闇はここに。 光は――――まだ見えない。 +潜入+ 突然の来訪に戸惑いを見せたように振る舞うイルカがそこにはいた。 これも全て計算のうちでもあったが。あえてビックリしたように振る舞う。相手が喜ぶように。自分が相手にあたかも惚れているかの方に。 「どうしてもイルカさんに直接お会いしてお話を聞きたかったんです。……本当に承諾して頂けたんですか?」 半信半疑で聞いてくる相手にイルカは頬を紅潮させて少し照れたように答えた。 「…はい、自分なんかじゃ貴方に釣り合わないとずっと思っていました。だから断り続けていたのですが……今回は自分の気持ちに正直になってみたんです」 そう言ってイルカは彼女の方を見て微笑んだ。 ――――とんだ食わせ者だ。 そのやり取りを見ていたアスマは咥えていた煙草を深く吸い込んで煙を吐き出した。何故この役目がイルカだったのか。それが今なら何となくでも解る気がする。あのお人好しの裏に隠れている本来の姿。敵と見なせば容赦のない残酷さをイルカは持ち合わせていたのだ。それに気が付いているのはほんの一握り。カカシとて例外ではないだろう。 イルカは骨の髄まで忍だという事に。いつも見せる屈託のない笑顔もきっと本来の物だろう。アスマにはイルカがそれを使い分けできるような器用さも見えなかった。 三代目はその本質に気が付いていた。だから余計にイルカを側に留めていたのかもしれない。自覚がないと言う事は時には厄介な物だ。そんな危うさがイルカからは見える。 遠巻きにその様子を見ていたアスマに気が付いていたイルカは皆には解らないようにアスマの方へと視線をずらした。その視線にアスマは少しだけ手を挙げて笑った。 やはり食わせ者だな。 そう心の中で呟いて。 そしてカカシの姿が無い事にアスマは気が付いた。イルカと一緒に居たはずだが…だがあの様子ではイルカのこんな姿を見れる余裕も無いだろう、と一人納得をしてアスマはその場を後にした。 消えていくアスマの姿を目の端に入れていたイルカは心の中で呟く。 ――――あの人を頼みます。 みんなイルカの結婚相手になる女性に見取れていた。 背はそんなに大きくもないがスラッとしている為か本来の身長よりは高く見える。そして何より象徴的に長い髪。綺麗な黒髪はイルカのそれより深い色。 顔立ちもはっきりしていて言うなれば、美人と言う部類に入るだろう。 イルカとその女性とのやり取りを見ていた同僚達から冷やかしの声が挙がった。 照れるように咳払いをしたイルカが女の名を呼んだ。 「梗香(きょうか)さん、とりあえずここでは何ですから応接室の方へ…」 そう言うと梗香は嬉しそうに笑った。同僚達の冷やかしと羨望の眼差しを背中に受けながらイルカは職員室を後にした。 応接室に行く間、イルカと梗香の後ろを体格の良い男が二人付いてきた。いわば護衛と言うやつだ。こんなところでは役には立たないのに。と内心で漏らしながらも、その男達が付いて歩く事を気にしないで歩いた。 頻りに彼女は「本当なのですか?」と聞いてきた。確かに今まで何度も断ってきたのだから驚くのは間違いない。 イルカはなるべく不自然にならないように笑いかけた。 「本当ですよ。」 そう言って応接室の扉を開けた。 五代目が来て事の詳細を梗香に話した。それは近いうちにこちらから挨拶に行く旨とその後の話し。 どうにか満足して彼女は帰っていった。 「ありがとうございました。五代目……」 綱手は少し呆れ顔で帰っていく梗香の背中を見ていた。 「辛抱足らないお嬢さんだな。まったく… で?イルカ。彼女の所にはいつから行くんだ?」 「それは早いに超した事は無いのですが、怪しまれない程度にあちらの方には通わせて貰って、段取りはその後という事で如何でしょうか?」 「まあ、あれだけお前に肩入れしてるのなら大丈夫だろうよ。一ヶ月後には向こうへ潜入を図れ。一体何処から品物を運んでいるのか。表からは一切そう言った物が入っていくのは見えないんだ。絶対何かある。そして忍が絡んでいる事も確かだ」 厳しい表情をした綱手がイルカの方を振り向いて言った。 「心して係れ」 その言葉に「心得ました」と頭を下げた。 その家は里の外れにあった。 大きな敷地を持つ家はまるで城のようだ。イルカは、探り甲斐がありそうで……と小さく溜め息を付いた。 既に任務は始まっている。自分には24時間絶えず梗香の付き人が周りをうろつき、忍に護衛などいらないだろう?と問えば「浮気防止」だと答えた。 惚れられてるのは解っていたがここまでとは……。カカシさんに来ないように言っておいて正解だったな。 イルカは屋敷の入り口まで来て足を止めた。特に変わった物は無かったが念の為に丹念にその場を調べた。やはり表向きは何も解らないように出来ている。 インターホンを押せばすんなりと鉄の大きな門が開いた。忍にはこんなもの傷害の内には入らないが。 「ようこそ!イルカさん!」 梗香の熱烈な歓迎にイルカは少しだけ戸惑って、それでも頬を染めて梗香の出迎えを喜んだ。 嬉しい…とイルカの腕に手を回し、屋敷の中へと誘った。 屋敷は少し古めの日本家屋でその広大な敷地に平屋で建っていた。中庭には庭園があり大きな池もある。奥へ奥へと進められ離れのある一棟へ通された。 そこに鎮座していたのはこの家の主である男。今回のターゲット。 梗香の父親の嵯峨野トモオだった。一代で築きあげた富は、この男の手腕を物語っている。木の葉の里に色々な物を流通させて商品を取り寄せている。革命的な商売をしてきたこの男が木の葉で有り程度の地位を築いたのも言うまでもない。 三代目もある意味革命的だった人だった。昔ながらの物も大切だが、時代の流れを感じる事もまた大切。と言ってこの男のする事を許可してきた。 その時、常に側にいたのがイルカだった。 「よく、いらして下さいました。イルカ先生。三代目にはいつも無理を言ってあなたに護衛に付いて貰っていましたね。ようやく念願が叶うと思うと私も嬉しい限りです。これからは「家族」としてよろしく頼みますよ」 イルカは会釈をして部屋に入り、そして丁寧に挨拶をした。 案内をしてきた梗香もまた父の横に腰を下ろした。 「こちらこそ、この様な何も持ち合わせていない私を梗香様の婿として選んで頂き光栄でございます。これからはこの家の為、そして更に里の発展の為に頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願い致します」 深々と頭を下げたイルカに嵯峨野は人好きのする笑みで「堅苦しい事は無しですよ」とイルカの肩を叩いた。 「ずっと三代目にもこの縁談の話しはしていたんですがね〜。なかなか縦に首を振って貰えませんでした。それはまあ、あなたの意志でもあったようですが……今回は受けて貰えて本当に嬉しいですよ」 「三代目がご存命の頃とはまた今の里の状況も変わってきてます。三代目は私を心配してくれていたのでしょう。自分が頼りなく、忍には向いてない。と良く漏らされていましたから」 「そんな事はないですよ。ちゃんと私たちの護衛も務めて下さったじゃないですか」 イルカは苦笑いをして首を横に振った。 「一般の方から見れば、解らないかもしれませんが、私は忍としては三流です。もう庇護して下さる三代目も亡くなってしまいました。この先の事を考えれば私なんかを選んで下さった嵯峨野様には一生のご恩で報いたいと思っています」 その言葉に横で聞いていた梗香は嬉しそうに微笑んだ。 「ねぇ!お父様。イルカさんにはうちに来て頂きましょうよ!ここまで言ってくださってるんですもの。結婚式はまだ先でも一緒に暮らしたいわ」 そこ言葉に嵯峨野も「それはいい」と相槌を打った。 「どうですか?イルカ先生。仕事のない時はうちにいらっしゃって、娘と仲を深めてやってくださいませんか?その方がいいでしょう。仕事のある時はここからはちょっと遠すぎるのでお休みの時はうちにいらしてください」 「よろしいのでしょうか?まだお話しも先に進んでない内から……」 「そう言うところはあまり気にしない質でしてね。じゃなきゃ革命的な事なんて出来ませんから。うちは気にしないで是非来てください」 ありがとうございます。と笑うイルカの顔はとても自然体だった。 思ったより早く終わりそうかな〜…… 帰りの道すがらそんな事を考えながら歩いていた。もう少し潜伏に時間がかかると思っていたのだがすんなりと入れそうな勢いだ。 この嵯峨野家は一般人で里の内部に済む事を許されている。そして里の一番外側に位置する場所にその屋敷は構えていた。人知れず外部との連絡が取りやすい。 相変わらず後ろからは護衛の男が付いて歩いていた。考え事をするには少々うざったさを感じながらイルカは溜息を漏らした。 やはりこの任務が終わるまでカカシさんには会えない。 何となくカカシの不安そうな顔が頭を過ぎりイルカは本当の恋人の姿を思い浮かべながら家路へ着いた。 それからイルカは休みの度に嵯峨野家に足を運んだ。親子は喜びイルカを迎える。嵯峨野の妻は既に他界しており「また家族が増えた」と言って喜んだ。 屋敷には数人の使いが住み込みで働いている。その中の一人、常に嵯峨野の側にいる男が時折鋭い眼差しでイルカを見ていたのを目の端に入れていたが敢えて気が付かない振りをした。抑えてはいるが微量のチャクラが放出されているのだ。忍であることは間違いない。ただ特にイルカに対して何かしてくると言う事もなく、どちらかと言えば好意的だ。 それはなぜなのか。まるで媚びを売るかのようにも見えてくる。そして常に見張られていると感じる事も。 梗香は本当に喜んでいるのが解った。イルカとの結婚を望んでいたのは本当だったのだろう。 何度か「どうして自分なんかが良いのか」と聞いたが「秘密です」と、男から見たらかなり魅力的な女であろう笑みでそう切り替えされた。 だがイルカにはその魅力的な人もただの人。自分が心惹かれたのは唯一人。それをまた痛感させるだけだった。 既に1ヶ月が過ぎていた。思いの外ガードの固い屋敷内に少々手間取っているが間取りは図面に押さえ、後は目標の物を見つけるだけだ。ここまで来れば検討を付け怪しい間取りの場所を徹底的に調べていく。 「イルカさん。こちらにいらして下さい」 この邪魔が入らなければ。 梗香はイルカが側から離れるとすぐに探しに来る。常に一緒に居たがるのは少々難点だった。お陰で作業が思ったより遅れを取っている。特にいつも決まった場所を調べようとすると必ず来るのだ。 それだけでこの場所に何かあるのは明らかだ。あと少しなのに。イルカは梗香の呼びかけに答え、その場所を後にした。 イルカは何も解っていなかった。 ただ、自分が信じているようにあの人も信じていて居てくれてるのだと。 それだけが心の支えだった。 イルカは何も解っていなかったのだ。 カカシの何かが崩れていく音を。 聞き取る事も出来なかった事に。 |
――――2005.4.1.up