どんなことがあっても。 この先に何が待っていようとも。 全ては。 15,愛を成す全ての物を。 イルカはあの後すぐに飛んできた綱手に助けられどうにか一命を取り留めた。そしてそまた病院へと送られ安定するまで手中治療室に入れられる事になった。 その後、カカシは独房から出され執務室に連れていかれた。 そこにはアスマも居て「今度こそ本当にダメかと思った」と大きく溜息を付いてその後カカシを思いっきり殴った。 「正気に戻ったら絶対一発殴ってやろうと思ってたんだ」 そう言ったアスマにカカシは、うん。と頷いた。 「ゴメンね、アスマ」 何処かスッキリした顔をしたカカシはその場で五代目綱手にも詫びを入れた。 「ご迷惑をおかけしました。処罰は謹んで受けるつもりです。ただ……イルカ先生の容態だけは分かるように取り計らってください」 「ホントに迷惑かかりっぱなしだ。2度目は無いよ。この次こんな馬鹿やりやがったら、その写輪眼引っこ抜いて殺してやるから覚えときな!」 頭を下げるカカシに綱手は一発拳固を食らわせる。 「四代目の小僧がどれ程お前のことを心配していたか知らないだろ?あの子は優しい子だったからね。いつもお前のことを気に掛けていたよ。いつか危ないことをしそうだからってな」 「……スミマセン……」 がちゃりと拘束具を外して、自来也の掛けた写輪眼の封印を綱手は解いた。 「自分が成すべき事を、自分をちゃんと見つめ直して答えを出しておいで」 そう言って渡されたのは最前線への任務だった。少し長目の任務でここから離れて頭を冷やせと言われた。 今、自分もこの里にいるのは辛い。それも分かってくれているのだろう。これも綱手の配慮だった。 そしてもう一つ気になっていること。 「…任務の方は…どうなるんデスか?」 自分のしでかした罪。それはどう足掻いても拭える物ではない。 「お前は自分のした事の重さを分かってるか?カカシ」 「分かっています」 「ならば、その罪を抱えて一生生きていけ。生きて償えるものではないかも知れないが、それが今お前に出来ることだ」 この罪悪感を抱えて生きて行けと。 「どのみちあの親子は死ぬ運命だった。強い麻薬で身体はボロボロだったらしい。ただ死期が多少早まっただけだ。それに、何かあったときは生死は問わないと伝えてあった。こんな商売柄、無益な殺生をしないとは言い切れないからね」 綱手は椅子に深々と腰掛け、足を組む。 「お前のやったことは今回罪には問わない。任務の一環だったと報告しておいた。だが、忘れるな」 胸の前で指を組み、強い眼差しでカカシを射抜いた。 「お前は罪を犯したんだ。それだけは絶対に忘れるんじゃないよ」 カカシは頷いて、そして深く一礼をした。 自分は色んな人に助けられて生きている事に。 今まで一人で生きてきたと。心の中でずっと思っていた。 だが、自分には仲間がいる。 やんちゃ盛りの部下もいる。 自分を許してくれる人達がいる。 そして。 自分を愛してくれる人が。 そんな当たり前のことを見失い、生きてきた自分を叱咤して、今与えられている環境に、生きていることに、生まれて初めて感謝した。 だから。もう二度と会えなくても。 それでも生きていてくれるのなら、それだけで良いと思えた。 * イルカは結局再度入院を余儀なくされ、回復にまた時間がかかっていた。まだ麻薬での体調も回復し切れていない上に重傷を負ったのだから当然だ。 次に目が覚めたときはまたベッドの上にいた。目を開けるとまたあの時と同じ医療班の人でまた「良かったですね」と言ってくれた。その後に「あまり無茶しすぎないでくださいね。いくらなんでも身体が持ちませんよ」と怒られた。 まだ酸素マスクと鼻から入るチューブが邪魔で話せないが小さく頷いた。 周りを見渡してイルカは自分がカカシの姿を探しているのだと気がついた。もしかしたら来ているかも知れないという淡い期待もあった。 カカシは確かに返ってきた。自分の手の中で震えながらクナイを懸命に外そうとしている手が震えていたから。 あの時のイルカにはこれしか思い浮かばなかった。手っ取り早くカカシを正気に戻すには今まで感じてきた物を感じさせる事が出来れば。 自暴自棄になっていた訳じゃないけど、自分の身でカカシが取り戻せるのならば、それで良いと思えたから。 カカシはどうしているだろうか。 まだ独房に入っているのか。それとももう元の生活に戻っているのだろうか。 ちゃんと貴方と話したいのに。 ずっとどんな時でも貴方を想っているのだと。もう一度伝えたかった。 意識が戻ってからイルカは何度かカカシの事を見舞いに来てくれる人達に聞いてみた。だが、誰一人としてカカシの行方を知っている人がいない。 まだ独房なのだろうか。そんな事を考えていた時、イルカの見舞いにアスマがやってきた。 今回もまたアスマに命を助けられたと聞いていた。お礼を言っても言い足りないくらい今回の任務でアスマに面倒を掛けてしまった。 「どうだ、調子は…」 と病室を訪れたアスマは手に持っていた見舞いの品をベッドサイドに置いた。 「うちの班のやつらからだ」 「ありがとうございます。調子の方も徐々に良くはなってきてます。けどちょっと無理しすぎたみたいで…なかなか思うようには治ってくれませんね」 苦笑して情けなく笑ったイルカは何処か覇気がない。カカシの事が気になっているのは言われなくても分かるくらいだった。 「あの……カカシさんはどうなったんですか?」 今まで見舞いに来てくれた同僚達は誰もカカシの情報を知らなかった。だがアスマならば絶対に知っているだろう。イルカは意を決したようにアスマに訪ねるとアスマは「あ〜…」と言って窓の方へ近寄り外を眺めた。 イルカはアスマの動きを目で追って次の言葉を待つ。アスマはイルカの方を見ないで外を眺めながら答えてくれた。 「アイツは、任務に出た。だからお前には会いに来れない。あんな事があっておいそれと来れるようなもんでもねぇけどな」 「じゃあ、もう監禁は解かれたんですね」 それだけでもイルカは安堵した。 良かった。任務に出たという事はもう正気に戻っている証拠だ。 「それと…」 とアスマは付け加えた。 「アイツからの伝言だ」 その言葉にイルカは身体が硬くなるのを感じた。 「迷惑を掛けた、と。……もう顔向け出来ないと、さ」 そして紙切れを手渡された。 「そこまで介入して面倒は見切れねぇと言ったらこいつをよこした」 渡された紙切れはカカシからの手紙だった。 イルカ先生へ アナタには迷惑を沢山かけてしまいました。ゴメンナサイ。そして…アリガトウ。 どんなに償っても償いきれない事をオレはしてしまった。 だからどんなに嫌われても憎まれても仕方がないと思ってます。 いっそのこと殺してくれれば良かったと思う事さえある。 だけど、オレは。生きている。 アナタが助けてくれたからオレは生きる事が怖くなくなった。 アナタがこの世に生きていてくれるだけでオレは、それだけで幸せだから。 もう、離れても大丈夫だから。 だから、今までありがとう。 はたけカカシ 短い文章だった。 だがそこには別れの言葉が書き記されていて。 イルカは音もなく涙を流した。 ――――あんたは何にも解っちゃいない。 俺は離れて欲しかった訳じゃないんだ。 そうやってあんたは逃げてばかりじゃないか。 身体から力が抜けていくのを感じながらイルカはそれをどうすることも出来なかった。 カカシさん。 俺は貴方が居なくなってしまうことが一番怖かったんです。 * カカシが任務から帰還したのはそれから一ヶ月の後だった。カカシが参戦したことで任務の方がスムーズに運び返って早く終わることが出来たと報告書には書いてあった。 もう季節は暑い頃で、空にはそれを象徴するかのように雲が迫り上がっていた。 帰還の報告は火影様に直接するように、と伝言を受けカカシは執務室へ足を運ぶ。 アカデミーと共同のこの場所はカカシにとって現場より緊張する。もし、あの人に会ってしまったら。そう思うだけで胸が破裂しそうになる。 ポケットに入れていた手を出すと付けている手甲は掌がかいた汗でぐっしょりと濡れていた。 ――――バカだな、オレも。 そして執務室のドアを叩いた。 「お入り」 綱手の声がしてドアを開ける。そしてカカシの顔を見て、 「少しはまともな顔になったじゃないか」 と言って笑った。任務の報告を済ませ、今後の話しになった。 「里に帰ってきたお前にはまだ監視が付く。これは命令だから外すことは許さないよ。安定するまでは監視が付く。いいね?」 有無を言わさないのが五代目の性格だ。それにそのくらいのことは覚悟していた。 「分かりました…」 もういつものカカシだった。あれから大分落ち着きがお戻り自分でもあの時の事を思い出すと苦い気持ちになる。どれほど自分を見失っていたのか、イルカが関わってしまうと周りが見えなくなるなんてあの時は想いもしなかった。それだけイルカが大切だった。 そのイルカを傷つけて、やっと目が覚めるなんて最悪だった。そんなことになるのなら、自分はイルカの側にはいられない。だからあれからイルカにはあっていなかった。 そして奥の部屋へ続く扉が静かに開いた。 「お前の監視役だ」 カカシはさっきまでの態度が一瞬で崩れ、目を見開いて数歩後ろに下がるとまるで子供が駄々を捏ねるように呟いた。 「…イヤです……それだけは……」 綱手の横に立つ姿。凛としていていつも見ていた姿。受付で初めて出会ったときもその姿に何故かホッとした。 イルカ先生。 「命令だ、と言ったはずだ」 カカシは首を横に振る。そして窓を開けそこから飛び降りて走り出した。 「カカシさん!!」 呼んだのはイルカだった。 「クソッ!」 「こら!イルカ!まだ無理するんじゃないよ!」 イルカも後を追うように窓を飛び越えてカカシを追って行ってしまい、綱手の声はもうイルカの耳には届いてなかった。 暑い中、カカシは疾走する。 逃げるために更にそのスピードを上げるが、あとから来る気配はそれにしっかりと付いてきていた。 もうアナタを傷付けたくないから。だからアナタの前から姿を消そうと決めたのに。 監視役として現れてたイルカに一瞬で心を乱された。 凛とした姿は今までと同じだったが少し痩せていた。それだけでも胸が痛い。 任務に行ってる間は綱手の配慮でイルカの容態を知らせてもらっていた。大分良くはなってきていると聞いていたが、まだ体力も戻っていないと言っていたはずだ。 だが、後ろから追い掛けてるイルカは体力が戻っていないことなど微塵も感じさせない。 必死になって付いてくるイルカの気配を気にしながらも、カカシはひたすら里を疾走する。 町中を過ぎ、広場に出た。木を飛び渡って行く。それでもイルカの気配は消えなかった。 お願いだから、無理しないで。と矛盾したことを考えてしまう自分が居る。まだイルカの傷は完全ではないと聞かされていた。もちろんそんなことを伝えてくるお節介は髭面の同僚だ。 不意にイルカの動きが悪くなったのを感じた。大分無理をしたのだろう、失速したイルカはそのまま足を滑らせて木から転倒しそうになっていた。 その瞬間、カカシの身体は勝手に動いていた。イルカを助けるために全力で異動する。そして地面に叩きつけられる前にその身体を捕らえることが出来た。 これ以上傷つかせたくないのに。 イルカは怪我をすると諦めていたのか、目をつむってその瞬間を待っていたようだ。いつまで経っても訪れない衝撃に目を開ければ驚いたように自分の名を呼ばれた。 「…カ、カシ、…さん…」 久しぶりに聞くイルカの声。 「無理…しすぎです」 ゆっくりとイルカを降ろしてカカシは背を向けた。 「誰のせいですか」 イルカの強い口調にカカシの身体が強ばる。 「監視は他の人にお願いします。だからイルカ先生は……」 「俺がお願いしたんです。貴方の監視は俺がします。これは火影様の決定です」 じりっと躙り寄るイルカに一定の距離をカカシが保つ。 だが一瞬で近寄ってきたイルカにカカシは呆気なく捕まってしまった。腕を取られ、その場所に心臓があるかのようにドクドクと脈打つ。 「どうして…逃げるんですか…?あんた、何にも解ってないですよ。俺が言ったこと……簡単に忘れて……」 掴む腕に力が入った。その腕を掴む力の強さでようやくカカシは顔を上げているかを見ることが出来た。 怒っていると思っていたその顔は、哀しく歪んでいて。イルカが酷く傷付いているのだけは解った。 「あんたがそうやって逃げるのなら…俺は何処までも追っていきます。簡単に逃げる事なんて許さない」 今だってあんたは逃げるだけで。 そう言ったイルカが泣いていた。 「オレは…ただ。アナタにはもう傷付いて欲しくなくて……それにオレは…」 そう言うカカシは苦痛に満ちていく。 「アナタの子供を殺してしまった」 何を言っているのかイルカには解らなかったらしい。そして強い口調でこういった。 「俺に子供なんていません」 だがその答えにフルフルと頭を振るカカシが小さな声で「梗香」と告げると、イルカは納得したように首を横に振った。 「それはでまかせです。あの子とは身体の交わりなんてありませんでしたから。術を掛けてそう思わせてはいましたけど…」 それを聞いたカカシが目を見開いて、暗い影を落とした。こんな単純なことを見落とすくらい、カカシはイルカのことになると冷静さを失ってしまう。本当に忍失格だ、とカカシは空を仰いだ。 一生抱えていく罪は。 あまりにも大きすぎる。 だからイルカとはもう共に歩いてはいけないとカカシは決めた。 「これ以上……アナタには迷惑掛けたくないんです」 イルカの顔を見れず、そのまま空を見上げてそう告げる。 そしてカカシの手にぽたり、と落ちた雫。 その雫はイルカの涙だった やっぱりあんたは解ってない、とそう呟いて。 「それはあんたのエゴでしょ?…俺の気持ちは?どうなるんですか?」 ――――…愛して、ます。……どんなことがあっても、貴方を…愛しているという事を忘れないで…… あの日のイルカの声がする。 「あんたを好きなこの気持ちはどうすればいいですか?」 ずっと愛してるって言ったのに、と言う声が震えていた。 「あの日、俺が言ったこと、覚えてますか?」 あの時も青い空が広がっていて。 あの時のカカシの気持ちは今も変わらずここにあるのに。 カカシは何も言えなかった。ただイルカの発する言葉を全部聞き逃さないようにと耳を傾けることしかできない。 「あんなに簡単に忘れて、それでも俺はあんたに此処にいて欲しくて。どうして俺があんなに必死になって繋ぎ止めたかも解らないんですか?」 そうだ。イルカは言っていた。 天気の良かった帰り道。青い空と一緒に交わした約束。 ――――この先、何があろうと、どんな事が起きようと、俺を信じていてください。 鮮明に蘇る記憶。 そうだ。 自分は途中でそれを見失ってしまったんだ。あれ程信じていたのに。 イヤ、信じ切れなかったのは。 自分の気持ち。 それを逃げる事で見ないようにして。 「…イ、ルカ先生……」 名を呼べば、イルカはただ黙っていた。視線を逸らすことなく真っ直ぐと見つめられて、カカシはそっとイルカに近づいた。そしてイルカにそっと手を回し拒絶されなかったことに安堵して、そしてその包み込んだ温もりを強く抱き締めた。 還ってきた温もりに涙が溢れそうになる。こんなになっても、それでもまだ愛してくれているというイルカに。 「オレはまだアナタの側に居れるのかな?」 「知りません。そんなの自分で考えてください」 涙声で鼻をすすりながらイルカが言う。 「うん…ゴメンね?――――アナタの言った言葉、見失ってゴメンね」 オレはまだアナタを愛してもいいですか? また道に迷うかも知れないけど。 「また見失いそうになったら。何度でもオレが繋ぎ止めますから」 どんな事があっても、このあなたを愛していると言う細胞全てを賭けて。とイルカが笑う。 「だから――――――――信じていてください」 カカシはイルカの身体を強く抱きしめた。抱き返される腕が優しくて。 やっと自分の居場所に還れたとカカシは泣いた。 イルカの肩に顔を埋めてカカシは溢れてくるものを堪えきれなかった。涙、と認識したのはイルカの服が濡れて締まったからだった。 こんな風に誰かを思って泣くなんて、知らなかった。自分の犯した罪は消せないけれど、それでも生きたいと思う自分がここにいるのはこの涙を流せる事が出来たからだろう。 イルカに出会わなければ知らなかったことが沢山あった。知ってしまって、間違えて。それでも自分は生きていくんだろう。 耳元でイルカの啜り泣く声が聞こえた。イルカも耐えていたのだ。ずっと耐え続けてきてくれた。 イルカの手がカカシの身体を抱く。温もりを直に感じる。照りつける太陽の下で暑さも感じないくらい身体を寄せ合って。 そっとカカシの頬にイルカの手が添えられて向かい合った顔は、二人とも涙で顔はぐしょぐしょだった。 「俺達、汚いですね。顔も涙でぐちょぐちょだし」 イルカが泣き笑いでそう言うと、カカシは「うん」と頷いて笑った。 全てが愛おしい、とカカシの涙をイルカが舌で絡め取る。だからカカシも同じようにイルカの頬を舐めた。 互いに頬に唇を寄せ合い、そして最後に辿り着いたのは。 久しぶりに感じる互いの唇。 貪るように求め合った。息をするのも勿体ないと言うように。 大事な物を壊さないようにと支えるカカシの手がイルカの頬を包みこんだ。イルカの手はカカシの項を掴んで髪の間に入る指が直接カカシに触れる。 その指から感じる体温が優しくカカシを満たしていく。 それを感じたらまた涙が止まらなく溢れ出した。 「帰ろう、イルカ先生。オレを許してくれるのなら、アンタを抱きたい」 泣きながらそう懇願すればイルカは優しい笑みを返してくれた。 |
――――2005.12.1up ; 2008.9.22 re:up