ここは自分にとても優しかった。
 この場所が自分の場所だと。
 




 そう決めて。











12,封











 イルカとアスマは雑魚の忍達を暗部に任せ、嵯峨野と側近の忍を追った。
 イルカの頭にはもうこの家の見取り図がしっかりと入っており、迷うことなく隠し部屋の前まで到達した。

「ここか?」

 こくりとイルカが頷くとアスマはそこに「爆」と書かれた符を貼り付けて爆風から逃れる場所へアスマとイルカは身を潜めた。
 大きな爆音と共にそこの場所の壁が全てはがれ落ちた。そして剥き出しになった通路の奥にまた扉があるのが見える。

「あそこか…」

 イルカとアスマは扉を挟んで立ち、中の様子を窺った。物音はしない。今の爆音でとっくにここにいることは解っているだろう。
 ドンという音と共に部屋に入り込んだ二人にクナイが飛んでくる。入り込んだ二人は分身で後からまた入ってきた本体がそのクナイを全て打ち落とした。
 イルカの息を飲むのが聞こえた。
 草の忍の足下には嵯峨野と梗香が転がっていた。大量に広がる血は梗香の物ではなく嵯峨野の物だ。

「コイツ等はもう邪魔になるだけだからな」

 アスマとイルカに向かって言っているのかそれとも独り言なのか。解らないような口調でその忍は言った。
 ただ、諦めたような口調ではなく、もはや戦闘を待ち兼ねていたように、ゆっくり二人と距離を取った。
 奥には大量に積まれた麻袋が並んでいるのが見える。あれが禁断の草か。高く摘まれたその草を見てイルカの中に沸々と怒りがわく。
 三代目が庇護してきてきたときから知っているこの男が。今はただ娘の上にのし掛かり息を途絶えさせようとしているこの男にイルカは酷く腹立たしくなった。
 恩を仇で返すと言うのはこういう事だ。
 だからイルカはそこに転がる嵯峨野に対して何の感情もわかなかった。一時でも共に過ごした相手でも。相手は家族のように思ってくれていたとしても。
 三代目を裏切ったことには変わりはない。
 梗香に対しては「可哀想に」と思う面はある。自分が利用してしまったが上の死なのだから。だが心が痛むことはない。
 それに自分は恋愛のそれなどという物は一切持ち合わせていなかった。
 自分はカカシの物なのに。あれ程人の物に手を出してはいけないと教えたのに。小さかった子供は欲深い大人になっていた。
 だが、何故カカシが梗香を殺すほどの殺意を抱いたのか。それだけは解らなかった。あの時何があったのか。まだカカシに聞いていない。
 帰ったら、この任務が終わったら。ちゃんと話しをして元通りに戻ろう。
 イルカはそう決心して、何があってもカカシの元へ還ろうと思った。

「お前の身体はもうこの草からは逃げられないはずだ」

 ニヤリと浮かべた笑みにイルカも笑みで答える。

「それはどうかな?」

 確かに繰り返し摂取させられ、それを強い解毒作用のある薬で何度何度も解毒を繰り返した身体は肝機能が低下して身体にも異変が起き始めていた。
 それでもその麻薬に取り込まれることはなかった。五代目の解毒薬のお陰だ。

「木の葉の忍を甘く見るなと言ったはずだ」

 そう言うとイルカは相手にクナイを投げつけて自分は瞬時に嵯峨野の側へと近付いた。
 まだ息はあるが助からないだろう。この男には聞きたいことが沢山あったのに。
 アスマがそれと同時に相手の懐目掛けて移動した。狭い空間で鉄の混じり合う音がする。
 無駄な抵抗だと解っていても忍としてのプライドが最後まで戦いを望むのだろう。アスマとでは実力差があり過ぎる事も解っていても。
 不意を突いて草忍が噴煙を投げつけた。白い粉が部屋中に蔓延すると独特の甘い香りがする。
 これは。

「アスマさん!ここから出てください。これは強い類の禁断の草です。少しでも身体に入れるとあっという間に症状が出てしまう!」

 それを聞いたアスマが「ちっ」と舌打ちをして煙の届かない廊下へ出て行った。イルカは逃げることもせずその草忍と対峙していた。

「あんたは逃げないのか?この薬、もうなんだか解ってんだろ?」
「お陰で耐性が付いてきてるからこのくらいじゃまだ平気さ」
「これを大量に吸えばお前の身体に耐性が付いていようとただじゃ済まされない。思い知るが良い。この薬の怖さを」
「そう長くは居るつもりもない」

 そう言った瞬間、イルカが移動を始めた。積み荷の影に隠れてまた移動する。次々と移動する中でクナイが投げ込まれてくるのを草忍は残りのクナイで払いのけていく。

「こんな攻撃じゃオレは倒せやしない!」

 と、攻撃を嗾けようとした瞬間。
 身体が動かなくなった。気がつけばイルカの術中にはまっていたのだ。
 イルカが移動している中書いた術式が浮かび上がる。その中心にいつの間にか追いやられていたとは気がつかずに。

「身体が……動かない…」
「俺を甘く見すぎたな」

 イルカは素早く陰を組むとその術式の円陣に手をかけた。
 一気に作動する術はその男の動きを止め、そして一気に燃え尽くした。
 燃える。全てが。
 禁断の草も。
 梗香も嵯峨野の遺体も。
 そしてこの家も。

 吸い込みすぎた禁断の草にイルカはそこから既に動くことは出来なかった。






 *





 
 ぼうっとする意識の中で、ただはっきりと見えるのはそこにある窓の外の空だけだ。
 何も考えたくない。頭が拒否して思考はどんどんと低下していくのを感じていた。
 窓からは空が見える。青く澄んだ空に、白い雲。
 毎日見つめるその空に少しだけ見え始めた白い月。この世界が動いて回っている証拠にその月は昨日よりもはっきりと姿が見える。
 どこかで見た事がある。こんな月を。
 
 ああ。
 そうだ。
 あの時イルカ先生を抱きしめて。見上げた空にもこの月があったんだ。
 白昼の月。

 あの時に還りたい。
 
 
 
 *



 今日で何日目だろうか。
 ここに監禁されるようになってどのくらいが経つのだろうか。
 四肢に繋がれた拘束具はカカシのチャクラを吸い取っていく。だから立ち上がろうとしても億劫でベッドの上に横たわるばかりだった。
 そんな中でただ一つの楽しみは窓から見える空を眺めること。
 イルカを思い出せる唯一の物だから。
 鉄格子の向こうにはいつも見張りが一人いて、食事もきちんと与えられている。
 ただ、情報は入ってこなかった。あれからどうなったのかカカシの耳には一切入ってくることがない。監守に聞いても「五代目からの命で教えることは出来ない」と言われてしまう。
 イルカ先生はどうしているだろうか。
 もう自分はあの人の元に還ることは出来ないというのに。
 こんなにもまだ想っているのに。
 だから、アナタに会える方法を考えた。
 カカシはこの数日微かに漏れるチャクラをずっと身体にため込んでいた。
 無駄に体力とチャクラを消耗しないようにじっと横たわって。
 微量ながらチャクラを貯めることに成功している。あと少しだ。
 あと少しでアナタに会えるんだと思ったら、自然と顔が綻んだ。
 どこでどう間違えたのかな。
 ただ、アナタのことを想って、想いが強すぎて。こんな結果しか残ってなかったオレ達に何があったんだろう。
 いや、確かにそこにあった。
 温かいアナタの手と。溢れる想いと。
 一時でも知った幸せが。
 そこにはちゃんと在ったんだ。
 その幸せな日々を思い出して今はただここで時が過ぎるのを待つ。
 今日もただ。
 時間の過ぎていくのをただひたすらに待つだけだ。

 あと少し。






 *






 
 爆音と共に里の外れで大きな火災があった。
 初めは敵襲かと思うほどの大きな火災で里のみんなが俄に騒ぎ始めていた。
 だが敵襲などの伝達は一切流れずただの大きな火災とみなされた。
 焼け落ちた家は里外れの豪商嵯峨野邸。
 消火は間に合わず嵯峨野氏と娘は逃げ遅れて焼死したと言う話しだ。
 使用人達も何人も犠牲になったらしい。
 そんな噂が里中に流れたのはそれから暫く経ってからだった。
 
 自分で掛けた術が発動して一気に燃えさかる炎の中でイルカはもう動くことが出来なかった。
 多量に吸い込んだその麻薬の噴煙が身体に蔓延してしまい、もう前もって作った耐性など役に立たないほど強い物だった。
 だが、それでもイルカは自分の手でそれをやり遂げたかった。きっとアスマには叱られるのだろうけど。
 カカシの為に自分がどうしてもやり遂げたかった任務だったから。
 燃えさかる炎の中に横たわる二つの遺体を見て、これでカカシがやったという証拠は無くなったと心の内で思う。
 あとは上がどう判断するかだ。
 カカシの能力は木の葉には断然必要で、すべて任務の一環として報告されるだろう。
 相手も罪人。
 カカシがやったという事実はもう何処にもない。ただ数名が知るだけの話しだ。
 こんな世界には時にはこういう汚い部分も無くてはうまくはいかない時もある。
 これで、カカシさんは大丈夫。
 熱さと薄れ行く意識の中でイルカはカカシの行く末を案じていた。

 息苦しさで意識が戻ったのは嵯峨野邸の外に連れ出されたときだった。爆発寸前でなかなか出てこないイルカを心配したアスマがイルカを助け出した。
 その時のイルカは既に意識はなく、もう少しで炎に飲まれる所だったという。

「お前が死んでどうするんだ!ったく」

 イルカの身体をやや起こし、持っていた水筒をイルカに与えると少しだけそれを口にしたイルカが力なく笑った。

「死ぬつもりは無かったんですけどね……あの人の為…になら、それでも良かったです」

 そう言ってまた意識を失った。
 毒が回りすぎている。
 炎の照り返しで肌の色の確認が取れなかったが、イルカの顔色はもう蒼白いなんてもんじゃない。
 アスマは小さく舌打ちをして「死なせるかよ」と立ち上がった。

「このまま全て焼き尽くせ」

 共に来た暗部に伝え、最後まで見届けることを言い残しアスマはイルカを抱えて五代目の元へ急いだ。
 イルカにまで何かあったらきっとカカシはもう戻ってこないような気がしてアスマはならなかった。






 *






 カカシは自分にかけられた拘束具を毎日のように眺めていた。
 こんな物、しなくても自分は何処にも行かないのに。だってもう還る場所を無くしてしまったから。
 その高い窓からははっきりと白い月が見えた。
 それは鮮明に、いつかイルカと見た空と重なって。
 また涙が溢れた。
 もう戻れないと解っているけど。だけど心の何処かでイルカが自分に会いに来てくれる事を期待していたのかもしれない。
 だがイルカはあれから何日経とうともここへは現れなかった。
 戻れるのならば、あの愛しい日々へ戻りたい。
 いや、あの幸せだった日々へ戻ろう。

 カカシは数日間ため込んだ微量のチャクラを振り絞り印を結んだ。
 監守は気がついていない。大丈夫だ。

――――やっとアナタに会える。




 たとえ、アナタがオレの元に還ってこなくても。これからは一緒に居られるから。



 そして、自分に掛けた術が発動した。







 
 


 
 
 
 
   

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――――2005.10.1up