カカシは呼び出されたその日、ある任務を言い渡された。
 帰る、とイルカには言ってしまったのにと心の中で独りごちる。
 里長の待つ執務室でわざとらしく大きく溜息を吐くと、カンッと甲高いキセルの音が響いた。
「で? オレは何をすればいいんですかね?」
 やる気のなさそうな怠い声はいつもの通りだと思うが、実際やる気が起きないのは確かだ。大きな任務が終わってやっと自分の居心地のいい、あの男の元へかえってこれたのに、これだ。
 一日もたたないうちにやっかいな任務を言い渡されるとは、思っていなかったとはいわないがもう少しゆっくりしたかったというのが本音だ。
「そんなに眉間に皺を寄せるでない。表情が読まれるなんぞお前はそれでも上忍か」
「……はぁ」
 もちろんわざとですけど、とは言わずにおいた。そんな事口に出さなくても相手も分かっているだろう。
 里長はそんなカカシの態度を無視してとある資料をカカシによこした。
「これについて調べてきて欲しい。他国との協力体制も出来ておる」
 資料に目をやると、奇妙な事件の詳細が書かれていた。
 それを目にした途端カカシの顔付きが変わる。本来の顔。忍の顔としてのカカシの顔付きがそこにはあった。
 満足そうに笑った里長に、内心を見透かされているのは悔しいが、カカシは忍としての仕事は嫌いではなかった。やりがいを感じることよりも、死を身近に感じることで生きていることを実感している、そんな危うい自分がいることをこの里長は分かっているのだ。
 昔からよく注意されたきた。お前は死ぬために忍になったのか、と。
 暗部にいたときも誰よりも率先して任務をこなした。自分の能力を上げたい、技を磨きたい。向上心はカカシの危うい精神に拍車をかけていく。ギリギリの所を綱渡りしているカカシに里長は見切りを付けた。
 暗部を除隊させ、正規隊へ復活させたのだ。
 生き延びるために、その技と志を受け継がせろ、と。
 カカシにそんな大層なものが無いと分かっていながら、それがあたかもカカシの中にあるかのように言い付けて里長は満足そうにしていた。
 それからカカシは自分のいる場所を確かめるようになった。自分は何をすべきか。何を求めているのか、と。
 伝えたい事があるのだろうか。こんな空っぽでちっぽけな自分に何が伝えられるのだろうかと考えるようになって、まんまと里長の手中にはまっていると気が付いた。
 それに対して悔しさは微塵も感じなかった。
 自分はまだ、生きていていいのだと、こんな自分でも後ろに続く者達へ何か残せるのであれば、今の自分が前よりは良いかな、と思えるようになった。
 そして出会ったのだ。
 今、自分が還りたいと思えるところに。
 向こうにしてみれば出会いは最悪だったかもしれないが、カカシにはあの真っ直ぐさは凶器だった。
 胸を一発で打ち砕かれたような気がした。
 子供達のことを自分よりも大切にしている彼の心根が、カカシの胸を打ち砕いた。
 怒らせてしまったけど、それがあったから彼の人となりを知ることが出来たと思う。
 次に会ったときはカカシの方から頭を下げた。言い過ぎたと謝れば、真っ直ぐな性格なのだろう。自分も悪かったと謝ってきた。
 海野イルカ。中忍で野暮ったいのにカカシにはフィルターがかかってしまったかのように、可愛く見えた。
 実直で優しいイルカが今カカシの拠り所になっている。
 あの場所に還れるのなら、どんな姿でも生きて還ろうと、そう思えるほどに。
「これはどういう事ですか?」
 カカシが里長を促す。
 この話を聞けばきっとその足で任務に飛ばされると分かっていた。
 だが、大丈夫だ。カカシはまたこの里へ帰ってくる。必ず彼の待つこの里へ。
 纏う空気が色を変える。今朝まで纏っていた柔らかいものから、硬質な冷たいものへ。それがカカシが本来の役割を果たすための儀式だった。
 名高い忍へ切り替えるためのもの。
「説明は、アスマが来てからじゃ」
 カカシは頷いて手にしている資料にざっと目を通し始めた。





 カカシはその日のうちに任務に出ることになったとアカデミーに行ったときに聞かされた。
 結局カカシとは今朝別れてから会えなかったがの残念だが、任務ならば仕方がない。
 本当は少しゆっくり出来る、なんて昨日の夜言っていたので少しだけ期待していた部分もあったからこっそりと落胆していた。
 課題を言い渡された七班がふて腐れているのを宥めて、ついでに自分の心も納得させていた。
 これは仕方がないことなのだ。カカシが上忍である以上、分かっていたことだ。
 イルカは中忍であり、カカシは上忍だ。それに対して引け目があるわけではない。ただ時々こうやって突きつけられる事実が辛いときもあった。
 自分も早く上を目指したい。そしていつの日かカカシと共に任務に就きたい。それはイルカの目標になった。
 イルカとてこのままここでくすぶっているつもりもない。ただこの仕事は自分に合っていると思う。
 子供達に忍びの基礎を教えていく。そんな彼等の成長を見続けていくこともイルカの中にある一つの選択肢だった。
 どうなりたいかはまだはっきりとしていないけれど、どちらもイルカの目標であることは変わりなかった。
 今、自分に出来ることはなんだろうか。里のために、子供達のために、そしてカカシのために。
 この里を護り、生きていること。これだけははっきりしていた。
 カカシが自分のところに還ってくる、と言っている限り、自分はここに居よう。そしてカカシを笑って迎えてやることだけがイルカに出来る精一杯のことだった。



 結局この日は七班の連中とラーメンを食べて帰ってきた。明日からカカシ班とアスマ班は自主演習になってしまうので、時々修行に付き合う事を約束してきた。
 ナルトとサクラは一緒に修行をするらしいが、サスケは付き合ってられないと、一人で行動するようなことを言っていたので、それはダメだといなしてきた。相変わらず他人とは線を引いて付き合うサスケに寂しい気持ちを覚えつつ、それでもイルカはいつもアカデミーで話してきたようにサスケに言う。
 いつも同じ事ばかり言ってきたな、と笑うとサスケはバツが悪そうな顔をして、しょうがないと小さく呟いた。 
 その一言が一緒に修行をするのだと分かってイルカはサスケの頭を撫でてやったら、照れているのと、子供扱いされたことに腹を立てたのか、サスケに手を払われてしまった。
 この子達が大きくなり、一線で活躍するときに、何が一番大切なのか。それが分かってくれればいいと思いながらイルカはそんな気持ちで教え子達と別れた。
 家に帰ってくると、やはりシンと静まった部屋に少しだけ寂しさを感じる。
 まだカカシの気配の残る部屋を見渡すと、今朝拾ってきた花が少しだけ青さを取り戻しているように見えた。
 花は土を変えてやり栄養剤を与えた。
 昨日は垂れ下がって色が変わっていた葉が、少しだけ張りが出てきたような気がした。
「お、少し元気になってきたか? 頑張れ」
 植物は話しかけてやるといい、と何かで聞いたことあったのでその通りにしてみる。
 かといって植物は返事を返すわけでもない。
「なんか、お年寄りの独り言が増えるのが分かった気がする……」
 こうやって何かに話しかけると、少しだけ寂しさが紛らわせる気がしたのだ。
「お前が返事でもしてくれたら、可愛いのになぁ……」
 せっかく拾ってきたのだ。花を咲かせるまで頑張ってみようと思う。それまでにカカシはきっと帰ってくるはずだ。
 イルカは忘れないうちに水を与えてやった。
 明日にはもう少し葉が元気良くなってくれればいいと思いながら一日を終えたのだった。
 

 



 













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――――2009.5.18.up