戻る

メニューに戻る

特集 インダス文明

−インダス文明は大河文明なのか−

 古代四大文明としてのエジプト文明、メソポタミア文明、中国文明、インダス文明はいずれも大河の河畔に勃興し、四大文明がすべて大河文明であることは疑いのない「事実」とかんがえられてきました。
 下の図は高校の世界史の教科書や資料集に載せられているインダス文明の説明図です。この地図をよくみると、インダス文明遺跡はロータル遺跡のようにインダス川沿いにだけ分布しているわけではありません。
 2007年4月に開始され2012年3月に終了した総合地球環境学研究所のプロジェクト「環境変化とインダス文明」による2013年2月の報告によると、「インダス文明は大河文明ではない」と結論づけています。その推論は次のとおりです。
 大河と文明が重ねてイメージされるのは、農業に大河の水が必要だったことがあげられます。それではインダス文明地域ではどのように水資源を確保したのでしよう。
 現在の南アジアでは、夏モンスーンの雨を利用した夏作物地域と大河の水を利用した冬作物地域、そして両方を利用する混合作物地域があります。インダス文明期の農業もインダス川流域では冬作物が、ロータル遺跡のあるグジャラート州沿岸部では夏作物が、パンジャーブ地域では混合栽培がおこなわれたことが遺跡の遺物から明らかになっています。
 これら3地域のなかで、一番環境変化に弱いのがインダス川流域の冬作物地域で、年間降水量が100mmにもなりません。それよりも、夏モンスーンの降水に依存する地域の方が安定的な農業を行うことができます。このため、最終的にインダス川下流域から人々が移住し、それがインダス文明の衰退をもたらしました。
 農業という視点で考えると、インダス文明は夏モンスーンによる文明といえることになります。

インダス文明