心、ひとつ



 それは、あいつしか知らなかったからなのだろうか?
 欲でも愛でもなんでも、他の人間から与えられれば変わるのだろうか
 欠けた心は、埋まるのだろうか





「スネイプ」
 自分を呼びとめる声を無視し、セブルスは廊下を歩き続けた。しかし相手は構わず、もう一度セブルスの名を呼び、小走りで近寄ってくる。セブルスが気付かぬ振りをしている事など承知の上だ。いつも早足のセブルスにまったく遅れる事無く、ジェームズは肩を並べてセブルスに話しかけた。
「やあスネイプ、図書室にでも行くところかい?」
「貴様には関係無い」
「僕も付き添ってあげようか」
「結構だ」
 馴れ馴れしく肩を組んでこようとするジェームズの腕を、セブルスは邪険に払う。
「遠慮する事無いって。来週提出のレポートの資料を探すんだろう?一緒に見てあげるよ」
「生憎それはもう終った。個人的な研究だ」
「勉強熱心だね。なら僕と、別の勉強に励まない?」
 ジェームズの手が横からセブルスの髪をかきあげ、そして唇を寄せてくる。セブルスは瞬時にその手を払った。立ち止まり、睨みつける。
「くだらん真似をするな!お前の――」
 セブルスが全部言い終る前に、ジェームズの手は強い力でセブルスの腕を掴み、そしてセブルスは何を思う暇も無く、廊下の壁に投げつけられた。背中に痛みが走る。片手に持っていた、バンドで止めた教科書類が、音を立てて床に落ちた。
「つ……」
「今更、照れる事ないだろ?」
 捕まえたセブルスを逃がさないよう、ジェームズは正面からぴったりとセブルスに覆い被さる。背の高いジェームズが、今度は優しく、セブルスの髪にキスを落とす。
「――セブルス」
 囁くように名を呼ばれると、セブルスの胸が一つ、大きく鳴った。
 髪を掬うようについばまれ、額にもキスが下りる。
 ジェームズのキス。その感触だけで、セブルスの全身が熱くなる。俯いても、赤くなった頬は隠せない。言葉を失う自分も隠せない。撥ねあがった鼓動も、多分隠しきれてない。
 誰も通らない静かな廊下で、自分の音ばかり聞こえる。自分の心臓の音ばかり。そして目に入るのは、ジェームズばかり。
 広い肩、グリフィンドールのネクタイ。押さえ込まれた身体は、服越しにジェームズの体温を伝えられる。
 ジェームズが自分に触れている。目の前でセブルスの反応を見つめていて、微かに笑みを浮かべる。
「――大人しいね?」
 揶揄されて、ますますセブルスは顔が熱くなる。俯いたまま目を強く閉じたのはジェームズの姿を見ない為、唇を噛締めたのは下手な声を出さない為。
 ジェームズのキスが瞼、頬に下りてきて、セブルスは結局堪えきれなくて、言葉を絞り出した。
「こ…こを、どこだと……場所を、弁えろ……」
 感じる心を無理に隠そうとすると、涙が出そうになる。
「誰か、通ったら、……見られたら……」
 触られたくなんか無い。そう言うこともできずに、常識的な言葉に頼るしか無い。
 セブルスが必死で震える声を出している時でも、ジェームズはセブルスの耳に息を吹きかけ、両手で優しくセブルスに触れる。
 片手で髪に触れ、片手を重ね合わせる。
「じゃあ一人でこんな、誰も通らないような道を歩くなよ。誘ってるのかと思ったよ?」
「誰がっ……」
 ジェームズの長い指が、セブルスの白い指に絡む。
「セブルス」
 耳元で囁くのは、俯いたまま、頑なに顔を上げないセブルスとキスをする為。分かっているから、セブルスは必死に、その甘い声に逆らう。大人しく言う通りになんてしたくない。そんなセブルスに、ジェームズは苦笑する。
「――セブルス。レポートが終わったんなら、時間あるよね?じゃあ今晩」
「……ぃ」
「来いよ。いいね?」
「……」
 確認は、命令の念押しだ。
 俯いたまま、セブルスは結局それ以上嫌だと言う事ができない。
 話を終えてもジェームズはセブルスから離れない。早くどこかに行ってくれ、とセブルスが願うのも空しく、ジェームズはもう一度、セブルス、と呼んだ。
「上向いてよ。キスしよう?」
「……」
「セブルス」
 ひどく優しく頬に手を当てられ、その指先にセブルスが震える。
 逆らえないから、早く離れて欲しかったのに。
「――いい子だね」
 セブルスの顎に当てられた、ジェームズの人差し指の僅かな力にすら逆らえないのに。
 重ねられた唇を、拒む術なんて持って無い。




 例えば、そんな毎日だった。
 強引に関係を始められた日から、ジェームズの事が頭から離れる日なんて無かった。最初の一度だけで、生々しく身体に刻み付けられた感触。身体に這う手、絡まれる舌と唾液。繋ぎ目は引き攣れて痛くて痛くて、身体の奥まで彼を教えこまれた。
 押さえつけられた手首は、自由を奪われる事の恐ろしさを覚え、離れない視線を初めて恐ろしいと感じた。
 それにすらすがる日がくるなんて、思いも寄らない。




「んっ…ん、…っ、」
 突き上げられる度に身体はとこかに飛んでいきそうで、何度か繰り返す内に両手は彼にしがみつくようになった。感じた声を聞かれたくなくて、いつも唇を噛んで堪えて、その度にジェームズに口付けられる。噛締めていた下唇を慰めるように舌が這い、、噛むなら僕にしなよと深く深くキスされる。
 ほんの僅かな隙間も心細いくらいに密着する。唇も、胸も腹部も腰も足も。
 離れるところが無いくらいに。
 一つにされて。
 離れると不安になるくらいに。


 いつのまにか心は一つじゃなくなってる。




「人の価値なんてものは、能力だけでは計り知れないね。そもそも価値という基準自体曖昧なものだよ。一般的に言われている価値を、個々に当て嵌めようとするのは間違いだ」
「煩いポッター。席次が下の私への慰めか?」
「そんなんじゃないって」
 ジェームズが苦笑する。
「スリザリンの人間は、どうしてそう順位に拘るのかな。人間性には関係無いよ。ほら、君だって飛行術は苦手だけども、それで人格が変わったわけじゃないでしょ?」
「余計なお世話だ!!!」
 思わずセブルスが手に持っていた本を投げつけてくる。ジェームズはそれを軽く、笑いながら受け止めた。
 そして、穏やかな笑みで、セブルスを正面から抱き締める。突然のジェームズの行動に、セブルスの顔がみるみる赤く染まる。
 穏やかに、優しく、ジェームズの声が告げる。
「大丈夫だよ、セブルス。君の価値はそんなんじゃない。不安にならなくて良いんだ。そんな強迫観念にとらわれたように勉強に励まなくたって、君は大丈夫だ。誰も君を見捨てたりなんかしない」
「なっ、……」
 セブルスの背中を抱き締める温かい両腕。
「ほら大丈夫だよ、セブルス。君は僕のものだって言ったろ?大丈夫だよ、少なくとも僕は絶対に君を見捨てたりなんかしないからね。不安になるなら言ってあげる、そうだよ、君は価値がある。少なくとも僕にとっては」
 力強い両腕。温かいジェームズ。
 セブルスに届く言葉。
 顔が赤くて熱くて、鼓動が早くて。セブルスは躊躇いに躊躇った後、恐る恐るジェームズの背に両腕を回す。
 恐る恐るしがみつく。
「……そう言っておいて機嫌を取ろうとしても、明日は駄目だぞ」
「……じゃ、明後日」
 ジェームズがくすくすと笑う。
 恥ずかしくて恥ずかしくて、冗談に紛らわせた言葉。

 その言葉に情け無いほど安心している自分が恥ずかしくて照れくさくて。
 頼り切って、もしそれが嫌になられたらと思うと怖くて。
 だから張り通した意地。




 同じように他の人間から言葉を与えられたら、自分は救われるのだろうか。
 優しさで抱き締められたら安堵できるのか。


 それとも彼より激しく抱かれたら、それに支配されてしまうのか。
 彼より優しく抱かれたら、心を預けてしまうのか。






     ※  ※  ※





 ノクターン横丁でふらついていれば、いくらでも誰でも寄ってくる。
 誰と接しようと、ジェームズ・ポッターはもういない。
 だけど、黒髪の男は腐るほどいる。毛先が撥ねた男だって珍しく無い。
 丸い眼鏡をかけた、表面上は優しげな男だって。
 美人でスタイルも良くて頭も良くて、溢れんばかりの愛情を持っている女だっている。


 もっと優しく抱いてくるやつだって。
 押さえつけて、乱暴に犯してくるやつだって。
 いくらだっている。いくらでも、寄ってくる。



 ――そしていつまでも、セブルスの心は欠けている。


 
 他の人間と比べてみよう。そんな事、思わなければ良かった。
 セブルス一人じゃ、足りなくなった心。
 欠けた心。いつまでも、埋める事が叶わない。



 ジェームズ・ポッター。



 他の誰も、お前じゃない事を思い知らされるばかりだ。


021221




 


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