ飛ばされた」
「それがこの一連の事件の犯人だとどうして言える?」
 イルカはその男が犯人だと言うことを言いたかったのだろう。だが何の確証もない。
「犯した罪が同じだからですよ」
 その声は酷く冷徹で温度がなかった。イルカの性格をこの一ヶ月くらい見てきたがこれほどまでに冷たいと感じたのは初めてだった。
「アイツは向こうの世界でも子供を犯して殺した。それも一人じゃない。何人もです」
「それを追っている最中だったのか…」
「ええ…」
 それと、とイルカが付け加えた。
「この地図を見てください」
 先程印を付けた地図の上にもう一枚地図を載せた。それはカカシは見たこともない地図で何処の地形を示しているのかも解らないものだった。
「この地図は…?」
「これはオレ達の世界の地図です。そしてこの印を付けた場所がオレ達が飛ばされたときにいた場所です」
 そしてその地図とこの世界の地図を重ねる。
「緯度と経度の取り方が全く同じだったので助かりました。この地図を重ねると分かると思います。畑さんが俺を拾ってくれた場所こそ、向こうの世界でオレ達が飛ばされた場所と一致するんです」
 いつの間にこんな物を調べ上げていたんだろうか。ただ安穏とこの世界へ順応していただけではなかったのだ。そんな強さに先程までカカシの中を渦巻いていた不信感が消えていく。やはり自分の気持ちを信じていれば良かったと後悔してももう遅い。イルカを疑い拘束までしたのだ。
 この先、今までのようにイルカが接してくれるかどうかは分からないがそれでもこの気持ちはもう二度と疑わないとカカシは心に決める。
「そして、今回の事件の場所です」
「段々とここに近付いてるのか…!」
 その場所はこの目の前の公園。イルカを拾った場所だ。
「時間の感覚も短くなってきてる。相手も同じ忍です。バカじゃないはずだ。多分俺と同じ事を思っているはずです」
「同じ事?」
「ええ…」
 イルカはカカシの眼を見据えて、そしてはっきりと言った。それは自分の願いだと言わんばかりに。
「この場所に来れば還ることが出来ると…」
 イルカのハッキリとした言葉にカカシの胸はチクリと痛んだ。
「だから、やつもここに絶対現れます。カカシさん…」
 イルカはカカシから目を逸らすことはなかった。何かの覚悟を決めた物でカカシに訴える。
「俺にも手伝わせてください。アイツを捕らえることは俺の任務でもあったんです」
「ダメだ。素人を手伝わせるわけにはいかない」
 イルカを危険な目に遭わせたくない。それがカカシの一番の理由だった。
 だがそれを否定するように、カカシ達の無力さを見せつけるかのようにイルカは言う。
「貴方達にあの男は捕まえられませんよ。有力な手がかりすら掴めてない、貴方達に…どうしてか分かりますか?」
 こんな風にハッキリと強い意志で物事を言う男だったのか。意志の強い男だというのは分かっていた。だが今までそれが優しさに隠れていて見ることは無かった。
「何でオレ達には捕まえられないと言える!」
 それは自分達の沽券にも関わる問題だ。イルカの発言にカカシはイルカと対峙する。
「目撃者が一切居ないのは、貴方達の能力ではオレ達忍の動きについて来れないからです」
「動き?」
 その瞬間、初めの頃にイルカが自分の後ろを取ったときと同じように一瞬にして消えた。そして次の瞬間にはリビングの入り口に立っていた。
「……そ、れは…何をしたんだ?」
 瞬間移動。本当にそんな物があり得るなどカカシには信じられないことだった。現実主義と言われてきたカカシにとって目の当たりにしても信じることは難しい。
「何もしていません。これが私たちの動きなんです。この世界の人間は動体視力が弱い。だからオレ達の動きを追うことすら出来ない。だから目撃者も出るはずがないんです」
 世界が違う、と言われたような物だった。確かにイルカの動きは全く見えなかった。動体視力も他の者に比べたらカカシは良い方だったはずなのにそれでも全くイルカの動きは捕らえることが出来ない。
「貴方達にアイツを捕まえることは困難なんです。だから、俺を使ってください、畑さん」
 俺ならアイツを捕まえられる。そう確たる声でイルカが言う。カカシはその声を信じることに決めた。手がかりは何もないのだ。
「分かった。イルカを信用する。但し、イルカのことは公には絶対に出来ない。存在自体が不確実だからだ。絶対に危ない事はしないと、それだけは約束してくれ」
 カカシの真摯な言葉にイルカも慎重に頷く。
「近いうちにヤツはそこの公園に現れるはずです。その時俺があいつを追い詰めます。気配を感じたらすぐに畑さんに知らせるようにすればいいですか?」
「ああ。渡してある携帯でワンコールだけして切ってくれ。それを合図にしてオレはここに来る」
「分かりました」
 イルカの予想だと明日の夜にまでにはここにやってくるだろうと言うことだった。昼間は動きが取れないから多分明日の夜が勝負だろう。
 カカシはひとまず捜査に戻ることにした。なるべく近くで待機できるように計らう予定だ。
 何故、明日の晩にヤツが来るとわかるのかと聞けば「忍の勘ですよ」とだけ言っていた。今はそれを信じるしかない。
「気を付けてネ」
 戻る間際にそう言えば、イルカは少しだけ嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
 その笑顔を見てカカシは捜査に戻っていった。

 
 カカシはそのまま捜査に戻り翌日も進展がないまま捜査を行っていた。夏の盛りの捜査は体力を根刮ぎ持って行かれる。自宅から捜査に戻りアスマと合流したときに「何か情報掴んだか?」と聞かれたが「何もなかった」と答えた。
 誰がイルカの存在を信じてくれるだろうか。自分でさえ信じているのが不思議なくらいなのにそれを他人に話したところできっと誰も信用しないだろう。ならばこのまま犯人をイルカが押さえてくれるまで黙っているしかない。
 直に日が沈む。
 イルカは夜犯人が動き出すと言っていた。ならばそう遠くには居ない方が良いだろう。カカシはアスマにもう一度昨日の事件現場周辺を洗おうとカカシの自宅から一駅しか離れていない所にいた。
 まだ携帯は鳴らない。
 珍しくらしくないカカシにアスマも何か言いたげだったが、そこは長年の付き合いから何も言ってくることはなかった。
「今日も何にも出てこなかったな…」
 ボツリとアスマが漏らしたとき、時刻は既に十時を回っていたが最近の夏は夜になっても気温が下がることがなく、未だ蒸し暑さを保っていた。
「一度、本部に帰るか…」
 煙草を携帯用灰皿に押しつけたアスマがカカシにそう言って車へ戻っていく。下手な言い訳をして怪しまれても困るのでカカシもそれに従い駐車場へ歩いていった。
 運転席にアスマが乗り込んで、発信しようとしたその時、カカシの携帯が鳴り響く。
 ワンコール。
 そして携帯は切れてしまった。
 イルカからの連絡だ。それは犯人がすぐ側まで来ていると言う連絡だ。
 カカシは急いで携帯の履歴を見てそれを確認した後、助手席のドアを開ける。
「アスマ、ゴメン。先に本部に帰ってて。オレは一度自宅に寄ってからすぐ戻るから」
「おい!昨日からどうしたんだよ。らしくないぞ?」
「分かってる。分かってるけど……今だけ見逃してくれ」
 そう言うとカカシはそのままドアをバタンとして閉め、駅へと走り出していた。















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――――2008.3.22.up