桜の約束



 不思議と月も星も無い暗闇で、すべてのものは色を奪われているというのに、どうしてこの鮮やかな色は褪せることが無いのだろう。
 風が吹く度花弁が流れた。木から離れて、鮮やかに一瞬景色を染めて落ちた。ざざ、という音さえ桜色に鮮やかだった。
 セブルスの髪にも服にも花弁は付いて、黒い髪、黒い瞳、黒い服のセブルスを、いつかは覆い隠しそうに鮮やかだった。
 ――覆い隠されるくらいになれば、自分も「あちら側」に渡れるのかもしれない。
 俯いて、もうとっくに花弁が埋め尽くした地面に目を落とした。
 風が収まってもさらさら落ちる花弁が、まだセブルスに囁きかける。

 貴方は一人だよ。



「そんな事はないさ。君はいつだって僕のものだから」
 いつの間にか側には、あの頃のままのジェームズが立っていて。
「僕は君を離すつもりはないし」
 セブルスの髪を一筋とって、そこにキスをした。
 それから、首筋に。
 慣れた感覚の錯覚に、セブルスはポツリと呟く。
「空しい事ばかり言う。お前は」
 そうだ、これは錯覚に違いない。彼はもういないのだから。
 そう知っていても錯覚を、それでも振り払えずに意識を集中してしまう。
 最後に触れ合ったのは、本当にいつだっただろう。
 あの頃はまだ学生だった。それでも、たった数年だ。
 あの頃は予想なんてしなかった。
 いなくなるなんて。


「お前が存在していなければ、私は救われないのに」


 もう考えることも無いくせに。
 思い出すことも出来ないくせに。




 どこかで、時折私の事を思い出しているかもしれない。
 ふとした記憶が私にまつわっているかもしれない。
 そんな事さえ、もう望めない。
 死んでしまったら。




「それでも僕は救われる」
 セブルスの身体の全てを、その肌に憶えて還るように。
 全身で抱き締めてくる。
 セブルスは抱き返さない。
「何が救われる、だ。誰ももう貴様の事など意に介さない。皆があれから祝福ムード一色だ。『生き残った男の子に乾杯!』」
 自分に触れてくるその手が哀しい。寂しい。
 触れたい。でも、こちらから手を伸ばせば、さらさら流れてしまう気がする。
 一面を覆っている、この地面に落ちた花弁のように。
「そしてお前達を悼む暇すら、誰も無い。『尊い犠牲』など、幸福の前には消え失せる」
「僕達は尊かったつもりは無いし、幸福があるのならそれを人は優先すべきさ。『救われる』といったのはその事じゃない」
 全身で、そして優しく、ジェームズはセブルスを抱き締める。
「少なくとも君は僕を忘れない。君は悼んでくれている。この後何があったって、どんな幸福が君に訪れても、君の心には僕が残る。痛みとして」
「……私に『幸せになるな』とでも言うつもりか」
「まさか。ただ、君は僕のものだという事さ」
 向かい合って、キスをした。



「それだけで良いんだ」


 でもそれだけが全てだ。



 花弁が一面を染めた地面に横たえられて、ジェームズが自分を見下ろしている。
「それとも僕と一緒に来る?」
 セブルスに覆い被さったジェームズが、セブルスの両肩をグッと地面に押す。
「このまま、僕と一緒に桜の下で眠るかい?」 
 ぼんやりとジェームズを見上げると、桜は相変らず花弁を散らしていた。
 暗闇の世界に、相変らず鮮やかに流れて、散った。
「ならばお前の手が汚せるな。奇麗事好きのポッター君」
 鼻で笑った。それでも良かった。

 なんて魅力的な。
 命を左右されるなんて。全てを奪われるなんて。

 消えない傷を、彼に残すのと一緒。

「――ダメだよ」
 流れ落ちる花弁が風に流されて、彼の顔を少し隠した。
「連れていってあげないよ。君はすぐに甘えるから。ちゃんと残って、僕の事を刻み込んでて」
 優しく微笑んだって、嫌味なだけだ。
 結局やっぱり置き去りにするんだ。

「泣かないでよセブルス。僕はきっと君を想ってるから。消えてもこの想いはきっと消えないから。安心して、君は僕のものでいて」
 勝手だ。気紛れな優しい言葉なんて。
「セブルス。僕のものだよ」
「……お前は、口先ばかりだ。言葉だけで私を操って、何も返してくれないくせに」
 目を閉じれば消えてしまうだろうか。
 それでなくても、ジェームズの姿がもうぼやけて見える。
「セブルス。忘れないでね」
「――ジェームズ」



 たくさんの花弁が、眼前を覆う。桜色の夜空だ。
 ジェームズの身体が、その中に消えていく。
 今更手を伸ばしたって、桜がさらさら流れるだけだった。
 消えて行く彼を見届けるくらいなら、手で目を覆って、自分から背けた。
 もう彼の気配は消えてしまった。
 涙が流れて、瞼と頬が熱い。
 覆っていた手を外すと、ただの桜の木だった。
 あんなに風に花弁を流したのに、こんなに地面を埋め尽くしているのに、桜は黒い夜空に満開だった。
 静かに。なんて冷たく、遠いのだろう。








 もう会えないと確信した。
 













 会いたい









030319





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