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イルカの出した連絡鳥は火影の元へ届いていた。身寄りのないイルカの緊急時には、里親である三代目火影へと連絡がいくのだ。
暗部が到着したのをイルカは気が付いていた。だがここに入ろうとしない。そして一瞬閃光の様なものが走るのが見えた。
(……結界……)
なぜイルカの部屋の周りに結界が張られなければいけないのか。自分はいったい何に犯されているのか。全く分からない。
ドアの向こうで暗部の声がする。
「もう少し頑張って下さい。今医療班を手配中です」
「三、代目の命ですか……?」
この結界のことをいっているのだと向こうも分かったらしい。
「……はい。しばらくは窮屈だと思いますが、我慢して下さい」
そう言い終えると、暗部の気配が消えた。
とは言われても、早くしてくれないとイルカの意識も保つことが出来ないくらい消耗している。
また目の前が真っ暗になっていく。
窓の方を見れば、真っ赤で大きな花が咲いている。目一杯開いた花片から一筋の光のようなものが自分に向かっているのが見えた気がした。
(今の、は……なんだ……?)
光の加減だったのかもしれない。だが何かあるとイルカは感じていた。
しばらくすると医療班が結界を越えて入ってきた。厳重に装備された格好で、イルカとの接触をしないようにしている。
「……海野さん、とりあえず今はチャクラを生成させることが先決です。あなたを隔離室へ異動させて様子を見ます。よろしいですか?」
隔離、と聞いてどうにか保てている意識の中で疑問が湧く。
自分はいったいなぜこんな事になっているのか、それを知りたい。
「……俺は、どうしたんです、か?」
医療班は一つ間を置いて、そしてなるべく感情の声でこういった。
「原因は分かりませんが、何かに精気を吸われ続けています」
「精気……チャクラを……?」
「そうです」
そして、イルカに何か術を施していく。
「あなたに直接触れると、触手を伸ばして、その相手もまた犠牲になる恐れがある。なのであなたを隔離しなくてはなりません」
そういうことか、イルカは納得した。だがそれから? 自分はどうなっていくのだろうか。
「俺は……どうなる?」
術を施されたからか、少しだけ脱力感が取れたような気がした。
「…………全て吸い尽くされそして――死に至ります」
死、とはっきりと彼は言った。
そうか。この怠さは既にかなりの量を吸い尽くされたということだったのだ。
「それは、どのくらいの時間で?」
「早ければ一週間。遅くても一ヶ月くらいです」
既にこの花を拾ってから一週間が経っている。イルカの寿命はもう尽き始めていた。
「ですが、今この現象の原因を突き止めるために畑上忍と猿飛上忍が動いています。各国で犠牲者が出ています。そして木の葉にも……」
「なら……早く俺を……この……花を……」
原因は、この花だ。さっき見た光はこの花から出ている触手だろう。
自分一人の犠牲で済むのならば、あの人にこの魔の手が及ばないのであればそれで良い。
この里を守れるのならば、喜んで犠牲になろう。
医療班はイルカの言葉に驚いたように窓際にある花を見た。そしてイルカの意識が途絶え始めたため、もう一度何か術を掛けた。
もう一度だけ、あの人に触れたかったな、と消えゆく意識の中でイルカは思った。
もう一度だけ、会いたかった。
カカシとアスマが総本部に到着した頃に、また犠牲者が一人出たという噂を聞いた。
各国の情報がここに集結している。現在この国だけでも犠牲者は忍、一般人関係なく百人近くに上っていた。
しかも原因不明の死であることで、みんなの恐怖を駆り立てているのは間違いなかった。
「遺体は見ることは出来るの?」
カカシの問いに、土隠れの忍が頷いた。正直医療忍者でもないカカシとアスマに何が出来るか分からない。いっそのこと伝説の三忍の一人でも居てくれれば、と溜息を吐きたくなるくらいだ。
だが見れば何か分かることもあるかもしれない。忍の第一線を走ってきたカカシとアスマだから分かることがあるかもしれない。一縷の望みをかけてカカシとアスマは遺体の安置所へ案内してもらった。
入るときにとにかく接触だけはしないようにと注意された。あと予防のために手袋とマスクやら医療班のような格好をさせられた。
いったい何に感染するのだろうか。
重い扉が開かれると、そこにはズラリと遺体が並んでいた。
「ある意味、壮観だな」
小さく呟いたアスマの声をいなして、カカシは奥へと進む。
「今回の犠牲者達です。まだ荼毘に付されていないので全員ここに安置されています。原因が分かっていない以上これ以上感染が広がらないための処置です」
カカシとアスマは薄暗い中を歩いて行く。きれいに並べられた遺体は皆眠っているようだった。
「亡くなった時の特徴とかは亡いの?」
「ええ、特には……ただ、みなチャクラ、すなわち精気を吸われているというのだけは間違いありません」
その辺は報告書に書いてあったのと同じだ。チャクラを吸い尽くし死に至る。
「それを止めるすべはないってことか……」
「はい、結局進行を遅めることは出来ましたが、死を回避することは出来ませんでした」
苦しそうに話す土隠れの忍もまた仲間の死を悼んでいた。
「全世界に広まる前に、どうにか止めるすべがあればいいのですが……」
これはもう戦争だとか言っている場合ではない、ということだろう。このままで行けば大量の死者が出る。それだけは避けたいとどの国も願っているのだ。
すでにこの国だけではなく、他の国でも多数の死者が出ているらしい。肥大は急速に拡大している。どうやって食い止めればいいのか、こんな一介の忍に何が出来るのだろうか。
カカシは己の小ささを思い知る。戦いだけにしか執着しなかった自分が何の役に立つだろうか。そう思うと歯がみするような気分になった。
「とにかく、原因がなんなのか。それが分からなければ先に進めない。出来る限りのことをしましょう」
カカシがこんな風に意を決して言うのが珍しかったのか、アスマが少しだけ驚いた顔をした。
「なによ」
「いや……積極的なお前は珍しいな、と思ってな……」
「悪いの?」
「まさか」
良い方に影響受けてるみたいだな、とアスマがにやりと笑う。
それが誰の影響なのかは言うまでもなかった。
その後、検死を行った土隠れの医療班とも話をした。
もしかしたら伝説の三忍の一人、綱手ならば何か解決法が分かるかもしれないが、今はどこにいるのかすらも分からない、と言うと捜索隊を作る話まで持ち上がった。
石のように堅くなった遺体からはカカシの写輪眼を通しても何も見えない。何かの術をかけられているわけでもなさそうだった。
「八方塞がりか……」
この病が木の葉に蔓延する前にどうにかしないと、と思うのは白状だろうか。
皆、自分の国を大切に思っているのは間違いなかった。だからこそ、今は敵だとか味方だとか関係なく協力しているのだ。
そして、何度か安置所に足を踏み入れたとき、ふとカカシはこの中に漂う独特の匂いに気がついた。
「ねぇ、このマスクちょっと外しても良い?」
「それはっ! もし何かあっても責任は取れませんよ?」
こんな事が原因で戦が起きても困るとでも思っているのだろうか。カカシもそんな理由でこのマスクを取るといってるわけではないし、何か糸口が掴めるのならばその責は己で取る。
「そんなのアンタにどうにかしてもらおうと思ってないから大丈夫」
そう言ってカカシはマスクを外した。
やはり独特な匂いが立ちこめている。これは……花の匂いだろうか?
「ねえ、この匂いは何?」
クンクンと犬のように何度も鼻を鳴らすカカシに、アスマもそのマスクを外した。
かすかだけれど独特な匂い。
何処かで嗅いだことがあるのに思い出せない。
「……これは、百合か?」
そのアスマの答えに、土隠れの忍びが答えた。
「はい、遺体が発見されたところには百合が多く咲いていたので……」
「それは、なに? 備えたから?」
だから百合の匂いが残っていたのかと思ったら、答えは違うものだった。
「いえ、遺体の近くに百合が咲いていることが多かったんです」
「自然にか?」
今度はアスマが聞いた。何か不自然さを感じたのだろう。カカシも同じだった。
おかしい。そんな風に百合が遺体の側ばかりに咲いているなんてことは聞いたこともない。
それにたまたま何件か、ならば話は分かる。だが詳しく聞けば、ほとんどの遺体の近くに百合の存在があった。
咲いているもの、枯れているもの。まちまちではあったらしいが常に近くに咲いていたようだった。
「アンタ達はこれをおかしいと思わなかったの?」
「はい。この土地では百合が多く群生しています。百合は私たちのシンボルでもあるくらい身近なので……」
確かに、この里には百合が多い。それは認める。だがそれだけではないような気がする。
カカシは急いで他の国で出た遺体のことを調べ始めた。近くにあったもの、遺留品。そして状況を見比べる。
なぜこんなにも百合が引っかかるのか。
カカシに潜在する何かが警告を鳴らしているようだ。
答えはどこにある?
カカシは自分の記憶を探れる限り掘り起こしていく。
いつ、どこで、なにをみた?
黙り込んでしまったカカシにアスマが怪訝な顔を向けたが、思案してるのが分かったのかそのまま何も言わずにいた。
これが関係しているのは最近のことではない。遠い昔、まだ父親が生きていた頃の記憶。
自慢の父。そして憧れでもあり目標でもあった父の突然の死。
いや、もっと前だ。
父が死ぬ前、自分たちは何を話していた?
思い出せることは少ない。その中に鍵が隠されているような気がする。
「アスマ、里に帰ろう。たぶんオレはこれに関して何か知ってるはずだ。三代目と話をして、記憶を呼び起こしてもらう」
「お前、何か分かったのか?」
「わかんない。けどオレはこの百合を……昔聞いたことがあるような気がするんだ。小さくて覚えていないくらい昔に」
アスマは腑に落ちないような顔をしたが、それでもカカシの表情が真剣だったようで納得してくれたようだった。
トンボ返りでまた里に戻ることになるが、この安置所の匂いを嗅がなければ思い出せないことだったので、無駄足でもなかったはずだ。
だがカカシ達が里へ帰る寸前に速達の連絡鳥が木の葉から届いた。
その知らせは、カカシを奈落の底へ突き落とすようなものだった。
木の葉で犠牲者が出た、と。
そして、その犠牲者の名前が書いてあった。
――――海野イルカ
カカシは何も考えることが出来ない程の衝撃を受けた。まるで、父親の死を目の前で見てしまったときと同じように。
「うそ、だ……」
小さな呟きはアスマに届いていた。
「カカシ、急ぐぞ」
呆けているカカシの背中を一喝してアスマは走り出した。
カカシもようやく我に返ったようにアスマの後を追う。
土隠れの忍に取り急ぎ帰ることだけを告げて二人は里を後にした。
つい先ほど来たばかりの道を全速力で駆け抜ける。
そして、ただただ祈っていた。
お願いだからあの人を連れて逝かないで、と。
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