最終更新日2020年6月5日

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世界史の学習室

−唐と隣接諸国−

唐と隣接諸国 次の文の( )に適する語句を入れ、図版の空欄に適語を答えよ。
 チベットでは、7世紀に(1)が統一国家の(2)を建国した。(3)系の文字を基にチベット文字がつくられ、インド仏教とチベットの民間信仰が融合したチベット仏教((4))も形成された。また8世紀後半、唐とチベットの争いに乗じて、雲南で(5)が勢力を拡大し、唐文化の影響をうけて繁栄した。
 東方の朝鮮や日本は、朝貢制度をとおして律令体制・都城の制・仏教文化などを取り入れ、みずからの国家建設に役立てた。朝鮮半島では、唐が新羅と連合して百済・高句麗を滅ぼしたのち、新羅が朝鮮半島の大部分を支配した。唐が百済を攻めて滅ぼした際、日本は百済復興のため援軍をおくったが、663年(6)の戦いで唐と新羅の連合軍に大敗した。新羅は唐の官僚制を取り入れたが、社会の基盤は(7)制といわれる氏族的な身分制度であった。新羅は仏教を保護し、首都の慶州を中心に、寺院(8)に代表される仏教文化が繁栄した。高句麗の滅亡後、(9)が中国東北地方に建国した(10)は、唐の官僚制や都城計画を導入して日本とも通交し、8〜9世紀に繁栄した。
 日本でも遣隋使・遣唐使をおくって中国文化を取り入れることにつとめ、大化改新を経て律令国家体制を整備していった。「日本」という国号や「天皇」号が正式に定められたのは、この時期のことであった。唐の長安にならった都城計画のもと、藤原京につづいて奈良に新都の(11)が造営された。均田制にならった土地分配制度である(12)が施行され、中国で使われていた方孔円銭と同じ形の銅銭も発行された。遣唐使は、仏典をもち帰ったほか、唐で制作されたり西アジアやインドから唐に伝わった多くの美術品や工芸品を日本にもち帰った。こうして、国際的な唐の文化の影響をうけた(13)文化が、(11)を中心に繁栄した。
 唐の勢力は東南アジアにもおよび、インドシナ半島のカンボジア・(14)や、スマトラ島のシュリーヴィジャヤなど、インド文化の影響をうけた諸国も唐に朝貢した。

唐と隣接諸国

答え
1(     )2(     )3(     )4(     )5(     )
6(     )7(     )8(     )9(     )10(     )
11(     )12(     )13(     )14(     )15(     )
16(     )

解答
1(ソンツェン=ガンポ)2(吐蕃)3(インド)4(ラマ教)5(南詔)6(白村江)7(骨品)
8(仏国寺)9(大祚栄)10(渤海)11(平城京)12(班田収授法)13(天平)14(チャンパー)
15(新羅)16(吐蕃)



(この問題は『世界史基本問題』に収録されています。また、問題で使われている地図・図版は『世界史地図・図解集』に収録されています。)