J〜Cryforthemoon





 セブルスを呼び出したその部屋に、ジェームズは少し早く着いていて、電気も付けずに潜んでいた。扉の横に座りこみ、耳を済ませて足音を待つ。
 自分が今から何をしようとしているのか。
 正気か、と問い質す理性がある。しかしジェームズはそれを押さえつけた。セブルスの事を考えると、心は冷たさで溢れる。
 リリーの事は考えないようにした。元々はリリーとのキスを言い触らされたくなくての行動ではあったが、もうリリーを言い訳にするのは嫌だった。それは彼女に失礼だった。
 リリーの事はもう抜きにして、ジェームズはセブルスに酷い事をしようとしている。罪悪感すら消えていく。セブルスの怯えた表情を思い出すと、心が冷たく、そして燃え上がるように熱くなるのを感じる。
 あれほど自分を嫌い、何かにつけて絡んできたセブルスが、完全に敗者の位置に立った。彼はもうジェームズを恐れている。あんなにも嫌っていたくせに。馬鹿にしてきたくせに。そしてジェームズを勝利者の快感が包む。人一人を、完全に支配下に置いた。彼はもう自分に逆らえない。
 足音は随分前から聞こえていて、そして今扉の前で長い間躊躇っていた。セブルスだろう。ジェームズは透明マントですっぽりと自分を覆い、その扉が開くのを待っている。
 やがて意を決したように開いた扉から、唇を噛み締めたセブルスが見える。両手で杖を握り締め、部屋を見渡したセブルスは、透明マントで隠れているジェームズに気付かない。一呼吸して入ってくる。完全に室内に入ったところで、扉の横にいたジェームズは、その扉を素早く閉めた。背後の音に驚いたセブルスが振り返る、ジェームズは腕を突き出して、セブルスを部屋の中央へと突き飛ばした。セブルスが態勢を崩しながらも、反射的に杖を構えようとする。
「エクスペリアームズ!!」
 先に呪文を唱えたのは、ジェームズの方だった。セブルスの手から杖が飛び、カランと音を立てて部屋の端に転がる。何が起こったのかよく分かっていないセブルスの前で、ジェームズはスルスルとマントを脱いだ。 
「……透明マント?」
 目を見開いたセブルスが、やがて理解し、遠く呟く。
「そんな物を…持っているのか……」
「案外臆病な君が、咄嗟に何をしでかすか分からないからね。危ないから杖は退場」
 床に落ちた銀色の布を見て呆然としているセブルスに、おどけたようにジェームズは言った。臆病、と言う言葉に、セブルスが我に返り瞳を険しくする。
「誰が臆病だと?」
 睨みつけてくる視線に、平然と躊躇いも無く言ってやる。
「のこのこ呼ばれて出てきた君のことさ、セブルス・スネイプ。そんなにあれしきの事が怖かった?」
 からかうと、セブルスの顔がカァ、と赤くなった。それでも、なんとか堂々と胸を張るように、セブルスは言い返してくる。
「こそこそ隠れておいてまで、私から杖を取り上げないと不安か、ポッター。仮にも学内一、二を争う優等生が、随分せこい事だ」
「強がるのはよしなよスネイプ。君から杖を取り上げなくたって結果は同じさ。」
 セブルスはもうジェームズに怯えている。見える虚勢を、ジェームズは鼻で笑った。
「むしろ堂々と勝負をして、それでも負けた君のプライドが壊れるのを守ってやったのに。」
 君の方が僕よりも弱い。そう言ってやると、セブルスが唇を震わせた。
「っ……!調子に乗るな、ポッター!」
「じゃあやってみるかい?」
 セブルスがそう返してくるのは分かっていたので、ジェームズはそう言って転がった杖を広い、セブルスに投げ返す。
「『決闘』してみるかい?一、二、三で術を掛け合うんだ。やり方は知ってるだろ?」
 ジェームズの提案に、セブルスは杖を強く握り締めた。
「私を甘く見るなよ……」
 乗ってきた。
「見てないよ。それじゃ」
 にっこりとジェームズは笑い、セブルスから少し離れた位置に立つ。その場から動かずにまっすぐ睨みつけてくるセブルスに、ジェームズは馬鹿丁寧に頭を下げた。
 ゆっくりとジェームズが杖を突き出す。セブルスもまっすぐ杖を突き出した。ジェームズが目を細めて、にやりと口の端を上げた。
「さっきのルールじゃ、合図を唱えた方が、その後呪文を言い出しにくくて不利だから、少し方法を変えよう。これを落とす。」
 そう言って、杖を突き出したまま、片手でポケットからコインを取り出した。
「これが下についたらそれが合図だ。いいかい?」
「なんでもいいから、さっさと始めろ」
「結構。それじゃ」
 ジェームズはパチンとコインを弾いて飛ばした。
 コインが高く舞い上がり、そして落下する。

「――」

 コインが音を立てて床に落ちる――と、知覚するまでも無く。
 考えるよりも早く。
 ジェームズの杖の先から魔法が迸り、セブルスが吹っ飛んだ。
 杖は転がり、セブルスが壁にぶつかる鈍い音と、セブルスの呻きが漏れた。やり過ぎた、とも思わず、結果に満足する。ずるずると崩れ落ちたセブルスに、間違い無く自分はセブルスを負かしたと実感する。こんな風に徹底的にやり込めるのは初めてだった。
「だから言っただろ?」
 床に座りこんで動けなさそうなセブルスに、ジェームズは笑いながら言った。
「スネイプ、僕は君を甘く見てなんか無いよ。でも、君より僕の方が早いんだ。動体視力にも自信があるけど、『コインが落ちた』と判断してから次の行動にうつる速度が、僕の方が速いんだよ。クイディッチの練習のおかげかな、考えなくても体が動くようになってるしね。」
 そう、こんな事にまでクィディッチが役に立つとは思わなかった。ましてやセブルスはクィディッチの方にはジェームズ程才能が無かったらしいので、余計に悔しいだろう。
 ゆっくりとセブルスに近付く。壁に激突して項垂れているセブルスが、唸りながら首を動かそうとする。その傍らに屈んだ。
「大丈夫かい、スネイプ?」
 その笑いを含んだ声に、セブルスが痛みに顔を顰めながらも、上目遣いでジェームズを睨み付けてきた。ジェームズは笑う。セブルスはプライドが高く、負けず嫌いだ。いつまでも諦めない。

 だからこそ、叩きのめす甲斐がある。

 手を伸ばして、セブルスの前髪を掴んで後ろに引っ張り、顔を真上近くまで上げさせた。今度は髪が引っ張られる痛みに歪めたセブルスの苦しそうな顔を間近で眺め、そして覆い被さるように唇を重ねてやった。セブルスが喉の奥でくぐもった声を出し、ジェームズを押し退けようとする。構わずジェームズが舌を絡め、唇を甘噛みしてやると、セブルスの体が震え、硬直した。見開いたセブルスの目には恐怖が浮かんでいる。ジェームズは、笑顔で言った。

「セブルス・スネイプ、君の負けさ。」
 そのまま押し倒した。



    




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