最終更新日2019年7月16日

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大学入試世界史文化史・地域史問題

−バグダードの歴史−

バグダードの歴史(北海道大 改)
次の文の( )に適する語句を入れ、問に答えよ。
 イラク共和国の首都バグダードの地には、古代メソポタミア文明の時代から集落があったことが確認されている。前8世紀頃にはアラム人が集住するようになり、ティグリス河畔の交通の要衝にあったこの村落は、やがて定期市も開催される穀物集積場として発展した。
 アッバース朝の第2代カリフである(1)は、762年から同地に、4つの門のある3重の城壁を持つ円形都城を建設し、「平和の都」と名づけた。その後バグダードは、人口100万人を超える世界最大級の都市に発展し、イスラーム世界の政治、経済、文化の中心都市として繁栄を極めた。しかしながら、10世紀になるとカリフ政権の衰退は顕著になる。バグダードも地方政権や軍閥勢力の権力争奪戦の場となり、度々戦乱に見舞われた。946年には、シーア派の(2)朝が同市を占領し、スンナ派のカリフを傀儡化して実権を握ったが、軍人間の勢力争い、民衆暴動、宗派間の抗争、自然災害などによって都市の荒廃が進行した。
 1258年、(3)の率いるモンゴル軍によってバグダードが征服され、カリフが殺害されると、イスラーム世界におけるバグダードの地位は低落した。17世紀になると、バグダードはオスマン帝国と(4)朝の争いの的となり、長期的な低落状態が続いたが、結局オスマン帝国の支配領域に組み込まれ、イラクの行政上の中心地の1つとなった。第一次世界大戦後、(5)の委任統治下でバグダードはイラクの首都として位置づけられた。現在のバグダードはイラクの首都として位置づけられた。現在のバグダードは、カイロ、イスタンブル、イランの首都(6)に次ぐ中東の大都市となっている。
問1 アラム文字を母体として形成された内陸アジアの文字名を1つ挙げよ。
問2 8世紀頃バグダードと並び立つ100万人都市として繁栄した中国の王朝の都の名前を挙げよ。
問3 問2の中国王朝時代より、海路でムスリム商人が到来した中国の国際商業都市の名前を2つ挙げよ。
問4 バグダードの位置を地図上のA〜Dより選べ。

バグダードの歴史

答え
1(     )2(     )3(     )4(     )5(     )
6(     )問1(     )問2(     )問3(     )(     )
問4(  )

解答
1(マンスール)2(ブワイフ)3(フラグ)4(サファヴィー)5(イギリス)6(テヘラン)
問1(ソグド文字(ウイグル文字))問2(長安)問3(広州)(揚州)問4(B)



(この文化史・地域史問題は『世界史文化史・地域史問題』に収録されています)