『新年おめでとう。今日の夜11時、先日待ち合わせした場所においで』
たった1通だけ届いた彼からのニューイヤーカードに添えられていた言葉は、新しい年を祝い幸福を願うような暖かいものでは決してなく、単なるカードの習慣を利用しただけの、身勝手で居丈高なものだった。
カウントダウンパーティの余韻がまだまだ引き続く、寒くても優しい街中、黒いローブを纏って一人、身を縮めて、冷たい目の待つ、呼び出された場所へとトボトボ歩いた。
明ける事のない日々を
「――君にばかり辛い役目を任せてしまうが」
気遣い、痛みすら浮かべる優しい瞳に、スネイプは肩を竦めて見せる。
「それが私の役目です。誰かがやらねばならないのなら、私以上の適任はいないでしょう。貴方が気に病む事はない、それが貴方の下すべき最良の命令なのだから」
優しさと共に、非情な程の冷静さ、合理性をも持ち合わせているダンブルドアは、身内に等しい自分の教え子であり仲間を、心底守りたいと思いつつ、ただそれを駒として動かす事への矛盾にいつも苦しんでいる。それはただ幸福を与えてやりたいと思いつつ、戦い方を覚えさせなければならないハリー・ポッターへも向けられているのだろう。
無意味な苦しみだと思う。
だけどもそのような校長だから、かつてデスイーターであった自分を信頼してくれている。だからスネイプは、表情や振るまい、そして働きの結果で校長の苦しみを少しでも消すのだった。
「せめて、一日だけでも――少しでも、騎士団のパーティに参加を、する気はないかね…?」
単純な好意なのだろうか、それともパーティなら他の者達に上手くスネイプが溶け込めると思っているのか、ダンブルドアはここに至っても引き止めの言葉を口にする。
「一日そちらに顔を出せば、その間に肝心の、あちら側のパーティが終わってしまうでしょう。一日とは言わずとも、少しでも向こうに顔を出すのが遅れれば、それだけ私の向こうでの立場は微妙になります。ルシウス・マルフォイがわざわざ口に出して勘繰ってくれる事でしょう、新年早々校長にも尻尾を振ってきたのかね、と」
事実を冗談に紛らせて言ったつもりだったのだが、スネイプの口調や表情が固過ぎたのか、ダンブルドアは口を閉ざしただけだった。
「…とは言え、新年パーティだからと即、何か良い報告ができるというわけではありませんが。挨拶をして上等のワインを飲んで、一流ホテルのような豪華な食事をして帰ってくるだけかもしれません」
そう付け足してやっと、ダンブルドアは微かに笑った。
「――マルフォイ家なら、さぞ良い物が出るだろう。土産に少々包んできてくれんかね」
軽く浮ぶ笑みで返したスネイプを、ダンブルドアは、子供を愛おしむように抱き、軽く背中を叩いた。
「無理はせぬようにの、セブルス。君にも良い新年が来る事を祈っている」
「貴方にも、アルバス。騎士団の為にも」
向き合い、手を離れたダンブルドアに軽く一礼して、スネイプは外出用のローブを翻した。
年が明けるからと言って、回りが騒ぐ程スネイプにはなんの感慨もないのだった。
「こっちのパーティには出ないんだって、セブルス?」
騎士団の本拠地であるブラック家の玄関先で、スネイプを出迎えたルーピンが、気遣わしげな視線を向ける。それが煩わしいという心情顕わに、スネイプは投遣りに返事をした。
「出る義務はないし、出たいとも思っていないのでな」
「こっちで仲間外れにされる前に、ルシウスに尻尾でも振りに行くんだろうさ。なあスニベリー」
「そもそも貴様らが仲間だと思った事はないのでな、『仲間はずれ』などと幼稚な発想は欠片も出てこなかったがね」
尻尾云々の例えが先程自分の使ったものと被って、シリウス・ブラックと同じ発想をしてしまった自分にスネイプは不機嫌で敵意顕わな声を出す。
「マルフォイ家へ行くのは確かに君の言うとおりだ。ただ、君と違って私は怖いからと引き篭もっていられない立場でね、ダンブルアに託される仕事が多いのだよ」
「なんだと……」
「シリウス、君は台所に行ってモリーの手伝いをしておいで」
苛々したようにルーピンが告げる。シリウスが不満気に口を開こうとしたが、ルーピンの本気の一睨みを浴び、言い返す事ができなくなった。
ギロリとスネイプを睨んで無言で退場するシリウスの後姿を見届けてから、ルーピンがまた薄い色の瞳をスネイプに向けた。
「君は気が進まないのかもしれないけれど――せっかくの新年を、皆で一緒に祝う事はできないかい?」
「校長にも同じ事を言われたがな、断る理由をもう一度述べる面倒は省略させてもらうぞ。――これは遅れてくるらしいダンブルドアから預かってきた調査書と、差入だ」
ズイ、と胸元につきつけられたものを、ルーピンは無言で、ゆっくりと受け取る。
「では失礼する」
「あ、ちょっと待ってセブルス」
慌てて、背を向けるスネイプのローブを掴み、ルーピンがスネイプのフードをパサパサと叩いた。
「雪が少しついていた。寒そうだね、外は」
黒いローブから、雪の欠片がほろほろと落ちる。湿り気のあるフードが、ずっと室内にいたルーピンの指先の体温を一瞬で奪った。
声までそれに脅かされたように、ルーピンは弱弱しく呟く。
「……こんな時くらい、君だって休んでいいんだよ。これで万一情報を逃したって、君のせいにはならない」
そんな言葉はスネイプの単純な理屈を覆せない。
「休まず得た情報のおかげで、それだけ早く全てが片付くかもしれない。騎士団としては、一日でも早く、平和を取り戻すべきだろう?」
フードにある、冷たくなったルーピンの指先が今度は、僅かな湿り気を帯びたスネイプの髪の先に伸びた。触れるか触れないかの距離だったのに、その指先はスネイプの手で素早く払い落とされた。
静かな痛みはルーピンの上に落ちた。
「――それは君の幸せかい?誰かの想いを汲んでいるだけじゃないのかな」
「なんの事か。私は私の役割を果たすだけだ」
「その誰かが今この場にいたなら、きっと、新年パーティに君を出席させるだろうね。彼は君に、自由に楽しく生きて欲しいと思っていると思うよ。きっと」
「…充分自由で楽しく生きている、言われるまでもない」
「…君にも、素晴らしい1年が訪れますように…」
まるでホグワーツにいる時と同じように呼び出され、させられる事は一緒。場所が変わろうが年が明けようが、二人の間にはなんの関係もなかった。
「そんな事はないよ。君にも幸福な年でありますように」
わざとらしく、まるで舞台俳優みたいに大仰に言う。目は優しくなんてないくせに。
「貴様が本気でそう願ってくれるというなら、二度と私に関わらないでくれ」
「ハハ。君自身が望んでもない事を言うなよ。僕がいなけりゃ生きてられないだろ君は」
「大した思いあがりだな…」
物みたいに、首筋にキスの痕を残していく。彼のクセ毛が顎を擽った。
「だって僕の言う事だけを聞くだろう、君は。呼び出しにも応じるし」
「応じなければお前が後で煩いだけだ」
「君がそんな事を気にするのも僕だけだろ。安心しなよ、今年も大事にしてあげるよ」
大事にされた覚えなんて一度もない。
いつも勝手に呼び出して、こちらの気持ちなんてお構いなしに抱き締めて、心にズケズケ入り込んで。
いつもいつも。
こちらは、胸が痛くなるばかりだった。
「君も僕の幸福を祈ってくれないの?」
「お前の幸福なんて知った事か。どうせくだらない事ばかりだろう」
「叶わない事だよ」
彼のその表情は、耳元にされていたキスのせいで分からないままだった。
「このまま。子供のままで、生きていけたら素晴らしいのに…」
雪がちらつく街の中を、スネイプはローブを深く被って歩いていく。
彼の望みは叶わず、完全な大人になりきる事もなく逝った。世界を包み込む闇の中でもがいて終わった。
好き勝手に我侭に、子供のままで過ごしていけたら哀しみも少なく済んだだろうけど。
そしてお互いの関係を大人の物に昇華しきれなかった、一人取り残された心だけが成長しきれずあの頃の子供のままで止まっている。子供のまま二人でいたら、今でもあんな関係は続いていたのだろうか。自分はそれを望んだだろうか。
いくつ年が明けようと、明るくならない世界を持つ自分は。
『固いね君は。今夜くらいはもっと皆で羽目を外して、騒げば良いのにさ』
そんな言葉を聞いた事もないのに、記憶はあっさり彼の声を再構築してスネイプの耳元で囁く。
『戦って力尽きた僕達は、辛気臭い顔なんて、残ってる皆にされたくないよ?僕らのかわりに盛り上がってくれたら良いのに』
立ち止まって、少し笑った。
「そう思うなら、身勝手なお前が私を無理矢理引っ張り出せば良いんだ。他の誰かの言葉では、私は動けないのだから」
雪が視界を覆った。スネイプが思い浮かべる顔は、困ったような笑顔で消えていった。暗い夜は新年に向けてざわめきを湛えている。だけどもスネイプには何も聞こえていなかった。
歩く先に、彼は自分を待っていない。
逝ってしまった彼の想いを汲もう等と思った事はなかった。
止められる者がいないから、スネイプは動き続ける。それしかできる事がない。
彼がいたって、新年がきたって、なんの関係もなかった。
だけども彼がいなくなって、彼はもう新年を祝えない。
パーティも行けない。ニューイヤーカードも届かない。
「僕の幸福を祈って」なんて、誰も言わない。
だから私は。
新年なんて、祝わない。
060101
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