全ては貴方の為に存在していた。
 
 この身体も全部。




 だから。貴方を取り戻す為なら。










14,覚醒











 そこはイルカもまだ一度も足を踏み入れたことのない場所だった。
 避難所は良く演習で使うが、近くにあっても遠い場所。
 それがこの監獄。

 監守は既にアスマとは見知っているようですんなりと封印を解いて中に入れてくれた。
 久々に会える嬉しさを隠しきれずにいるイルカにアスマは真摯な顔でクギを刺した。

「あんまり期待すんじゃねぇぞ」
「それはどういう事ですか?」
「……見れば分かる」

 何が、あったというのだ。
 監守のあとを歩いていくと最後の扉を開けた。
 その向こうには鉄格子が見える。
 そして、カカシの姿も。

「カカシさん!」

 鉄格子には封印がされているので触ってはいけないと言われていたので側によって名を呼んでもカカシはイルカの方を振り返らない。
 一体、どうしたのだ?
 イルカは答えを求めるように後ろを振り向いてアスマを見る。
 アスマが何か言う前にカカシの笑い声が聞こえてきてイルカはまたカカシの方へ振り返る。
 


「ヤだなーイルカ先生〜…」

 クスクスと笑いカカシはこちらを見ていたわけではない。
 自分はここに居るのにカカシは何を言っているのか、イルカには理解できなかった。

「コイツはな、自分で自分に術を掛けたんだ。今、どうやらコイツの中ではお前と一緒にいるらしい。分かったか?イルカ。カカシのヤツは自ら自分を狂わせたんだ」
「カカシさん!!」

 何度読んでもその声は宙に消える。カカシの耳には届いていない。
 どうして。
 こんなにも求めたのは貴方の方だったのに。

「一体、いつから…?」
「もう3週間は経つか…」

 そんな前から。
 誰も教えてくれなかったのはこのせいなのか。こんな事になっていると分かっていたらすぐにでも飛んできたのに。
 怒りと悲しさが込み上げて、イルカは作った拳を強く握りしめた。


 何でこんな事したんですか。
 何で一人で逃げてるんですか。
 何で……俺は必要ないんですか。


 だから言ったのに。ちゃんと貴方のことを想ってるって。
 伝わっていたと思っていたのは自惚れだったのか。
 何より一番哀しかったのは自分の言葉を信じてくれなかった事に対してだった。

 それでも俺はね、カカシさん。
 貴方のことを愛してるんです……

 それは何かを決意した眼差しだった。





 *





「五代目の許可が下りました。独房への入室を許可します」

 そう言うと監守は封印を解いてその鉄格子を開いた。
 イルカはアスマにカカシと二人きりにして欲しいと頼んだのだ。それにはまず五代目の許可がいる。伝令を出して貰いその場で許可を取った。
 イルカが戻ってきたことでカカシの状態も良い方向へ向かうかも知れない。
 それは皆、同じ事を考えていたはずだ。
 イルカの体調も気になるが、あとは体力を取り戻していけば自然と体内の毒も抜けていくだろうとの話しだった。
 だからイルカにカカシとの面会を許した。

 キィと音を立てて鉄格子が開く。ドクドクと鳴る心音がやけに耳に響いて五月蠅かった。それほど緊張していた。
 一方カカシはイルカが入ってきたことなど気にも留めない様子で、何処か宙を見つめていた。
 カカシの目には確実にイルカが映っているはずなのに。

「二人きりにして貰えませんか?」

 イルカが外で待つアスマと監守にそう告げると渋顔をしたアスマが「ダメだ」と答えた。
 だがイルカが食い下がる。

「お願いします。少しだけでも良い。カカシさんと向き合いたいんです」

 その切なる願いにアスマは渋々了承した。

「何かあったらすぐに呼べ。外で待機してるから」

 そう言い残して監守は鉄格子を閉め封印をした。
 二人きりになるとそこにはカカシの笑い声が響いていた。
 クスクスと笑う声。
 それはイルカと居るときに些細なことで良く笑っていたカカシの声と同じだった。
 イルカの頬に涙が伝い堕ちた。
 こんな事になるのなら。貴方に出会わなければ良かったのかもしれない。貴方の人生を狂わせてまで貴方が得た物は何一つとしてないのだから。

「…カカシ、さん?」

 そう問いかけても自分に答えは返ってこない。
 それでもカカシはイルカの名を呼んでいた。





 *





 この中はいつも自分に優しくてホッとした。
 イルカが居て自分が居る。それだけ十分だった。時折何か大切なことを忘れているような気にもなるが、それはなかなか思い出せなかった。思い出せないと言うことは大して大切じゃない物なんだと自分に言い聞かせて、カカシはここが自分の居場所だとそう思った。
 イルカはいつも笑ってくれていた。からかうと真っ赤になって膨れたり、誘うような声を出して甘えてきたり。そんなイルカが大好きだった。
 ただ、どの顔も新鮮味はなく何処かで一度同じ様なことで見たことがあったな、と頭の隅で思いながらもその事に関しては考えてはいけないとカカシは目を背けていた。
 今日もまた笑ってくれている。
 それを見て自分も自然と笑顔になった。
 ふ、と視線がイルカから外れ窓の外を見た。
 いつもと同じイルカの家から見る風景。だけど何処か違和感を感じてまた目を背けようとしたその時、そこにイルカが立っていた。

「…イルカ、先生?」

 そう小さく呟くと、どうしたんですか?と部屋の中から声がする。
 振り向けばそこにはイルカが立っていた。
 おかしいな。見間違えたのか、ともう一度目をやれば、やはりそこにはイルカが立っていた。
 窓を叩いて大きな声で何か叫んでいるようだがその声は全く聞こえなくて、カカシは首を傾げる。

「窓の外が、どうしたんですか?」

 部屋の中にいるイルカに聞かれて、何と答えたらいいものか迷っていると、更に外にいるイルカが強く戸を叩いているようだった。
 必死に自分を呼んでいる。
 その顔はいつも見ているイルカの顔ではなかった。 
 笑ってない。
 苦しそうに顔を歪めて泣いていた。
 ふらり、と引き寄せられるように近付いて窓を開けた。

「カカシさん!」

 窓を開けると外にいたイルカが思い切り腕を掴んで来たのでカカシは驚いた。

「アンタ……誰ですか?」

 その言葉にイルカは酷く傷付いた表情をした。

「俺は俺です」
「イルカ先生はそこにいる。アンタは似せモンだ」

 違う。

「イルカは、俺ですよ、カカシさん」

 やめろ。
 壊れてしまう。この世界が。

「オレの知っているイルカ先生はいつも笑ってるんだ」

 そう言って部屋の中にいるイルカ先生を見ると、その顔が作り物のように見えた。張り付いた笑顔。
 違う。オレの知っているイルカ先生は…

「違う!アンタは似せモンだ!」

 思いを振り切って外にいるイルカにそう叫んだ。すると、

「ならば、試してみますか?」

 そう言ってその突然現れたイルカはカカシにクナイを持たせた。




 そしてそのカカシの手を強く握って自分の心臓目掛けて突き刺した。


 肉を絶つ感触。
 久しぶりに感じる現実の…――――

「ああぁぁ…!!」

 頭が割れるように痛い。
 そうだ、この感触は。
 自分が生きてきた世界。
 生と死と。



 そしてアナタと生きてきた俺の世界。



 ゴホッとむせかえったイルカの口からは血が溢れかえっていた。
 それでもイルカは笑っていて。
 久しぶりに見る新鮮味のある笑顔に現実の世界を思い出した。

「俺はね…カカシ、さん」
「…離し、て……イルカ先生…」

 カカシのを掴む手を離そうと必死になっているカカシに向かってイルカはこう言った。




――――あなたが想っているよりもずっと。俺ははあなたの事を想っているんです。



 
 だから。
 俺の全てを賭けて。
 貴方を取り戻したかったんです。


「離して!イルカ先生。お願いだから…!」

 ニコリと笑ったイルカはそのまま倒れて動かなくなった。
 全てが壊れ崩れていく中でカカシは必死になってイルカの名を叫んだ。
 自分に掛けた術が解ける。その副作用で激しい嘔吐と頭痛がするけどそんなことに構ってはいられなかった。
 一変して殺風景な独房に戻ってきたカカシがイルカの出血を止めようと治療を施すが、この拘束具が邪魔をしてチャクラを錬ることが出来ない。

 お願いだから死なないで。

「誰か!!早く来てくれ!……早く!」

 もう二度とオレを置いて何処にも行かないで。




 その叫び声にアスマと監守が飛び込んできた。そしてその状況を見てアスマが監守に伝令を頼み一刻も早く五代目を、と伝えた。
 封印を解き鉄格子を開けると監守は急いで出て行った。

「早く止血を!オレは…チャクラが練れないから」

「どけ!」

 カカシを押し退けてアスマが傷口にチャクラを注ぎ込む。早くしなければ致命傷だ。

「一体何でこんな事になったんだ?…お前戻ってきたのか?」

 アスマは応急処置を施しながらカカシを振り返るとカカシは蒼白い顔で左目は封印されたままの状態で顔を両手で覆った。

「オレを……戻すために…」

 イルカが自らした事か。
 だから目を離してはいけなかったのだ。
 カカシの時も。そしてイルカも。
 イルカはカカシよりは安定しているタイプで無茶をするようには見えなかった。
 だが意志が強くて本当に危ないのはイルカの方だったのかも知れない。

「ほんとにお前達は世話が焼けるってんだ!」

 何でこんなに狂ってしまったのか。アスマにももう分からなかった。
 ただ、何としてでもイルカを助けなければ。
 これで2度目だ。イルカを助けるのはこれで2度目。その前もイルカはカカシの為に必死になっていた。
 だからこそ、今度こそ良い方向へと進むことを期待していたのに。
 もし、神とか何とか言う物がこの世に存在するのならば。
 この馬鹿な二人を救ってやってくれ。
 イルカを助けながら、アスマは心の中で誰かに何かを乞いたい気持ちで一杯だった。


 カカシはアスマが応急処置をしているのを見ている事しか出来ない。
 手に付いた血を見つめ、身体が震えた。

 あの感触。
 まだ自分の肉を切り刻んだ方が痛くない。
 こんな事になるのなら。
 アナタに出会わなければ良かったのだろうか。
 こんなにもアナタを想う気持ちを知ったのに。
 その想いがこんな結果を招いたと考えたら、初めて怖いと思った。
 そしてその想いのためにアナタが死ぬと思ったら。
 それならばオレはアナタの側を喜んで離れよう。



 だから。
 お願いだから。

 もう二度と会うことが出来なくなったとしても。
 アナタがこの世界に生きているのなら。
 オレはもう迷わないで生きていけるから。














 お願いだから――――生きて。



















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――――2005.12.1up