最終更新日2019年7月19日

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詳解日本史歴史地図・図解


−元寇(蒙古襲来)−



(この画像と説明文は『日本史地図・図解集』に収録されています)


元寇(蒙古襲来)

元寇(蒙古襲来)
 文永(1274)・弘安(1281)の役は,日本では当初「異国合戦」「蒙古襲来」などとよばれました。「元寇」は,江戸時代に「倭寇」の語に対抗する意味で使われだした用語です。
 文永の役では元軍は集団戦法で,太鼓をたたき士気を鼓舞し,矢と「てつはう」とよばれる武器を使用しています。それに対し,一騎打ち戦法を主とする日本軍は苦戦におちいりました。が,たまたまおこった暴風雨にあって元軍は撤退しました。
 弘安の役では,元軍は博多湾岸への上陸をはばまれているあいだに暴風雨がおこって大損害を受け,ふたたび撤退しました。その後,鎌倉幕府は元軍の再来襲に備えて博多湾一帯約20kmに石塁(石築地)をめぐらしました。