僕は夢を見、罪は深まる



 花のように笑う彼女の流れる髪、清水のように染みこむ声、全てが鮮やかに脳裏に浮かぶ。側にいない時でもふと脳裏に浮かび、幸せというものに形をつけるならまさに彼女になるに違いない、そんな事を思ってた。







「!」

 突然顔から上に鋭い衝撃が走り、目の前がストロボのように一瞬光った。
 激しく睨みつけるのは、今押さえこんでいる最中のセブルス。
「……痛いよ」
 訳も分からず、とりあえずジェームズはぽつりと呟いた。
 動きを止めているセブルスの手の形、自分の頬の痛みで、引っ叩かれた事はすぐに分かった。近距離で、不自然な姿勢で叩かれても勢いなどついていないのだが、その分綺麗には決まらなくて、不自然に顔の骨を叩かれたらしくて内部から痛んだ。

 拒絶される事は、最近ではほとんど無かったのに。

 言い争いが昂じて強姦のような肌の重ね方ならたまにあったが、今は甘い意味で会話らしい会話もしていなかったし、いつものように、優しくキスをして横たえて、肌を重ねようとしているところだったはず。突然引っ叩かれる言われはない。
 セブルスはジェームズを睨みつけたまま、肘を後ろに立てて、ジェームズの下から抜け出そうとする。咄嗟にその両手首を捕まえて、もう一度押えつけた。
「……離せっ!」
「何、どうしたのさセブルス。急に。何怒ってるの?」
 なおもその手から逃れようともがくセブルスの手首を決して逃がさぬよう、まるで折ってしまいそうな程、強く強く握り締めたまま、ジェームズは身体をぴったりとセブルスに密着させ、宥めるように息を吹きかけた。セブルスの身体が震えたが、それでももがくのをやめようとはしなかった。
「セブルスってば」
「離せ!!」
 今度はもう視線すら合わせず暴れるので、ジェームズは強引に唇を追いかけ、キスをする。きつく結ばれた薄い唇を舐め上げ、少しでも開く素振りがあればすかさず舌を差込んだ。

「っつ……!!」
 咄嗟に手で口を押さえ、ジェームズは弾かれたように上半身を起こす。


 噛まれた。


「……何するのさ、セブルス」
 ひりひりと痛む舌で言って、忌々しげにセブルスを見下ろした。セブルスは噛みつく事で多少気は収まったのか、ゆっくりと息をついてもがくのをやめた。
「なんの真似だよ、急にてこずらせるね」
 大人しくなった事にも構わず、ジェームズは自分の腕を、セブルスの喉にグ、と押しつけた。床と腕とに挟まれて、苦しそうにセブルスの顔が歪んだ。
「何が気に入らないのさ?言わなきゃ分かんないよ」
 なるべく抑えた声で、しかし怒りは収めないで、セブルスに顔を近付ける。訳の分からない事が、余計に苛立たせる。セブルスを怒らせたのは自分であるだろうのに、それを自覚できないのはひどく申し訳なくて、そんな自分への苛立ちが、無意識に、セブルスへの八つ当たりに直結する。それは、最初に関係が始まった頃、他では見せない負の感情を叩きつけていた条件反射でもあるかもしれない。

 逆らう事は許さない。そう何度も言ったのに。

「……に、が」
 苦しそうな、しかし苦々しく、セブルスの目が細められる。声が出しやすいように、ジェームズも抑えつける腕の力を抜いた。
「……んな事も…気が回らない、か」
 皮肉な笑みを浮かべる事すらなく歪んだ顔は、分かっていないジェームズに怒りをぶつけながらも、自分自身をより傷つけているように、ジェームズはふと感じた。
 目を逸らしたセブルスは、急に泣きそうに、弱弱しく呟いた。


「……当然だな。私を呼び出し押さえつけておきながら、私の事など見てもいなかったのだから」


 …一気に、音を立てて引く、血の気。


 関係を始めてからセブルスの存在は、ジェームズの中でそれまで以上に膨れ上がった。最初は彼の澄ました顔を歪めてやりたい、泣かせてやりたい、そんな気持ちで。その内に、反発する彼の穏やかな顔を見てみたい、自分に向けて微笑ませてみたい。そんな気持ちが占めてきた。それだって、最初はセブルスに与える屈辱の一つだった。
 そんな事を感じる事も無く、ただ嬉しいのだと気付いたのはそれから間も無かった。
 嬉しいのは彼の表情だけじゃなく、女性らしくは無い、しかし肉も厚く無い指先や、回りを意に介さず歩く後姿、気付いたさりげない癖。そんな彼の、終った後不器用に、おずおずとジェームズに身を任せてる心の預け方。そんな事に気付いた時。


 僕達は、優しい時も過ごせる。
 分かり合えば、こんなにも嬉しい。


 それは嘘でも誤魔化しでも無い。


「――帰る」
 顔を背けて、セブルスがジェームズの下から滑り出ようとする。しかしジェームズは、咄嗟にその身体をもう一度押さえつけた。
「……帰る事、無いだろ」
 押えつけたものの、何を言ったら良いか分からなかった。戸惑いと怒りと誤魔化しのどれを伝えたいのかはっきりしない曖昧な語気では、セブルスを宥める事などできなかった。
「ここにいる意味こそ無い。抱く為に呼び出しておいて、そんな気なんて全く無いくせに」
 睨みつけてくる視線。僅かに震えたような。

 そんな事はない。
 無い筈なのに。

「それとも女の代りか?」

 押えた手に、力が加わる。

 それも違う。

 
 確かに、リリーの事を考えていたけど――


「おざなりに抱くなどと、侮辱だ。私を馬鹿にするな」
 目を逸らせて、もう一度抜け出そうとするセブルスの顔を両手で挟みこみ、逃げる唇を追いかけて強引にキスをする。んん、と暴れる足が絡む。
 抵抗する力が強くなる程、ジェームズの力も強くなる。


 分かって欲しい。
 逃げないで聞いて。
 誤解だよ。僕は。
 離れないでよ。
 どうして。

 どうして。




 ――どうして、分かってくれないんだ




「そんな事言える立場じゃないだろ?……今更、何言ってるのさ」
 キスを離して、訴えたい心を殺して、そんな言葉が押し出される。
「そうだよ今更何言ってるの?…僕が呼び出したら、君はそれに応えるだけだ。そんな風に始まったんだろう、僕達は。君に拒む権利なんて無いんだよ」
 逃がさない為に、口から出たのはそんな言葉。
 逆らうセブルスを、いつもそんな言葉で押えつけていた。
「私は……」
「君はただ僕の要求に応えてれば良いんだよ。分かってるだろ。何我侭言ってるの?」
 セブルスが唇を噛む。セブルスが、憎しみよりも、とても傷ついた顔をする。
 止まらずに、続けた。
「君がリリーの代りになんてなるわけ無いだろ。自惚れるなよ、何様だと思ってるの?」
 諦めた様に、それでも聞きたく無いというようなセブルスの顔。
 ああ、そんな事を言いたいわけじゃないのに。
 どうして、勢いのついた言葉は止まらない。


「侮辱だなんて笑えるね。僕と愛し合ってでもいるつもりかい?」

 
 冷たい笑みまで浮かべて。


「……」
 何かを言い返そうとして、セブルスは弱弱しく首を振った。
 ジェームズの元から逃げる意思を無くし、力を抜いたセブルスにジェームズはとりあえず満足する。そう、それで良いんだよ。

 それで良いんだ、君は大人しく僕の腕の中で。
 そう、良かった、君を帰したくないから。

 支配者の傲慢さと小心者の執着心が、そんな事でホッと息をつく。
 キスをして、セブルスが動かないから乱暴に服を脱がせて、震える身体を嬲る。唇を噛締めたセブルスが、泣きそうな事に気付いてた。だけど慰めはしなかった。そんな顔を見せる相手は自分だけだと、こんな時に満足した。痛む心に目を向けたら抱けなくなるから、自分の事だけ考えた。
 リリーの事もちらりと考えた。幸せな彼女の笑みが、今は痛く思えた。




 セブルスが泣いている。涙を拭ってやっても、セブルスはそれを優しさとは取らないだろう。
 リリーの事を想う。
 セブルスは、そんなジェームズを想う。
 そんな風に仕向けたのは、ジェームズ自身。


 優しくなれるはずなのに。それでも、どうして上手くいかない。
 どうしてこんなに身勝手な。
 僕は。

 僕は身勝手で。ごめんね。
 「セブルスが何も言わずに応えてくれれば、自分は優しいだけで済むのに」なんて責任転嫁までしてる。応えてくれていれば、実際はそれに甘えて違う事を考えてる。
 なんて酷いのか。僕は。
 セブルスが求めてくれているのに。
 求めてくれているのは、充分過ぎる程分かっているくせに。





 月が雲に隠れて、暗い部屋で疲れて眠るセブルスを抱き締めて、今だけは瞳を逸らさず他の事も考えない。
 罪を抱いても、罪がどれだけ深く自分を抉っても。
 ただセブルスを離せない。 





 瞳を閉じればまた違う夢を見てしまうかもしれないから、ジェームズは腕の中のセブルスから目を離さなかった。
 



031001





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