最終更新日2020年5月29日

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詳解日本史歴史地図・図解


−浄土の庭園・法成寺伽藍−



(この画像と説明文は『日本史地図・図解集』に収録されています)


浄土の庭園・法成寺伽藍


浄土の庭園・法成寺伽藍
 平安中期から盛んになった浄土信仰は、当時ちょうど釈尊入滅後1500年(1052(永承7)年)にあたる)から始まるとされた末法の思想とあいまって、人びとの生活に浸透していきました。人びとは不安にかられ極楽往生を強く願うようになりました。
 阿弥陀仏の西方極楽浄土は、浄土曼陀羅に描かれており、阿弥陀如来を中央に、後方から左右にかけては楼閣が取り巻き、前方には池があり、諸々の仏が描かれ、建物や池の形は対称形に配置されています。浄土教寺院では、浄土曼陀羅に描かれた極楽浄土をこの世に具現化する目的で浄土庭園を築きました。その庭園では、阿弥陀堂の前に池を配し、中島を築き、伽藍全体を浄土世界に見立てました。
 出家した藤原道長が発願した無量寿院はその浄土教寺院の代表的なものの1つでした。1020(寛仁4)年に九体阿弥陀像を祀る阿弥陀堂が東に向いて建立されました。阿弥陀堂の前には池を配し、中島が造られました。1022(治安2)年、金堂・講堂の落慶供養の際に、法成(ほうじょう)寺と改名されましたが、その後、火災で焼失しました。