イルカはチャクラをコントロールをされてベッドで本を読んでいた。
 さすがに何もすることも出来ず、溜めていた本を読みたいと言って持ってきてもらったのだ。
 最近は忙しくてそんな暇すらなかったので、良い機会かもしれない。
 良い機会、なんて自分に言い聞かせてはいるが、実際は今この時しか読む事が出来ないだろうし、先がないのだから機会など巡っては来ない。
 今日は昨日よりもチャクラの流れが遅くなっていると言われ、少しだけホッとした。
 これでもう少し生きながらえる、と。
 真っ白い病室は気を重たくさせる。実験動物になった気分がして気が滅入ってしまうのだ。かといって外の空気が吸いたいなどとは言えず、動くことも出来ない。なにか気分転換になるものが欲しい、とそんな事を考えられていること自体余裕が出てきたなとイルカは笑った。
 本を読み進めて少し経った頃だった。
 イルカとの接触が出来ないため、インターフォンを使って窓越しに話すことが出来る様になっていて、その大きなガラス張りの窓には常にカーテンが引かれていた。
 そのカーテンが、スッと開いた。
 イルカは医療班か、はたまた三代目かと目をやると、そこにはもう一度だけでも良いから会いたいと思っていた人が立っている。
 本が手から滑り落ちた。
 それが合図のようにイルカはベッドから飛び出していた。
「カカシさんっ……! カカシ、さんっ……」
 窓を何度も叩いてイルカは潤む視界を止められなかった。縋り付くように、カカシを見れば苦しそうに、そして何度もイルカの名を呼んでいるのが分かった。
 額を付けて、泣きじゃくる。
 本当は抱き締めて欲しかった。
 大丈夫だと言って笑って欲しかった。
 だが今の状況ではカカシに触れることすら出来ない。もう二度とカカシには触れることが出来ないんだと、こんなに近くにいて改めて痛感した。
 なんて、酷い。
 自分の状況を嘆いたことはなかったと言えば嘘になるが、それでも精一杯やってきた。
 その仕打ちが、これなのだろうか。
 もし神というものがいるのならば――――もう一度だけ彼に触れさせてください。
 インターフォン越しにカカシの声が聞こえてくる。
「イルカ先生……遅くなってゴメンネ?」
 カカシは全て聞いたのだろう。心配そうにこちらを覗き込んでいた。カカシは任務だというのにイルカのために帰ってきてくれたのだろうか。
 そんな風に任務をないがしろにする人ではないはずなのに。もう思うと罪悪感と、そして嬉しさも湧いてくる。
「カカシさんこそ、任務中なのにこんな風に帰ってきて、大丈夫だったんですか?」
 泣き声でみっともないけれど、それでもカカシとこうやって話せることの方がいい。
「何が、あったの? なんでこんな事に……」
 そう問われ、イルカは花を拾ってからのことを簡潔に答えた。
 死を目の当たりにして、今までのことを振り返る時間は充分にあった。忍という職業から、父や母のように殉職することについては覚悟していたはずだった。
「自分は死ぬことなんて怖くないと思ってました。忍だし覚悟を決めていたはずなのに……あなたにもう二度と会えないと思ったら、怖くて寂しくて、仕方がなくなった」
 なのに、カカシに二度と会えないと思ったら、死ぬのが怖くなった。彼の知らないところで一人で逝くのだと思ったら、怖くて堪らなかった。
 だから、とイルカは笑った。
「あなたに、もう一度会えただけで、俺は奇跡だと思ってます」
 そう、これ以上望んではいけない。
 もう一度会えただけでも十分のはずだ。
 だが、もう一度あの温もりに触れたい。
 叶わぬ夢は見ないは方が落胆もせずに済むのに。
 自分はここで果てていく。ならば最後はそこで看取って欲しい。
 だが、カカシの答えはイルカの希望を叶えてくれるものだった。
「なら奇跡を起こしましょう? オレはイルカ先生を絶対に助ける。そして二人でここを出ましょう?」
 その言葉にイルカは溜まらずまた泣いた。声を上げてその言葉だけでも嬉しいと。
 もう二度とこの部屋から出ることは出来ないと、三代目から言われていた。だからそのカカシの気持ちだけで十分だ。
 なのに、カカシはそれ以上のものを投げてよこした。
「オレを残して逝くことは絶対に許さないから。死ぬなら、オレも死にます。いいですか? 覚えておいて。あなたが死ぬときは、オレも……朽ちるときだということを」
 これ以上、もう本当に何もいらない。
 イルカが死ぬときはカカシも死ぬときだと、そう言ってくれた。
 そんな事は無理だと分かっていてカカシはイルカのために誓ってくれた。もうそれだけでいい。
 イルカは泣きそうになるのを堪えて小さく笑う。
 久しぶりに感情の起伏が高まったことで、チャクラを消耗してしまったらしい。
 力が抜けはじめ、その場に立っていることが苦しくなってきた。顔色が良くないとカカシはベッドに戻るようにとイルカを促した。
「必ずまた会いに来るから、だからイルカ先生もお願いだから諦めないで……」
 カカシは自分は諦めてないから、とイルカを励ました。カカシが諦めないというのなら、ならばイルカも最後まで生きることにしがみついてみよう。
 ベッドに戻るとカカシが小さく手を振って、そしてカーテンが引かれた。
(諦めない……カカシさんがそう言うなら、俺も生きることを諦めない……)
 もう一度、あの人に触れることが出来る日まで。
 

 
 イルカの体力は微々たるものだ。
 大分体内にチャクラを溜めることが出来たとはいえ、まだ長い間動いているわけにもいかない。
 カカシが来てくれたことで、精神的にも追い詰められることが無くなったのか、大分身体が軽く感じるようになった。
(明日まで生きていれば、カカシさんに会える)
 その想いがイルカに生きる活力を与える。
 イルカはふと、赤い花を見た。今までと変わらずに大きな花を咲かせるそれはいったい何を思っているのだろう。
 人の精気を吸い、生きる花はなんのために産まれてきたのか。
 イルカには花の意図は分からない。人の命を奪って生き続けるのには何か意味があるのだろうか。
 汚染されたこの大地は、今色々と問題が起きている。汚染や大気の破壊。自然達はそんな中でどういう風に変化して生き続けてきたのだろうか。
 その行く末が、この花なのだろうか。
 イルカはそんな事を考えつつ、いつカカシが来てくれるかと待ち続ける。
 さっき会えたばかりなのに、もう会いたい。
 そんな事を考えていたら、本当にカカシが姿を現した。
 カーテンが開けられ、カカシがインターフォン越しにイルカに話しかけてくる。今日はもう立ち上がらないようにと言われていたけど、そんな事構っていられなかった。
 近寄るとカカシが笑っていた。
「イルカ先生、アンタを助けられるかもしれない。もう少し頑張って辛抱しててください。こんな陰気くさいところからすぐに出してあげるから」
「カカシさん……」
 カカシは自分のために奔走してくれていた。帰ってきてすぐだというのに休むこともせず、イルカのために全力を尽くしてくれている。
「ありがとうございます……俺はそう簡単には死にません。だからカカシさんも無理しないでください」
 口布を取ったカカシはいつもより白い顔をしていて、イルカが心配になってしまう。
「オレは大丈夫ですよ。これから調べ物をしてくるので、今日はもう来れないと思いますが、明日また会いに来ます。それまでもっとチャクラを溜めて、オレにキスしてくださいネ」
 最後の言葉に、イルカはボッと自分の顔が赤くのなるのが分かった。
「っな! 何バカなこと言ってるんですかっ!」
「えーいいじゃない。ガラス越しのキス。ちょっとトキメキません?」
「ません! もう! ホントにバカなことばっかり言うんだから……」
 怒るような顔をすれば、カカシは笑っている。イルカも釣られて笑うと、カカシがホッとした様な顔をした。
「やっとイルカ先生の笑顔が見れた……」
 そう言われてイルカはハッとした。帰ってきてからお帰りなさいも言えなかった。いつもならば必ず口にしていた言葉だったのに。
「カカシさん……おかえりなさい」
 笑って手を差し出せば、ガラス越しにカカシの手が重なった。
「ただいまイルカ先生。……絶対に出してあげるから、待ってて? オレを信じてて下さい」
 その言葉にイルカはただ頷いた。何度も何度も。
 

 



 













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