無くした物は、何だったのか。
信じた物は、何だったのか。
今はただ。
闇の中を歩いている。
+罅裂(かれつ)+
どのくらい眠ってしまったのだろうか。
浅い眠りからなのかイルカは夢を見ていた様だ。
カカシが笑って居た。
「アナタの事が好きです」と言って。
何度も聞いたはずのその言葉を夢の中で久しぶりに聞いた。何処か新鮮でイルカはうっすらと目を開けて微笑んだ。
今、あの人はどうしているだろうか。
自分を信じて待っていてくれているはずだ。
あともう少し。
もう少しなのに、ふと脳裏に浮かんだカカシの不安げな顔。別れ際の顔は今もいるかの脳裏に焼き付いていた。
それが不吉な感じがして、だから早くこの任務を終わらせたいとイルカは少しばかり焦っていた。
この任務を受けたのも全て貴方と共に歩んでいく為に選んだものだと、言ってしまえたらどんなに楽だったか。
そこはイルカのプライドがそうさせなかった。自分とて男だ。恋人と呼ばれる人がどんなに能力に長けているかも知っていたし、だからと言って足手纏いにはなりたくなかった。
だからこの人とずっと共に居られる様に、責めて邪魔にならない様になれれば。
そうすれば何があっても、どんな事があっても離れる事はないとイルカはそう思っていた。それには力が必要だった。
中忍と上忍では差がありすぎる。
カカシは気にしていなかったが、イルカは表向きは気にしていないそぶりを見せていたが内心ではとても気にしていた。
それはある種の劣等感と同じように。
力の差は歴然。
忍として、羨むほどのもの。
だが、そんな恋人にあんな顔をさせたのだ。
嬉しさと、そして何故か不安な気持ちが入り交じって複雑だった。
寝汗をかなりかいたらしく、額も背中もぐっしょりと湿っていた。
身体の気持ち悪さは無くなっていた。ただまだ気怠さは残っていてイルカは側にあった水を一気に飲み干した。自分で用意しておいた水だったので安心だ。またここで薬を飲まされたら今度こそ手中にはまってしまう。
掌を何度も開いたり閉じたりして手の感覚を確かめる。
これなら大丈夫だ。さすが五代目火影、医療のスペシャリストが調合した物だけある。短時間でイルカの身体はほとんど元に戻っていた。
「よし。動けそうだな…これなら」
一度身体を大きく伸ばし筋肉に刺激を与えた矢先。
不意に廊下を歩く足音にイルカはまたその場に寝ころんだ。暗い廊下をヒタヒタと歩く音。スッと開いた障子の隙間から梗香の姿が見えた。
寝たふりをするイルカを見下ろしてクスリと笑うのが解った。そして衣擦りの音がしてぱさりとイルカの横に何かが落ちた。
寝たふりをしてる目を細く開いて見ればそれは梗香の着ている衣服。
梗香は横になっていたイルカの身体を仰向けにさせ、イルカの身体に自分の身体を合わせた。
瞼に影が落ちる。
不意にイルカの唇に温かい物が触れた。それが梗香の唇だと解ったのは目を開けたからだ。
すでに下着姿になった梗香の姿が目に入る。イルカの瞳が自分を見ている事に気が付いた梗香は誘うような色香でイルカを見ていた。
「イルカさん、身体が熱くていらっしゃるでしょ?…ね?私が冷まして差し上げたいの」
薬の作用の事を言っているのか、とイルカは解釈して薬がまだ効いている振りをした。
「…熱い、です…」
それだけ言うと梗香はまた艶めかしい表情でイルカを誘っていた。
イルカの頬を撫で、その白い肌でイルカの身体にのし掛かる。ぴったりと重なった身体からは着痩せしていたので解らなかった豊満な膨らみがイルカの身体に当たっていた。
梗香は身体を揺すってイルカを誘う。イルカはまだ薬が強く効いている振りをして、ただ梗香の成り行きに任せていた。
痺れを切らした梗香がイルカの服を脱がし始めた。
――――これは…まずいなぁ
と内心で思った。普通の男なら確実に堕落するぞこれ。と苦笑しながら。
部屋には梗香の嬌声が響いていた。
身体を揺すられて激しく喘ぐ姿は淫靡な物だった。梗香の身体を上に乗せ細い腰を支えてイルカは下から思い切り突き上げた。揺れる二つの乳房は自分にはない物だ。カカシの上に乗せられ揺すられても自分にはこんな風に揺れる物はない。
そんな考えに自虐的な笑みを浮かべる。
「…っあ…ん……あぁ…っっ……」
絶え間なく響く喘ぎは確かに甘美な物だった。だが自分は既にカカシの物だ。いくら女に迫られても身体を繋げるというのは気が引けた。
「イル…カ、さん……もう……あぁっ…あっ……」
絶頂を迎えそうな梗香の中を掻き乱すように激しく突き上げるとイルカの胸に手を付いて梗香は長い髪を振り乱して大きく仰け反った。
ビクビクとイルカのソレを締め付けると、その刺激でイルカも精液を吐き出した。
その光景を結界の角で見つめていた。一つ溜め息を付いてやりきれない気持ちになった。
咄嗟に作った結界と幻術でイルカはその光景を静観していた。その乱れる女の姿を見ても何も感じる事がなかった。ただ何かの猥褻なビデオでも見ているかのように他人事だった。
随分と慣らされてしまったものだ。イルカが求める性欲はカカシから与えられる物だけで、その事を考えれば身体の芯が熱くなるのを感じた。
ぐったりと悦に入って眠る女を布団に移動して服を着せる。そして自分もその横にゴロリと寝ころんだ。
明日になれば既成事実が出来上がっているはずだ。
何よりこの結界があの側近に見破られずに済んで良かった。と言う事は能力的には互角か多少上か。
ならばもう少し踏み込んで探れるかも知れない。
そんな事を想いながらイルカも少し浅い眠りに付いた。
血を求めていた。
それはまるで昔に戻ったかの様な姿だった。
そう、あれはまだ暗部にいた頃のカカシ。用意周到。沈着冷静。冷酷無比。全てを兼ね備えていたのがカカシだった。
それは違う意味では壊れているようにしか見えなかったのだ。
ただ、殺戮を楽しむかのように見える様は、狂人と化した姿。
血に飢えて、骨の裁つ感触がいつの間にか気持ち良く感じていて。
浮かぶ笑みはただただ不気味だった。
「やり過ぎだぜ、カカシ」
その光景を見たアスマは溜め息混じりにカカシへと言葉を投げた。
まるで昔みたいだ。と内心で思いながら。この前より酷い殺し方だ。エスカレートするカカシの手口に不安を覚えた。
アスマは壊れかけている何かを見ているかのようにカカシを見ていた。
徐々に傾向は出始めていた。イルカと離れてすでに3ヶ月が経つ。兆しを見たのはあの日、イルカと昼ご飯を食べ損ねたあの日。
それ以来、段々とトゲトゲとした雰囲気が戻り始めていた。イルカと付き合う前のカカシのような、そんな感じに。
「…そう?…こんなのどうって事ナイでしょ?」
カカシの足下には無惨にも引きちぎられて臓腑の飛び散った肉片が無数に転がっていた。
「こんな足が付く殺りかたすんじゃねぇよ」
「誰に説教してんの?アスマ」
「お前だ、お前。何をそんなにイラついてやがる」
そう問うと、少しだけ体を硬くしてカカシは渋顔になる。
まだ、大丈夫だ。
アスマは何となく思った。こういう顔をするのはイルカと付き合うようになってからだ。
まだ表情は死んではない。これが消えた時は……――――
考えたくねぇな。
と独りごちてアスマはカカシに「帰るぞ」と声を掛ける。
「もうすぐ処理班も来る。面倒な事ばっかりしてないで少しはしっかりしろよ。もうすぐイルカの任務も終わる」
その言葉にカカシの空気が少しだけ緩む。
そうだ。オレはあの人を……
グッと手を握るとカカシは空を仰いだ。この森からじゃ空は見えない。
オレは…一体。
どうしたかったんだろうか?
あの人を。
どう思っていたのか。
自分の心が迷子になってしまったように。
カカシは見上げる闇と同じように自分の心が何かに捕らわれてしまったのを感じた。
カカシを横目で見やり、そしてアスマはその場から消えた。
カカシもそれを追うように、その場を後にする。
カカシの見えない不安に大きな罅(ひび)が入っていった。
その罅から。
闇が広がる。
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