最終更新日2019年7月19日

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日本史の学習室

−武士の生活−

次の文の( )に適する語句を入れ、図版の空欄に適語を答えよ。
 この頃までの武士は開発領主の系譜を引き、先祖以来の地に住み着いて、所領を拡大してきた。彼らは、河川の近くの微高地を選んで(1)をかまえ、周囲には堀・溝や塀(へい)をめぐらして住んでいた。(1)の周辺部には、年貢や公事(くじ)のかからない佃(つくだ)・門田(かどた)・正作(しょうさく)・用作(ようさく)などとよばれた直営地を設け、下人(げにん)や所領内の農民を使って耕作させた。そして荒野の開発を進めていき、みずからは地頭など現地の管理者として、農民から年貢を徴収して国衙や荘園領主におさめ、定められた収入として(2)などを得ていた。
 彼らは一族の子弟・女子たちに所領をわけ与える(3)相続を原則としていたが、それぞれは一族の血縁的統制のもとに、宗家(本家)を首長と仰ぎ、活動を広げていった。この宗家と分家との集団は、一門・一家と称され、宗家の首長を(4)(家督(かとく)ともいう)、他を(5)と呼んだ。戦時には、一門は団結して戦い、(4)が指揮官となった。平時でも、先祖の祭や一門の氏神の祭祀(さいし)は(4)の権利であり、義務でもあった。
 こうした体制を(6)と呼ぶが、鎌倉幕府の政治・軍事体制はこの(6)にもとづいており、幕府への軍事勤務(軍役)も、荘園領主・国衙への年貢や公事の納入と同じく(4)が責任者となって一門の(5)たちにこれを割り当て、一括して奉仕した。(5)も御家人ではあったが、幕府とは(4)を通じて結ばれていた。

武士の生活

答え
1(     )2(     )3(     )4(     )5(     )
6(     )7(     )

解答
1(館(やかた))2(加徴米)3(分割)4(惣領(そうりょう))5(庶子(しょし))
6(惣領制)7(惣領)



(この問題は『日本史基本問題』に収録されています。また、問題で使われている地図・図版は『日本史地図・図解集』に収録されています。)