最終更新日2021年1月21日

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大学入試世界史歴史地図問題

−ロシア革命とソ連の成立−

ロシア革命とソ連の成立(関西学院大 改)
次の文の( )に適語を入れ、問いに答えよ。
 1905年の第1次ロシア革命の後、ロシア情勢は不穏になり、国民の不満は高まっていった。1917年、首都ペトログラードでの民衆の大規模なストライキを契機に(1)革命が勃発し、各地に労働者の自治組織であるソヴィエトが組織された。政府は事態を収拾することができず、かわって立憲民主党を中心として成立した臨時政府が(2)の退位を求め、これまで専制政治を続けてきた(3)王朝は崩壊した。
 しかし臨時政府とソヴィエトの二重権力状態が続き、4月にボリシェヴィキの指導者(4)が亡命先から帰国すると、首相となった(5)は(4)率いるボリシェヴィキと対立した。勢力を拡大したボリシェヴィキは1917年11月武装蜂起を行い、臨時政府を倒して政権を握った。これが(6)革命である。新政府(ソヴィエト政権)はただちに戦争の中止、大土地所有の廃止を布告し、ドイツとは翌年、(7)条約を結んで単独講和を行った。
 ソヴィエト政権は首都をモスクワに移し、大企業の国有化を行うなど社会主義化を進めた。これに対し、国内の反革命勢力は内戦を起こし、またイギリス、フランス、日本、アメリカなどが干渉戦争を行った。ソヴィエト政権は統制を強化し、干渉戦争による経済の混乱に対応しようとしたが、労働者や農民の不満は増し、内戦後の1921年以降は(8)を採用し、統制経済をゆるめた。
 ソヴィエト政権はヨーロッパ諸国での革命運動の高まりに期待し、それを指導する組織として1919年に(9)を結成した。こうした経過をたどったロシア革命によって、1922年に4つのソヴィエト共和国からなるソヴィエト社会主義共和国連邦の成立が宣言され、1924年には列国に承認されるに至った。
問1.下図で、aペトログラード、bモスクワ、そしてc激戦地タンネンベルクの位置を記号で答えよ。
問2.下図で、(7)条約の調印された場所を記号で答えよ。

ロシア革命とソ連の成立

答え
1(     )2(     )3(     )4(     )5(     )
6(     )7(     )8(     )9(     )
問1a(  )b(  )c(  )問2(  )

解答
1(二月)2(ニコライ2世)3(ロマノフ)4(レーニン)5(ケレンスキー)
6(十月)7(ブレスト=リトフスク)8(新経済政策(ネップ))9(コミンテルン)
問1a(A)b(B)c(D)問2(C)



(この歴史地図問題は『世界史歴史地図問題』に収録されています)