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イルカは目を醒ますと、真っ白い病室に寝かされていた。
(そうだ……俺は、隔離されたんだっけ……)
意識を失う前のことをぼんやりと思い出していた。
ゆっくりと見渡せば、窓一つ無い部屋で、必要なものが全て揃っている部屋のようだ。風呂とトイレ、そして簡易式の台所。
以前も何かの時にはこの部屋が使われたのだろう。こんな設備があったのかと、この里のこともまだ知らないことだらけなんだなと思った。
自分の腕を見ればイルカの腕にはチューブが付けられていた。ベッドの近くには機械がずらりと並んでいる。
起き上がることは出来ないが、意識を失う前よりかは身体が楽だった。
この機械は多分、監視と研究を兼ねているのだろう。
そして少し離れた場所には、あの赤い花が置かれていた。
「お前も……一緒か……」
そう呟いても花は答えてはくれない。
「もしお前が話せたら、どうしてこんな事になってるのか教えてもらうのにな……」
この部屋には誰もいない。イルカの相手をしてくれるのは、この元凶でもある花のみだ。答えが返ってこなくても話しかけてしまう。
自分はこれからどうなるのだろうか。
このまま朽ちていくだけなのだろうか。
医療班の忍は、遅くても一ヶ月と言っていた。イルカは既にこの花を拾って一週間は経っている。
(どのくらい、俺のチャクラが持つか、根比べってところかな……)
とはいってもかなりの量のチャクラを吸い取られているのは確かだった。
イルカが目を覚ましたのをどこかで監視していたのだろう、入り口から完全防備した医療班が入ってきた。そしてその後ろにはイルカの後見人でもあった三代目火影もいた。
「三代目……」
医療班達よりもイルカは両親の死後、ずっと面倒を見てくれてきた恩人の名を呼んだ。
「イルカよ……大丈夫じゃ。決して死なせはせぬ。今カカシがこれについての解決法を調べに回っておる。あやつの事じゃ、時期に良い知らせを持って帰ってくる。だからそれまでの辛抱だ」
それはイルカを励ますための言葉だと分かった。きっと解決法など、まだ見つかっていないだろう。それでもイルカを励ますための嘘をこの里長に吐かせてしまったのが心苦しい反面、嬉しかった。
「はい、がんばってカカシさんの帰りを待ちます。早く……帰ってきてくれると良いですね」
まるで他人事のように言うイルカに、三代目は痛ましい顔をした。
早く帰ってきて、せめて顔だけでも見れたらイルカは本望だ。解決法が見つからなくても、一番大切な人がそばにいてくれるだけで、それだけ十分だと今ならば思える。
死期が近い分、小さな幸せが欲しいと思う。そんなささやかな願いを叶えられたらいいな、と小さく笑った。
自分はもうすぐ尽きるのだと、イルカの本能がそう告げていた。
イルカは応急処置として部屋の四隅に札が貼られ、チャクラの流れを遅くするという処置を施された。
おかげで体内にチャクラが少しずつ溜まっているのを感じる。寝たきりだったのが起きあがれるくらいまで回復してきた。
監視下にあるのは変わりないが、それでも通信機を通して人と話す事も出来るようにしてもらえたのは精神的に楽になった。
隔離されているその事実を知らないままの教え子達が、姿を見せないイルカを不審に思い、三代目に直接抗議したらしい。
おかげで、一番心配している教え子に、逆に心配されてしまった。
「ったく、イルカ先生は結構ドジなんだから自覚してくれよなー」
「んだよ、ナルト……お前にだけはそんな事言われたくなかったのに……」
しょんぼりとした声を出せば、隣でサクラの笑い声がした。
子供達にはイルカは感染力の強い病気にかかってしまったため、全快するまで隔離病棟にいると偽りを告げたらしい。
それを信じているので、姿を見せられなくても納得して貰えた。
話がしたいと駄々を捏ねたナルトに仕方ないと三代目が配慮して、こうして今話をすることが出来ている。
「先生、そんな事より早く治して下さいねー。カカシ先生もいなくて練習見てくれる人がいなくて困ってるの」
「なんだよ、俺はカカシさんの代わりか? イルカ先生に見てもらいた〜い、じゃないのか?」
冷たいなサクラ、と言えば、「えへ」とわざとらしく笑う。
こんな風に教え子達に心配されて自分は幸せ者だな、とつくづく思う。
久しぶりに会話らしい会話が出来てイルカも楽しかったが、どうやらそろそろ体力の限界のようだ。
こんな少しだけなのに息が上がる。しかも身体を起こしていたから余計に消耗したのだろう。
「おっと、そろそろ検診だから、またな」
ナルト達にそう告げ、通信を切った。
「早く元気になって……か……」
最後に言われた言葉を反芻して、小さく笑った。
多分、ここから出ることは二度と叶わないだろう。イルカの側には赤い花。
この花はまだ元気に咲き誇っている。もしかしたら明日命が尽きるかもしれない恐怖と戦いながら、イルカはただ一つの願いを胸にしまっていた。
カカシともう一度だけ会いたい、と。
それが今のイルカに生きる気力を与えていた。
次の日は随分と身体を動かせるようになった。
一日経った今日は部屋の中を動けるまで回復した。
医療班によれば、昨日行ったのはチャクラの流れを遅くするものと、それに今日は花の成長を妨げる術と、イルカの身体にチャクラを溜めるために特別な術を施したのだという。
おかげで普通の食事も出来るようになっていた。
元気、とは良くいったものだ。「もと」の「き」であるからこそ、「元気」が無ければ生きていけないのだ。
このままなら普通に元に戻れそうな気がしてしまうが、そうではない。
チャクラはまだこの花に食われているし、そして死期も遠い先ではない。
ただ、もしかしたらカカシに会えるかもしれないという希望は見えてきた。
なら自分が出来る限りのことをして、その時まで生きていたい。
「今は、体力を温存してチャクラを溜めて下さい。このままならば、他国の症例より長く生きられるかもしれません」
「そう、ですね! 皆さんにここまでしてもらって、長く生きられなかったら申し訳ないし……」
そう言って笑うイルカに、医療班は少しだけ切ない顔で笑っていた。
忍と言う職業上、いつ死んでも悔いはないと思っていた。
だが、実際は悔いだらけだ。後悔もたくさんある。ナルトや子供達にもっとたくさんのことを教えたかったし、自分もまだ成長し続けていたかった。
そして何より、もっとカカシとの時間を持ちたかった。こんなにも大切に思える人と出会えたことは、イルカの人生を大きく変えてくれた。
強さも弱さも、そして何よりも愛情というものがいかに大切かを思い知らせてくれた。
カカシだけではない、他の人にももっと愛情を持って接することが出来るようになった気がした。
それは全て人を愛することで、世界が明るくなったのだと分かった。
だからその為に命を投げ出せる、と言う覚悟も出来た。
出来ていたはずなのに、死に逝くことはこんなにも怖くて寂しくて泣きたくなる。
せめて、側にあの人が居てくれたのなら、おいていく罪悪感はあっても幸せだと思えるのに。
外は、もう春爛漫のはずだ。
あの、桜を二人で見に行こうと思っていたのに、と小さく溜息を付いて、イルカは見えない空を仰ぐように天井を見つめていた。
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