ナラカラ



「ねーえ先生、僕の事、愛してる?」
 組んだ手の甲に顎を乗せ、ハリーは首をちょっと傾げて、とっておきの笑顔でスネイプを見つめた。
「次の試験で満点を取れるならな」
 そんなハリーに目もくれず、片肘をついて本を読みながらスネイプは言った。
 放課後、スネイプの研究室である。部屋の中央にある机の上は、いつもなら研究やら実験やらの器具が置かれているのだが、今日はハリーの教科書とノートが、それらの場所を奪っていた。
 魔法薬学の授業中、ロンとふざけていて、誤って教室を灰だらけにしてしまった罰をくらっているのである。反省文50枚と、この教科書の全ての完璧なレポートと、その感想文30枚を一晩で。ちなみにロンは同じく反省文50枚と、魔法を一切使わずの教室清掃である。ピカピカにならなければ、何度でもやりなおし。
 罰レポート軽減狙いのラブアピール作戦は、向かいに座っているスネイプに『そもそも見てももらえない』という方法で却下され、ハリーはブーと口を尖らせて足をばたつかせた。
「物理的に無理ですこの量は」
「やりもしないうちから言うな」
「やってもやっても終らないです。もう日付が変わる」
「明日の朝まで延長してやる。さっさとペンを動かせ」
「延長料金……」
 くだらない冗談を言いきる前に、スネイプの険しい視線が飛んできた。ハリーは無言でペンを走らせる事に専念した。
 しばらくカリカリと、ペンが机の上の紙を走る音と、時折スネイプが、持っている本のページをめくる音だけに部屋は包まれた。外は既に真っ暗闇。寮の生徒は大半がとうに眠っているだろう。――ロンは知らないが。
「……先生。僕、眠いです」
「コーヒーでも淹れていれてやろう」
 普通に優しい事を言い、ガタンとスネイプが立ち上がる。側を通り過ぎようとするローブの袖を掴み引き止め、ハリーは笑顔で言う。
「僕が淹れますよ―。先生の分も一緒に」
「コーヒーを淹れてる間に、何行書ける?今は1分1秒を惜しんでいる時だろうが」
 素っ気無い答えに、いったんは笑顔で隠した不満顔を、ハリーはとうとう立ち上がって爆発させた。
「だって苛々する!ずーっと机に向かってて、煮詰まる!腹立つ!!気分転換しなくちゃ余計に捗りません――っ!!!」
 …で、そこで言いやめずに延々、疲れた眠たい苛々する先生書けない無理ですやってられない等と、スネイプが言葉を挟む間も無い勢いでハリーが手足を大きく振り回して続けるものだから、とうとうスネイプも「分かった!」と机を叩いた。ハリーの口がピタリと止まる。
「分かったから静かにしろ!休憩だ!!」
「――ぃやったあ!!」
 飛び上がって、ハリーは、ポットやカップの置いてある部屋の隅に走った。スネイプが溜息をついて椅子に戻る。軽く手を伸ばして机の上に広がるハリーの書き途中のレポートを取り、無言で目を流した。
「せーんせっ。入りましたよー」
 熱いカップの中身を波立たせない様に気をつけながら、ハリーが戻ってくる。まず自分用のカップを机に置き、そしてスネイプのカップをスネイプの前に置いた。相変らず気難しそうな顔で、レポートからスネイプは目を離さない。
「ねえ先生、コーヒー」
「……アロママテリアについての説明が足りない。書き直せ」
「ねえ、先生……」
 今度はハリーが溜息をついて、1度は置いたカップを、さらに遠くに置き直した。そして今だレポートをめくっているスネイプに近付き。
「せーんせ。休憩中はそんな物見ないで」
 ちょこん。と、横向きに、スネイプの膝の上に腰掛けた。
「おい、ポッター……」
 スネイプの手からレポートを取り上げ、机の上に伏せる。そして甘えるような表情を作り、ハリーはスネイプの首に手を回した。間近で愛しい教師を見つめ、囁く。
「ねえ先生、僕の事愛してる?」
「ポッター、今……」
 呆れた様なスネイプの口が言葉を紡ぐのを片手で軽く塞いで、そしてゆっくりとその手を外し、ハリーは拗ねたように続けた。
「そりゃ僕が授業中にふざけたのは悪かったんだけど、これは無理だよ…。できる限りは頑張るけど、これじゃ本当に朝までかかっても終るかどうか。せっかく、先生と二人でいるのに…」
 トン、と頭をスネイプの肩に落とし、指先で彼の胸をローブの上からなぞる。
「ねえ先生、僕の事愛してるなら……」
 くせのある髪を彼の肩にこすりつけるようにして、頬をもくっつけていく。
 とうとう根負けしたかのようにスネイプは天を仰ぎ、そしてハリーが顔を寄せている側の手を上げて、ハリーの頬に添え、顔を合わせる。
「先生……」
 ハリーが目を閉じる。
 ゆっくりと、スネイプの唇がハリーの唇と重なった。
 唇の弾力を確かめるように。そしてすぐに、どちらともなく舌が差し出され、お互いの間で絡む。
「は……」
 ハリーが甘い息をつく。キスのまま、スネイプの両手がハリーのローブの間から中に入り、制服のシャツをたくし上げる。深いキスと浅いキスの間で舌を絡め合いながら、ハリーはスネイプにすがりつく。
 スネイプの手が、ハリーの素肌に触れて――

「ふひゃっ…や、は、あははっははははっ!!!!!」

 弾かれた様に、ハリーが笑い出した。

「はははははは!!く、くすぐっ……!!!!やめっ……あははははは!」
 ハリーの肌に直接触れたスネイプの両手が、ハリーの脇腹をくすぐり出したのだった。スネイプの膝の上で、ハリーが涙を流しながら笑い続ける。スネイプの手を掴んで離れさせようとしても、力が入らない。
「や…は、は・ひゃ・・はぁっっははははは!!」
「レポートに戻るか?」
「はははははっ…!ははは、はは…あ、はははははぁ……」
 息絶え絶えに、ハリーはどっと全身をスネイプに預けきって、分かりましたと何度も頷いた。よし、とスネイプは漸くハリーから手を離し、グッタリとしたハリーを抱えて椅子に戻してやる。机にバッタリと上半身を倒したハリーに、スネイプは意地悪く笑った。
「くすぐったいのは、まだそこの性感帯が開発されきっていないかららしいぞ。私を色で誘ってレポートをサボるには、まだまだ早かったな」
 ぜーはー。と背中が激しく上下するハリーの頭を軽くこづきながら、スネイプはハリーの淹れたコーヒーを上機嫌で飲んだ。それは少し冷めていたが、美味しかった。
 笑みは浮かんだままであるが、少し改まってスネイプは、まだグッタリしたままのハリーに向けて言った。
「全部仕上げる事だけが大切なのではない。結果は勿論大切だが、それに向けてお前が努力を積み重ねる事も大切だし、その間にお前が感じた事や、記憶する事も全て大切だ。それは後にお前の助けとなる。お前がこの先何かを考える時に、この教科書のレポートを書いた事が役に立つかもしれない。お前が今後誰かのミスを知った時、今日の反省文を思い出して、何かを正しく考えられるかもしれない」
 聞いているのかいないのか、ハリーは机に伏せたまま、漸く息を整えてきたところだった。スネイプの今の言葉も、いつかふとした拍子に思い出されて、ハリーの物の考え方に少しでもヒントを与えるかもしれない。
 スネイプは空になったカップを手に立ち上がった。まだ顔を上げないハリーの側に顔を近付けて、囁く。
「ハリー」
 もしかして多少拗ねてもいるのか、ハリーは顔を上げない。構わず、スネイプは続けた。
「ハリー。愛している」
 低い声。
 びくん。と、ハリーが顔を上げる。目をまんまるく開いて、間近のスネイプをじっと見つめた。スネイプはハリーの髪を優しく撫で、言った。
「ハリー。私はちゃんとお前を愛しているから。頑張りなさい」
「…………はぃ」
 スネイプの言葉が何度もハリーの頭の中で反芻し、徐々にハリーが真っ赤になった。掠れた声で頷いたハリーに微笑んで見せ、スネイプはコーヒーのおかわりをしようと部屋の隅のポットに向かう。背後の机から、ペンの走る音が聞こえる。
 スネイプはその音に満足しながら、コーヒーを淹れてハリーの向かいに座る。
 ハリーが目を上げ、そして手を止めた。
「――先生?先生も、顔、少し赤い?」
「……そうか?」
 少し嬉しそうなハリーに、自分の告白で赤くなってしまった等とは知られたくなく、スネイプは、なんとか顔の表情をひきしめた。熱々のコーヒーを一気に飲んでみせ、「これのせいだ」と苦しい言い訳をした。



030329





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