あなたが想っているよりもずっと。 俺ははあなたの事を想っているんです。 2,イルカ その人はいつも表情が読めない人だった。 時折受付で見掛けるその人はいつも何処かピリピリとした空気を出していて、報告書を受け取るのも緊張する時があったのを覚えている。 口布をきっちり鼻の上まで挙げ、左目には額当てを掛けていた。唯一出ている右目は眠たそうにしてはいるが、それはただの形でしかないのが解った。 初めは胡散臭い人だな、と思った。率直に隣にいた三代目に言うと声を立てて笑われた。その時、初めて彼があの「コピー忍者のカカシ」だと知ったのだ。 その後、暫くしてナルトの下忍育成担当があの彼だと言うことが解り今までの資料を三代目に見せて貰って愕然とした。はたけカカシは今までに合格者を出したことがなかったのだ。それを見てあの子達の行く末を案じたが、ナルト達7班は合格した。あの時のナルトがどれ程誇らしかったかと言う話を彼に話したのは極最近のことだ。 同僚達は皆、その人を恐れていた。 はたけカカシ。 里一番の業師と言われる男は、一見飄々としていて取っつきにくい。 自分も相手を知るまでは、表情が読めなくて醸し出す空気はいつも何処かピリピリしていて話しかける事も躊躇するくらいだった。 いつからだろうか。 そんな人に好意を抱いて接する事が出来る様になったのは。 中忍試験の事があり、その後、誤解も解けた頃。任務の受付で彼が報告書を出しに来た時だ。 任務の緊張を引きずっていたのか、入ってきた時はかなり殺気立ち、みんな彼を避ける様に遠巻きに伺っていた。 確かに自分も恐くなかったと言えば嘘になる。 だけど、その時の彼を怖がってはいけないと、何故かそう感じた。 実際、彼がどれ程の任務をこなしてこの場所へ帰ってきたのを思えば怖がる事など出来ないはずなのだ。 血が乾いてこびりついてる手で報告書を渡される。他にも受付は居たが彼は真っ直ぐと自分の所へ出しに来た。 差し出された報告書を受け取ろうとした時に、一瞬だけ彼の手が自分の手を掠めていった。 触れた瞬間だった。彼の手の冷たさと自分の体温が混ざり合った時、恐怖を感じるほどの殺気が弛んだ気がしたのは何故だろう。 自分の感情まで凍てつかせて、体まで体温を失って。 彼はこの里を守る為に今まで人を殺めてきたのだと、そう思ったら無性に泣きたくなるのを押さえるのが精一杯だった。そしてその精一杯の労いが届けばいいと、ありきたりだけど一番投げ掛けたかった言葉を掛けた。 「お帰りなさい、カカシさん。お疲れ様でした。」 と。 すると一つ小さく溜め息が聞こえた。不快に思ったのかと顔を上げると困った様に笑う顔が見えた。 その時、彼が自分の感情を表に出す事に不器用なのではないかと、今までの飄々とした雰囲気は不器用な感情の現れだったのだと、そう思ったらまた鼻の奥がツンとしてきて急いで報告書に目を落とした。 きっと彼は今まで押さえて来た感情がありすぎて表に出せなくなっているのかもしれない。それだけ殺伐とした世界に幼い頃から浸ってたという証拠だろう。 次に顔を上げて彼を見た時は、またいつもの飄々とした雰囲気に戻っていた。 その顔がいつもと違う風に見えたのは、きっと一瞬見えた本当の彼を見たからだろう。あの困った顔はきっと本来の彼の感情。 それから彼は自分の所へ報告書を出しに来る様になった。 その度に投げ掛ける言葉に段々と彼の雰囲気が変わっていくのが見える様になってきた。 トゲトゲしていた物が落ちて、一つ一つ増える会話に心を躍らせていたのは隠せない事実だった。 そうだ。 自分の所へ来て、報告書を出しに来て何気ない言葉を掛けると凍っていた空気が溶ける様に纏っていた緊張感が溶けるのを見てしまってから。 そして、いろんな出来事を介してもっと近くに居れる様になった。 三代目の死。 気が付けば、その時、側に居てくれたのは彼だった。 同僚達は「よくカカシさんと話せるな。お前はそう言うところで昔から肝が座ってるんだよな。」などと言われるが、自分の前での彼は至って普通の同年代の青年で。 そんな風に気を許して話す相手に自分が入っている事が何とも言えず嬉しかった。 自分は特別なのかもしれない。 確信はないけれど。 自分の自惚れかもしれないけど。 殺気立つ気配が自分を見た途端、消え失せるのを知っていたから。 それをどんなに嬉しい気持ちで居る自分も解っていた。 そう、それは自分がカカシを好きなのだと言う事実がそこにあった。 同性とか、そう言う所も通り越して、しなやかに強く、誰もが羨む能力を持ちながら、人として不器用なその人を自分は愛しいと思っていた。 その日もカカシは土産に酒を持参してイルカの家に来ていた。今はくつろいで居間でいつもの様に本を片手に寝転んでいた。 カカシは時折イルカの家に突然現れて一緒に時間を過ごしていく事がある。それは大体任務があった時だとイルカは思っていた。初めの頃から感じていたカカシの殺伐とした殺気を受付に居たとき経験していて、それがイルカの家に来る時まで引きずっているのだ。 受付で会えれば良いが、イルカはアカデミーの仕事が入っていて受付に居ない事もある。そんな時、カカシは気を緩ませる事が出来ないままイルカを求めにやってくる。 その行動が何なのか、カカシにもイルカにも解らないが。 ただ、特別なのだ、と。 それだけははっきりしていた。 夕飯の支度も整って居間でゴロゴロしているカカシに声をかけた。 「もうすぐ用意できますから、卓袱台を拭いてくださいよ。カカシさん」 そう言ってイルカは布巾を卓袱台へ投げると、「は〜い」と、間伸びした返事をして体を起こしたカカシは言われた通り卓袱台を拭く。 そんな素直なカカシが何だか子供みたいでイルカはカカシに見えない所で細く笑む。 これがつい最近まで飄々として見えたあの人なのだろうか? そう思うと緩む頬が更に緩んだ。 嬉しい。カカシがこういった違う面を見せてくれる度に自分の心は躍っていた。 それを恋だと認めざるを得ないほど。 カカシの求めてくるそれも、自分と同じ物であればいいと、いつもそう願っていた。 願っているだけで、自分から行動を起こすようなことは一切しない。それは自分が卑怯で臆病者だから。 言ってこの関係が崩れるのが怖い。 そんな自分を嘲笑っていると後ろからカカシが声を掛けてきた。 「拭きましたよ〜」 イルカは笑顔を違う種類の物に変えてカカシの方を振り返った。 夕飯も一通り終わり、カカシの持参した酒を酌み交わしていた。 何気ない会話と、気を遣わない時間。 いつもの様にゆらりと過ぎていくその時間は、イルカにとって今まで忘れていたもので。 遠い昔にこうやって父と母とよく話していたと思い出した。 イルカにとってカカシは、いつのまにか掛け替えのない大切な人になってしまった。失ったらまたあの苦しみを味わうのだと解っていたのに。 だから今まで特別な存在は作らぬ様に自分を止めてきたのに。 あんな風に変わっていくカカシを見ていたら、いつの間にか自分が捕らわれていたなんて。 酒を杯に注ぎ、ふとカカシと目があった。自分を見つめているが何処か遠くを見ている様な感じがして酷く寂しい気持ちになった。 俺を見て。 そう言わんばかりにイルカはカカシに声を掛ける。 「どうしたんですか?カカシさん。お酒、零れますよ?」 カカシの持っていたお猪口が斜めに傾いて酒がこぼれ落ちそうだった。言われて始めて気が付いたらしいカカシは急いでそれを口に運ぶ。 カカシの顔は端正で整っている。口に運ばれて開かれたその唇から覗く赤い舌にイルカは欲情を感じた。 その想いを誤魔化す様にイルカは笑ってカカシの方を見る。 「珍しいですね。カカシさんがそんな考え事なんて。」 そう言うとカカシは少し拗ねた様に笑って。 「…まあね、たまにはオレだって考え事くらいしますよ。酷いな、イルカ先生。」 言われて鼻でフフンと笑うとカカシが一緒になって笑っていた。 その笑顔がとても優しくてイルカも一緒になって笑った。 「ネェ、イルカ先生」 笑っていたカカシがイルカを呼んだ。何かと思い首を傾げると次の瞬間、真顔になりカカシの口から信じられない言葉を聞いた。 「オレ、アナタのことが好きなんですけど。」 その言葉を理解するのに数秒かかったと思う。何せ粋なりだったからその言葉を飲み込むのに時間が掛かった。 理解した後に込み上げてきたのは嬉しさと、卑怯な自分への後ろめたさ。自分はいつも受け身。言う方が勇気がいるからいつも後手に回ってしまう。けど、カカシはイルカに真正面からぶつかってきて想いを伝えてくれた。 下を見て自分の手が作る片手の拳を見つめ、そして力を込めた。 「知ってますよ。だって……俺も貴方の事好きですから。」 言わなくても解ってました。だって貴方をずっと見てたから。 笑ってそう答えるとカカシは卓袱台に乗っていたイルカの手を強く握りしめるその手が少しだけ震えていたことに、イルカは胸が締め付けられそうになる。 カカシだって失う事は怖いのだ。そう思ったら自分もちゃんと言わないといけないと思い、カカシの手を握り替えした。 「俺は狡い人間なんですよ。もし俺が貴方を好きだと言ってこの関係が崩れてしまったら……そう思うと言えませんでした。だったらこのままでいいやって。そう思って、それでも貴方が俺の事好きで貴方が言ってくれればいいのにってずっと思っていたんです。」 思い違いじゃなくてよかった。貴方が俺を思っていてくれる事が。 自分の気持ちを吐き出して笑ったイルカに、カカシが卓袱台を押し退けてのし掛かって来た。 「っうわ!!」 押し倒されながら卓袱台の上を気にして頭を上げるイルカに更に力を強くしたカカシが乗し掛るのに観念したかの様にイルカは頭を畳に降ろした。 壊れ物を扱うようにそっとカカシの唇がイルカの唇に触れた。 ちゅっと軽く音を立て離れた時、先程欲情を覚えたカカシの舌がちろりと見える。 それが今自分に触れたと思うだけでイルカは芯からぞくりとした物が走るのが解った。 「…オレの好きはこういう好きですよ?イルカ先生。解ってますか?」 その言葉に、何を今更と不適に笑い、部屋の電気に当てられ更に銀を増す髪に手を伸ばして、その手を項に回して自分の唇を欲情のまま、カカシのそれに押し付けた。 「そんなの解ってます。貴方こそ、解ってますか?――――俺が貴方を好きだって事。」 それはきっと貴方が想う以上に。 イルカの言葉に嬉しそうに笑ったカカシの体が更に密度を増した。 混ざり合う体温に愛おしさを感じながら互いの欲を確かめ合った。 もし貴方を苦しめるものがあったのなら。 俺は全てを投げ出してでもそれを取り除こうと。 そう、心に誓った。 |
――――2005.1.1.up