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歓声は始まる前からスタジアムを包んでいた。 誘われた貴賓席で、セブルスも普段より幾分かの興奮を鼓動に表している。表情では察し難いだろうが。 やがて歓声と言うよりは地鳴りのように変化したそれが、スタジアムを震えさせた。魔法界一のイベントであるクイディッチワールド杯の会場は、プロ・アマチュアに限らず、そして老若男女を問わず、熱く心身をたぎらせた。 我知らず、セブルスの目は一般観客席に滑る。 「――探し人でもいるのか」 まだゲームが始まって間も無いせいだろうか、目敏くルシウスがセブルスの動きに気付いて、意地悪く声をかける。 「……いえ」 簡潔に否定し、セブルスの視線はまたグラウンドに向けられた。 最新の箒で宙を鮮やかに飛び煌く選手に、いずれあの場に立つのだろう男の顔を映した。 一般客とは格段に広さも内装も違うテントから、セブルスはそっと抜け出した。試合が終わって、皆興奮状態だ。セブルスも胸が騒いでいないわけではなかったが、あのノリの中に入っていくのも躊躇われた。セブルスを誘った張本人は、今頃お偉方と歓談中である筈である。その場に居ても咎められはしないだろうが、ワールド杯の興奮を茶番で消したくない気もあり、そしてどこか気のそぞろな自分を自覚していたのだった。 当てもなく夜の空気に触れるかのように、ただ歩く。どこに行っても、ワールド杯を見に来た客で埋め尽くされている。気を抜けばシャンパンでも飛んできそうだ。馬鹿騒ぎに巻き込まれない様、顔を顰めて、変な盛り上がりを避けて通る。それでも、一般客のテントの群れを、セブルスはわざわざ選んで抜けている。 こんな中で見つけられる筈はないだろう。 それでも、もしかすれば見つけられるのではないかと思っている。 誰を、と自問し否定するのも馬鹿馬鹿しくなった。女々しい自分を心底嫌うが、それでも、その場に立ち止まってでも、セブルスは視線を周囲に向ける。 自分ならば、見つけてしまうのではないか。 彼ならば、ここで佇んでいれば、自分を見つけるのではないか。 夜風にローブがたなびいて、伸びた髪が視界を隠した。 こんな中では、例えようもなく独りであるのに。 「――セブルス?」 名を呼ぶ声は、セブルスの期待した主ではなかった。咄嗟に振り返り、親しみと気遣わしさと躊躇いを器用に浮かべたリーマスの顔に一睨みを食らわし、セブルスは足早に歩き出した。その場から離れるように。恐らく彼は見抜いているのだろう。セブルスの持っていた期待を。 そして、彼を呼ぶのだろうか。それとも、去る自分の後ろ姿を見送って、何も彼には言わないのだろうか。 早く歩きたくても、人とテントが邪魔で速度が上がらない。 でも走らない。走れば意地になっているかのようだから。 それとも走れば追いついてもらえなくなってしまうから。 ルシウスのテントに戻らないのは、あちらの空気にも触れたくないから。 そこまでは追いかけてきてもらえないだろうから。 森へと足を進めようとしているのは、自分が消えてしまいたいから。 それとも誰も見ていないところで見つけて欲しいから。 期待とそれに対する自己嫌悪に、唇を強く噛んだ。 背後にはお祭り騒ぎの喧騒ばかりが、セブルスを追いもせず唸っている。 暗い森の中ならそれすら消えるだろうか。 誰か一人の足音を聞き分けられるだろうか。 それとも何も聞こえないのを、いつまでも確認し続ける事になるのか―― 「ばぁ!!!!」 「わ!!!!!」 目の前の木からいきなり大声を出され、セブルスは飛びあがって驚いた。咄嗟に後退った為に木の根に踵を引っ掻け、引っ繰り返ってしまう。 「わ、セブルス、ごめん!!!大丈夫!?」 木の陰から、慌てた様子で手を差し伸べてくる。眼鏡の奥で、本当に心配してるかのような瞳がセブルスを見つめている。 「……迷惑な奴だな、貴様は!ポッター!!」 手をパシンと払い除け、セブルスは自分の無様加減に赤くなりながら一人で立ち上がった。 不貞腐れた態度に、ジェームズは気を悪くもせず、苦笑している。 「……」 自分から言葉をかけたくなかったので、セブルスは視線が合うのを避けるように、汚れたローブを手で軽く払ってみる。森を進もうとしていた足は、彼の前で完全に動きを止めていた。 「…こんな所で何してるのさ、セブルス」 ぱし、とローブの埃を、払う真似をする。誤魔化すように。 「ルシウスと一緒に来てたんだろ?見かけたんだ」 やはりリーマスが彼に伝えたのだろう。ならば、彼ならば察しているだろう。一般客の間で立ち尽くすセブルスが、何を探していたか、なんて。 何を言おうともせず、未練がましくローブの汚れを探しているセブルスに目を和ませ、ジェームズの手がそんなセブルスの手を、甲から優しく包んだ。 「――会いたかったよ」 温かい手。嘘の無い言葉。 彼の指が心を溶かすように、セブルスの指に絡んでいく。 重なる程、側に寄った彼に押されるように、セブルスは背中を背後の木に預けた。 手の平が重なり、指が絡む。 近付く彼に釣られたようにセブルスの顔が上を向き、自然な形で口付けた。 森は暗く、上を見上げても、星空がない。 「…ルシウスと来てた筈の君が一般に紛れ込んでたって事は、僕を探しに来てくれてたんだよね?後からルシウスに怒られても知らないよ?」 意地悪い言葉がジェームズの口から漏れる。冗談だと判っている域で、いつものセブルスなら、とやかく言い返しているところだった。 「……セブルス?」 反応のないセブルスに、ジェームズが気遣わしい視線を向ける。傷つけたのかと思っているのだろう。 「……見つけたところで、お前はすぐ飛んで行ってしまうからな」 「え?」 盛り上がるワールドカップの会場。このまま何事もなければ、数年後には、きっと彼があの主役になるのだろう。 一般客などではなく。 探したって見つけたって、手の届かないところに。 ジェームズからは、セブルスが見えないところに。 諦めたような、それでいて縋るような、達観したような器用なセブルスの表情に、ジェームズが困惑する。不安定な関係が、時にセブルスを不安にさせている事は判っている。そして我侭なジェームズは、それをどうしていいか判らない。 「…行かないよ。ここにいるだろ?」 「行くんだ、その内。お前一人、触れる事なんてできない世界に、私を置いて」 自分こそ我侭だろうとセブルスには分かっている。置いていかざるを得ない暗闇に、自分から足を踏み入れようとしているのだから。 彼を責める事はできない。 指を動かし、彼の手の熱を確かめた。こうして触れる事ができるのはいつまでだろう。 「――なら君がついてきなよ」 そう言うと思った。 ジェームズは困ったら、いつもそう話を纏める。 「君がついてきなよ。そしたら僕も手を引ける。僕をいつでも探しにおいで。僕が見つけてあげるから」 苛つき、慰め、本心を呟く。 それでも、嘘つきポッター。さっき私を見つけたのはお前じゃなかった。 探しに行くよ。そんな選択肢が存在しない。 我侭なのは自分だ。判っている。 それでも、言葉すら期待ができない。少しくらいは泣きたくもなる。 「お前とは、本当に、気が合わない……」 誤魔化すようにキスをして、誤魔化すように彼も応じてくる。 騒がしい祭の賑わいも耳に入らなかった。こんな夜を過ごすのが後何度なのかと思い知る。 いつか予測した日がきた時に、自分は思い出したりするのだろう。 まだ暗がりで抱き合えた日の事を。 愛しくて幸福で、でも寂しくて。 いずれ暗がりに、置き去りにされる日がやってくる。 060430 |