どんなにあなたのことを想ってみても。
今は唯そこに残る愛しい欠片が虚しく光る。
どんなことがあってもあなたを想う気持ちは変わらないと。
11,蒼
「ったく!なんて馬鹿な事したんだっ!!」
五代目綱手はアスマと共に現れたカカシの報告を受けて執務室の窓ガラスが割れんばかりに声を張り上げた。
しかし、カカシの様子があまりにもおかしいので手出しはしなかった。本当なら一発殴ってやりたいくらいの失態だ。
だが、今のカカシは全てを認めてここに来た。逃げるつもりもないと言うことを証明するようにアスマに連れられて、自らの意志でやってきた。
罪を認めるために。
どんな罰も受ける覚悟で、あの女を殺したのだから。
殺人なんてもう何度も数え切れないほどしてきた。だがそれは任務と称された合意の上での事。
それを非合意の上ですれば、立派な犯罪。犯罪を犯してまでカカシはイルカを取り戻したかった。
うっすらと笑いすら含んでいるカカシを見て、あの時のアスマの言葉を流さずに受けていれば良かったと後悔もする。
だが、もう遅い。事は起こってしまったのだ。
「カカシは監禁する。アスマ、処理班は?」
「すでに処理班は向かっています。現場にはイルカを残してきました」
「…そうか。自来也は何処にいるか解るか?シズネ」
側に控えているシズネにそう聞くとシズネは「はい」と答えてその場から消えた。そして音もなく現れた暗部にカカシは捕らえられた。
「お前を拘束する。抵抗は…」
「しませんヨ。もう……」
何も失う物もないから。
カチャリとかけられた四肢の拘束具はカカシのチャクラを封じ込めた。
「とりあえず、この任務が終わるまでお前はこのまま監禁だ。――――処罰はその後に決める。いいな?」
そう言うとカカシは大人しく頷いた。虚ろな目は何かを移すことを拒んでいた。何も見ないように、と。
アスマはやりきれない気持ちで一杯だった。
これはもう面倒なことだとか、そんな悠長なことを言ってはいられない事態に発展している。大きく一つ息を吸い込んで冷静さを保とうと煙草に火を付けた。
それを見ていたカカシがボツリと呟いた。
――――ゴメン、ね。と。
その言葉に怒りすら沸いてきて、アスマは手を伸ばしカカシの胸ぐらを掴むと思い切り突き飛ばした。
「お前は何にも解っちゃいねぇ!アイツの気持ちなんて少しも考えてない、ただのガキだ。」
アイツ、の意味をカカシは理解したんだろうか。だが、今のカカシは何一つ表情も揺らがなかった。
その時、一人の忍が報告へやってきた。
「申し上げます。先程処理の報告を受けた死体と、その場で待機しているはずの者が見当たりません」
その報告にその場が凍り付いた。処理班の忍が先を続ける。
「ただ、血溜まりだけがそこに残されており、死体を待機していた者が運び出したものと思われます」
それに一番反応を示したのはカカシだった。
繋がれた四肢をどうにかしようと藻掻くがそれはどうにもならなくて。
カカシは叫んだ。
「オレに行かせて!オレが行きます。あの人を助けるのは…」
「今のお前に何が出来るっ!!」
綱手が一喝すると共にその頬を叩いた。
「今のお前が招いた結果だろうが!それで何が出来ると言うんだ?この、馬鹿がっ」
カカシの両脇を暗部達が拘束すると先程とは打って変わり、その拘束を外そうとカカシは暴れた。
「これだけでいい。この先が無くてもイイから!行かせてください!」
「ダメだ!」
綱手が暴れるカカシの額に人差し指を、トン、と当てるとカカシはそのまま意識を失って暗部二人に抱えられる形で倒れ込んだ。
眉を寄せてそれを見ていたアスマに綱手は溜め息混じりに呟いた。
「なんでこう世話の焼けるヤツばかりなんだ…全く。コイツといい、イルカといい…」
「何ででしょうね。それだけコイツ等にとっては幸せな物なんでしょうね」
「アスマ、イルカの行き先は解るか?」
一変して凛とした綱手の声にアスマは頷いた。
「アイツのやりそうなことだ。自分で全ての罪を被ろうとするでしょう。…となると行き先は一つ」
――――嵯峨野邸
「急げ。暗部を連れて、状況次第では……解ってるな?」
そう言うとアスマは「御意」とだけ答えてその場から一瞬で消えた。
カカシを捕らえていた暗部達もその場にカカシを置いてアスマの後を追って消えた。
気を失うカカシの側にしゃがみ綱手はそっと頭を撫でた。
「……馬鹿な子だ……」
苦虫を噛み潰したような表情で押し潰された綱手の声は、カカシの耳には届いてはいなかった。
*
イルカは梗香の遺体を抱え、嵯峨野の屋敷まで来ていた。
カカシをあんな風にしてしまったのは自分の責任だ。自分がカカシの信号を見逃してしまったから。ならば責任は自分で取る。梗香の死も全て。
門を潜り嵯峨野の屋敷に足を踏み入れた。そこにいたのは嵯峨野の側近。その男がイルカの抱えている身体を見て目を見開いた。
「旦那様にお取り次ぎを」
イルカがそう言うと黙って男は消えた。イルカもそのまま屋敷内へと進んでいった。
「梗香!!」
イルカが屋敷の玄関先へ梗香の身体を降ろすと嵯峨野はそこで崩れ落ちた。
「…どうして…こんな事に……」
落胆する嵯峨野に向かってイルカは声色を変えずに言った。
「この里を裏切ったあなた達への制裁です」
「私たちが何を裏切ったというのだ!!」
「十分じゃないですか、この麻薬といい。貴方といい」
イルカはそう言って側近の顔を見るが顔色一つ変えなかった。
「何のことだい?それは……これが君を家族として受け入れようとした我々への仕打ちなのか?」
「俺の家族はもう何処にもいません。ましてや…」
イルカは一つ大きく息を吸って胸の内を吐き出した。
「三代目が良かれと思ってした事を裏切りという形で恩を返した貴方に、俺がそんな気持ちを持つはずがあるとお思いですか?」
嵯峨野は梗香の身体を抱えたままイルカの言葉を聞いていた。
黙って俯いていた嵯峨野がくつくつと笑い出し終いには大声で笑った。
そして、
「だが、あんたの身体ももうその麻薬に取り憑かれてるんだよ!」
と、吠えた嵯峨野に向かって、
「…そうだな…」
と、イルカも笑った。
その瞬間、イルカは側近へ向かいクナイを投げつけると、それを避けるように身を翻し高く飛んだ側近はイルカの投げたクナイをはじき飛ばした。
そこには忍姿の側近がいた。手には小刀を持ち嵯峨野とイルカの間に立っていた。
「それが本来の姿…か…」
イルカは驚きもせずその忍と対峙するとその忍は薄笑いを浮かべた。
「三流のくせによくもまあ、一人で乗り込んできたものだ。ただの馬鹿か、それとも…」
大きく笑ったのはイルカの方だった。
「俺はド三流かもしれないが、木の葉の忍だと言うことを忘れてくれちゃ困る」
イルカが弱いと思い込ませたのもまたイルカで、それによって油断を作らされているとも気がつかずに。
イルカは木の葉でも三流ではない。
頭の切れは良く、あまり表立った事はしていなかったが里の中心で動いていたのだ。
その怜悧を認められて三代目の側に使えていたのだから。
それでもその人柄と性格が邪魔をして上を目指すことは無かった。それは自分でも解っていたし、今まではそれで満足している自分もいたけれど。
カカシと出会ってしまった。
自分なんかよりずっと強くて頭脳明晰で。だけどとても不器用で。そんな人を好きになってしまったから。
だからどうしてもあの人の側にずっと居られたらと願ったら。自分も上を目指すべきだと覚悟を決めたのだ。
なのに、どうだ。この結果は。
結局あの人を苦しめて、こんな事までさせるまで追い詰めて。
それでも自分を想っておかしくなったカカシに嬉しいと想ってしまう自分もいた。
なんて歪んだ愛情。
だけど、自分が好きになったカカシは。
強くて。
そして不器用で優しい人だった。
ならばそれを取り戻すまでだ。
フッと自嘲したイルカに相手の忍が怒りを覚えたようにジリジリと動き出した。嵯峨野はそれを合図に梗香の遺体を抱いてその場から逃げ去った。行く先はきっと隠し部屋だろう。
そこからきっと逃げ道があるに違いない。イルカが後を追うにはまずこの忍をやり過ごさなければ。この男一人くらいならば自分の力でも何とかなりそうだ。きっと力は互角。
その時、奥からバラバラとこちらへ駆けつける音が聞こえてきた。
仲間がいたのか。
イルカは小さく溜息を付いて、どうしたものか…と考えていた矢先。
後ろから飛んできたクナイが顔の横をシュッと音を立てて過ぎ去っていった。そのクナイは目の前の忍の肩に刺さり小刀がカタンと音を立てて落ちた。
「この馬鹿野郎がっ」
後ろから掛けられた声にハッとして振り向くとそこには不機嫌な顔をした髭面の上忍が立っていた。
「お前一人で何でも背負い込むんじゃねぇよ!ったく。お前がここで一人奮闘してもカカシの状況が変わるわけでもねぇんだ。だったこの任務をきちんとやり遂げろ」
イルカは眉を寄せてグッと黙り込んだ。自分の責任だと思うから一人でやり遂げたかったのに。
だが、アスマはイルカの気持ちも解っていて厳しい言葉を掛けるのだ。
「…すみませんでした…」
噛み締めるように言うイルカにアスマは肩にポンと手を置いて、
「行くぞ!」
と促した。イルカは今までと表情を変え「はい」と言ってアスマの後に続いた。
側近の忍は既にその場にはなく、嵯峨野の後を追って隠し部屋に向かったらしい。先程聞こえてきた仲間達は未だこちらの方には近付いてこない。前方に見える動物の面を付けている忍が数名。暗部も共に来ていたのをイルカは知った。
迷路のような屋敷を木の葉の忍達を巻いて嵯峨野は隠し部屋へと到達していた。
その部屋は地下室になっていて、倉庫としては大きな物だった。この地下室から里外へと続く抜け道がある。
側近等、他の国の忍はここから出入りしていた。
草の国。
禁断の草を栽培し木の葉へと持ち込んでいた。嵯峨野は良い顧客だった。そして良いスパイとしても役だった。
木の葉の情報を漏らしていたのだ。とは言っても所詮一般人。ただそれでも得られる情報があった事には間違いない。
隠れていた忍達はまだ外で暗部とイルカ達と戦っている。だが暗部まで動いているとは。初めからこの屋敷はマークされていたのか。
ならば嵯峨野はこの場で死んでもらわねば。もう用はない。
*
目を開ければそこは薄暗い部屋だった。
どのくらい時が経っているのかすら解らない。
働かない思考が状況を把握できずにいる。寝かされていたベッドから起きあがり目の前にある鉄格子に「そうか…」と納得した。
ここは独房だ。
この鉄格子は結界が張られていて容易に出ることは出来ない。そして左目が見えないことに気がついて手をやれば、そこには何か呪符の様な物が貼られていた。
封印。
左目の写輪眼を封じられていた。だから、自来也様だったのか。
綱手より自来也の方が封印術に長けている。だからシズネに呼びに行かせたのだろう。
こんな事しなくてもオレは逃げたりしないのに。と心の中で思う。
だってもう。
生きている意味すら見付けられないのに。
カカシは自分の四肢を見つめる。手を挙げて見ればジャラリ拘束具に付いている鎖が鳴る。
人を殺したことを後悔している訳じゃない。
いや、本来なら後悔するべきなのだ。だが、それであの人を取り戻せるのなら構わなかった。
カカシはまたベッドの上に寝ころんだ。天井を見上げて、ふと目を横にやれば高い位置に小さな窓があった。
そこからはただ、空だけが見える。
青い空。
虚ろな瞳に見える空は。
ただただ蒼さを増して。
カカシは自分でも泣いている事に気がつかなかった。
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