最終更新日2020年6月3日

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大学入試世界史歴史地図問題

−魏晋南北朝時代−

魏晋南北朝時代(南山大 改)
次の文の( )に適語を入れ、問いに答えよ。
 (1)が皇帝となって成立した後漢は、宦官や外戚、官僚などが互いに党派争いを繰り返してしだいに衰えを見せはじめた。時を同じくして、勢力を伸ばしてきた宗教結社の(2)が大規模な反乱を起こすと、その鎮圧にあたった豪族が各地に割拠するようになった。その中から、曹操・劉備・孫権が頭角をあらわして天下を三分する形勢となり、曹操の子曹丕が(3)を、劉備が(4)を、孫権が(5)をそれぞれたてた。その後、司馬炎があらわれて(6)をたて、やがて天下は再び統一されることとなった。しかし、その統一も長くは続かなかった。4世紀はじめに匈奴が(6)の首都であった(7)を陥れると、司馬氏一族は江南に逃れ、華北では(8)といわれる諸民族があいついでいわゆる十六国を建国した。5世紀前半には、鮮卑の部族がたてた(9)が華北を統一し、土地制度としての(10)制や三長制を実施して体制の安定につとめた。この(9)以降、華北に興亡した5王朝は(11)と呼ばれている。一方、江南では司馬睿が即位して(6)を再興した。これを(12)と呼ぶ。(12)では有力な豪族が要職を独占し、門閥貴族となって勢力をふるった。「上品に寒門なく、下品に勢族なし」という言葉はこうした状況を端的に示している。(12)は420年に部将の(13)によって滅ぼされた。これ以降、短命な4王朝がめまぐるしく政権交代を繰り返した。これらの王朝は(14)と呼ばれている。
問1.漢の官吏登用制度と魏によって導入された官吏登用制度を答えよ。
問2.魏晋南北朝文化に関する記述の( )に適語を入れよ。
  竹林の七賢に代表される(1)がもてはやされた。梁の昭明太子はすぐれた詩文を集めて『(2)』を編纂した。(3)では顧ト之、(4)では王羲之が知られている。僧(5)はインドに赴いて『仏国記』を著した。
問3.本文中の(3)(4)(5)にあたる位置を下図の記号で答えよ。

魏晋南北朝時代

答え
1(     )2(     )3(     )4(     )5(     )
6(     )7(     )8(     )9(     )10(     )
11(     )12(     )13(     )14(     )
問1漢(     )魏(     )
問21(     )2(     )3(     )4(     )5(     )
問33(  )4(  )5(  )

解答
1(劉秀)2(太平道)3(魏)4(蜀)5(呉)6(晋)7(洛陽)8(五胡)9(北魏)10(均田)
11(北朝)12(東晋)13(劉裕)14(南朝)問1漢(郷挙里選)魏(九品中正)問21(清談)
2(文選)3(絵画)4(書)5(法顕)問33(A)4(B)5(C)



(この歴史地図問題は『世界史歴史地図問題』に収録されています)