ダイヤモンドと石ころ
子供というものはまだ世界が小さくて、何が輝いてみえるのか、とてもとてもくだらないものを、本人だけは大切にしていたりする。プレゼントを包んでいたリボンだったり、ほんの少し綺麗に見えた、道端の石ころだったり。 それらは、子供にとってはダイヤモンドよりも輝いて見えるのだろうけど。 随分と長い片思いの末に、クィディッチのヒーローがマドンナをついに口説き落とした。そんなニュースは少しずつ闇の濃くなる魔法界の中の一つの学校の中で、久しぶりの明るく大きな話題だった。 「ポッター」 背後からかけられた声に、先に振り返ったのは彼の友人二人だった。呼びかけられた当の本人は、もったいぶったように、一番最後に振り返る。そしてセブルスに悠然と笑みを浮かべ、すぐにつっかかりそうな友人を手で止めた。 「――君達は先に行っててくれよ。彼は僕をご指名のようだから」 不満げな表情の友人の一人は、気遣うような笑みをセブルスに対して浮かべているもう一人の友人に促され、渋々共に立ち去っていった。 挨拶の言葉も口にせず、ポケットに両手を突っ込んで友人らを横目で見送ると、ジェームズはわざとらしく大きな息をついて、漸くセブルスの正面に向かい合った。 「…やあ。珍しいね、君から声をかけてくるなんて」 「忘れ物だ」 ジェームズの、含んだものの言い方に無表情で応え、セブルスは手に持っていた物を軽く投げる。パシ、とスナップを利かせて宙で受けとめると、ジェームズはその手を開けて、その中に入ったネクタイピンを見下ろした。 「――ああ。気付かなかった。そう言えば、今日は付けてなかった」 目に付くところにないと、つい忘れてしまうね。と、ジェームズが笑いながら、付け直さずに、ポケットにしまう。そして、目の前で立ち尽くしているセブルスに向かって、首を傾げて、口許で笑った。 「わざわざ、人目の少ない時を待っててくれたのかい?」 「女の前で渡してやっても良かったがな」 最初は本当に、噂の彼女の前で渡してやろうかと思ったのだが、それでは、あからさまに『愛人の嫌がらせ』のようだと思った。あまりに自分が惨め過ぎる。 「それでも構わなかったのに」 どうせ誰も疑いやしないだろうから。そう言外に聞こえた。確かに、ネクタイピンくらいでそこまで深読みするものがいるとは思えない。そもそも男同士だ。 セブルスだって、仮にそうしたとしても、二人の仲をどうにかしてやろうと思ったわけではない。嫌がらせの相手は、常に一人だ。 その行為は、どうしようもない思いを、ただ思い知らせてやりたいだけだ。 そんな事を、してしまいたくなる程だと。 分かっている筈の、ただ一人に。 「――妬いてる自分が嫌なのかい?」 セブルスは何も言っていないのに、ジェームズの指が、ス、とセブルスの髪に伸びてくる。常套手段だ。冷たい声で髪に触れてくる時は、セブルスの心を乱そうとする時。 それが親しげな証であるような錯覚を覚えさせる為。 「……今更?」 したいようにさせておき、セブルスの口からはぽつりと、そう零れた。 今更。 疲れ果てて、妬くも何も。 ジェームズの目がチラリと左右に走り、1歩セブルスに近付いたジェームズは、片手で軽く肩を押してくる。押されるままセブルスが後退すると、最後には柱の影に押しつけられた。 含み笑いの唇が、セブルスの唇に下りてくる。 柔らかさを伝えるように何度も押しつけられるそれに、セブルスは応えない。せっつくように舌の先がこちらの唇を突ついてくるが、セブルスはそれを受け入れなかった。 拒絶するわけでもなく、ただ無表情に動かないセブルスに、ジェームズは怪訝な表情を浮かべて、唇を離した。 「……ポッター」 どうしたの、と問われる前に、セブルスは彼の名前を呼んだ。 戸惑いながら曖昧に笑みを浮かべるジェームズを見上げると、するりと言葉が出てしまった。 「何故、私に構うんだ」 何度も何度も、心の中で問いかけた事。 きっと、答えは知っている。返ってくる答えは分かっている。そう思っているのに、どうして問いかけてしまうのだろう。 不意を付かれたようなジェームズは暫く表情を消してセブルスを見下ろしていたが、やがて、漸く意味がわかった、と笑った。 「……面白いから」 片腕をセブルスの肩に回し、なおもク、ク、と俯いて笑う。 ああ、やはり。とセブルスはぼんやり思う。 「どうしたのさ、今更。そんな質問が君から出るなんてね。驚いたよ。好きだから。とか言って欲しかった?」 ジェームズが笑いを収めもせず、セブルスを抱き締めてくる。 答えは、分かりきっていたのに。 憎しみから始まって、一方的だった肌を交わす行為は、お互いの上下関係を思い知らせるようなものだった。それでもキスが優しく長くなる度、二人の会話が穏やかになる度、セブルスは見失っていく。だけどもガードを緩くする度、手痛く厳しく立場を思い出さされる。ならばそれだけであれば良いのに、気が付けばまた手元に引寄せられ、閉じ込められるように彼の腕の中。 ああ、それでも、それを口にすれば、彼の答えは見えていた。 例え好きだ等と言われても、決して信じはしなかっただろう。如何に真実味のある表情で言われたとしても、それで救いになる事は無かっただろう。 所詮結末ばかり見えている付き合いだ。 口にされた方が、諦めがつく。 いちいち確認をしなければならない程、心は砕けそうになっているのか。 「大好きだよ、セブルス。君は本当に面白い。そんな事を考えていたのか。まったく予想外だった。飽きさせないね、君は。そんなに僕の事ばっかり考えているの?」 再び下りてくる唇に、今度は諦めたように応える。話は終わった。自分の立場もはっきりした。自分は、したいようにさせてやる事しかない。 自分は、彼の「物」なのだから。 突然拾われて、宝物のように秘密にされて、大事にされて、傷ついても壊れないから無茶苦茶にされて。 最後には石ころのように、蹴っ飛ばされて終わりなんだ。 070128
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