月ノ欠片ヲ手放シ難ク。




※  ※  ※


 夏休みが終りに近付いた頃、セブルスの許へルシウスからのフクロウ便が届いた。今更回りくどい社交辞令も何も無く、そして返事を伺うでもなく「来い」と呼びつけるあたりは、相変らずルシウスらしかった。


 ルシウスの職場まで出向き、セブルスは出てきたルシウスに頭を下げた。会うのは彼の卒業式以来だった。変わり無いようだな、という冷たい声は、皮肉も入っていたに違いない。いまだジェームズとの関係をやめられないセブルスに対しての。セブルスはルシウスと関係を持った事もあったが、結局セブルスの心はジェームズに占められたまま動く事は無く、ルシウスにとっては、思い通りにならない後輩の存在など、面白く無いに違いなかった。ましてや思い通りにならない理由が、彼が軽蔑し、嫌っている者のせいなのだから。


 ダイアゴン横丁で一番の高級レストランで、ホグワーツのパーティでも食べられないような豪華な食事をする。流石に美味いが、フルコースは、小食のセブルスには多かった。目の前の肉も、そろそろ辛い。
「料理はプロに限るな。屋敷しもべ共に作らせる料理は、どうも庶民臭くていただけない」
 そう言いながらワインを口に運ぶ様がよく似合う。セブルスは「そうですか」とどうしても生返事になってしまう。セブルスには、そこまで食に対しての拘りは無い。食事をするのを忘れる事すらあるくらいだ。ルシウスもそれを知っているので、そんなセブルスに苦笑する。
「興味は無いか」
「…味が良ければ、それに越した事は無いと思いますが」
「思うのならば、それに拘ってみる事だ。何事にもな」
 ワインのグラスを置くルシウス。そして、セブルスも手に持っていたナイフとフォークを重ねて置いた。
「未だにポッターとの付き合いをやめてはいないのか」
 ウェイターがやってきて、静かに皿を下げる。目の前が片付けられて、そしてウェイターの姿が消えてから、セブルスは言った。
「変わりはありません。あれは好きな時に私を呼び出します」
「お前が応じるからだろう」
「応じなければホグワーツ中に言い触らすと脅します」
「ただの脅しだ。そんな事をすれば、奴こそ破滅だろう」
「どうでしょう。怒らせると、本当にしかねません。何せ勝手な男です」
「そしてお前はあいつのその身勝手さを言い訳にして、あいつに抱かれているのだろう?」
「……」
 ウェイターが食後のコーヒーを運んでくる。ルシウスの前へ置かれ、そしてセブルスの前に。黒っぽい液体が、白いカップの中で湯気を立てている。
「あいつの話になると、いつも以上に表情が硬いな」
「……そうですか?」
 ルシウスは、両肘をテーブルに立てて両手の指を組み、その上に顔を乗せるようにして、じっとセブルスを見つめた。
 セブルスはただ、コーヒーの立てる湯気を眺めていた。


 店を後にし、ルシウスの家へと向かう。彼は卒業と同時に、既に独立して一人暮らしをしていたが、それでも家は豪奢な屋敷だった。何人もの屋敷しもべ妖精によって、家の機能は守られているらしかった。
 ルシウスの帰宅で玄関の鍵は自動的に開き、そして自動的に閉まる。消えていた電気はルシウスの先々に点灯し、静かだった屋敷に光が満ちる。
 セブルスが通されたリビングは広く、高い天井にはきらきらと魔法で輝くシャンデリアが部屋を明るく輝かせていた。見渡すと、辺りには一目で高級品と思われる家具ばかりだった。趣味の良い装飾品の中に、時折禍禍しい光を放つ物もある。
「座れ」
 そうセブルスに勧め、ルシウスはマントを脱いでソファに投げかけ、実に気楽に、深いソファに腰掛けた。セブルスもそれにならい、マントはつけたまま、その向かいの、ロングソファに座った。皮製のソファはとても深く、セブルスを沈めた。
「――卒業後の事は考えているのか?就職の事だが」
 足を組んで、ソファの肘掛に肘をついたルシウスが、セブルスを見つめる。セブルスは姿勢を正したまま、答えた。
「能力を惜しみなく発揮できて、やり甲斐のある仕事につければ――そう考えています」
「誰でもそう言う」
 ルシウスはセブルスの言葉をその一言で片付けた。
「誰でもそう言うのは、それがベストだからでしょう」
「具体的には?魔法省にでも入るか」
「悪くはありません。くだらない部署でなければ」
「俺の許に来ないか」
 何気ない事のように、ルシウスは言った。
 組んでいた足を、ゆっくりと組み替えて。

 ルシウスの許に行く事は――闇の世界に属する事を意味する。
 ダンブルドアと敵対し、闇の帝王に跪く事に。

「――私は、貴方方に信頼していただける程の者かどうか――」
 言葉を探しながらセブルスが言いかけるのを予期していたように、ルシウスがそれを遮った。
「ポッターの事は見逃してやろう。俺は、まだお前を見捨ててはいない」
「……」
「お前はまだスリザリンの誇りを捨てていない。ポッターの事は、ただ熱にうかされているようなものだ。悪性のウィルスのようだが」
「熱、…など、」
「言い訳は良い。お前の熱など見るものが見ればすぐ分かる。愛憎ともに激しく、お前にはあいつしかいない。凍えたような心に、ポッターしか根付く者は無かったようだな」
「憎はともかく、愛などありません」
 努めて冷静に、セブルスはそう言った。

 愛など。

 セブルスの表情をじっと見つめ、ルシウスは、それ以上深くは追求せずに言った。
「特定の誰かを身に住まわす事は弱さに繋がる。早く追い出す事だな」
 そして立ちあがる。ソファの間のテーブルを回り、セブルスの傍らに立つ。セブルスは動かない。
 ルシウスの手が、セブルスの肩に置かれる。少し押されて、素直にセブルスはソファに横になった。
 ルシウスは自身の片膝をソファに上げ、セブルスを覆う。片手で、セブルスのマントを外す。
「大人しいな。誰に抱かれるのも構わないか。それとも俺に寝返る気になったか?もしくは、ポッターへのあてつけか」
「貴方こそ、ポッターへのあてつけでしょう。ポッターが私に手を出すのも、貴方へのあてつけが含まれているようですよ」
 夏休み前の会話を思い出して、そう言った。
 彼が自分を抱くのは、決して愛情なんかじゃない。
「お前はどうだ。俺にもプライドというものがあるんでな」
 セブルスの言葉を気にするでもなく、ルシウスはセブルスの頬に触れ、黒い髪に触れる。セブルスは淡々と言った。
「私が嫌だと言えば、貴方は離れますか?」
 ルシウスは苦笑する。
「――可愛気のなくなったものだな」
「興ざめですか」
「お前がペットならば、馬鹿で可愛くあるべきだ。だがお前をただのペットにする気は無い。お前は、俺の片腕になれ。いつも正しい方向を見極めろ。誰を選ぶのが正しいのか」
 キスをする。お互いの舌が絡んで、すぐにセブルスの息が乱れる。
 ルシウスの節のある指がセブルスのシャツのボタンを外し、肌をあらわにさせる。
 白い肌には、痕がある。消えずに残っている、ジェームズの付けた痕。
「……俺がお前に痕を付ければ、ポッターは、怒るかな?」
 『所有物の証』に躊躇する事なくニヤリと笑って、ルシウスが言った。セブルスは表情を変えずに、言った。
「怒るでしょうね。以前貴方と関係したのがばれた時には、私は酷い目に遭いました」
「なら何故来た。何故大人しく抱かれる」
「断る理由が見つかりませんでした」
「あいつを怒らせたかったのか?俺の付けた痕を見て、嫉妬するあいつの姿を見たかったか。子供の悪戯と同様、気を引く為か」
 ルシウスの問いに、セブルスは目を細めた。
「……分かりません」
 素直に、そう答えた。それは、呼び出された時から考えまいとしていた事だ。
 ジェームズの反応を知りながら、どうして呼び出しに応じたのか。
 当てつけ。気を引くが為。もっと別の事。
 ジェームズの事を考えると、頭の中が滅茶苦茶に散らかって、考えられないから考えない。
 ルシウスが笑いながら、セブルスの首筋にキスを落とす。
「とりあえず、酷い目に遭う決心をしたわけだ。お前は、俺と会う事を選んで」
「……そうですね」
「俺の腕で鳴くお前を想って、あいつはそのうち、嫉妬でお前を殺してしまうんじゃないか?もしくは俺を」
「それはありません」
 セブルスは断言した。
「ポッターに、誰かを殺す度胸などありません。奴は所詮、我が身が一番可愛いのだから」

 ――いっそ殺してくれれば良かったのに。
 あの時。

 ルシウスが鼻で笑う。
「来てくれても一向に構わんのだがな。それこそ、返り討ちだ」

 ルシウスの愛撫を受けながら、思う。
 もし自分が闇の側に加担すれば、あいつは私を。


 今度こそ、殺すだろうか。



 結局夏休みが終るまで引きとめられ、ルシウスの家に滞在した。最終日には、教材を買い揃える為に訪れたダイアゴン横丁にまで、ルシウスが一緒だった。店内でルシウスの姿を見つけたセブルスの同級生や後輩達が、ヘコヘコとルシウスの下に寄ってくる。その中央で支配者然としている姿が、ルシウスにはよく似合った。すると、その横にいる自分はなんなのだろうかとセブルスは思う。片腕、等と言える立場とも思えない。ルシウスの太くて強い腕の中で喘いでいた自分の体を見下ろして、そんな自分に嫌悪する。吐き気がしそうで、片手で、ローブの胸の辺りをグ、と掴んだ。ルシウスを取り囲んでいた何人かの取り巻きが、意味ありげな視線をセブルスに向けていた。彼らは、セブルスがルシウスに抱かれて乱れている事を察しているのだろう。
 視線に息苦しくなって、セブルスは店を出ようと思った。
 顔を光に向けて足を進めようと――して、息が止まった。

 凍りついたようなジェームズと、目が合った。

 夏休み最終日。ホグワーツの生徒のほとんどが、この日に教材を買いに来るのだから、会ってもおかしくはない。
 セブルスは顔を背け、視線の中、ルシウスの側へと戻った。






    


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