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翌日は良く晴れた日だった。
朝日が眩しくて目を醒ますと、窓際に置いた枯れかけた草はピンと茎を伸ばし、立ち上がっていた。
「……よかったな」
だがイルカは目を醒ましたのに立ち上がることが億劫だった。どうやら日頃の疲れが取れていないらしい。
これも一つの老化現象か、と自分に苦笑しながら重たい身体を起こして伸びをした。
(参ったなぁ……今日は演習が多い日なのに、こんなんじゃ子供達についていけない……)
教師の威厳を保つためにも、朝ご飯をしっかり食べて備えていかなければ、と気合いを入れて食事の支度をした。
出掛けに草に水をやるのを忘れずに家を出た。帰ってくる頃にはもう少し元気になってるかもしれない、と小さな期待をして。
数日間は草に変化は見られなかった。
(やっぱりダメなのかなぁ……けど前よりは元気な気がするんだけど……)
真ん中にある太い茎が真っ直ぐに伸びている。それが多分花を付けるだろうとイルカは思っていた。
植物に疎いわけではないので、多分花を付けることは間違いないだろうと踏んでいる。
忍はその場その場で薬草を調達して任務をこなすので、植物の知識は多少は持っている。
それにしても、身体の怠さが取れてくれない。これといって激しい任務をしていないので、どうしてこんな風になっているのかも分からなかった。
医療チームの友人に見せても良いのだが、ただ疲れが取れないだけで見てもらうのも気が引けた。
だが、この身体の怠さは今までにないものだった。
(なんだろう……寄る年波には勝てないって事なのか……?)
みんなこんな怠さを引き摺って修行や任務をこなしてるのかと思うと、頭が下がる。
(俺って体力無かったんだなぁ……)
とがっかりして、イルカは大きな溜息を吐いた。
明日から体力作りをしようと心に決めて、カカシのことを思い出す。
あれだけ世間に知れ渡った上忍はどのくらいの体力を持ち合わせているのだろうか。ランクの高い任務の後ほどカカシはイルカを抱きたがる。
ふと夜の迫ってくるカカシを思い出して、思わず中心が熱くなるのを感じた。
カカシが任務に出てもう一週間が過ぎようとしていた。
長い時は何ヶ月も里を空けることがあるとカカシに聞いたことがあった。まだ知り合ってそんなに長い時間を共に過ごしていないので、長期任務に出たことはない。
一週間ごときでこんな風に反応してしまう自分は欲求不満なのだろうか。
(こんな体力はあるくせになぁ……)
カカシの艶めいた雰囲気は恐ろしいほどいやらしい。
そんなカカシを思い出し、イルカはそっと硬くなったものに手を伸ばし慰めてやった。
翌日、イルカの想像は当たっていた。
遂に枯れていた草に蕾が付いたのだ。
「おおー! やっぱりお前は花を付ける植物だったんだなー」
嬉しそうに鉢を覗き込んだとき、目の前がくらりと回った気がした。
(や、ばいかも……)
クラクラ回るのが酷くなっていく。目が回るとはこの事を言うのかと初めて理解できた。
めまいとは結構なものだなぁ、と暢気なことを考えていたら、今度は立っていられないほどになってしまった。
これじゃ歩けない、とアカデミーへ連絡することを余儀なくされた。
年長の上司には、だらしがないと一括されたが、しょうがなく休みを貰えたので良かったと胸をなで下ろした。
これはどうしたんだろうか。確実に何か身体に変化が起きている。
体力も無かったのではなく、やはり調子をくずしていたらしい。それを自分で気がつけなかったのはイルカの落ち度だった。
無理矢理歩いて病院へ行くか、もう一日様子を見るか。
同僚達への迷惑を考えると病院へ行った方が良いのだと分かっていても、結局は歩くこともままならずそのまま一日を過ごす羽目になった。
蕾は徐々に膨らんで、花を咲かせようとしている。
一日寝ているしかなかったイルカが観察していると、急速に成長しているのが分かった。
(この花……なんて花なんだろう……)
そういえばあまり見たことのない葉だった。薬草関係ではなかったと自分の記憶を呼び起こして、調べようとしたが急激に悪化していく体調にそれどころではなくなっていく。
(何だ……? これ……)
力も入らなくなり、どうしようもない。
喩えるならば、そう、チャクラを全て吸い取られていく感じだ。
これはもしかしたら悪いことが起きているかもしれないとイルカは漠然と思う。
本能なのだろうか、大切な人を思い出していた。キャンキャンうるさい、九尾の子供。それにこの里のこれからを担う大切な自分の教え子たち。
そして、
(カカシ、さん……)
もう一度会いたい、と目を閉じたときイルカは意識を完全に失ってしまった。
***
カカシはアスマと共に五日かけてようやく土隠れの里にたどり着いた。
「……遠いよ……」
「お前これくらいで文句言うなよ」
「だって髭とずっと一緒なんだヨ? 文句の一つも言いたくなるでしょ」
それはオレの台詞だ、とアスマが煙草を大きく吐き出してこれ見よがしに溜息を吐く。
「イルカ先生ともう少しイチャイチャしたかったのに……」
大仰に落胆するカカシにアスマはもう知らぬ顔だ。
この国にきた理由は、里長の三代目火影より直接命を受けたからに他ならない。
暗部に行かせればいいのに、と文句を言うと大きな雷が落ちてきた。
その横でアスマが「ばーか」と言っていたのはカカシにしか聞こえてなかっただろう。
それにしても奇妙な資料だった。渡された資料はこの数ヶ月、各国で起きてる原因不明の死を遂げた者たちのことが書かれていた。
つい先日まで元気だった者が次々に謎の死を遂げている。しかもその死に方が皆同じなのだ。
死後硬直、ではなく、石化してしまうという謎の死。
それを各国で協力して謎を解き明かさなければ、この被害が拡大すると言うことだった。そして、木の葉から選ばれた調査隊がカカシとアスマだったのだ。
「にしても……何なんだろうねぇ……これは」
何度も見た報告書と資料を手にしながらカカシはぼやく。
正直、全くの謎だった。現場を見たところでそれが解決できるかどうかも分からない。
だが、これが木の葉にも蔓延したら、と考えると恐ろしい。その前に食い止めなければ、という思いはあった。
「石化ってのがわからねえな。死後硬直とも違うとなると何か原因はあるはずだ」
「それを探し当てるのが俺たちの仕事、でしょ?」
長くなりそうだねぇ、と小さく溜息を吐いて、そしてまたもやぼやく。
「イルカ先生に会いたいなぁ……」
「うぜぇ」
アスマの冷たい一瞥にもめげずに笑う。
「本当に好きな人ができたら、離れたくないでしょ?」
「仕事とプライベートは割り切れ」
「割り切ってるじゃない。だからここにいるし」
来たくなかったなどと言ったら殴られそうな気配がするのでやめておいた。
「じゃーぐだぐだ言うな! 聞いてるこっちの身になれ」
「いいじゃん、言わせてよ。やっと里に帰って来れたと思ったら一日もしないうちにまた任務に駆り出されて、ろくに話もしてないんだから」
「つか、お前のキャラじゃねぇ……」
アスマはげんなりとして空を見上げる。カカシもそれに釣られるように仰ぐと、空は澄んでどこまでも蒼かった。
木の葉とは違う空の色に、これをイルカに見せてやりたいと、カカシは無性に思った。
どんな時でもイルカが自分の中にいる。今まで誰にもこんな想いは感じたことがなかったのに。
自分でも不思議だった。
けれど、これが人を想う気持ちなのだと思えば、それもまたカカシの世界が色付いた。
「アスマも早くいい人見つけなさいヨ」
「お前にだけは言われたくねぇ」
今までの所行を知られているアスマにはさすがのカカシも分が悪い。
「さて、そろそろお仕事しましょうかね……まずは、招集場所へ行きましょうか」
他国に入るには通関証が必要だ。もちろん今回の任務に関してはどの国に入るにも通用するものが出されている。
「この国が一番被害がひどかったらしい」
アスマの言葉に頷いて、二人はこの任務の中心になる土の国の総本部へと向かった。
***
イルカが目を覚ましたのは、真夜中だった。
あれから意識を失いどのくらいの時間が経ったのだろうか。
からからに渇いた喉が水分を欲している。枕元にあった水に手を伸ばしどうにかそれを流し込んだ。
だが起き上がることが出来ない。
明日に回復しているなど想像も出来ないほど体がおかしい。
誰かに伝えなければ、自分はここから動くことも叶わないだろう。
(……カカシさん……)
頼りたい人は今ここにはいない。それがイルカを気弱にさせる。
自分はこのまま誰にも気づかれないまま、一人で朽ちていくのだろうか。
そんなことを思った時、目の前に蕾から開き始めている花を見つけた。
気を失う前に見たときは、まだ蕾も出たばかりだったのに。
ゾクリと背筋を何かが伝った。それはとても嫌な感じがするものだ。本能で何かが危険だと察知している、そんな気配がする。
禍々しいほどの赤を讃えた花は、闇夜に不気味なほどの雰囲気を浮かび上がらせていた。
(……なんだ、これ……)
開けば開くほど、イルカの身体から血の気が引いていく。
「……お前が原因、なのか……?」
小さく漏れたイルカの声に、まるで嘲笑うかのようにその花は全ての花びらを開かせた。
ドクン、と心臓がなる。まるで何かの発作が起きたように大きく跳ねた。
「……っくぅ……」
苦しさに胸のあたりの服を掴み、その波が消えるのを待つ。
(やばいやばいやばい……これは、なんだ?)
時間など気にしてはいられないかもしれないと、イルカは苦しさが少し途絶えた時、力を振り絞り、印を組んで連絡鳥を飛ばした。
こんな小さな術でさえ、今のイルカには精一杯のことだった。
チャクラが断然的に足りていない。自分の身体からチャクラというチャクラが根こそぎ持って行かれた感覚がする。
「お前、が俺のチャクラを……吸っているのか?」
綺麗に浮かぶその花は姿形はまるで百合とそっくりだった。
赤い百合は確かに生息している。ブラックジャックという名前のその花は真っ赤な花を咲かせるが、この色は異様だった。鮮やかで禍々しさすら称える赤。血のようなビロードな光沢を付けて、綺麗に咲き誇る花。
この花が何かをしているのは間違いなかった。
いったい、何が起こっているのか。
それはイルカにはまだ理解できずにいた。
これから自分に待つのは、死だけということすら分からずに。
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