最終更新日2019年5月19日

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大学入試日本史史料問題

−藤原氏の進出−

藤原氏の進出(立命館大 改)
次の史料を読み、問に答えよ。なお、史料は読みやすく改めている箇所がある。

史料A(『続日本紀』)
  左京の人従七位下漆部造君足、无位中臣宮處連東人等、密を告げ、左大臣正二位(a)、ひそかに左道を学びて国家を傾けんと欲すと称す。その夜、使を遣はして固く三関を守らしむ。よって、式部卿従三位(1 藤原朝臣宇合)、衛門佐従五位下佐味朝臣虫麻呂、左衛士佐外従五位下津嶋朝臣家道、右衛士佐外従五位下紀朝臣佐比物等を遣はし、六衛の兵をひきいて(a)宅をかこましむ。

史料B(『日本書紀』)
  蘇我臣日向、倉山田大臣を皇太子にしこじて曰く、僕の異母兄麻呂、(2 皇太子)の海浜に遊ぶを伺ひ、まさに害せんとす。まさにそむかんとすること、それ久しからじ、と。皇太子、信じたまふ。(3 天皇)、大伴狛連、三国麻呂公、穂積□臣を蘇我倉山田麻呂大臣の所に使はし、反くことの虚実を問はしむ。大臣答へて曰はく、問はるる所の報、僕まのあたり天皇の所に陳ぶる、と。

史料C(『続日本紀』)
  詔して、更に中納言藤原朝臣永手等を遣はして、東人等を窮問せしむ。款して云はく、事ごとに実なり。斐太都の語に異なることなし。去る六月中、期会して事を謀ること三度、始めは奈良麻呂が家に於いてし、次には図書の蔵の辺の庭に於いてし、後には(4 太政官の院)の庭に於いてせり。(中略)庭の中にして天地四方を礼拝し、共に塩汁をすすり、誓ひて曰はく、まさに七月二日の闇頭をもって、兵を発して内相の宅を圍み、殺しおびやかして即ち大殿を圍み、皇太子を退けむとす。次に、皇太后宮を傾けて鈴璽を取らむ。然して後に、(5 帝)を廃し、四王の中を簡びて、立ててもって君とせむ、といへり、と。

問1 (a)にあてはまる、最も適当な人名を答えよ。
問2 (1)を祖とする家から出た人物として、適当でないものを、次より選び、その記号で答えよ。
 あ.藤原種継  い.藤原百川  う.藤原広嗣  え.藤原冬嗣
問3 (2)の皇太子が正式に即位して天皇となった時期に行われた政策は何か。最も適当なものを、次より選び、その記号で答えよ。
 あ.八色の姓を制定して、新たな身分秩序を構築した。
 い.氏姓をただす台帳として、庚午年籍を作成した。
 う.百済の復興を支援するために、朝鮮半島に大軍を派遣した。
 え.隋・唐で学んだ旻と高向玄理を国博士に任命した。
問4 (3)の天皇は誰か。最も適当な天皇名を、次より選び、その記号で答えよ。
 あ.皇極天皇  い.孝徳天皇  う.斉明天皇  え.天智天皇
問5 (4)に関連して、この当時の遺構である平城宮朝集殿が移築され、講堂として現存する寺院を、次より選び、その記号で答えよ。
 あ.大安寺  い.東大寺  う.興福寺  え.唐招提寺
問6 (5)の「帝」は女帝である。何という天皇か、答えよ。
問7 史料A〜Cを時代順に並べた時、第2番目に該当する史料を、その記号で答えよ。

答え
問1(     )問2(  )問3(  )問4(  )問5(  )問6(     )
問7(  )

解答
問1(長屋王)問2(え)問3(い)問4(い)問5(え)問6(孝謙天皇)
問7(A)



(この史料問題は、『日本史地図図解問題』に収録されています。)